日常生活を送る中で、誰しも大なり小なりの色んな失敗をしているかと思います。

今回はその「失敗」について考えていこうと思っています。

ただ失敗と一言で言っても千差万別で、大きさを測れるものであったり、同じ失敗でも受け取り方が人それぞれであったり、同じことをしてもある所では許され、別のところでは許されなかったり。

とにかく、色々ありますが、今回はその失敗を自分自身の成長に繋げるにはどうしたらよいかを考えていきたいと思います。

小さな失敗を成長に繋げるための5個の考え方

さて、「失敗を成長に繋げる」ことを目的にするとなると、あまり大きな失敗、取り返しのつかない事とかは現実問題、次に繋げることが難しいかもしれません。

だから、ここでは生活している中で割と頻繁に起こる「小さな失敗」、割と小さく、それでも精神的に負荷の大きい失敗の類いを成長に繋げる考え方を紹介したいと思います。

今失敗しておいて良かった!


失敗には同じ失敗でも、「場所」や「時」といった、失敗をしてしまうステージによって、失敗に対する周りの許容度が違ったりします。

今犯してしまった失敗も、もっと後だともっと非難されていたかもしれません。

子供だったら許されるけど、大人では事件になりそうなものとか、アルバイトなら容赦してもらえるけど、社員だと始末書レベルだとか、練習ならいくらでもOK、でも試合でやると立ち直れないぐらいへこむ。

そういった失敗事例はたくさんあるでしょう。

いつがいいのかはわりませんが、その人には必ず「失敗してよい時期」と言うのがあるはずです。

もちろん、「失敗してよい時期」は本人にも他人にも決められることではないかもしれません。

だからこそと言ってはなんですが、人生のうち、「初めて」の体験や挑戦したことで失敗してしまったことは、次は必ず改善する、同じ失敗はもうしないと心に刻んで、「今失敗しておいてよかった!」と開き直るぐらいでいいんです。

もっと年を経てからだと恥ずかしかったに違いない

これは、年を取ってから失敗なんてするもんじゃないという意味ではなく、失敗と言う名の経験をその後に活かさないと、その後同じ失敗をすれば、更に恥ずかしい思いをするということです。

学校の漢字のテストで0点をとるという失敗をしたとします。

どういう事情があったかは知りませんが、テストで0点なんて言うのは勉強不足だったのでしょう。

テスト勉強における失敗です。

ここで心を入れ換え、頑張って漢字の勉強をし、更にはこれを教訓として、どんな分野のテストであれ、勉強しなければ大失敗に終わるんだと考えられるように“ならなかった”とします。

すると、社会人になってからも、簡単な漢字も知らず、手書きの報告書やちょっとしたメモを上司に渡したとき、間違えのないような漢字を間違えて書いてしまっていたら、どうでしょう?

上司も「こんな漢字も知らんのか」と部下に対する信用も落とすでしょうし、何よりも社会人にもなって簡単な漢字が書けないなんて、恥ずかしすぎます。

いくつになっても、失敗を反省し次へ活かすという姿勢が大事ですね。

失敗したからこそ自分の欠点に気付けた!


人が失敗する理由は多くのパターンがあるでしょう。

自分にはわらなかったことや、知らなかったことがあったから失敗した。

または、自分の能力に足りないものがあり、失敗をまねいた。

もしくは、手抜き、甘えを出してしまい失敗をした。

これら失敗の原因は、自分の欠点が招いた結果でもあります。

人は自分の欠点にはあまり気づきにくいものです。

知りたくないと思ってしまいます。

と言うことは、失敗をしなければ自分の欠点には気付けないものだという事です。

失敗を通して自分の欠点に気付けたというのが幸か不幸かと言えば、「幸」に決まっています。

自分の欠点が分からないままで生きていくという事は、一生その欠点のせいで人間的な成長ができないばかりか、人から笑われたり、同じ失敗を何度も繰り返さなくてはならなくなる可能性もあります。

自分の改善点がよく分かる

自分の欠点が分かれば、自分をもっと良くするポイントがわかります。

先ほども言いましたが、欠点に気付けたと言うのは全く持って幸せな事です。

自分を人間的に成長できるきっかけをつかんだという事です。

自分を客観的に見る良い機会になる

誰しも失敗をするとあわてるし、落ち込みます。

しかし、一度落ち着いて失敗の原因は何だったか、よく考えてみましょう。

すると、自分の欠点が見えてきて、次同じ失敗をしないためにはどうすればよいか改善点が見えてくるはずです。

得てして、その人自信は自分の欠点を見つけたいとは思わないし、失敗を失敗だと思いたくないものです。

しかし、周りからすると、つまり客観的に見ると、「この人はこういう残念なところがある」とか、「ここを直せばとてもいい人なのに」いう目で見ています。

この「客観視」という能力はなかなか身につけられるものではありませんが、失敗を良い機会と考え、自分を客観視するよう努力しましょう。

その努力自体が自分にポジティブな考え方ができるような精神力をつけさせ、人として成長させることができます。

だから、失敗をしてもせずとも、客観的に自分自身の事を見られる人は、人として毎日自分をアップデートしているわけで、非常に優れた人格者になれます。

失敗を素直に反省することで周囲の人から一目置かれる

失敗してもあわてず、落ち込むことなく、自分の成長の糧となるのだとポジティブに考えられる人は大変すばらしいと思います。

そういう事をここまで述べてきました。

例え一度は取り乱したり、落ち込んだりしたとしても、失敗を失敗と捉え、自分に非があると認め、失敗の原因から自分の欠点を割り出し、改善点を見つけるという行為を「反省」と言います。

この反省ができる人とできない人では大きく差がつきます。

言い換えると、失敗という、人として成長できるチャンスを余さずモノにできて成長し続ける人と、成長できずに、歳をおう毎に周りからの評価が下がっていく人ということになります。

また、反省は必ずしも何か失敗したときだけしなければならないわけではありません。

大盛況に終わったイベントでも必ず反省会があるように、成功したことでも、成功の要因を見つけ出すことも、次回また成功させるために必要なことです。

つまり、常に自分のことを客観視し、省みることができる人は、それだけでかなりの人物と言えるでしょう。

そこで、何が言いたいかというと、いつなんどきも反省することは大事だが、とはいっても反省とはとても難しい行為であって、そう簡単に出来るものではない。

どちらかというと、人は反省できるチャンスとなる失敗というもの自体したくないし、自分の非を認めたくないもの。

また成功したとしても、次に活かせる成功の要因探しをするよりも、しばらくは成功の余韻に浸りたい。

世の中ってそういうものなんです。

だからこそ、素直に反省ができる人は、周りから一目置かれる存在となるんです。

失敗に対して素直さと謙虚さが必要

いかがでしょう?失敗を成長につなげるには、この素直さと謙虚さが実に大事だという事がお分かりいただけるでしょうか。

そして、失敗自体は減点されることであっても、この素直さと謙虚さによって乗り切ることによって、自分自身も周りの評価もかなり高得点が得られることになります。

周囲の人はあなたの失敗をしっかり見ています

失敗しても素直に反省する謙虚さを周りは高く評価してくれるということは、裏を返せば、周囲は人の失敗をしっかり見ているということです。

どんなに自分の失敗を隠そうとしても、もしくは気づかないふりをしても、周りはそれをしっかり見ていて、ちゃんと評価しています。

人間の性のようなもので、自分は自分の非を認めたがらない人ほど、他人の欠点や失敗には目ざといのです。

そんな周囲に「おっと、この人はちょっと違うぞ」と思わせるには、やはり、話は元に戻りますが、素直に失敗を認めて反省することが必要なわけですね。

この経験を自分の後輩にも教えられる!

失敗というのは、人生で経験していくいろんな出来事の一つです。

ちょっと、大きな話になりますが、この人間社会の文化や文明というのはどのように発達してきたと思いますか?「失敗の連続」と言う人もいるでしょうし、いやいや「成功を重ねてきた」お陰だと言う人もいるでしょう。

いずれにせよ、人の「経験」とその伝承が現代社会を構築していると言っていいでしょう。

失敗を含む自分の経験を後輩に教えていくことで、後輩に失敗する事への恐怖心を取り除き、心構えを培わせます。

また、もちろん自分が成功した話をすることも悪い事ではありません。

その成功談から学ぶことや勇気づけられることは多いはずです。

ですが、やはり「成功の陰に失敗あり」。

失敗と改善を重ねてきたからこそ、成功があるということを忘れてはなりませんよね。

後輩の悩みがなんとなく解る

後輩を指導するときに自身の失敗という経験をもとにして、話をするというのは一番現実的で効果的な指導方法です。

しかし、自分の失敗を教訓に指導したからと言って、後輩が同じ失敗をしないとは限りません。

自分と同じ道を歩む後輩には、大なり小なり自分と同じ失敗をしてしまう事も多々あります。

その時に、自分がその失敗にどう対処したか、どう乗り越えたかを伝えることも可能なのが、自分の失敗をちゃんと反省してきた人だけなんですね。

そんな人は、後輩が今何に困っているかとか、何で悩んでいるかとかが何となく解り、的確な助言や勇気づけができ、相談事にものってあげることができるでしょう。

ちょうど、子育て経験なんかが良い例でしょう。

初めての子育てで失敗しないお母さんお父さんはいません。

失敗しながらわが子を立派な大人に育てていき、自分達も人の親として人間的に成長するわけです。

そのような子育てを経験した人が新しい後輩パパ・ママに教えられることは星の数ほどあります。

しかし、教えられた新米パパ・ママにとってはやはり初めての子育てなわけで、分かってはいても先輩と同じ失敗をしてしまうものです。

では、先輩の教訓が生かされていないというのか、逆に先輩の経験話なんてしても無意味なのかというと、そうではありませんよね。

子育てを経験している先輩パパ・ママたちの存在そのものが、新米パパ・ママにとって頼れる相談相手になるのです。

失敗を無駄にせず人のために活かす

さて、ここまでお話ししてきたように、失敗は自分を成長させる糧となるばかりか、その経験が後輩といった他人の為にも役に立ったりします。

そういう意味では、失敗をしたら、ほったらかしにせず、これを反省し乗り越えることによって、人のために活かそうと考えることは大事ですね。

それを「償い」というと少し重いですが、失敗をした責任をとると言う意味ではこれも一つのかたちでしょう。

常に謙虚な自分でいられるようになる

まずは、失敗は自分を成長させてくれる糧になるのだとポジティブに思えるようになりましょう。

すると失敗を素直に反省できるようになります。

それが謙虚な姿です。

失敗をポジティブに捉えられるようになると、常に謙虚な自分でいられるようになります。

失敗を知らない人はプライドが高い

逆に、失敗を知らない人、自分の非を認めない人とはどういう人かというと、一言で言うと「プライドが高い」人でしょう。

こういう人は大きく二つに分かれます。

「本当に失敗をしない完璧主義な人」。

完璧に仕事を仕上げたり、結果を出してくるわけですから、プライドが高くなって当たり前です。

もう一方は、単なる負けず嫌いで、失敗をするけれどそれを自分の責任とせず、意地を張っているタイプです。

前者はまあ、本当に失敗をしないのですから、文句のつけようがないところではあります。

しかし、後者に関してはかなりめんどくさいタイプの人間だということが分かると思います。

失敗を認めないのですから、一歩も成長していない人間です。

そんな人間が「自分は完璧だ、失敗をするはずがない」と思っているのですから、付き合いづらくてしかたありません。

企業でも使いづらい社員となりうることは言わずもがなです。

ですから、この後者のようなプライドが高い人間になりたくなければ、失敗を素直に受け止め、反省していきましょう。

失敗というマイナスな出来事をそう対処することによって、何倍ものプラス効果も得られることはここまで言ってきたとおりです。

もう一つ、前者のような失敗をしないからプライドが高くなっている人でも、そうなるまではかなり沢山の失敗をしてきたハズです。

それがあったからこそ、完璧な今があるわけです。

だから、もし前者のような完璧主義のプライド人間を目指すのなら、沢山失敗をしてくといいでょうね。

小さな失敗はむしろたくさんした方が良い!

ここまで読んでこられたなら、小さい失敗なんてむしろたくさんした方が良いと思えるようになったと思います。

先にも述べましたが、物事の大きい小さいは個人の価値観によって違いがあり、失敗と言っても、その重大さは、人によって捉え方が違います。

なので、ここでは誰もが割と小さいと思える失敗で、それでいてそこそこ精神的ダメージを受けてしまうような失敗を「小さな失敗」と言うようにしていますが、その小さな失敗とは具体的にどんな性質をもっていて、いかに自分の成長を促してくれるものなのか考えていきたいと思います。

失敗に悪いイメージを持ってはいけない

「失敗」と呼ぶとネガティブな感じを受けます。

でも、失敗とは「経験」の一部だということを理解しましょう。

ここまでお話ししてきた事が理解できるなら、「失敗をした」のは、言い換えると「いい経験をした」と言えます。

経験にもいろいろありますが、「失敗=いい経験」になるんですね。

ただ、失敗しておいて、少しまわりにも迷惑をかけたとして、いきなり「いやー、いい経験させてもらったわ」なんて言うポジティブすぎる反応は控えましょう。

周りからは単なる「ひらきなおり」にしか見えません。

失敗をいい経験と考えることができるようになるには、まずは反省が必要だということをお忘れなく。

大きな失敗はNGだが小さい失敗は進んでするべき

取り返しのつかない失敗の類はそこで人生終りという可能性もあり、この記事では触れないようにしてきました。

もちろん、ある失敗から絶体絶命のピンチを招き、あわや一家心中という崖っぷちから立ち直ったというアンビリーバボーな話はよくテレビでも見たりします。

そこには基本的に失敗を反省して改善策を見つけてこれたからこそ成功につながり、その経験を通して皆人として成長したと思います。

しかし、そこまで大きな失敗がしょっちゅう身に降りかかるのも希ですし、人生でそんな事件は1回か0回で十分でしょう。

ですが、人が成長する為には、その後成功と呼べる人生を送るには、失敗という経験が必要だと言うのなら、小さい失敗は進んでどんどんするべきです。

「進んで」と言っても「わざと」失敗するのではありません。

失敗をしてしまうだろう道を「あえて」選ぶという意味です。

新しい事にチャレンジすれば、経験値が足りないので絶対に失敗します。

そういう失敗、つまりチャレンジをどんどんするべきだと言う話です。

絶対に失敗するとわかっていても、その失敗をしないと経験がつめないのですから、望んで失敗してやればいいのです。

何度も同じ失敗はしないこと

何度も同じ失敗をするのはよくありません。

失敗を反省していない証拠です。

それ自体が大きな失敗だと言えます。

あえて失敗する道を選ぶわけですから、経験した失敗は必ず反省という分析を行い、次はどうすればうまくいくかを考えましょう。

その繰り返しが成功へとつながるんです。

落ち込まずそこから多くを学べば良い

進んで失敗はするべきです。

だから失敗しても「いい経験をした」と落ち込まない事です。

もちろん、ひらきなおるのではなく、そこから多くを学んでやろうという謙虚な姿勢が必要です。

新しいことにチャレンジして一発でうまくいったとします。

経験もないのにそれが成功するってことは、奇跡がおきたんですね。

自分の力じゃない。

つまり、成功には何が必要だったかを学べずに成功しているわけです。

奇跡ってありがたいものですけど、そこから学べるものはなく、次に活かそうと思っても、次も奇跡が起きない限り成功しないという話になります。

だから、神様に奇跡をおこしてもらって近道通るよりも、失敗を重ね、遠回りしてでも成功へ繋げるテクニックを身に着けていく方が100倍自分の為になります。

小さな失敗にはメリットがたくさん

もうお分かりのように、小さな失敗にはメリットがたくさんあります。

ここで、そのメリットにはどんなものがあるのか詳しく紹介したいと思います。

自分の足りないところに気付ける

ある物事を成功させるいくつかの要因の内、自分が持ち合わせていなかったモノがあったり、足りないモノがあったから失敗したわけです。

つまり、その失敗をしたおかげで、成功に必要なモノ、現時点では自分が持っていないモノに気付けます。

失敗しなければ、いつまでもわからずじまい、足りないところつまり欠点が欠点のまま残ってしまいます
後になって気づいて大恥をかくかもしれません。

失敗から新しいアイディアが生まれることがある

失敗とは「成功への間違ったアプローチ」とも言えます。

つまり「この方法ではダメだった」、「この道ではなかった」ということです。

その間違った方法や道順に気付いたなら、別の方法や道を探す他ありませんよね。

すると必然的に新しいアイデアが生まれてくるわけです。

最初から成功への正しいアプローチができていたなら、わざわざ他の道を通ったりしません。

だから他にアイデアも生まれたりしないでしょう。

周囲の人から良いアドバイスをもらえる

成功してしまうと、いい意味で周りも「この人にはもう言うこと無し!」と評価してくれますが、それは裏を返せば自分以外の人が経験した話を聞かせてもらえなくなるってことです。

もったいないですね。

自分以外の人の経験談を自分のものとするというのは、自分自身の成長に非常に役に立ちます。

だから小さいころから本を読むことが大事だと言われ続けているんですね。

失敗をした時も同じく、同じ失敗をした、もしくは同じ分野で成功した経験のある先輩などから、いいアドバイスを貰う事ができます。

そのアドバイスが成功につながることはもちろん、その人の人生を豊かにする肥やしにもなります。

他人の失敗も許せる心の広さが芽生える

失敗が成功への扉を開く鍵であり、失敗によってその人自身の人生を豊かにする肥やしであることが分かっていたなら、他人の失敗を許せる、というか、ちょっとこれは言い過ぎかもしれませんが、他人が失敗することも「称賛」できてしまうかもしれませんね。

「この失敗を通して大きく成長してくれるだろう」と思え、失敗を許容できる心の広さが芽生えることでしょう。

もちろん、そう簡単に許されるものではない失敗をする人もいるでしょう。

もしくは、失敗自体は許されてはならないと言う人もいるでしょう。

それでも、失敗をしてしまった人の心境がよくわかり、心の支えとなってあげられます。

自分が失敗を通して味わった精神的・肉体的な辛さは、その後成功を収めたとしても忘れることは無いでしょう。

もちろん、トラウマになるとかいうものではなく、良い経験として残るということですが、自分もそういう経験をしてきたからこそ、他人の失敗、それ自体は許されないものであったとしても、その失敗をしてしまった人の心を慰めたり、元気づけたりはできるはずです。

こんな人は最低!失敗を台無しにする人

さて、ここからは、失敗を認めず、自分に非があるとは思えず、反省をしてこなかった人について考えてみましょう。

そんな人ってどんな人かと一言で言えば、表題にもあるとおり、「こんな人は最低!」です。

その最低っぷりをご紹介しますので、みなさんくれぐれもそうならないように気をつけて下さい。

失敗を人のせいにする

最低ですよね。

あくまで本人に非があると、本人もうすうす気づいていることを前提に「失敗を人のせいにする」という行為を言うのですが、ホント最低な人です。

謙虚さゼロで性格に歪みがある

失敗したら、まず素直に反省、もしくはその前に「ごめんなさい」が必要だと述べてきました。

そういった謙虚さがないと、失敗を次へは活かせません。

何もかも自分の責任だと考えるのが謙虚なことだとは思えません。

誰の責任かわからない状態だったのなら、ちゃんとその失敗を分析し、誰の責任か突き止めることも時には必要でしょう。

それが分かって初めて失敗の責任を負う人を決定できるのです。

それをしていないから、簡単に人のせいにでき、自分のせいで失敗したなんてわからないのです。

このような謙虚さがゼロな人はかなり性格に歪みがあり、周りから嫌われています。

おそらく、どこにでも必ず一人はいるタイプだと思いますが、もしかしてあなたじゃないですか?

同じ失敗を何度も繰り返す

同じ失敗を何度も繰り返すという事は、その失敗から何も学んでいないということです。

せっかく自分を成長させる良い機会なのに、その失敗を単なる通過点としかとらえていません。

そこから方向転換などして、成功への道を見つけることが大事なんですが、反省や分析をしない、そういう謙虚さをもっていないために、ただただ前に敷かれた時間という名のレールを進んで行くだけ。

そのレールはどこへ連れて行こうとしているのでしょう?その終着駅はなんという名の駅でしょう?

全く成長していない

失敗から教訓を得て人は成長するものであるのに、失敗から何も学べていない、いや、学ぼうとする姿勢が無いために、全く成長できない人がいます。

だから同じ失敗を繰り返し、自分自身は現状維持、しかし周りの評価は年を追うごとに下がっていきます。

「また同じことをしている」「この歳になってもこんな簡単なことで失敗している」このように周りから思われていくんです。

というか、そういう人間になっていくんです。

人の失敗をバカにして楽しむ

自分の失敗を素直に認められる人、その失敗を反省して改善ができる人は、他人の失敗を許容でき、失敗し悩める人の気持ちが分かります。

その真逆、失敗を認めず、反省も改善も出来ない人は、他人の失敗が許せず、バカにし、面白がるような最低な人間になります。

常に人が失敗することを望んでおり、会話の端々に他人を貶めようとする気持ちが現れて出ています。

失敗をマイナスにとらえている

結局、失敗をマイナスなものとしか考えられないという性格が、自分の失敗を認めたがらない理由として大きいのではないでしょうか。

失敗が人を大きく成長させてくれるプラスなものだと考えられることが少しでもできれば、自分が失敗しても冷静になる事もでき、人の失敗も許せるようになると思うのですが、いかんせん「失敗」という言葉はマイナスのイメージが強すぎます。

失敗をバカにする人がいるのも、このマイナスな言葉が原因であるかもしれません。

でも、このことから言えるのは、人の失敗をバカにして楽しむような人は、結局日頃から物事や言葉をマイナスに捉えるネガティブ思考ばかりしている最低な人間だということです。

自分のことを棚に上げている

自分に失敗は無いと思い込み、他人のあら探しばかりをするような人間です。

時として、自分の失敗を人のせいにすることも大いにあります。

自分のことを棚に上げるなんて、ある意味自分の失敗をポジティブに捉えられているとも言えますが、ならどうして人の失敗もポジティブに考えてやれないんでしょうか。

おそらく、そういう思考の転換や心の柔軟性といったものが無い人は、ここまでの記事を読んだところでその人の心が変わることはありません。

その人の性格を直そうと思ったら、別の角度からアプローチしないとだめですね。

だから、その他の皆さんは、この記事を読んで「なるほど」と思ってくれてほしいですね。

まとめ

いかがでしょうか。

ここまで読んでいただいて「なるほど」と思っていただけましたでしょうか。

「失敗」をポジティブに考えることはそう難しい事ではないとお気づきになったとおもいます。

なぜなら、失敗、ここでは小さな失敗に限定していますが、それは全くネガティブな要素を含んでいないからです。

皆さんも今まで沢山の失敗をしてきたことでしょう。

そして、これからも沢山の失敗を重ねていくことでしょう。

その都度、人として大きく成長していくと期待できます。

そんな人がたくさん増えていくと世の中が良い方向へ向かっていきます。

だから是非、今までの失敗を反省して今後に活かし、これからも沢山失敗をして、良い社会を造っていきましょう。

「失敗を重ねてよい社会ができる」なんて面白いですよね。