職場などで「顛末書を書かなくてはいけない」と言われたり、「ことの顛末について話してください」など言われることがあるかもしれません。

「顛末(てんまつ)?いったい何のこと??」って思ったことはありませんか?

漢字としても、あまり見ないし、日常で「顛末」という言葉を使うことってあんまりありませんよね。

でも、時々登場する言葉なので、意味を知らないと恥ずかしい思いをすることになるかもしれません。

なので、いざという時にもスマートにこの言葉を使ったり、意味を理解できるように、ここで意味と使い方をチェックしておきましょう!

顛末(てんまつ)とは

「顛末」って言葉、みなさんはすぐに読めますか?

一瞬、「ん?なんて読むんだろう・・・」って焦りますよね。

これは「てんまつ」って読みます。

でも、「顛末(てんまつ)」って言われても、なんだかピンときませんよね・・・。

日常で普段使うことはほとんどない言葉かもしれません。

でも、「顛末書」とか、「ことの顛末はこうなんだよ」というようなフレーズは聞いたことがあるのではないでしょうか?

ビジネスマンなら「顛末書」と「始末書」などの違いについても聞いたことがあるでしょう。

この「顛末」という言葉を、ピッタリのシチュエーションでさらりと使えたらすごくカッコイイですよね~。

ボキャブラリーが多くて、知的な人の話し方って感じがします。

そんな、カッコイイビジネスマン、さらには語句をよく知っている人になれるように、今回は「顛末(てんまつ)」について調べていきましょう♪

顛末の意味とは

まずは、「顛末」の意味についてしっかりと理解しておきたいところですよね。

みなさんは、どういういいだと思いますか?

「ことの顛末」という言い方を考えると、「ことのあらまし」とか、そうゆう意味のようにとらえている人は多いのではないでしょうか?

その他でどう使っているかというと、あまりよく知らないので、辞書で意味をちゃんと調べてみたいと思います。

事の最初から最後までの事情

辞書で調べてみたところ、「事の最初から最後までの事情」を意味していることがわかりました。

つまり、「事の顛末を教えてください」っていうのは、何かの出来事、物事について、その結末だけでなく、最初から最後までを教えてほしいということだったんですね!

最初から最後まで事のあらすじを説明するとなると、かなり大変になりますし時間もかかりますけど、何か途中の出来事や状態についてを勝手に省いたり、結論だけを報告すればいい、ということではないわけです。

最初から最後までということは、その物事や出来事に関係したすべての要素や成り行きについて知りたいということですね。

一部始終

それで、「顛末」の意味は「一部始終」と説明することもできます。

「一部始終」ということは、とにかく事の全部ということですね!

物事が現在の状態になるまでの成り行き、過程について、最初から最後まで全部を含んでいます。

なので、「事の顛末を教えてください」と言われたら、おおざっぱにまとめて話せばいいということではありませんね。

細かなところまで、事細かく詳しく説明しなくてはいけません。

物事がどうして今の状態になったのか、まずはその始まりから、そして今に至るまでのいきさつ、過程、あらましを、事実関係や背景なども共に、細部にわたって説明する、ということになります。

でも、「一部始終」って言葉は初めから終わりまでのすべてのことを意味しているのに、なんで「一部」って言われているんでしょうか?

意味しているところは、「一部」じゃなくて「全部」だから「全部始終」でもいいんじゃないの?って思った人はいませんか??

この点についてもちょっと調べたところ、実はこの「一部」という言葉は、「全体」という言葉に対して「物事の一部分」という意味ではなかったんです。

そうではなく、「一部始終」の「一部」は一冊の書物を表していて、その一冊の書物の始まりから終わりまで、という意味だったんです。

もともと、「全巻」という意味で「一部」という言葉が使われていたそうです。

今では一部というのは「全体の中の一部分」という意味として使われているので、「一部始終」という四字熟語はちょっと矛盾のようなものを感じてしまいますけど、もともと「一つの書物全巻」を「一部」と言っていた、ということを知ると、納得できますね。

顛末の由来とは

でも、「事の最初から最後までの事情」もしくは「一部始終」を意味する「顛末」という言葉の由来とはいったい何なのでしょうか?

どこからこの言葉が作られてきたのでしょうか?

全く初めて聞いた人にとっては、難しい漢字を使っているし、「てんまつ」と聞いただけでは意味を推測するのは難しい言葉ですよね。

では、由来についてもチェックしてみましょう。

顛(てん)とは「いただき」を意味し、末とは「すえ」を意味する

「顛末」の「顛(てん)」とは、「いただき」を意味しているようです。

「物事の先端」とか「てっぺん」という意味を持ちます。

なので、「山顛(さんてん)」と書き、使うこともあります。

もちろん意味は、山のてっぺん、山頂のことです。

「さんてん」は漢字としては、「山巓」とも書くことが多いですね。

そして、「末(すえ)」は、みなさんもご存知の通り、ある事柄の続いているものの先端の方のことです。

なので、「顛(てん」)が物事の最初のほうを指しているのであれば、「末(すえ)」はそれが続ているものの一番最後のことを指していますね。

なので、物事の最初から最後まで全部を表す言葉として「顛末(てんまつ)」という言葉になったようです。

一つ一つの漢字の意味がよくわかると、言葉の意味ってすごくよく理解できますよね。

「顛末」も初めて聞くと、意味はさっぱり分かりませんけど、漢字の意味を知ったり、由来を知れば意味するところはすっかり理解できちゃいました。

顛末書とは

では、ここで「顛末書」について考えてみましょう。

ビジネスマンはよく「顛末書」と「始末書」について聞くことがあったり、さらには自分が書く必要が出てきたりするでしょう。

そして、この2つの違いについて頭を悩ますことがありますよね?

時に、ほとんど同じものとして扱われる「顛末書」と「始末書」ですが、やはりこの2つには違いがあります。

まずは「始末書」ですが、これは反省文が主になります。

何かトラブルやミスを起こしてしまったときに、そのことについて謝罪し、そのことについての経緯や対策案などを書きます。

それは、懲戒処分や訓告などを受けるようなことをしたときに社内に提出するため、もしくは社外に対して何か失礼なことをしてしまったりミスをしたときにも、先方に対して提出する書類となります。

それで、反省と謝罪がメインとなっているので、トラブルが起きた時にはすぐに提出するのが基本です。

この始末書は、労働者本人に自分の非を認めさせ反省をさせること、そして起こしてしまったトラブルやミスにしたいしてケジメをつけさせることによって同じミスを繰り返さないように再発を防止する、という意図があります。

さらには、もしその人を解雇することになった時には、その人の直筆の始末書が、解雇せざるを得なくなった証拠として使えるからです。

つまり、始末書の作成により労働者の側に何らかの非違行為があったこと、そして会社側は指導を行った、しかしそれにも関わらず改善が見られなかった、という証拠のもと解雇に踏み切ることができるわけです。

一方、「顛末書」の場合、トラブルやミス、不祥事などがあった時に、その問題について一部始終を報告するための書類となります。

それで「トラブル報告書」とも言われることがあります。

「始末書」が自分の非を認め、反省し謝罪することを目的としていることに対して、「顛末書」は、起こったことの事実を報告することが目的となります。

それで、起こったことについて一部始終、事細かに経緯を説明するとともに、今度同じことが起きないように防止対策も含めます。

それで、ことが終わった後になるべく早く提出します。

謝罪がメインではなく、報告するということが目的なので、トラブルが起こったことの顛末を書かなくてはいけません。

どのような経緯で、どうゆう背景で、どのような事実関係があって事が起こったのかということを細かく、そして何かの事実を隠したり、うそをついたりせずに報告する必要があります。

まだ事の収集がついていない、という時には「報告書」として今のところの状況を伝える文章を作成することもありますが、すべての処理も終わったなら「顛末書」として、ことの最初から最後までについて報告する文書を作成することとなるでしょう。

それで、「顛末書」は基本的には社内向けの文章となります。

起きてしまったことについて、社内に対して、そして関係した人に対してその出来事の全体と事実関係を説明し、今度どのようにすべきか、対策についても考えるための書類ということになります。

なので、何かミスをしてしまったとき「顛末書」によって、ある程度の信頼回復を図ることができます。

会社としては、トラブルや事故が起きた時の流れと、これからの対処法や改善策というものを知りたいと思っていますし、それを社内で共有することを求めています。

それで、事の事態を詳しく、原因結果を分析し、そして特に対策や改善策について詳細に記載する必要があるわけです。

なので、始末書は相手先への謝罪として社内、社外にも提出する文章となり、何か社内処分を受けるような事態になるトラブルやミスをしたときに作成することが多いですが、顛末書は、そのよう処分に当たらないようなミスやトラブルや事故などを起こしたときに作成することが多いです。

「顛末書」と、「始末書」の違いがわかったでしょうか?

こうやって目的の違いを考えてみると、「顛末書」は確かに、「顛末」という言葉も意味通り、事の初めから終わりまでの一部始終を説明するための書類であることがよくわかりますね♪

顛末(てんまつ)の使い方・例文

では、ここからは「顛末」の使い方や例文についてご紹介していきたいと思います。

じつは、普段の日常生活の中でも使えるし、さらにはビジネスシーンや書き言葉としてもたくさん活用できると思います。

では、さっそく使い方の例文を見ていきましょう♪

顛末を名詞として使う

まずは「顛末」を名詞として使う例文をご紹介していきたいと思います。

ちなみに、名詞というのは品詞の一つであり、物事の名称を表したりするものです。

さらに状態や性質、存在などを表す単語と言われています。

私たちの個人の名前は固有名詞、人間や猫、犬などの種類(類疑念)を表す単語などは普通名詞と言われていますね。

さらに、数詞、集合名詞、物質名詞、抽象名詞というものに分類することができるのですが、「顛末」も名詞の一つです。

名詞は、文の主語となることができます。

「事の顛末を皆に話した。」

私たちも一般によく耳にすることのある活用法として、「事の顛末を皆に話した。」というような言い回しです。

これは、話し言葉でも書き言葉としても使うことができますよね。

ある事について、最初から最後までの過程や、起きた詳細な点までも事細かに話した、ということになりますね。

例えば、ある家族の一人が事故に遭ったとします。

そして、その事故によっていろんなトラブルが起きてしまった、ということもあるでしょう。

心配する親族に、ことが落ち着いて収集がついたときに、みんなを集めて何がどうなってこのようなトラブルが起きてしまったのか、そのトラブルが起きた背景にはどんなことがあったのか、などの事実関係をすべて話して情報を共有した、という時に使えますね。

「顛末を打ち明けることにした。」

「顛末を打ち明けることにした。」ということは、つまり、事の詳細をすべて最初から最後まで明かすことに決めた、ということですね。

物事を誰にどの程度情報として伝えるか、ということはその状況によって違いますよね?
ある人には、事の一面だけや結果だけを伝えておけばいい、と思う時もあります。

しかし、顛末を打ち明けることにした、というときは、そのような部分的な真実を伝えるとか、結果だけを報告する、ということではなく、事の全体をすべてありのままに報告する、ということになりますね。

会社でもある小さなトラブルが起きたときに、最初は上司に結果だけを報告していたかもしれません。

しかし、問題がどんどんと大きくなり、結果論だけでは済まされなくなった時、そしてもっとみんなが事のありのままを詳細に知るべき事態になってしまったときには、「徹末を打ち明け」る必要が出てきたりするかもしれません。

そんな時に使えるフレーズです。

「顛末を調べることにした。」

これは、自分が関係していること、あるいは関係していないことでも、ある出来事の全体を把握したい、詳細を知りたいというときに、事の一部始終を解き明かそうとする場合に使えるフレーズですね。

何が起きているのか、あるいは起きたのかということを知るだけでなく、そこにはどんな始まりと過程があったのか、ということを探るということなので、関係する事実について細かく調査することになるわけでしょう。

もし関係している人たちにとって、何か隠したい事実があったり、知られたらまずいことがある場合は、「顛末を調べることにしましたから」とか言われたら、かなりゾッとしますね。

「やめてくれ」と思ってしまいます。

事故や事件の原因とか、浮気の調査とか、一部始終知られたくないことがあっても、顛末を調べることを決意したからそれを明らかにされてしまう可能性がありますね。

「顛末を問いただした。」

「何か裏で隠していることがあるな?」とか、「まだこの事に関係していることで言っていないことがあるでしょ!?」って言われたら、ちょっと怖いですよね。

隠し事をしていたり、物事の詳細を伝えていないでトラブルをあやふやにしようとしたときに、「顛末を問いただされる」ってことがあるかもしれませんね。

逆に、「どうしてこうなったの?」、「なんでそうゆうことが起きたの?」、「それであの人はどうしたの?」、「あなたはどうしたの?」というように、何か仕事でも過程でもトラブルが起きたり、ミスをした人がいた場合に、その原因と一連の物事が起こっていく、それぞれの過程をすべて聞き出そう、というする時には、「顛末を問いただした。」ということになりますね。

「問いただす」というのは、「厳しく追及する」とか「不明な点を質問する」という意味があるので、顛末を問いただそうとする人からは、かなり質問攻めにされ、そして事細かいことまで追求されて、すべてを丸裸にされると思ったほうがいいですね。

「顛末を書き記しておこう。」

起きた出来事を忘れないために、あるいは後々の証拠のために「顛末を書き記しておこう。」と思うこともあるでしょう。

人の記憶って曖昧だから、ちゃんと日記を着けておくみたいに、詳細なこともちゃんと書き記しておけば、いつどんなことがあったのか、何が原因だったのか、どんな状況で誰がどんな行動をしたのか、そしてどんな結果になったのか、ということを詳細に残しておくことができますもんね。

でも、もし配偶者が自分の不倫とか憎いと思う言動などについて、一部始終いつも書き記していると思うと、ゾッとしますね。

「その顛末を眺めていた。」

「その顛末を眺めていた。」ということは、事の最初から最後までについて、その事実を第三者として知っていた、ということになりますよね?

「眺める」ということは、「かたわらで成り行きを見る」という意味があります。

つまり、その当事者としてではなく、第三者として事の一部始終を観察していたということですよね。

例えば、事故が起きた時に、自分は加害者でも被害者でもないとしても、その事故が起こった現場に居合わせて、その出来事の最初から最後までの一部始終を見ていたなら、「顛末を眺めていた」ということになりますね。

まあ、事故を「眺める」という言い方は少し当事者の方の気持ちを害してしまうかもしれませんから、事故なら「見ていた」という言い回しのほうがいいのかもしれませんけどね。

ただ、その出来後についてはすべてを知っている、ということです。

あるいは、会社での人間トラブルについて第三者的に、それが今度どうなっていくのかを見てきたというケースもあるかもしれません。

当事者たちがどんな原因でトラブルを抱えるようになり、どのように事に対処していくのか、そして今に至る経緯をずっと見てきた、という時にも「その顛末を眺めていた。」ということになるでしょう。

「当時の顛末を思い出した。」

「当時の顛末を思い出した。」ということは、過去のことを振り返って詳細を思い出した、ということになりますね。

昔のことで今まではすっかり忘れていたことも、ふとあることがきっかけで詳細を思い出すことがあります。

例えば、遠い昔の元恋人に会って、「懐かしいな~」って思うと同時に、「どうしてあの時、あの人と別れたんだっけ??」って考えるかもしれません。

昔の記憶ですっかり忘れていたことも、その人の顔を見た時に、そしてその人との思い出について懐かしくあれこれと考えていた時に、「あ~そうか、あれがきっかけで、あんなことがあって、ああなって別れたんだ!」って思い出すかもしれません。

過去の出来事を詳細に思い出すことで、辛いことを思い出しちゃったということもあるかもしれませんけど、逆に自分にとって今となると宝物のような経験を思い出すこともあるかもしれませんね。

あと、自分の身の回りで事件が起きて、刑事さんたちから事件当時のことを聞かれたとき、ショックのあまりその時は思い出せなかったけど、ひとまず気持ちが落ち着いたときに「当時の顛末を思い出した」ということもあるかもしれません。

事件当時の詳細、一部始終を思い出したということですね。

そんな経験はめったにしないと思いますけど、詳細な点を思い出したなら、あなたの記憶はかなり有力な事件解決のカギになるかも!?

「災難の顛末を思い返す。」

自分や知り合いの人の身に何か災難が起きた時、そのことが起きてしまった原因や過程などについて、「災難の顛末を思い返す」ということがあるかもしれません。

それは、つらい記憶についてフラッシュバックしてしまうという時なのかもしれませんし、人生の教訓として思い起こすこともあるでしょう。

さらに、会社でミスをしてしまったり、事故を起こしてしまったときなどに顛末書を書いて、その情報を社内で共有し、また同じミスが起きないようにみんなで「災難の顛末を思い返す」ということもあるかもしれませんね。

ただ何が起きたのか、ということだけでなく、そのように原因や過程、そして結果という事の全体を思い返すことによって、教訓を得ることができたり、再発防止のために改善点や対処法などを考えることができそうです。

「そうした顛末を知ってしまったからには。」

人から何かの出来事について、表面的な情報だけしか知らないなら、それは「へ~そうなんだ、大変だったね~」と他人事で済むかもしれませんけど、事の全体、それも人が知らない、いや知るべき関係している重要な詳細な事実を知ってしまったときには、「そうした顛末を知ってしまったからには・・・」と他人事ではなくなることもありますよね。

知らなければ責任がなかったのに、知ってしまった以上、自分も関係者になってしまって何らかの行動責任が発生してしまう、ということありますからね・・・。

「知らなきゃよかった!でも事の顛末を知ってしまったからには何とかせねば!」ってことです。

「これから顛末をお話しします。」

「これから顛末をお話しします。」って切り出されたら、かなり興味津々で聞きたくなりますよね!?

何があったんだ!?ことの真相とはいったい!?ってことで、おもしろそう。

そんな、「おもしろそう」なんて言ってられるようなことではないことも多いと思いますけど、本人や事の全てを知っている人が、ことも一部始終を詳細なことも全部、真相を明らかにしてくれるってことですね。

「もう少し詳しく顛末を教えて下さい。」

もし会社などで事故が起きてしまった場合など、何がどうなったのかという結果だけでなく、もっと詳しく事態について最初から教えてほしい、というときに、「もう少し詳しく顛末を教えてください。」と言われるかもしれませんし、自分が聞く側なら言うことができるでしょう。

「詳しく」「顛末を」教えてほしい、ということなので、関係している事実をすべて話す必要がありそうです。

どういった環境で、どういった行動をしているときに、何が原因で、どうなったのか、ということを事細かに思い出して説明することを求めているのでしょう。

「策を練った顛末を話す。」

「策を練った顛末を話す。

」という場合は、事実を詳細に述べる、ということだけではなく、その情報を伝えることに何らかの意図がありそうです。

「策を練る」ということは、つまり計画的に、どうしたらよいのかということを考えるということです。

ということは、「策を練った顛末を話す」人は、この時「顛末を話す」ということで表上はすべてを語ります!って言っているようなものだけど、本当はそれも計画のうえで自分たちの思い通りの展開に持っていくための策だったり、そのように思い通りに事を運ぶために情報をうまく伝えている、ということなのでしょうか?

ちょっとずる賢いですね。

「意外な顛末の物語。」

推理小説なんかは、物語が進んでいくうちにいろんな人たちの本当の姿や裏の顔、さらには事件の真相が徐々に明らかになってきて、すごく面白いですよね。

最後に見えた物語の全体像が、思っていたのとは違ってすごく面白かった、意外な真相だった、という時に「意外な顛末の物語」ということができるかもしれません。

一部だけを知っていると、違う見方だったり、予想をしていたけど、事の全体がわかった時にそれが意外な事実関係だった、ということですね。

恋愛小説もミステリー小説も意外性があると、すごく面白いですよね!

顛末の複合名詞

さらに今度は「顛末」の複合名詞についてご紹介していきたいと思います。

複合名詞とは、言葉が組み合わさってできる言葉です。

一つの名詞に、一つかそれ以上の単語がくっついて、新しく名詞になったものを言います。

では、「顛末」という名詞に、さらに単語が合わさった言葉について見てみましょう。

「交渉顛末」

時に、日本と他国、例えばアメリカ合衆国との交渉についての情報を載せている記事なんかに「日米交渉顛末」というような見出しがついていることがあります。

「交渉顛末(こうしょうてんまつ)ということは、交渉についての一部始終を説明している記事であることがうかがえますね。

「経路顛末」

「経路」とは道筋のこと、物事がたどってきた過程のことを指しています。

それで、物事がどのような経路をたどってきたのか、ということを最初から最後まで詳細に明らかにしていることを「経路顛末」というと考えられます。

「由来顛末」

「由来」という言葉も、物事がいつ、どこで、どのようにして今に至ったのかという、たどってきた経路や、いわれ、というものを意味しています。

物事の起源や歴史という意味でもありますね。

なので、もともとはどうだったのかとか、本来はどうだったのか、そして現在に至るまでの過程について説明するときに「由来」について語る、というように言います。

その「由来」と「顛末」が合体して、「由来顛末」となっているわけなので、物事のもともと、本来の状態から、現代に至るまでの過程を詳細に説明している、ということになるでしょう。

「状況顛末」

「状況」とは、物事が移り変わる中で、その時々のありさまについて言っているそうです。

「状況」という言葉は、なかなか説明するのが難しく、状況とは何か?ということ、考え始めると哲学的な考えにもたどり着くようなのですが、まあ、その時と環境の中にいる人間の存在の全体的な関係について指している、と考えられるそうです。

言葉にするとややこしくて難しいですけど、「状況顛末」という複合名詞もあるようで、状況というのは移り変わりますけど、その移り変わる一部始終についてを意味している言葉と思われます。

「悲劇的顛末」

「悲観的顛末」。

ちょっと意味が分かりませんでした・・・。

悲観的に見た、物事の一部始終ということなんでしょうか?

事の始まりから終わりまでの過程を悲観的にとらえた時に、どう見るかということを言っているのでしょうか?

まとめ

今回は「顛末」という名詞について調査してみましたが、いかがだったでしょうか?

事の最初から最後までの事情、そして一部始終という意味があるでした。

漢字を見るだけだとちょっと難しい言葉でしたけど、「顛(てん)」にはてっぺんという意味があることも知ることができたので、筆者自身勉強になりました。

さらに、ビジネスシーンでよく疑問にあがる、「始末書」と「顛末書」の違いについても知ることができました。

始末書は反省文の色が濃く、顛末書は報告の色が濃いということでしたね。

複合名詞に関しては、ちょっと完璧に正しいといえる説明をすることができていないので、申し訳ないのですが、「顛末」という言葉を名詞として日常でも使うことができるということや、その使い方の例についてもご紹介できたので、ぜひみなさんも使ってみてくださいね♪

普段はあまり気にすることのない「顛末」という言葉でしたけど、きっと、これを読んだみなさんは今度今まで以上に、「顛末」という言葉に敏感になる事でしょう♪