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変わるきっかけになる7個の出来事


人間は若い時ほど、思い悩むものです。

自分の生き方はこれでいいのか?

今の暮らしで満足していいのか?

人も羨むような大企業に入るだけが満足いく生き方なのか?などなど。

生きていく上での悩みがない人もいるかもしれませんが、恐らくかなりの方は何かしらの悩みを持って生きている事と思います。

そんな現状の自分をいつか「変える」きっかけというものが人生の中においては1度や2度は訪れるはずです。

その機を逃せばしばらくそのようなチャンスはやってこないかもしれないと思われるような機会です。

では、人間が変わるきっかけになる瞬間って、どのようなものがあるのでしょうか?それを今回は考えていきたいと思います。

この記事の目次

人生が大きく変わるにはきっかけが必要

人生というもの大きな川がゆっくりと海に向かって流れていくようなものかも知れません。

上流は川幅も狭く流れも速い。

まるで人間の青年期のようです。

そして中流にゆけばそれなりに川幅も広がり流れも多少、緩やかになってきますがそれでも場所によっては急激な流れの変化が起こったりします。

そして下流。

どっぷりと大量の水を流しながら怒涛のように脇目もふらず一直線に海に向かって流れつきます。

まるで人生の晩年期を思わせるような貫禄です。

このように人生を川の流れに例えてしまうと、「川の流れを変えるなんて無理無理」と頭ごなしに話を終わらせようとする人もいるでしょう。

しかし、本当に川の流れを変える事って、出来ないのでしょうか?ヤル気にさえなれば何とかなると思わないのでしょうか?

こういった疑問を若いうちに思い浮かぶか浮かばないか、があなたの人生を変えるきっかけを作れるかどうかの試金石となるのでしょう。

今の自分の人生に疑問を感じたなら、大きく変える必要があるのです。

そのきっかけさえ掴めれば、人は案外簡単に、思い通りの人生を送れるものなのですよ。

人は日常に慣れるとマンネリして変わらなくなる

人というものは日常生活に慣れてしまうとマンネリ感を覚え、どうにかして今の生き方を変えようともがくものです。

しかし、反対にそのマンネリにすっかり慣れてしまって新たな試みや試行を行わなくなるのもまた人の特性なのです。

マンネリというのはそれほど人々に「安定」という生きていく上での保障のような存在なのです。

何も無理して今の生き方を変えなくても今のままでいいじゃないか、という考えです。

この考え方、人生にある程度の目星がついてしまった人に多く存在するかも分かりませんね。

ただ、それではいけない、と終始、あがき続ける人もいるのです。

そうやらない事には何かを変えるきっかけなど、つかめっこないからです。

妥協や怠けからは何も生まれない

マンネリになるという事はつまり「妥協」であり「怠け」です。

何かを創造して新しい何かを見つけ出そう、という意気込みを拒否した姿勢です。

「怠け」「怠惰」「妥協」からは残念ながら何も生まれてきません。

いえ、現状維持もおぼつきません。

それほど世の中の進化のスピードは速くなってきているのです。

よってこちらが何も手を打たずにそのままでいたら確実に今の時代から取り残される存在になるという事を胆に銘じる必要があるのです。

人間は本来怠け者

こんなことを言ったら何ですが、人間という生き物、本来の特徴は「怠けもの」なのでしょうね。

食べるものさえ手に入って寝るところも確保されている。

このような環境が与えられたら、人間の100人中、過半数以上がそのような怠慢な暮らしに入っていってしまうかもしれませんね。

そりゃ、そうでしょう、働かずとも三度の飯と雨風防げる宿が保障されたら人間、働きませんよ。

そんな人間の集まりの社会、時期の早い・遅いはあっても間違いなく滅びるでしょうね。

人間の大脳がどうして他の動物よりも大きく出来ているのか?それは頭を使って難局を克服せよ、という意味が込められていると思うのです。

戦う武器を身体に持たない人間の最大の武器は、この頭を使った「知恵」なのですからね。

変わるきっかけになる7個の出来事

それでは次に参りましょう。

ここからは人間が心の底から変わろう!と思うきっかけについて考えていきたいと思います。

人がそれまでの生き方を180度見直して変えてゆくのって、やはり何かの強烈なきっかけがない事には起きないものです。

そのきっかけについて紹介していきたいと思います。

全部で7個のご紹介となりますよ。

病気になる

変わるきっかけになる7個の出来事の最初の1つ目は「病気になる」です。

病気は日常生活のリズムを狂わすのにうってつけのものでしょう。

例え風邪を引いた程度だったとしても、あなたは2~3日は安静にしていないといけません。

そして病院に行ったり薬を買いに行ったり、という想定外な行動を起こさなければなりません。

病院に行ったら、打って欲しくない注射もされるかも分かりません。

また病院に出かけるための時間もロスします。

普段の生活パターンを否応なしにくずされるのです。

このような行動は、実際に病気になった本人にしか分からない体験がやってくるでしょう。

病気というものはあなたのマンネリ化した人生に一石を投じるのに十分な効果があるというわけです。

健康であるということがどんなに素晴らしいことか気付ける

人はこれまでの生き方が何の疑問もなく当たり前だと思っています。

まさか自分がこの先、重い病気にかかって生死の狭間を彷徨うことになるはずはなかろう、と誰もが思っているはずです。

ところがそうは問屋がおろしません。

病気というものは何の予告もなしに突然、あなたを襲ってきます。

昨日までの健康な自分をあざ笑うかのようにやってきます。

それも生死にかかわるような重い病気が。

そうなって初めて人間は気付きます。

健康というものがいかに素晴らしいものであるのか、という事を。

健康なんて何の努力も行わずともあるのが当たり前、と思っていた頃が嘘のような気付きを行います。

ああ、健康ってこんなに素晴らしくありがたいものだったんだ!と心から感謝する自分の姿がそこにあるのを遅まきながら発見する事でしょう。

時間をとても大切にするようになる

まあ、生死に関わるほどの病気ではなかったとしても病気にかかってしまうと確実に人はそれまで生活パターンを変えざるを得なくなるのです。

そしてそのような境遇になった時、初めて気づくのです。

時間の大切さを。

もし、自分がこのような病気で命落とさずとも、何らかの後遺症が残ってまともな生活が送れなくなってしまったらどうしよう、という。

人が何かを変えようと思うきっかけに求める出来事がこのような切羽詰まった出来事でない事を願いたいです。

ですが、元々、怠惰になる事を否定しない人間にそのような予想をすること自体、困難な事でしょう。

しかし、実際に病気になってしばらくの間、療養期間を取った人間が思う事は皆、同様です。

時間を大切にしよう。という事です。

時間が有限である事を、病気をする事によって初めて悟れるのです。

病気によって失ってしまった時間はもう帰ってきません。

しかし、その分、これからの時間は今まで通りではなくもっと有意義な事に使おう、という気概が生まれてくるのです。

どうかその時のお気持ち、三日坊主で終わらせないようにしてくださいね。

肉親や友人の死


変わるきっかけになる7個の出来事の2つ目は「肉親や友人の死」です。

これはまた重いものが出てきましたね。

確かに肉親や友人の死は説得力のあり過ぎる理由です。

当時者の年齢が結構いい歳(中高年齢層)だったらば肉親や友人の死も、ある意味人生における一つの通過点として割り切れるでしょう。

しかし、これか世の中に巣立ってゆこうという人がこのような体験をしてしまったら、ちょっと簡単に割り切って考えることは無理でしょうね。

それほど人生において「死別」という出来事は人の運命を大きく左右するほどの威力をもっているのですから。

精神的に大きな衝撃を受ける

肉親や友人の死を知らされて、精神的に大きな衝撃を受けない人はいないでしょう。

むしろ、うろたえてしまって前後錯乱状態に陥ってしまいまともな精神を維持する事は不可能となるでしょう。

このような精神状態になってしまうのも、いかにその亡くなった方たちの事心から信頼し心の拠り所としていたか。

それが露わになるからです。

つまりあなたの精神年齢はまだまだ幼く、その亡くなられた人に精神的に甘えていた、依存していた、という事になるからです。

とにもかくにもそのような事態になってしまった方たちには同情し、お悔やみの言葉を申し上げます。

亡くなった人の分まで一生懸命生きようと思う

とにかく、自分の身近な人の「死」は並大抵のショックではありません。

まさに自分のこれまでの生き方全てを見直すほどのショックとなるのです。

中には悲しみに打ちひしがれて当分の間、立ち直れない人も出てくるでしょう。

それはそれでやむを得ない事態だと思います。

ただ、故人の死をいつまでも悲しんでいるわけにもいきません。

生きている人間にはこれからやっていかなければならない事が五万と転がっています。

それらをやり遂げていかない事には亡くなった人も浮かばれないかも分かりません。

そのためにも「亡くなった人の分まで一生懸命生きよう」と思うのが残った人の思う最初の決意だと思うのです。

それくらい身近な人の死はあなたに相当な覚悟を促してくれるのです。

「せめてその人が生きている間に今の私の姿を見てもらいたかった。」この思いがあるのなら大丈夫です。

あなたは故人の遺志を受け継いで立派にやっていけることでしょう。

失業や転職


変わるきっかけになる7個の出来事の3つ目は「失業や転職」です。

人は同じ環境、同じ待遇を受け続けていたら、どのような人でも目的意識を失ってしまいます。

「自分はどうして今のこの仕事をやっているんだろう?」という根本的なその仕事への動機付けが分からなくなってくるのです。

そういった疑問を自ら行えるうちはまだいいでしょうが、これが10年、20年と同じ職場内で同じ作業を続けたら、もう間違いなく今の自分の仕事に対して何の疑いも持たなくなるでしょうね。

まさにそれが天職だったと思えるくらいになっているでしょうね。

しかし、それは本当の事でしょうか?

自分が初めて就いた仕事が本当に自分にとっての「天職」だった、と言い切れる自信はあるでしょうか?

もしかしたら自分を見つめ直すことなくこのまま安穏に暮らしていきたいがため、仕事にやりがいも何も感じないのに黙って今の仕事を続けていただけなのでしょうか?

まあ、それで家族を養っても余りあるくらいの稼ぎを取っているのなら問題はなかったでしょうがね。

自信を失うのではなく新たな成長を試みる

失業や転職というものは一生のうちでそう何度も味わうものではありません。

しかし、中には運悪く会社の倒産に立て続けにあったり、リストラされてしまったり、という方もいらっしゃるでしょう。

あるいは自らの意思で転職に活路を求めに行動する勇気ある方もいるかも分かりません。

いずれにしても失業や転職というものは自分のこれまでの生き方を振り返り、自分の悪かった点、それまでの会社に対して不満に思っていた点などを総合的に判断できる絶好の機会となるのです。

ハッキリ言って、自らの意思で動いた人は大いなる希望を感じることは間違いありません。

例えその天職が後で失敗に終わったとしても、です。

それくらいの覚悟で行動を起こしているのですから、あなたの自分を変えようと思う意思に対しては大いなる「敬意」を表するわけなのです。

反対に疑問も危機感も持たず今の会社に縋りつくことだけを考える人生、まあこれも一つの生き方でしょう。

ですが、それで自分が変わるきっかけになるかどうかは「あり得ない」という結論を申しておくしかないでしょうね。

つまり新しい環境に身を置きに行く、という事は「自信を失うのではなく新たなる成長を求めるために行う」という事になるからです。

長く続けることが善では決してない

ただ、だからと言って誤解されては困るのですが、長く一つのところに居続けるのがよくない、と言っているのではないという事をご了解しておいていただきたいのです。

一つの会社に定年の歳まで働き続けるのはかつての我が国のモットーともいえる働き方でした。

会社を途中で辞めるなんていう行為は一種の「犯罪」にも似たような罪悪感をもたせるような感覚が確かに昔の日本にはありましたからね。

しかしながら時代は変わりました。

会社に居続けたくともそうならない社会情勢になってきました。

だから、という訳でもないのですが、会社に長くいることが果たして「善」なのか?と自問自答していただきたいのです。

戦後の高度経済成長期ならいざ知らず、今の時代にあの頃のようなモチベーションを持つための動機づけを見つけるのはなかなか難しい事でしょう。

だからこそ、今いる会社での人生が果たして自分にとって最適なのかどうかを真剣に考えていただきたいのです。

それで「残る」と決まればそれでよし。

「?」という結果ならば再度、真剣に考えてみてください。

ただ、勢いだけの転職で職を失うような行いだけはしないで下さいね。

資格試験を受ける決意をする

変わるきっかけになる7個の出来事の4つ目は「資格試験を受ける決意をする」です。

ここで取り上げる資格というのは漢字検定や英検といった類のものではありません。

国家資格級で難易度も高く、それさえ取得しておけば将来的に就職や転職、あるいは起業、独立まで可能になるような資格を言っています。

例えば身近なところでは「司法試験」「司法書士」「税理士」「社会保険労務士」などを言います。

いずれも合格の可能性は10パーセント以下。

司法試験に至ってはロースクールに入学できたとしても、試験に絶対合格できる保証もありません。

まさしく生半可な勉強ではまず合格は無理、と言われるくらいの超難関資格ばかりです。

しかし、これらの資格をもし取得できた場合は、それまでの自分の人生が180度、方向転換したかのような気持ちにすることができるほど、画期的な出来事になるのです。

より良い将来のための大きな決断

では、なぜそのような難関資格の取得を目指すのか?

答えはいとも簡単なことです。

今の自分から抜け出すためです。

今のままではいけないと判断したからこそ、これらの資格試験を受けて少しでも自分の理想に近い生活を手に入れようという結論に達したからです。

ただ、その心がけは非常にいいのですが、人生を資格試験合格で劇的に変えようと思うには生半可な勉強では到底、到達できないことを予め知っておいてくださいね。

先にもご紹介した司法試験、いわゆる「弁護士」や「検事」という職業を目指すための資格ですが、合格の可能性は物凄く「難しい」という現実が待ち受けています。

合格の可能性は毎年、2~3%あるかないかくらいのレベルのはずです。

東大や慶応のロースクール出身者でも合格は簡単ではありません。

それくらいの超難関資格なのです。

そして「士業」と呼ばれる独立可能な資格も軒を並べて皆、難関です。

ひと昔前までは行政書士ならば20%台の合格率でしたが、今は多分10%台かそれ以下になっているのではないでしょうか?

それほど資格試験に合格して人生を再スタートさせるのは茨の道なのです。

この事を十分、頭に入れて今後の生き方を検討して下さいね。

結婚をする

変わるきっかけになる7個の出来事の5つ目は「結婚をする」です。

人生における第二のスタートと言われるくらい「結婚」というものは物凄いインパクトを持つものと言えるでしょう。

結婚式においても「人生の晴れのスタートに…」というセリフが必ず入るくらい、人間にとっての大きな分岐点・節目と呼ぶにふさわしい「きっかけ」なのです。

守る人が出来ると人は強くなる

結婚するという事は、一般的に言うと男性の方が家長というか大黒柱の役割を担うことが圧倒的に多くなると思います。

それまでは独り身で気軽に気安く、親元で金銭的にも食事の面においても親に面倒をかけ好き放題の暮らしを楽しめたでしょう。

しかし、結婚して家庭を持てばそういう訳にはいきません。

何せあなたが家長なのです。

働いて一家を食べさせる義務が生じたのです。

この責任感、一つとっても独身時代の何倍もの「変わる」きっかけになることは言うに及びませんよね。

とにかく相手の人を守らなければなりません。

「◯◯さんを幸せにします」と大見得きって妻にしたのです。

それを舌の根も乾かないうちから約束を破るようなこと、出来るはずがありませんからね。

とにかく誰かの生活の面倒を自分の力でみる、という暮らしは想像以上に今までの自分から「変わる」ことが実感できるようになることと思いますよ。

視野が広がり頭も使うようになる

また、結婚は今まで以上に視野が広がるようになり頭も使うようになることに気づくでしょう。

それは結婚が1対1の家族関係のスタートではなく、相手の家族及び親戚筋も含めての人間関係の輪が広がることを意味しているからです。

ただ、中には「これがあるから結婚はしたくないんだ」と堂々とおっしゃる方もいます。

確かに結婚相手のご両親に対してだけでも気を遣うのに、そこにいろんな親戚筋まで現れたら、もう頭の中がパニックを起こして何が何やら訳が分からない、という状態になってしまうかも分かりません。

しかし、ここを乗り切らないことには真の結婚生活は始まらないのです。

結婚は同棲ではありません。

きちんと両家の親御さんから承認を頂いた上での共同生活なのです。

よってそれ相応の人付き合いというものを行うのが大きな「変わる」ことにつながっていくのです。

今までと違う人間関係ができると自然と自分自身の視野も広がり、そしてその関係性をよりよくしていこうとしますので、頭も使うようになるという訳です。

結婚というものは人の人生を変えるのに確かに大きな効力を持っている、と言えますね。

天災を経験する

変わるきっかけになる7個の出来事の6つ目は「天災を経験する」です。

あまり「味わってください」と大っぴらに言うことが言えない理由ですが、「天災」というものも確かに人のこれからの生き方を左右するほどのきっかけを持つものと言えるでしょう。

人は自然の前では無力であることを知る

人類は大自然の猛威の前には驚くほど無力です。

大雨による土砂災害、河川の氾濫、雷による被害、寒波、酷暑、そして地震活動による火山の噴火、地割れ、津波…。

これらのどれ一つとっても具体的な有効な防衛手段は全くないのが実情です。

誠に人類は大自然の前では赤子も同然。

黙って指をくわえて見ているしか手はないのですからね。

こうやってこれまで人類は大自然の猛威のおかげで無力な自分たちを改めて思い知り、そして数々の知恵を振り絞って生きぬくための「生き残り策」を講じてきたのです。

人間関係や助け合い精神の大切さを痛感

自然災害の被害はまさに悲惨と言わざるを得ません。

まだまだ記憶に新しい東日本大震災時の津波による大被害。

その際に今度は人災として発生した原子力発電所の事故。

このような大惨事が起こってしまうと、その時にはとにかく逃げるしか手立てがないのが現状です。

問題は災害が収まってからの事になるでしょう。

今後はいかにして同じような災害が起こったとしても被害を最小限に留めることができるのか、そこに尽きてきます。

そしてもう一つ、忘れてはならないのが被災された人々の救済と人間関係の回復です。

助け合いの精神の大切さをいかにして痛感してもらえるような活動を行えるか。

これは実際に現地でボランティア活動を行った経験がない事には、なかなか簡単には発言できない事でもあるでしょう。

とにかく天災が人の生き方を変えてしまうきっかけであることは疑いようがありません。

自分は大丈夫、という安易な気持ちを持たないよう心掛けたいものです。

家など大きな物を買う

変わるきっかけになる7個の出来事の最後の7つ目は「家など大きな物を買う」です。

「結婚」同様、家のような大きな買い物は人生を大きく変えるきっかけとなります。

何せ、一旦買ってしまったらもう後戻りはできませんからね。

一度にキャッシュで支払える方ならいいですが、たいていの方はローンを組んで長期間その支払いに拘束されることになります。

自分の生き方を計画的にやっていかない事には下手をすれば「破産」ものになってしまいますからね。

経済観念が大きく変わるきっかけとなる

このように家などの大きな買いものには必ずと言っていいほど長期ローンが待っています。

多くは20年から30年、中には35年ローンというものあるかもしれません。

仮に自分が25歳の時に家を買ってローンを組んだら支払いが完了するのは早くて45歳の時。

遅くなれば65歳まで家のためにローンを支払い続けなければならない生活が待っています。

よってこれをきっかけにして経済観念が大きく変わることを自覚しておく必要があるでしょう。

確かに家という買い物は一生に1回あるかどうかの大きな買い物です。

自分の人生を賭けるのにふさわしいものとは思いますが、それに伴うがんじがらめ感も半端ではありません。

どうぞ、先々の支払い計画を綿密に考えてローンを組んでくださいね。

変わらないことのデメリット

次は変わらないことのデメリットについて5個紹介していきたいと思います。

成長できない

変わらないことのデメリットの最初の1つ目は「成長できない」ということです。

所詮、人間が生まれて死んでいくまでの間に出来る事はそんなに大それたことは出来ないのかもしれません。

しかし、だからと言って何もせず、ずっと石頭のままでいたらそれこそ自分の可能性を抹殺してしまった生き方になるでしょう。

何かのきっかけで人間というものは変われるのです。

変われるということは、それまでの自分から確実に「成長」できる証なのです。

客観性がなくなる

変わらないことのデメリットの2つ目は「客観性がなくなる」ということです。

人間の基本的な思考は「自主的」な判断がほとんどと言っていいでしょう。

つまり身の回りに起こるすべての事は自分の都合で好きなように解釈して片付ける、という事ですね。

こういった考え方から変わらないのならば、恐らくこの先も「客観性」を持った考え方をすることは難しいでしょう。

偏見が直らない

変わらないことのデメリットの3つ目は「偏見が直らない」ということです。

「偏見」が強すぎるということは、つまり「客観性」を持てていないということでしょう。

いわゆる「主観」ばかりで物事を見ているということです。

若いうちならいざ知らず、いい年齢になった時に「偏見」が強い発想をしていたらあなたの周りから人が離れていってしまうこともあるかもしれません。

周囲の人から良く見られない

変わらないことのデメリットの4つ目は「周囲の人から良く見られない」ということです。

これも先の「偏見」と関わってくる特徴です。

人間、いつまでも頑固で石頭だと当然ながらその人の近くに寄っていくのを避けるようになります。

年齢を重ねれば、人間というものは段々丸くなっていく傾向があります。

それなのにいつまでも尖っていたらどうなるかは、想像すればすぐにわかることですよね。

人生の素晴らしさに気付けない

変わらないことのデメリットの最後の5つ目は「人生の素晴らしさに気付けない」ということです。

もうこれはこれ以上、説明する必要もないでしょう。

結局、人間というものは一人では生きていけないもの。

周囲の人たちと素敵な人間関係を作りながら生きていくのが「人生」です。

それを自ら放棄するかのような行動を起こしてしまってどうするのですか?「変わる」ことはそれほど人間にとって大切な事と認識しましょうね。

変わるきっかけがあるのは幸せなこと

如何だったでしょうか?

今回は「変わるきっかけ」という事をテーマにして以下の事に触れて参りました。

・人生が大きく変わるにはきっかけが必要
・変わるきっかけになる7個の出来事
・変わらないことのデメリット

人生はいつ、何時、どのような事が起こるか、誰にも予想はつきません。

もしかしたら不慮の事故に遭ってしまうかも分かりませんし、偶然買った宝くじが大当たりになっているかも分かりません。

ただ、このような偶発性のものをあてにするわけにはいきませんよね。

人生は己の力で変えていかなければいけません。

でも、そんなに気負いすぎる事もありませんよ。

変わることは変えない事よりも簡単です。

一生、まったく生き方を変えずに生きていくって相当な覚悟が必要ですからね。

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