突然深い話になりますが、あなたは「愛」について考えたことがありますか?
女性として「愛」を考える場合、男性として「愛」を考える場合、また親として「愛」を考える場合…。
それぞれ立場が違えば、「愛」の考え方や感じ方、捉え方も違うのではないでしょうか?
さらに、「好き」や「愛してる」の違いについても考えていきたいと思います。
今回は、そんな深いテーマである「愛」についてそれぞれの立場から様々な方向で、考えていきたいと思います。
「愛」とは何だろう?
そんな疑問にもお答え出来る記事になればと感じています。
さてあなたは、どの立場から「愛」について考えていきますか?
愛とは何か…考えた事ありますか?
「愛」とは何でしょう?
「好き」や「愛してる」の違いなど、様々な考え方や捉え方がありますよね。
初恋の相手なら、「恋」なので「好き」なんじゃないか?
と、いう意見がある一方で「好き」な気持ちは「愛」に変わる場合があるから、「好き」と「愛してる」は全くの別物ではない。
など、人により「愛」は捉え方や感じ方も様々なようです。
しかし、「愛」とはそれでいいのではないでしょうか?
あなたが感じる全ての事を、「愛」に変換できてしまうのです。
憎しみや苦しみも、「愛」から生まれる場合もありますし、また「愛」を分け与えたくなる場合もあります。
さらに、存在する方ばかりに対する「愛」ばかりでなく、この世に存在しない人物にも「愛」は存在するのです。
上手く説明できない愛というもの
「愛」というテーマは、奥が深いのと幅も広い捉え方が出来るため、一言では片付けられないのです。
「愛」の感じ方やテーマも、その人が踏んで来た人生にもよるため、「愛」についての捉え方も人それぞれだと言えるのです。
このように、「愛」についてもなかなか一言でまとまる内容でもないので、上手く説明することが難しいとされています。
しかし「愛」とは感じる事が大切で具体的な説明は要らないのかもしれません。
あなたは「愛」と言われた時に、誰の顔が浮かびますか?
きっと、パッと思い出した人こそ今のあなたに必要な人であり、また、その人を大切に愛してるのでしょう。
愛ってなに?
そもそも「愛」って何でしょう?
与えるばかりが「愛」でもありませんし、いただくだけでも「愛」だとは言えません。
愛し愛され、初めて「愛」だと感じられる場合もありますし、また一方的な「愛」も、その人によっては「愛」だと感じる場合もあります。
これもまた、「愛」を一言では言いにくい、また表現しにくいのかもしれません。
様々な概念や外的要素が重なり、また内的要素により感じたことの重なりが「愛」につながる場合もありますし、ただ、何も無く漠然と「愛」を感じる場合もあります。
このように、人の感情とは不思議でその人が「愛」だと感じれば「愛」になってしまうのかもしれません。
学問的には感情の一種
「愛」とは、学問的には感情の一種になります。
怒りや悲しみ、楽しみや嬉しいなどの仲間になるんですね。
しかし、様々な感情があるからこそ、人間としての素晴らしさや感動があるのではないでしょうか?人は感情を持たなければ、機械やロボットと同じです。
「愛」があるからこそ、人は頑張れたり努力できたりするのかもしれません。
悲しみや怒りがあるからこそ、不安な気持ちや備える気持ちに繋がるのかもしれません。