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70年代ファッションを9個のポイン...(続き2)

男女平等も叫ばれだし、女性が社会に出ていき始めます。

大学への進学率も上がってきており、女性が自由に自分たちのおしゃれを楽しむ社会的、経済的余裕が出てきた時代なのです。

ファッションの多様化が始まった


大きな柄のもの、シルエットが特殊なもの、丈が短く肌の露出が多いもの。

一般の人たちが自分の着たい洋服を着たいように着ることによって、ファッションが多様化していったのです。

今でこそ当たり前ですが、当時はとても画期的なことでした。

日本では1970年代に現在でも有名なファッション雑誌、『anan』と『nonno』が創刊されています。

このファッション雑誌により、アンノン族というものも大流行しました。

ガーリッシュ系と言われるファッションが登場したり、『JJ』も創刊されたりしています。

現代の私たちにとっては普通に感じるファッションも、この頃登場したものが多いんです。

ファッションもより自由なものへ

今まで「女性はスカートを、男性はパンツを」と決められていたような固定観念を崩すような自由なファッションが特に好まれました。

それぞれの好きな物を好きなように着たいという思いから多くの人が好む既製品よりも、オンリーワンの一点ものが好まれるような感じです。

男性も女性も、垣根を越えて自分達の好きなものを身に付けたいという気持ちが高まっていました。

2、パンクファッションがブーム


70年代と言えば、いまや伝説のパンクバンド『セックス・ピストルズ』や『ストラングラーズ』『クラッシュ』などが大流行した時代。

特にセックス・ピストルズのメンバーたちのファッションの影響で、パンクファッションも大流行したのです。

反体制的で暴力的な歌詞と過激なパンクファッションは、労働者階級を中心に広く受け入れられています。

上流階級への反発として、仕立ての良い服や宝石などの美しいアクセサリーとは正反対のものを用いています。

この頃のイギリスでは中東戦争などがあり経済的に不況の中にありました。

インフレが起こり、失業率が上昇し、生活水準も低下しており、国民が苛立ちを抱えている中で、共感を持てるもの、衝動のはけ口としてパンクが流行しました。

Tシャツなどのトップスを引き裂いたり、それを安全ピンで止めたりというアレンジも見られました。

レザーに安全ピンや鋲を使った鞄やブレスレットなどのアイテムも流行っていたんです。

ヘアスタイルも逆立てた派手なものが多く見られました。

『セックス・ピストルズ』がヴィヴィアン・ウエストウッドのデザインした洋服やアクセサリーを衣装として身につけていたことから、ヴィヴィアンのブランドも流行しました。

ブランド名はずばり、『ヴィヴィアン・ウエストウッド』。

王冠と地球を組み合わせたロゴマークが印象的ですよね。

洋服だけでなく、ピアスやネックレスなどのアクセサリーや、お財布やバッグ、香水なども有名です。

ダメージジーンズがトレンド


現代では一般的になりつつあるダメージジーンズが流行りだしたのもこの時期。

穴が空いていたり擦り切れていたりしているのがおしゃれ。

大人たちには、「なぜボロボロの服を着ているの? 穴を補修したり新しいのを買い直したりしないの?」と不思議に思われてしまうダメージファッションのハシリが、この時代のパンクファッションだったのです。

3、フォークロア・ファッションが人気


フォークロアとは、古くから伝わる風習や伝承、それについての学問のことを指します。

民族衣装のデザインを取り入れたファッションのことを、フォークロア・ファッションと呼んでいるのです。

エスニックやアジア風デザインの洋服やヘアバンド。

三つ編みをアレンジしたフォークロア風のヘアスタイルなども流行しました。

日本では『ケンゾー』ブランドが有名ですね。

4、厚底ブーツなども流行り始める


厚底ブーツが最初に流行り始めたのもこの時期。