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言葉遣いで気を付けるべき6個のこと(続き3)

「謙譲」には、へりくだる、謙遜と言う意味があることからもわかりますね。

ですから主体は自分になります。

基本的に、自分の動作に対して使う表現方法です。

また、先ほどの例でも出てきましたが、話す内容や相手によっては、自分よりも目上の会社の上司に対しても使うこともあります。

ですからスマートに使いこなすにはトレーニングが必要です。

敬語は、頭で考えてもなかなか身につきません。

この記事の冒頭でも触れたように、言葉遣いには心が現れるのです。

ですから、話す相手や内容を誠実に考えて、どんどん口にすることが敬語をマスターする近道になります。

様々なシュチュエーションを思い描いて、基本的な動詞の謙譲語を実際声に出して言ってみましょう。

自分をへりくだって使う言葉

へりくだるとは、「相手を敬って自分を控えめにする」「謙遜する」「卑下する」という意味があります。

相手に対する敬意のために、自分を下げることが基本的な意味ですから、ただの見せかけの謙遜さや、嫌味を込めた卑下した表現ではいけないのです。

よく政治家の中に「〜させて頂く」という、一見、謙譲語のような言い回しを多用される方がいますが、過剰なへりくだりは乱暴な言葉にもなりえます。

なぜなら、「〜させて頂く」というのには、相手の意向を無視していたり、相手を関係ないと思っている含みがあるからです。

結局、自分の都合で「させて頂きます」と言っていることになってしまうのです。

これでは、相手を立てているようで全く逆の効果になってしまいます。

ですから謙譲語は、相手を敬うために使う言葉であることを肝に命じて、正しい使い方ができるようにお勉強しましょう。

「…いただく」

尊敬語と謙譲語がこんがらがってしまう例として、「いただく」ことがよく取り上げられます。

また、「お支払いいただく」など、動詞と組み合わせて使うこともあるので、ますます使い方がわからなくなってしまうかもしれません。

そこで、改めて謙譲語としての「いただく」を見直してみましょう。

「いただく」は「もらう」の謙譲語です。

もらうのは自分ですから、自分の動作につけるので、へりくだった表現にしているのです。

では、先ほどの「支払っていただく」の尊敬語と謙譲語の違いをどう考えることができるでしょうか?

相手が支払ってくれたことを表現したいなら、相手がした「くれる」と言う動作の尊敬語を使い、「支払ってくださり」となりますが、支払ってもらったことを表現したいなら、もらったのはあくまで自分なので、自分の動作につける謙譲語を用いいて「支払っていただく」となります。

このように、誰を主体として語るかによって、謙譲語か尊敬語か変わってきます。

「参る・申す」

謙譲語の中でも、「謙譲語I」と「謙譲語II」があるのをご存知ですか?「謙譲語I」は、動作の向かう相手を立てる言葉で、「謙譲語II」は、話している相手を立てる言葉です。

「参る」や「申す」は「謙譲語II」になります。

これは少しややこしい話になるので例題で考えてみましょう。

まず最初に「参る」はどんな言葉だったでしょうか?「来る」の尊敬語が「いらっしゃる」、謙譲語が「参る」、丁寧語が「来ます」になります。

そして、「行く」の尊敬語が「いらっしゃる」、謙譲語が「伺う」、丁寧語が「参ります」です。

ですから、「参る」は、来るの謙譲語、または行くの丁寧語として使用します。

これを踏まえて、例文を考えてみましょう。

A先生とB先生とあなたが登場人物です。

A先生に「明日B先生の所に行く」ことを伝えたい場合、あなたはなんと言いますか?

二人ともあなたにとって先生なので、きちんとした謙譲語を使って敬意を表したいですよね?

「明日、B先生の所に伺います」と言うと、B先生は立てることができますが、A先生は立てていません。

そこで、「明日、B先生の所に参ります」と言うと、今度は、A先生は立てれているのですが、B先生は立てていません。

基本的に敬語は相手を敬う気持ちから使うものなので、目の前にいるA 先生を立てているこの表現でも十分なのですが、両方を立てる場合には、「明日、B先生の所へお伺いいたします」となると完璧な表現と言えます。