表裏一体という言葉を聞いたことがあるという人は多いと思います。

でも、本当の意味・言葉の奥の方に隠されている意味を考えたことはあるでしょうか?

表裏一体という言葉はいい意味なのか、それとも悪い意味なのか、その語源に迫ってみたいと思います。

️表裏一体って?

表裏一体という言葉は日常生活の中で何度も耳にする言葉ではないけれど、誰でも一度くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?

でも、表裏一体の本来の意味を正しく知っているのかというと??私は少し自信がなくなってしまいます。

そもそも表裏一体とはどんな意味なんでしょうか?

表裏一体の意味

表裏一体とは、一見、相反する二つのものが大もとでは一つになっていること。

そして二つのものの関係が密接で切り離せない状態にあることを意味します。

2つの関係が密接で切り離せないこと


一見2つのものに見えるものが、実は切り離せない関係になっているなんて、なんだか、そんな関係はミステリアスな雰囲気がして面白いかも、なんて思ってドキドキしてしまうのは私だけでしょうか?

2つの関係が密接で切り離せない、2つが隣同士とか近くに存在しても良さそうなのに、切り離せない関係になってしまうなんて一体表裏一体という言葉にはどんな魅力が隠されているのでしょうか。

表と裏のような関係

表裏一体という言葉通り、どちらかが表でどちらかが裏にならなければなりません。

例えばお笑い芸人のコンビの内、どちらかが表となってスポットライトを浴びる反面、どちらか一方が裏方をする、そんな状況はテレビの中で良く見かけますよね。

残酷な現実の一つではありますが、表裏一体という言葉はそんな、光を浴びる側、影を進み続けるものという使い方をされることもあるのです。

表裏一体の読み方

表裏一体という言葉には、ちょっと難しい漢字が使われていますが、「表裏一体」がどんな読み方をするのか、皆さんはすぐに分かりましたか?

表裏一体=ひょうりいったい

表裏一体は「ひょうりいったい」と読むのが正解です。

漢字が苦手な人だと「おもてうらいったい」とか「おもてうらいちたい」なんて読んでしまった人もいたのではないでしょうか。

「おもてうら」ではなく「ひょうり」と発音する、ここが一番難しいのですが、一度覚えてしまえば、忘れづらい言葉とも言えそうです。

表裏と一体

表裏と一体、分けて考えるとそれぞれどんな意味になるのでしょうか?

表裏=うらおもて

表裏、ひょうり、うらおもての意味は、ある意味そのままの意味ということができます。

表の部分とそれを支える裏の部分、物事って大体、裏と表がひとつのセットになっていることが多いですよね。

誰かが表に出るかわりに、それを支えている裏が存在する、自分が表の立場に立った時には、常に自分をサポートしてくれる裏の存在があることを思い出し、感謝しなければなりません。

一体=ひとつのもの

一体、いったい、ひとつのものとはどんな意味なのかというと、その名の通り、裏や表のない、1つの物体を表しています。

2つ以上に別れていないたった1つのものという意味です。

「一体」という言葉について深く考えてみると、2つなのに1つになるなんて、なんだか少し不気味な気もしますし、2つのはずのものがいつも一緒なんて、逆にロマンチックな気にもなってしまいます。

️表裏一体の類語


表裏一体という言葉に似た言葉にはどんなものがあるのでしょうか?見て行きましょう。

背中合わせ

「せなかあわせ」という言葉はとても表裏一体と似ている言葉です。

お互いの背中がくっついていて、左右違う側面を持ち合わせているというのに、お互いは絶対に離れることができない「ぴったりとくっついた」関係です。

結婚した夫婦が、もしもこんな関係になれるのであれば、きっと素敵な毎日が送れるはずだよな、そんな夫婦になれたらなぁなんて思えてなりません。

お互いが違う仕事をもって、違う友人と、違う趣味があるのに、お互いが離れられない関係で、空気のようで、居心地が良くて、でもかっこつけてなくて、どこか温かい、そんな二人の関係って素敵で憧れてしまいます。

一心同体

一心同体、確かに表裏一体と似ている言葉ですが、一心という意味は心も体も同じ、心も体も1つという意味なので、表と裏のある表裏一体とは少し違う意味になります。

一心同体の夫婦というと、夫も妻も趣味がマラソン・山登りとかで、それ以外にも食べ物も、行動も、好きな食べ物まで同じ夫婦のことを差し、「彼らは一心同体だね」なんて言ええるのかもしれません。

そんな夫婦が存在するのか!?と思う人もいるかもしれませんが、時々、こういう夫婦がいたりするもんなんですよね。

こういう夫婦に限って仲が良いのは羨ましいところなのですが、趣味に没頭する姿勢がストイック過ぎて、思わず引いてしまう程の方もいらっしゃいます(笑)

例えば、夫婦で戦隊ものが大好きだったりすると、「一緒にキャンプに行こう」と誘われて行ってみれば、夫婦揃ってお揃いかつ全身アーミー柄の洋服で登場、なんてことをされてしまったり、

夫婦揃ってあまりにグルメ過ぎて、一緒に食事に行っても、あれを先に食べて、その後にそれを食べないとだめだとか、あの食事にはこのお酒しか合わないだろう!

なんて、いちいちストイック過ぎる姿勢が面倒くさかったりするのです。

一対

一対という言葉で思い出す人達といえば、ダウンタウンの松本人志さんと浜田雅功さんです。

小学生の頃から50歳をゆうに過ぎた今でも大の仲良しで、お互い違うタイプの人間ながら、それぞれを尊敬し、「お互いが先に死なれては困る」なんていい会える程の存在だと認め合えるのですから、羨ましい関係ですよね。

普通は一対と言ったら、兄弟姉妹とか、夫婦がそれに当てはまるものだと思いますが、ダウンタウンは男性同士、兄弟でも、夫婦でもないのに、一対になれた。

これって人生で得難い、本当に大切なもの、こういうものを手にできることが何よりの幸せなのかもしれません。

影のような

「影のような」という言葉は確かに表裏一体と似ていますが、「影のような存在」は本人からしたらとても悲しい言い回しになってしまうことがあります。

例えば、いつも二人仲の良い女子高生がいるとします。

1人は可愛くて、男子高生や大学生からもモテモテ、もう1人は性格は良いけれど見た目は中の下くらい程度しかありません。

この2人は同じアルバイトをしているとします。

2人はいつも仲良く2人一緒に出掛けます。

ショッピングに合コン、映画にカラオケ、なんでもかんでも、どこへ行くのも二人は一緒です。

見た目が良くない彼女の方はそんな状況にただ単純に「私たちは本当に仲が良いんだ!」と思って過ごしています。

そんなある日ふと、アルバイト先のおじさんから「お前たちはいつも仲が良くて2人で1つみたいだな。

まるで金魚と金魚の糞みたいだ!(笑)」といわれてしまうのです。

するとおじさんは悪気なく言葉を続け「金魚はどっちで糞はどっちかな?(笑)そうか、お前(可愛くない方)が糞なんだろ!そうだろ!?」と笑って冗談を言ってきたのです。

可愛くない方の彼女はこの言葉を言われてとても傷つきました。

「私は糞だと思われてしまっているんだ」と。

金魚と金魚の糞、糞になってしまった方はまるで影武者です。

金魚が行きたい方、泳ぎたい方についていくだけならまだしも、姿は金魚ではなく「糞」になってしまうのです。

どうしてそのおじさんは、どちらが金魚で、どちらが糞なのかを決めることができたのでしょうか。

おじさんが決めた理由は多分、彼女たちの見た目です。

可愛い方が金魚で、可愛くない方は糞と決めつけてしまったのです。

「そんなのひどすぎる」この話を聞いた時、私はそう思いました。

私だったら、せめて可愛い方を糞にする・・・なんてことも考えてしまいました。

でも、人生って、多くの人がそういう結論を出すものなんですよね。

可愛いもの、例えば乃木坂46の白石麻衣さんは金魚、元AKB48の高橋みなみさんのような人は、白石麻衣さんの前ではどうしても金魚になることができないのです。

人を中身で判断するという人は多いけれど、やっぱり見た目の影響は計り知れないものがあるはずです。

白石麻衣さんと高橋みなみさんを目の前にすれば、多くの男性が白石麻衣さんを姫だと決めつけるはずです。

でも、この「金魚と糞事件」と、表裏一体なのが、「人生の結末」です。

高橋みなみさんのような人は金魚と糞で分けると、白石麻衣さんのような人が相手になれば金魚にはなれないかもしれません。

でも、「人生」という勝負には彼女の方が勝利する可能性が高くなるのです。

白石麻衣さんのような金魚にはだらしのないダメな男も、イケメンでかっこいい男も、どちらもたくさん寄って行きます。

たくさんの男が彼女に優しくすると、白石麻衣さんのような性格も良さそうな女性は「誰を選んだらいいのか」分からなくなってしまい、結局、押しの強い、その中のアグレッシブな男と「できちゃった結婚」するのが関の山です。

その後、アグレッシブな男は慎重さを欠いて事業に失敗、白石麻衣さんのようなタイプは貧乏な暮らしで苦労する・・・なんて結末を辿ることになってしまうのです。

でも高橋みなみさんのような金魚の糞側には、彼女を本当に好きな男性だけが数人アプローチしに来ます。

白石麻衣さんよりも高橋みなみさんのことを好きになる男性、それはみなみさんのことを良く理解して彼女の良いところに惚れた男性です。

できちゃった結婚なんてしない、堅実な男性、そういう人と人生を送る・・・長い目で見るとこっちの方が人生幸せになったりするもんなんです。

切り離せない

表裏一体という言葉と意外と近い意味なのが「切り離せない」という言葉です。

表裏一体という言葉は、表と裏の存在があることを知りながらも、この2つを切り離したくない、例え切り離したいと思っても切り離せない、表と裏があるけれど、それら2つの事柄を2つ以上にはできないという意味なので、つまりイコール「切り離せない」という言葉とはニュアンスがとても似ているということが言えます。

切っても切れない

切っても切れないという言葉でまず最初に思い付くのが「切っても切れない腐れ縁」という言葉だと思います。

その関係を立ちきりたいなぁと思っても、なんとなくずるずると続けてしまう関係は確かに切っても切れない関係ということになりますよね。

表裏一体は裏と表の2つのことが存在するのだけれども、それら2つのことは結局1つにまとまるんだという意味で、もしも裏と表が「この関係を絶ちきりたい」と思ってしまえば、切れない関係ではないので、切っても切れない関係よりは、本人たちが望んで1つになっている関係ということができます。

離れられない

ここ最近連日のように世間を騒がせている「不倫問題」を起こす男女もまた、離れられないという言葉がぴったりの関係の1つですよね。

本人たちは「早く関係を終わらせないと」「大問題になって自分の身が危なくなるかもしれない」と分かっているのに、「あともう1回だけ会いたい」と思ってしまうのでしょう。

結局離れられない関係になって、家族や職場、政治家ならマスコミを通して世間にまで、その関係が知れ渡ってしまうのです。

世間にばれても何もかも失っても、それでも離れられなかったのなら、その時は「表裏一体だ」と言えるのかもしれません。

しかし本人たちは表裏一体でも、裏切られた方は「なんじゃそれ」といったところですよね。

二面性

人間は感情の動物であるので、好きな人や嫌いな人に接する時には態度が変わることはあります。

会社勤めの時には、嫌いな上司がいると顔を見るのも嫌なものです。

そんな上司から、何かを特別に頼まれると、はいと答えながらも顔は引きつっているのです。

逆に、親切で面倒見が良い上司であれば、嫌なことでも喜んで引き受けてしまう時もあるようです。

このような態度は、二面性と言われるもので、明らかに態度が違っている場合に、あいつは二面性がある、と評価されます。

女性の場合には、同性と異性に対する態度が露骨に違う人がいるようです。

男性の前だと猫なで声で甘えるように話すのですが、同性の場合には急にどすの利いた男性言葉になって、ぶっきらぼうに話す人です。

明らかに雰囲気が変化するのです。

同性の女性からは、「あの人は男性の前では弱い女を演じるのが上手い。あんな態度で男は騙されるのに」と厳しい意見が多いようです。

自分で意識して二つの性格を使い分けるのです。

両方の性格は表裏一体で、異性に優しい顔と、同性に厳しい顔の二面を、裏と表として持っているのです。

二重人格とも違っています。

二重人格というのは、ひとりの人間の中に、別々の人格を持っていることです。

ある時は善人になったり、凶悪犯になったり人格が変わるのです。

二重人格だけでなく多重人格の人もいるように、これはれっきとした病気(乖離性同一性障害)です。

ひとりの人間ですが、別人が存在しているということです。

二面性とは、同じ人が別の性格を持っているということで、場面によって性格が変わるのが特徴です。

表裏一体となっている二面性の性格を使い分けるのです。

密接な関係

表裏一体ということは、表と裏の性格が存在するのですが、どちらも根本では繋がっているということです。

表と裏は別々のように見えるのですが、実は密接に関係しているのです。

だから、表か裏かのどちらかが欠けているという状態では存在しないのです。

必ず表裏どちらも同時に存在しているのです。

例えば、コインは表裏一体です。

コインには表と裏があります。

表と裏が同時に存在するのでコインなのです。

光と影も表裏一体です。

光りが無ければ影も存在しません。

影が無いということは光りも存在していないことを意味します。

このように、性格はまったく異なりますが、同時に二つのものが存在していることが表裏一体なのです。

このように物事には表と裏(見えるところと見えないところ)があるということ、表と裏がセットになって一つの物を形成しているということを拡大解釈して例えることもあります。

あるノーベル賞を受賞した科学者は、その研究が無事に完遂できたのは、研究に没頭できるように奥さんが裏方の雑務を一手に引き受けて対応したからのようです。

このように影になって支えてくれた妻の裏の存在があったからです。

こんな時に、あの夫婦は表裏一体となって研究を完成させたと称えるのです。

このように、表裏は一体で分けられない、密接な関係があるのです。

不可分な関係

不可分とは密接に結び付いていて、分けることができないことです。

不可分な関係とは切っても切れない関係のことでもあります。

表裏一体とは、不可分な関係でもありますが、表と裏は誰が見ても表と裏だと区別がつきます。

しかし、夫婦が一緒に稼いで購入した持ち家や自家用車などは、物理上は分けることができません。

そのものの性質や価値を損なうことなく分割ができないのです。

家屋でも、寝室はわたしで居間は主人というように分割して持ち出すことは不可能です。

不可分な関係なのです。

自家用車もそうです。

このように、表裏一体とは表裏が明確だが別々に存在することが出来ないことです。

そして、別れて存在しないので分けることができない関係を不可分な関係と言います。

先ほどの事例で上げたコインは、表裏一体で表裏が同時に存在して成立するのですが、これを物理的に破壊して分けるとコインとしての性質や価値を損ないます。

表と裏は不可分なものでもあるのです。

️表裏一体の使い方

表裏一体という言葉は一体どんな風に使うのがいいのでしょうか?

表裏一体の関係

仲の良い兄弟姉妹は、あまりの仲の良さに大人になってからも同じ仕事をしたりして、ずっと一緒に人生を歩んで行く場合があります。

その中で成功している例を取り出してみると、大企業の社長は兄がやり、副社長は弟がやるなんてケースがあります。

会社のトップは兄が、それを陰で支えながらも実は実際の実権を握る弟、そんな関係を例えるならば「表裏一体の関係」なんていうことができるのではないでしょうか。

表裏一体の間柄

人は人生の中で様々な人と出会って、何度も恋をして、その中で人生の伴侶を決めていくというのが普通ですよね。

でも、子供の頃に出会ったきり、たった4・5歳で出会った「幼馴染」という存在と切っても切り離せない関係になってしまい、そのままゴールイン、結婚する男女がいます。

このような結婚も決して悪いことではありません。

お互いの両親を小さい頃から知っているので、嫁姑等のトラブルがなかったり、他の兄弟姉妹とも仲が良かったりすると、色んなことがスムーズに進んでくれたりするものです。

こんな風にして結婚した男女のことを、「表裏一体の間柄」なんて呼ぶことができるのです。

表裏一体をなす

「表裏一体をなす」とは、二つのものの関係が、表と裏のように密接で切り離せない状態であるということです。

表裏一体の状態と言うのは、どちらも欠かせないほど重要なことでもあります。

例えば、メーカーの存続に関することで言えば、製造と販売は表裏一体なのです。

メーカーとしてより良いものを作ることが使命ですが、それを正当な価格で売らなければ企業としての利益は得られません。

物を作ることとそれをキチンと売りさばくことの両方が成立してこそ、つまり製造と営業が表裏一体をなさないと存続できないのです。

芸能の世界でもそうです。

お笑いコンビと言うのは、どちらかがボケて話題を提供し、もう一人の方がそれにツッコミを入れて笑いを取るのです。

テンポの良いボケとツッコミは表裏一体となって人気を得るのです。

どちらかが目立っても、欠けてもダメなのです。

表裏共に対等で重要な役割なのです。

どちらも揃って表裏一体をなしているのですから。

表裏一体のもの

表裏一体のものというと、表と裏が存在するものです。

これまでに例を上げていたコインとか光と影がそうです。

コインとか光と影とかは目に見えるものです。

目に見えなくても、表裏一体のものも多いのです。

例えば、レストランと料理人も表裏一体ですね。

有名なレストラン、それも三ツ星のレストランなどでは、必ず海外で経験を積んできた有名な料理人が存在します。

その料理人が作る美味しい料理を、そのレストランが提供するのです。

人気のレストランとは料理人とお店が表裏一体となって、お客様に料理を提供して喜んでもらうのです。

どちらが欠けても、人気は落ちてしまうと思います。

もし、その料理人が他のお店に引き抜かれたとします。

すると、料理人を引き抜かれたレストランは、同じ味の料理を提供できれば良いのですが、それができなければお客さまは離れていくでしょう。

料理人も、他店でその料理を提供しても、レストランの雰囲気と料理がセットになって人気があったのですから、必ずしもすぐに人気が出るとは限らないのです。

表裏一体というのは、どちらが欠けても同じ性質や価値を生み出すことができなくなるのです。

表裏一体の対義語

表裏一体の対義語というのは、「二律背反(にりつはいはん)」が上げられます。

「二律」とは二つの法則や原理のことで、「背反」は対立するという意味です。

簡単に言うと、自己矛盾に陥った時の状況です。

哲学書を読むような複雑な内容ですが、一つの「二律背反」の事例を解説してみます。

「Aが正しければBは偽り」「Bが正しければAは偽り」という事例です。

互いに矛盾している二つの命題が、互いに同じだけの合理性や整合性があることです。

もう一つ有名な二律背反の事例ですが、「わたしは常にウソを言う」という文章です。

この発言自体が本当だとすると、彼はウソを言っていないので、「ウソを言う」という内容はウソになってしまいます。

本当のことを言っているのにウソを言ったことになって矛盾します。

仮に、このことばがウソであったら、彼はウソを言わないことになって、この言葉は成立しないことになります。

サラッと見るだけでは理解しにくいと思いますが、「二律背反」とはこのような矛盾のことを指すのです。

二律背反

二律背反とはドイツ語の「アンチノミー」の訳です。

「二律」とは二つの法則や原理のことで、「背反」は対立を意味します。

先ほど二律背反の意味を書きましたが、理解しにくいと思います。

そこで、容易に理解できるように二律背反を私用した例文を書いてみました。

・売上と利益が低迷しているので、営業の人材を新しく探すことになりました。

ついては、販売能力が高くて低賃金で働いてくれるという二律背反の人材募集をすることになったようです。

・営業からは、高品質の商品を安く売りたいという二律背反の要望があったようだ。

・彼女は、しっかりと食べて痩せられるという二律背反のダイエットをさがしている。

食べたいけれど食べ過ぎると太る。

しっかりと食べても痩せられたら、女性としては大喜びです。

こんなことは多分あり得ないと思いますが、こんな背反はよく見かけることです。

表裏一体の関係に当てはまるもの

表裏一体とは、切り離すことができない関係であると説明してきました。

どのような関係がこれに当てはまるかを考えてみました。

真逆、正反対の関係も相互依存をしていることから表裏一体とも考えられます。

1、光と闇

光と闇は、光があるところには闇は存在しないのです。

光を知ることで、光が無い状態を闇と認識できるのです。

2、柔と剛

柔と剛も、正反対の言葉です。

物理的な柔らかさと鋼(はがね)のような硬さを言い表した言葉です。

どちらも独立して存在できますが、柔らかさというものは鋼の硬さを知ることから分かることです。

3、好と憎

中国語で「好憎(こうぞうする」とは、好いたり嫌ったりするということです。

好きと
と憎むとは真逆の感情です。

ある時は大好きになったり、時には嫌いになったり、二面性の性格のことです。

これらの感情は表裏一体と言えます。

4、善と悪

善と悪も、言葉の概念は理解できますが、どちらも紙一重の関係だと思います。

他人を苦しめる人(悪人)とその人を助ける人(善人)、他人のものを盗む人(悪人)とそれを取り戻す人(善人)などと比較すると分かりますが、どんなことが善でどんなことが悪なのかの定義も難しいようです。

人を不幸にするのが(悪)で幸せにするのを(善)ということでしょうか。

5、生と死

不死身の人間なんていないのですから、生を受けたらいずれは死が待っているのです。

哲学的には生と死は同じものと唱える人もいますが、生が終われば必然的に死に至るのです。

生と死は隣り合わせに存在するのです。

表裏一体なのです。

6、白黒

もちろん、人間の目に見える色は無限大に存在します。

その中で白と黒とは真逆の関係です。

白黒を利用したオセロゲームがあります。

白黒の表示で、自分の見方の石か敵の石かを区別するのです。

どちらにも属する石はあり得ません。

刑事ドラマでも、犯人かどうかを黒と白で色分けする場面も見ることもあります。

白と黒とは表裏一体なのです。

7、勝ち負け

ふたりで何かの勝負をする時に、勝ち負けがハッキリと分かります。

二人での勝負の場合は、勝った方の相手は負けたことになります。

勝負の内容によっては、ごく僅かで勝ち負けが決まる時もあるので、勝ちと負けは表裏一体ですが、勝負は紙一重(わずかな差)とも言われるのです。

8、裏表

コインの裏表と言えばよく分かりますが、歌舞伎で表舞台に立つ役者と裏方で支える黒子という関係も表裏一体と言われます。

これの延長で、表に出ないで物事をしっかりと処理する人のことを黒子に徹するとも言われます。

ゆずの「表裏一体」

ゆずの「表裏一体」は、「HUNTER×HUNTER」の主題歌です。

「雨のち晴レルヤ/守ってあげたい」の後に発表された2013年12月にリリースされたゆずのシングル盤です。

「HUNTER×HUNTER」は、冨樫義博による日本の少年漫画で、1998年から「週刊少年ジャンプ」で長年連載されてきました。

大自然に囲まれた「クジラ島」に住む主人公の少年ゴンの話しです。

偉大なハンターの父親を探すために、自分も一人前のハンターを目指して修行と冒険に挑むゴンと仲間の物語です。

歌詞の意味は?

歌い出しの歌詞は、厳しい自然の中で獣のように生き抜く意欲をむき出しにしています。

過去と未来を対比させて表裏一体の二面性を表現しています。

捻じれながらもここまで来た過去と、捻じれながらも同じ方向を目指す未来が表現されています。

その未来は、幸せに繋がっているのか、それとも不幸せに繋がっているのか、二つの未来は重なっているので、その運命は指ではじくコインの裏表(表裏一体)で変わるという内容です。

人間の人生に常に存在する表裏一体の運命を重ね合わせています。

そして最後は、自分で選べない人生は、どう生きるかということは自分次第で決まると締めくくっています。

歌詞全般に渡って、「光と影」や「愛情と憎悪」などの、まさに表裏一体を象徴するキーワードが織り込まれているのです。

意外と奥が深い「表裏一体」

わたしたちが一生懸命に生きているこの世界では、表裏一体となって表裏が結び付いていることが多いのです。

成功と失敗はいたるところで起こります。

表裏一体はいろんなところで使用されている!

表裏一体は、二つの物事が一見相反するように思われるが、実は深い関係があって切り離せないことです。

相反することが根元で繋がっているので矛盾してるように思いますが、表裏が揃わないと意味をなさないのでもあります。

表と裏、善と悪など、普段は意識していないけれども、身の周りの出来事は表裏一体の関係で成り立っていることも多いようです。

会話や説明にも、この言葉が活用されていることも多いようです。

その一例を示します。

・アスリートがよい成績を残すためには、肉体と精神を表裏一体で鍛えなければならない。

・あのケーキ屋さんが人気なのは、パティシエの旦那さんの腕前と愛嬌の良い奥さんの販売力があるからで、この二人は表裏一体となっている。

・善と悪の区別は難しい。

なぜなら見方によっては膳になったり悪になったりする表裏一体だからだ。

・重いものを遠くに打ち上げるロケットの開発は、核弾頭も人工衛星も打ち上げることができるので、良いことに利用されるか悪いことに利用されるかは表裏一体である。