人が誕生してから時間の流れとともに成長していく過程を想うとき、肉体面の身体が成長する過程と、知識や技能を身につけて人格面で成長していく過程との両面を観る必要があります。

肉体面の成長は、身長が伸びる、体重が増えるという、身体が大きくなる過程を成長として見ていきます。

一方、人格面では、年齢の流れとともに身につけていく知識や技能と様々な経験による人間的成長を観ていく必要があります。

人格面の成長を考えるとき、『経験』の数や多様性の『幅』が人の成長に大きな影響を与えます。

人が成長していくためには、多くの『経験』を積むことは大切なことと世間一般では言われています。

人の成長過程を観るとき、単に知識だけでは、人生の中で起きる様々な出来事の場面を乗り越えることは出来ないとまで言われています。

人の成長は、知識とそれを裏付ける経験とが組み合わさることを繰り返しながら『雪だるま』のように、大きくなっていく面をもっています。

『経験』は、人が人格面で成長していくためには欠かせない『健康食』と言えます。

知識は、頭で覚えていくものですが、経験は頭と身体の両方で覚えていくものです。

ですから、『経験』は、人の成長のための『血となり肉』となって蓄積されていくことから、『経験が人生において何よりも大事』と言われているのです。

経験と体験の違い

経験で使われている文字である『経』には、『みち』、『すじみち』という意味があることから、『経過』や『経緯』、『経路』など、時間的つながりを持つものを表現するときに使われます。

人の人生も誕生から始まって、日々の流れである『すじみち』により成長していきますので、『人生経験』という言い方がされています。

『経験』の意味となっている、『実際に見たり、聞いたり、行なったりすること』は、日々の生活の中で繰り返されて、人格形成の『糧』として蓄積されていくのです。

ですから、『経験』というコトバには、時間の流れの中で繰り返される『つながり』を意味しているのです。

一方、『体験』には、時間の流れや繰り返される出来事の考え方は含まれていませんので、一度限りや稀な出来事を表わすときに使われることが多いです。

人の生き様である『人生』は、目の前の出来事を乗り越えることを繰り返しながら成長していくものです。

つまり、『経験』の積み重ねが人生と言えます。

一方、『体験』には一度限りの出来事という意味合いがあるため、積み重ねるという考えはありません。

時間のつながりを持った『経験』と、一度限りの『体験』とでは、人生に及ぼす影響面が異なりますので、使い分けがされているのです。

ですから、『人生』という日々の連続性をもった繰り返しの積み重ねを表わすとき、『人生体験』とは言わずに『人生経験』と表現されるのです。

経験とは


人の成長を語る場面で良く出てくる言葉が『経験』です。

人が成長していくためには、様々な経験を積むことが欠かせない大切なことという考えが、世間の一般的な考えとして広く行き渡っています。

経験とは、日々の生活の中で直面する様々な場面で、観たり聞いたり行なったりすることで、人間的成長の『糧』となっていくことを意味しています。

人の成長は、知識の積み重ねだけでは、『片手落ち』の成長となるため、実際に身体の五感を活かしながら様々な課題を乗り越えることの積み重ねが、人の成長にとっては欠かせない要素になると言えます。

人格形成や人間力の向上にとって、様々な『経験』を体感することは大切なことです。

畑の野菜が成長するためには『肥料』が必要となります。

人も野菜と同じで、成長していくためには経験という『栄養』が必要なのです。

人は、頭の中の知識だけでは人格形成されません。

『経験』が繰り返されて蓄積されることで成長の『糧』となっていくのです。

実際に見たり聞いたり行ったりすること

人にとって経験とは、日常生活の中で織りなされる様々な人間関係や出来事に直面し、その場面を乗り超える『術』を身につけることを積み重ねていくことです。

人生の様々な場面を乗り越える『術』は、直面する物事を実際に見たり聞いたり行ったりすることで、『経験をした』と言えるのです。

日々の生活の中で『壁』に直面した時、安易な逃げの行動を選択するなら、経験とは縁のない惰性を繰り返す人生に陥ってくことでしょう。

しかし、目の前の『壁』に真摯に立ち向かうとき、『壁』の正体を掴むために見たり聞いたり行動する姿は、『経験』を体感している姿と言えます。

色々な人が経験をする姿を観るとき、実際に見たり聞いたり行うという『行動』の積み重ねの大切さを教えてくれます。

することによって身についた知識や技能


日々の生活の中で直面する人間関係や様々な課題から逃げずに向き合うことで身についた知識や技能は、『貴重な経験』と言えます。

自分の身体で味わった体感は、頭と身体の両方に『成長の糧』として積み上がっていきますので、人の成長にとって大きな『栄養』になっていきます。

一方、経験を経ずに頭だけで覚えた知識は、『身』体を使っていないため『身についた』とは言えません。

頭だけに残る知識と、経験によって頭と身体に残った知識や技能とでは、雲泥の差があります。

経験とは、実際に身体を動かすことで『身につく』知識や技能の積み重ねにより、人間的成長のための『糧』となっていきます。

体験とは

体験には、経験の『経』の意味になっている時間の流れである『すじみち』を含んでいませんので、実際に見たり聞いたり行うことが一過性で終わってしまうものです。

しかも、体験は、初めて見ることや行うことを指すことが多いです。

ですから、経験とは異なり、体験を積み重ねるという考え方はありませんので、人の成長の『糧』になることは少ないと言えます。

趣味の世界で、初めて見ることや行うことは、体験として扱われます。

体験は、一過性で扱われますが、経験は人の成長過程の時間の流れである『すじみち』として扱われます。

体験も経験と同じく、自分で実際に体感するものを意味しますが、体験は『人の成長』とセットで扱われることは少ないです。

ですから、『人生体験』というコトバは日常の生活の中で使われることは殆んどありません。

例えば、体験というコトバは、『雪山でのスキーを初めて体験した』というように、人の成長との関わりの少ない場面で使われます。

自分で実際に経験するそのもの

経験は、日々の生活の中で起きる様々な場面で生じた課題に真摯に向き合い乗り越えることを繰り返す姿を表しています。

『経験』というコトバは、時の流れの中で実際に見たり聞いたり行動することを繰り返すことで、人の成長に繋がるという意味が込められています。

つまり、『経験』は『人の成長』とセットで扱われることが多いため、『人生経験』というコトバが日常的に使われています。

一方、体験も経験と同じく、自分で実際に経験するそのものを意味しますが、『人の成長』とセットで扱われることは少ないです。

ですから、『人生体験』というコトバは日常生活の中で使われることは殆んどありません。

つまり、体験は、人の成長に直接影響を与えない出来事に関する事を実際に体感する場面を指すことが多いと言えます。

例えば、体験というコトバは、『雪山でのスキーを初めて体験した』というように、人の成長とは関わりのない場面で実際に経験したことを表すときに使われます。

その行い自体をさす

経験とは、目の前の出来事を乗り切るために、本人が実際に頭と身体を使い乗り越えていく行動を指します。

経験と言えるためには、頭だけではなく実際に身体も動かして体感する姿が必要となります。

『経』の意味である『すじみち』は、実際に行うことで残る痕跡を含んでいますので、『経』験は、行ない自体を指すと言えます。

人は行動する度に、その記憶が身体に積み重なって残っていきます。

身体に蓄積された『行い』の記憶が経験です。

経験の種類

経験には、日々の生活の中で出会う人や出来事の場面に応じて多様な面をもっています。

経験の中には、人生とって良い経験や良くない経験など様々です。

色々な経験が人生の様々な面に影響を与えていきます。

人は、今まで歩んできた人生の過程で実際に乗り越えてきた場面の数だけ、『頭の中の記憶』と『身体の記憶』として、本人の経験の『データベース』に蓄積されていきます。

頭と身体に積み上げられてきた、『実際に行った』記憶は、人の成長にとって『血となり肉となる』のです。

良い経験を積み上げていくことで、『成功した経験』として蓄積されますし、良くない経験は、『失敗した経験』として蓄積されて残っていきます。

良い経験

日々の生活の中で直面する課題を乗り越えることで積み上げられていく経験の中には、その後の人生にとって大いに役立つ『良い』経験があります。

良い経験を積み上げていくためには、目の前に直面する『壁』から避けるように逃げて安易な道を選択することなく、正面から向き合うことが大切です。

経験の良し悪しは、その人が今まで歩んできた日々の暮らしの中で、目の前の課題にどれだけ真摯に向き合ってきたかの積み重ねの度合いによります。

安易な選択を繰り返してきた人生であれば、良い経験といえる場面は少なく、その後の人生に役立ち活かせる経験は少ないことでしょう。

良い経験は、本人の将来の人生の様々な場面でプラスに働き、人生のステージアップへの『いしずえ』となっていきます。

悪い経験

人が様々な出来事に向き合い乗り越えるための行動をすることで、経験が積み上がっていきます。

しかし、目の前に立ちふさがる出来事に真摯に向き合わずに、安易な道に逃げることを選択したとき、良くない経験として記憶され残っていきます。

人生の中で、安易な選択を繰り返すことで、『逃げ』の人生となって、人間的な成長にブレーキをかけて足踏みさせることになります。

その後の人生にプラスとして働かない行動は、悪い経験といえます。

悪い経験は、人の将来の道筋を明るく照らす役割を果たすことはありません。

成功した経験

人は日々の生活の中で様々な経験を繰り返しながら成長していきます。

目の前に立ちふさがる『壁』から逃げずに、真摯に向き合い乗り越えることができたとき、成功した経験として積み上がっていきます。

成功した経験は、人格の成長に大きなプラスのエネルギーとして働き、本人の人生を大きくステージアップさせます。

また、成功した経験は人生の将来を明るく照らす『灯台』として、人格の成長に大きく貢献することになります。

失敗した経験

人生の流れの中で様々な出来事と向き合うとき、巧く乗り越えることができたなら、成功した経験と言えます。

一方、乗り越えることが出来なければ失敗した経験として残っていきますが、失敗した経験は『教訓』として積み上がっていきます。

人生というステージを考えたとき、失敗した経験も役に立つ『薬』として、同じ失敗を2度繰り返さずに済む働きをしてくれます。

日々の積み重ねである人生にとっては、失敗した経験も成功した経験と同様に、将来の人生の色々な面で役に立ってきます。

経験が大事だと言われる10個の理由

人の成長は、単に知識の積み重ねだけでは充分とは言えません。

日々の生活の中で直面する様々な出来事に真正面から向き合い考えて行動する経験の積み重ねも加味されて人格が形成されていくと言えます。

日々の生活で織りなされる、職場での人間関係やプライベートでの人間関係の中で個性のぶつかり合いなど様々な場面に真摯に向き合い、乗り越えるための思案や行動を繰り返すことが貴重な経験の積み重ねとなっていきます。

真摯な経験の積み重ねは、人の成長のために無くてはならない『栄養剤』として、将来の人生をステップアップさせてくれます。

経験の積み重ねを繰り返すことで相乗効果として、人の成長に大きく活きてきます。

様々な経験を積み重ねることで、直面する出来事への的確な判断力が養われます。

的確な判断力は、職場などで織りなされる様々な人間関係の場面でも、相手との関係を築くためのスムーズなコミュニケーション能力として発揮されます。

経験が大事と言われている理由は、様々な人との関わりや予期しない出来事に直面したときの適切な対処能力が、日々の生活の経験を積み重ねることで身に付いていくものだからです。