世の中では次々と新しい言葉が生まれてきます。

一昔前に流行った「KY」や、「超~」という言葉の使い方なども比較的新しいといえるでしょう。

そして最近では「ひよる」という若者言葉がネットなどでよく使われるようになりました。

その言葉を知らない人にとっては全く意味不明な言葉だと思います。

実際に多くの人にとって「ひよる」とは意味が分からない言葉になると思います。

今回はこの「ひよる」という言葉についてお伝えしてゆきます。

「ひよる」という言葉の意味や語源、その色々な場面での使い方をお伝えします。

新しい若者言葉はどんどん生まれてゆきます。

それらの意味や使い方を知ることは、彼ら若者を理解する上でも必要なことです。

最近の若者言葉のひとつである「ひよる」について知り、新しい言葉について理解を深め、若者についての理解も深めてゆきましょう。

ひよるって聞いたことありますか?

そもそもひよるという言葉を聞いたことはあるでしょうか?一般的に若者同士の会話や、ネットでのコメントやチャットなどで多く使われる言葉です。

それらの世界に縁がないと中々聞いたりする場面はないと思いますが、すでに多くの人が使っている言葉でもあるのです。

漢字であればある程度意味を憶測することは出来ますが、このひらがな3文字だけでは中々意味を予測することは難しいでしょう。

ひよるという言葉を聞いたことがない人にとって、ひよるとは未知の言葉なのです。

「ひよる」について教えて!


それでは新しい言葉であるひよるの意味や語源についてお伝えしてゆきます。

ひよるという言葉の意味を知り、語源を学ぶことでひよるという言葉を使う準備が出来ます。

実際にひよるという言葉を使う人と話す際にも困ることは無くなるはずです。

当たり前のことですが、私たち人間は言葉を使ってコミュニケーションを取る生き物です。

新しい言葉を覚えることでコミュニケーションの幅が広がるのです。

それではひよるという言葉の意味や語源についてお伝えしてゆきます。

一般的な意味

「ひよる」という言葉の一般的な意味は、怖気づくやひるむ、やる気がなくなるなどの意味として若者の間で使われています。

若者風に言えば、「ビビる」という言葉に近い使い方になります。

また、強い相手に対して自分の意思を合わせてしまう、言わるゆる長いものに巻かれろ主義的な意味合いで使われる場合もあります。

実はこちらの使い方の方が意味としては正しく、語源に忠実な使い方になるのです。

それでは、ひよるの語源とはどのようなものなのでしょうか?次章で説明してゆきます。

語源


「ひよる」の言葉の語源は「日和見主義」の「日和見」から来ているといわれています。

日和元とは、自分で物事を決めずに状況から自分に有利な方につく考え方のことです。

そのような人物のことを日和見主義者といいますし、腸内菌にも日和見菌と呼ばれる菌が存在します。

腸内には善玉菌という身体に良い菌と、悪玉菌という身体に悪い菌が存在していますが、日和見菌とは、腸内で善玉菌が強くなると善玉菌の味方をし、悪玉菌が強くなると悪玉菌の味方をする菌のことです。

正に日和見主義的な菌ですね。

ひよるという言葉の語源にはこのような意味があるのです。

ひよるは「日和る」と書く

ひよるの語源は日和見ですので、ひよるを漢字で書くと、日和るとなります。

このように漢字で書くと、本来の意味である相手に合わせて自分の意思を変えるという意味合いがイメージしやすくなります。

一見意味不明な若者言葉も、語源を調べ、漢字をあてがえばその意味が分かって来ます。

日本語としては同じ仲間なので調べることで理解出来るのです。

しかし、ひよるのように、語源から少しずれた意味で使われる言葉も多く、その場合はその言葉としての使い方を調べる必要があります。

現代人のひよる

実は数十年前にもひよるという言葉が使われていたことがあります。

その頃は語源である日和見に近い意味で使われていたようです。

しかし現代人のひよるは、お伝えしたように怖気づくやひるむ等の意味で使われることが多くなっています。

そのため言葉自体が意味するところが変わってきているのです。

例えば「私」という一人称を江戸時代の侍たちは「拙者」という言葉を使っていました。

同じようにひよるも時代と共に意味が変わってきたのです。

この記事では主に現代人の使うひよるについて説明しています。

ひよった・ピヨる

ひよるから変化した言葉にひよった、ピヨるという言葉もあります。

どちらも基本的にひよると意味は同じですが、ひよったは過去形になり、ピヨるはより若者的なトレンドを意識した言葉になります。

若者同士では普通に使われている言葉でもありますが、一般的にはあまり知られていない言葉でしょう。

この二つの言葉を聞いた時は、ひよるの過去形と、ひよるの変化バージョンだと思って頂ければ大丈夫です。

ひよるは方言ではない

もうお気づきかも知れませんが、ひよるという言葉は方言ではありません。

日和見という言葉から派生した新しい言葉です。

さらに語源である日和見から意味も変わってきている言葉なので、ひよるという言葉のオリジナルな意味として定着しつつあります。

何も知らずにひよるという言葉を着たとしたら、どこかの方言と思ってしまうかも知れませんね。

ひよるのシーン別使い方

今までの章で、ひよるという言葉の意味や語源などについて説明してきました。

若者言葉であるひよるについて理解して頂けたかと思います。

この章ではさらに詳しくひよるについて説明してゆきたいと思います。

現代の若者はどの様な状況でこのひよるという言葉を使っているのかを具体的にお伝えします。

中には本来の意味である日和見主義に近い使い方をする場合もあり、興味深い内容になっています。

大きく分けて日常生活と会社での使い方について説明してゆきますので、参考にしてみてくださいね。

日常生活

それではまず、日常生活でのひよるの使い方について説明してゆきます。

若者が使う言葉ですので使われるシーンも若者が経験しそうなシチュエーションで使われることになります。

そうなりますと学校生活やその延長上で使われることになり、友達同士や学生同士で使われることが多くなるのです。

まるで学園物のアニメに出てきそうなシーンで使われることが多くあります。

それでは日常生活でどのようにひよるという言葉が使われるのかを見て弓ましょう。

先輩にびびる

まずは学生同士の上下関係内での使い方です。

コワモテな先輩や部活の厳しい先輩に強い態度で迫られたり叱られたりすると、後輩は当然怖気づくとも思います。

そんなシチュエーションで、「怖~、ひよった~」とか「マジピヨるんですけど」などといった使われ方をします。

やはり意味としては怖気づく、ビビるといった意味になり、怖い先輩に態度に対しての自分の状態を表すことになります。

ケンカしたとき

ケンカをしたときにも日夜は使うことが出来ます。

ケンカ相手の強さや怖さにひよる、ケンカをして強そうに振舞っていたけれど、内心ひよっていた、ピヨる相手が憎めなくなって、ケンカを止めた、などケンカで感じた恐怖心や怖気づいた態度に対して使えます。

また、語源に近い日和見的な意味で使うことも出来ます。

友達同士がケンカをして、強い方の友達の意見にひよってしまった、強い相手の意見にピヨって同意してしまった、などと使う場合もありますが、現代においては少数派の使い方になるようです。

チンピラに絡まれた時

学園ドラマのようにチンピラに絡まれた時にもひよるは使われます。

突然の災難に驚き、ビビッてしまい、「あの時はひよった」や、チンピラに睨まれて一瞬でピヨった、などと使うことが出来ます。

本人にとって望まれない出来事ですが、危険が去った後では仲間内での笑い話や武勇伝の中で使われることになります。

会社で

日常生活では若者らしく学生にありがちなシチュエーションでの使われ方をされているひよるですが、社会ではどのような使われ方をするのでしょうか?社会では学生のような状況を経験することは少なく、ひよるという言葉を使う年代も学生に比べて上がります。

そのためひよるの本来の意味である日和見の意味に近い、または同じ意味で使われることが多くなります。

つまり、相手の顔入りや立ち位置を伺い、相手に合わせてより強い方や自分が有利になる方へなびく場合やそのような人を相手にしたときに使われるのです。

そのため意味として日和見という言葉を知っている人には理解しやすい使い方だといえるのです。

それでは具体的な使い方について見てゆきましょう。

会議で「日和見」な態度をとる

会社の会議でつい日和見な態度をとってしまった場合、「今日の会議でひよった」と使うことが出来ます。

例えばあるAとBのプロジェクトがあり、会議でどちらを優先するかを決める際にAの方が有利に進みそうな時にはAを推す意見を述べたりしるのですが、Bの方が有利になると見るやBを推す方向に変えてみるなど、正に日和見的な言動をした際にひよるを使うことが出来ます。

この場合のひよるは日和見主義の意味があるひよるなので、語源のままの意味で使うのです。

また、会議中に自分の意見を聞かれて、その場の流れや有利な意見に合わせて適当な意見を述べてしまう場合もひよった態度をとったということが出来ます。

このように社会でもひよるを使うシーンはありますが、意味は語源の日和見と同じものになることが多いのです。

実際に年配の上司などは日和見という言葉を多用する人もいると思います。

上司が「日和見」主義で、いつもコロコロ考えを変えて困る

先程述べたように、年配の上司の中には日和見という言葉を使う人もいると思います。

または上司自信が日和見主義者で態度をコロコロ変える人であるかも知れません。

例えば、社長の前では社長の意見に従い、課長の前では課長の意見に従うといったように、人により態度を変える上司がいて困る場合「上司のひよった態度に困る」ということも出来ます。

日和見主義者の態度にはいちいち付き合っていてはこちらが疲れてしまいますので注意が必要ですね。

言葉の使い方として、このような日和見主義者に対してそのままの意味でひよるを使うことが出来るのです。

現代の若者の言葉であるひよるですが、昔からある日和見という言葉と同じ意味で使う場合もあるのです。

ひよりやすい人の特徴

では、ひよりやすい人というのは、いったいどのような人のことをいうのでしょうか?

友人や家族から「あなたってひよりやすいよね」なんていわれて、あまり意味が分からなかった方もいるかもしれないですね。

ひよりやすいという意味が分かれば、きっとあなたが周りから見られている雰囲気や印象までも分かるはず!

さっそく”ひよりやすい”人の特徴を見ていきましょう。

普段は強がって見せている

本当は弱いのにいつもは強がっていて、その弱さを見せないようにしている人のことを”ひよりやすい人”といいます。

自分では、強く見せようだとか強がっているのが普通で、周りにもそのように見えているように感じますよね。

しかし、ひよりやすい人というのは、強がっているということが周囲にバレやすい傾向があるんです。

そんな強がっている姿がひよりやすく見えてしまうんです。

自己保身に走りやすい

また、強がっているということは、自分を守る姿勢に入りやすいということでもあります。

自分の弱さを認め、そしてさらけだすことができれば、わざわざ強がる意味はありませんよね。

しかし、ひよりやすい人というのは、その弱っている部分を誰かに見せることを嫌がる傾向が高いんです。

それにその弱いところがバレてしまったら、誰かに弱みにつけられるかもしれない…そこまで考えてしまうちょっとした”被害妄想”が強いところもあります。

そのため、自分を守るために強がり、自己保身に入りやすくなっちゃうんですよね。

これは幼い頃からのクセであることが多いので、自分でも気づかずに強がってしまっていることも多いです。

気が小さい

強がってしまうのは、弱いところを隠すためだ…と一つ前の項目でお伝えしましたね。

要するに気が小さいってことなんです。

気が小さいということは、どういうことかといいますと心が繊細でガラスのハートの持ち主であるということになります。

いつも強がっているし、強く見えるので人によっては「まさか弱いなんてないだろう」と思われるのですが、そんなことないんですよね。

弱い犬がそれを隠すために吠えまくるのと全く同じことです。

ひよりやすい人は、気が小さく、それを気にしている一面を持っています。

繊細ですぐ傷つく

普通であれば、言われても傷つかないようなことであっても繊細な心の持ち主なので、すぐに傷ついてしまいます。

相手がちょっとした冗談で相手に伝えていることであっても、それを真に受けて、「私ってこう見られてたんだ…」なんて一人で悲しみのどん底に落ちてしまうんですよね。

とはいえ、その状況では強がっているので相手には、ひよりやすい人が傷ついていることに気づきません。

そのため、ひよりやすい人はいつまでも一人でその悲しみを持ち続けることになるんです。

また、傷つきやすいということは、過去のトラウマにも縛られやすいということになります。

過去のトラウマで一人悩み、明るい笑顔の裏にかなりのマイナスハートを持っていることも。

自意識過剰

ひよりやすい人は、自意識過剰な面を持っていることが多いです。

そのため、ちょっとでも物事がうまくいくと「人生がうまくいく!」なんて他人なら絶対に思わないようなポジティブになったり、逆に誰かから批判されるようなことがあれば「人生はこれでおしまい」なんていうネガティブな考えになってしまうことも。

それでいて、自信家であることもあるので、扱うのにちょっとめんどうくさいと感じる方もいることでしょう。

さっきはこういってたのに、今はこういってる…。

それも自意識過剰だから、何かをアドバイスしても受け入れる耳を持っていないんですよね。

困難からすぐ逃げる

人生のなかには、困難が待ち受けているものです。

その困難を乗り越えることによって、精神的にも肉体的にも成長することができます。

そして、次にやってきた困難を乗り越えることができるようになるんです。

あなたは、そのような困難がやってきたときにどのように対処していますか?
面と向かっていますか?もしかして、逃げていませんか。

もしも、困難に立ち向かうこともせず、困難を発見したらすぐに尻尾をまいて逃げているようであればひよりやすい人の特徴にあてはまっています。

困難であるということ、そしてそれを乗り越える能力は自分は持っていないということですぐにあきらめてしまうんですよね。

また、それは苦しい出来事に耐えられないガラスのハートを持っているからでもあります。

断れない

誘われたり、何かを頼まれたとき、ひよりやすい人は断ることができません。

断るどころか、笑顔をふりまいて「分かりました」「やっときますね」なんて気持ちの良い言葉を出しちゃうんですよね。

その言葉を発しているときの気持ちは「ああ、なんでこんなことに…」と繊細な心が傷ついてしまっている状況になります。

断れないということは、基本的にイエスマンな傾向が高いということになります。

困難に弱く、そしてさらにイエスマンだということはいつでも解決できないと思ってしまうようなひどい問題と向き合わなくちゃいけないんです。

とはいえ、困難に立ち向かう気力はないのでいつまでも片付かない問題に苛立ちやもやもやした気持ちを感じていることも。

長いものに巻かれるタイプ

ひよりやすい人というのは、長いものに巻かれるタイプでもあります。

長いものに巻かれるというのは、多数派の意見だとか権力の強い側についてしまうということですよね。

ひよりやすい人は、弱さを隠すために強がることができるように、自分の意思をしっかり持っています。

しかし、それができない理由があるんです。

もしもあなたが「自分の意見を持っているのであれば、長いものにまかれるということはないのではないか?」と疑問に思っているかもしれませんね。

繊細なガラスのハートの持ち主だからこそ、そうせざるをえない、自分を守るためにそうしてしまう理由があるんです。

【長いものに巻かれる人の特徴は、こちらの記事もチェック!】

相手の言いなりになる

長いものに巻かれる人というのは、基本的に相手の言いなりになってしまうことが多いです。

言いなりになるより、自分の気持ちに従って生きていたほうが生きやすいというのに、どうして言いなりになってしまうのでしょうか。

それは相手の勝てっこない・・・と心のなかで思っているからなんですね。

また、相手の言いなりになっておけば、自分に困難は降りかからないし、安全が保障されていると感じていることも。

とはいえ、相手の言いなりになっているという自分に嫌な気持ちを感じています。

そのため、その悩みで繊細なハートが傷つき、自分の立場が分からなくなっていることも。

とはいえ、反発する気持ちもないのでそのまま言いなりになる生活が続いています。

もめ事が嫌い

さきほど”繊細なガラスのハートの持ち主だからこそ、そうせざるを得ない理由があるのだ”とお伝えしましたね。

その理由のひとつに、この”揉め事が嫌い”というのがあります。

長いものに巻かれてしまう人というのは、相手とは全く違う意見を持っているにもかかわらず、まかれちゃうことが多いんですね。

それは相手の意見と自分の意見がぶつかって、なにか問題になったり、揉め事になるのがイヤだと感じているからです。

もともと、困難な問題に出くわすのも立ち向かうのも苦手に感じている人です。

それが”対人間”となれば、もっと苦痛を感じるようになるでしょう。

そのような苦痛を感じるくらいであれば、長いものにまかれておとなしくしていた方がいいと感じちゃうんです。

そのため、長いものにまかれていても反発する気持ちを持っています。

自分に自信が無い

自分に自信がない人というのは、ひよりやすい人と言われやすいです。

ひよりやすい人は、自分に降りかかってきた困難から逃げてしまうクセがあるので、精神的な成長ができていないんですよね。

それに人というのは、何か問題を解決することが自信につながるものです。

しかし、ひよりやすい人はそれができません。

自分に自信がないということをコンプレックスに感じていて、どのようにすれば自分に自信がもてるのかと色々考えるのですが、なかなか実行にうつせないんですよね。

なぜならば、自信につながることというのは、その人にとっては”困難な問題”であることが多いからです。

この試験を、問題をクリアすれば必ず自信をもつことができる…そのように頭でわかっていても、失敗することの恐怖、そして困難に向かうことの怖さに打ち勝つことができないんです。

では、自信がないということでどのような印象をもつ人が多いのでしょうか。

あなたは、自分に自信を持っていると思いますか。

もしも、ないと思うのであれば以下のことがあてはまらないかをチェックしていきましょう。

挙動不審なことが多い

自分に自信がないと、どうしても自分の立ち振る舞いにも疑問を抱きがちです。

「こんなときにこのように振舞っていいのかな?」「それともああするべきなのかな」そんな自己会話が頭のなかでいつまでも繰り返され、挙動不信になってしまうんですよね。

自分に自信があれば、どんな行動をするにも自分という核があるためにちょっとやそっとの気持ちの揺らぎ、アドバイスなどでゆらぐことがありません。

でも、自分に自信がない=自分に核がないということによって、どんなときでも「自分は正解を行なえているのか、それとも間違いを犯しているのか」と悩んでしまうのです。

その悩みが行動として、表に表れてしまっているのです。

決断力がない

自分という軸を持っていれば、何を決断するにもそれが判断材料になります。

しかし、その判断材料がないと決断力が薄くなってしまうんですよね。

いわゆる”優柔不断な人”になりやすくなるんです。

自分には決断力がない、だから決められない・・・なんて自分に言い聞かせて、決断するのをやめていませんか。

ちょっとのことでも決められるようになると、それが自信となり他のことも決断しやすくなりますよ。

まずは、レストランのメニューを入店から5分で決められるようにしてみましょう!ちなみに筆者は、このやり方で決断力をつけることができました。

恋愛も苦手

恋愛は、自分に自信があるからこそできるものだと勘違いしています。

そのため、好きな人ができてもアピールすることができず遠くから見るような事態になっているんですよね。

しかし、恋愛というのは恋愛することで成長していくものです。

そして、自分の自信につながったり、相手の幸せを祈り、行動できるようになっていくんです。

とはいえ、自分の気持ちを伝えるのも、さらけだすのも苦手なのでいつでも「気はない」態度をしがちです。

思考回路がネガティブ

いつでも思考がネガティブに偏りがちです。

誰もが心から嬉しく思うようなことがあっても、そのネガティブな心のために心から嬉しく感じることができません。

この嬉しい裏に何か隠されているのではないか・・・なんて余計な詮索をしてしまうこともあるでしょう。

それは、さらに自信を失わせる材料になりかねません。

ネガティブのなかにもポジティブを見つけるようにして、少しずつ前向きに考えるようにしたいですが、それがなかなか取り入れられません。

人間不信に陥っている

これまでの人生のなかで誰かに裏切られたり、傷つけられたような経験があると人間不信になっているかもしれません。

あなたは、これまでにそのような経験をしたことがありませんか?

例えば、恋人が浮気をしていた、仲良しだと思っていた友達たちが裏で悪口をいっていた、一人だけ仲間はずれで遊んでいた・・・などなど色々なことがありますよね。

そのような人とは縁を切ればいいだけの話ですが、これまでの関係があるとすぐにはそのようにできないものです。

その結果、人間不信を長引かせ、いつまでたっても苦しい思いをしてしまうんです。

とはいえ、人間不信を解消するのは自分自身ですから、他人に頼るのはやめたいところ。

【人間不信については、こちらの記事もチェック!】

初めての場所や人に弱い

慣れているものであればいいのですが、初めての場所や人に弱いのがひよりやすい人でもあります。

では、どうしてそのようになってしまうのかといいますと・・・。

コミュニケーションが下手

はっきり言って、自分がコミュニケーション下手であるということを自覚しているので、それを表にさらすことになる場所はイヤに感じてしまうんですよね。

社交辞令くらいなら会話ができるけれど、深いところをつつかれたり、冗談を言い合うようなことになるととたんにその場所から離れたくなってしまいます。

目標や夢がコロコロ変わる

ひよりやすい人は、他人から影響されやすいという面も持っています。

そのため、昨日言っていた夢や目標が今日になって変わってしまっているなんていうことも。

そのため、周囲の人からはあまり信頼できない人と思われていることも。

ひよるは若者言葉!(まとめ)

いかがでしたでしょうか?

ひよるとは若者が多く使う言葉ですが、意味を知り、語源を辿ると昔からある日和見という言葉に行き着きます。

その言葉の意味する、有利な方に合わせて自分の考えを変える、という意味のままひよるという言葉を使うことも出来ますが、意味が変わり、怖気づいた時やひるんだ時に使う言葉になってきています。

それが間違いと昔の言葉の基準でいえばそういえますが、言葉自体は時代とともにどんどん移り変わります。

同じ言葉でも使い方や意味が変わることはひよるに限ったことではないのです。

私達日本人でも江戸時代と同じ言葉を使っている人は一人もいないでしょう。

どんどん言葉の使い方や意味、発音まで変わってゆくからです。

そしてこれからも言葉の使い方は変わってゆくので、100年後の日本では今の日本語は通じないかも知れません。

伝統的な文化や言葉を守ることも、もちろん大切ですが、同時に新しい言葉や時代の流れを受け入れる柔軟さも必要になります。

ひよるという言葉はほんの一例です。

他にも新しい言葉は生まれ続けています。

そんな言葉の中から日本語として定着してゆく言葉も表れてくることでしょう。

新しい言葉を覚え使うことは脳のトレーニングにもなりますし、若者文化を知るきっかけにもなります。

あまり固く考えずに、柔軟に新しい言葉を受け入れることで柔軟なコミュニケーションをとれるようにもなってきます。

次はあなたが考えた新しい言葉が世に広まる番かもしれません。

興味のある人は、新しい言葉を創ることをしてみては如何でしょうか?今の時代はネットで発信出来るので個人でも新しい言葉を広めることが出来ます。

言葉について知り、言葉について考え、そして楽しみましょう。

そうする中で言葉の持つ素晴らしさや奥深さに気が付き、言葉を使うことのありがたさを実感してゆくことが出来るようになるでしょう。