人は誰しも複雑な感情を持ち合わせています。

喜び、怒り、哀しみ、楽しい、この喜怒哀楽を基準として、

心の内ではさまざまな感情が生まれてくることから、人は笑ったり怒ったり泣いたりします。

感性というのは、個人によってそれぞれ違いがありますが、

感受性の良し悪しに関わらず感情の起伏は自分ではうまくコントロールしようと思ってもなかなかに困難なものです。

あなたは抑えきれない感情が内側から湧き上がってくるような体験をしたことがあるでしょうか?

感情というのは制限しようと思っても、そうそう容易にできるものではありません。

心を揺さぶる感情の波は自分ではどうすることもできない、とても不思議な現象ですよね。

例えばそれは、嬉しい時や感動した時にほっこりと心を温めてくれるような明るく優しい感情のこともあれば、

辛い時や苦しい時に胸の奥をおもむろに掴まれるような暗く冷たい感情だったりと実にさまざまです。

喜怒哀楽の4つのなかでも、“哀しみ(悲しみ)”はとても仄暗く冷たい感情ですよね。

誰も好き好んでこの感情を掻き立てようとすることはないでしょう。

出来ることならば、“喜び”や“楽しさ”に溢れる毎日を送りたいものです。

でも、人の人生というのはなにも楽しいことばかりとは言えません。

心が躍るような日もあれば、泥に沈んでしまいたくなるような日もあるはずです。

生きている限り、切っても切り離せないのが人の感情というものです。

あなたは自分の感情と上手に向き合えていると思いますか?感情に振り回されてはいませんか?

特に悲しみともなると、否応なしに気分が落ち込んで憂鬱な気分になってしまうものです。

「もっと鈍感だったら人生が楽だったかも」「感情がセーブできたらこんなことにならないのに…」なんて思うことも時にはあるのではないでしょうか。

今回は、自分の感情とうまく付き合っていくために“悲しみ”という感情をテーマに皆さんの心の内を紐解きながら、

感情との向き合い方について説いていきたいと思います。

悲しくなる時ってどんな時?

あなたはどんな時に、“悲しい”という気持ちを感じますか?一概に悲しみといっても、とても色々な種類があると思います。

虚しさ、憂鬱、悲歎、喪失感など、悲しみを引き起こす原因はさまざまです。

実は、悲しみという感情は他のどの感情よりも厄介なものなんです。

なぜかというと、悲しみは他の感情よりもとても長く続いてしまうから。

ベルギーにあるルーヴェン大学の教授の研究によって感情の持続時間とその影響を計測したデータがあります。

その結果によると、悲しみという感情はどの感情よりも持続時間が長びくことが分かったのです。

喜びや満足感、怒りや恐怖、嫌悪や苛立ちなど、あらゆる感情と比べてみてもその差は歴然でした。

嫌悪や羞恥などの感情が思い返してから0.5時間しか持続しないことに比べて、悲しみの感情は120時間も持続するという結果になったのです。

悲しみをトップにおいて、次点に続くのは憎しみ、喜び、絶望、希望、失望などですが、悲しみ以外に100時間を超えて持続している感情はありませんでした。

悲しみがどうにか静まるまでの時間は5日間をも要するということになりますね。

上位に挙がった感情で共通しているのは、その人にとって関心が高い出来事が関わっているということでした。

悪いことにしろ良いことにしろ、衝撃的な出来事が発生した後、何度も思い出しては時間の経過とともに高ぶっていくようなそんな感情と言えるでしょう。

喜びに繋がるような楽しい出来事であれば何度思い出しても気分が良く、気持ちよい高ぶりになるのでしょうが、悲しみともなるとその感情は嫌な重みを増す一方。

喜びのおよそ4倍以上の時間も継続してしまう悲しみとは、なんとも不幸せなことです。

では、実際に皆さんの身近にある悲しみとはどんなものでしょうか。

失恋や恋人と別れた時

恋愛にやむおえない終止符が打たれた時というのは、大きな悲しみが付きまとうことがあります。

自分自身が納得した終焉ならまだしも、想いを寄せている相手から別れを告げられたともなれば話は別です。

恋をしている時は、恋人や好きな人へ寄せるエネルギーがとても多いもの。

そのエネルギーは、受け止めてくれる相手が居なければ急に行き場を失くしてしまいます。

これまで心にあった恋や愛というプラスのエネルギーが一気に冷たく無機質なものへと変化して、喪失感、虚無感があなたの心を苛むでしょう。

これまで側にいた相手がいなくなってしまうということは、想いの行き場がなくなるだけでなく現実世界における変化も沢山あります。

一緒に過ごしていた時間が無くなり、一人の時間が増える。

頻繁に連絡する相手が居なくなる。

二人分作っていた料理が一人分になる。

こういった環境の変化は時間が経過するごとに実感が湧いてくることが多いため、一度は落ち着いた悲しみが何度も何度も燻ってぶり返されてしまうこともしばしば。

好きという感情が大きければ大きいほど、悲しみの感情はそれ以上のものとなるでしょう。

予期していた別れ、自ら切り出した別れであっても、一抹の悲しさを感じる時だってあるのです。

望まない別れともなればなおさらでしょう。

仕事や私生活でミスした時


自分の不注意で引き起こしたミスによって、思わぬハプニングやアクシデントに見舞われた時は、「やってしまった」という不甲斐なさから後悔が押し寄せることがありますね。

失敗は誰にでもあるものですが、自分が起因となるミスで周囲へ迷惑をかけてしまった、怒りを買ってしまったともなると落ち込むなという方が無理という話です。

どうしてこんなことになってしまったんだろう、と何度もミスしたシーンをプレイバックしてしまうことで悲しみは膨らんでいきます。

ああすればよかった、こうすればよかった、と自分を責めて戻れない過去のことを繰り返しシミュレーションし直したりする人もいるでしょう。

ですが後ろばかり向いていたって物事はいい方向に進みません。

そういう時は、まずミスを挽回することに努めるべきです。

こう言っては何ですが、落ち込んで反省することは後から幾らでもできます。

ミスをしたのがショックだからと言って、その場で蹲っているほうが無責任というものです。

悲しみという感情に縛られず、その場で最も必要なことに目を向けましょう。

誰かから裏切られた時

人は嘘をつくります。

例えそれが、その場のノリが高じて口から転がり出た冗談であっても、

それが事実と異なる虚無であることが後からわかると、人は「嘘をつかれた」「裏切られた」と感じるものです。

人の感情の振り幅は、その人が抱いている興味関心の大きさに比例します。

感情にメーターがあると仮定してみましょう。

もし関心が薄い人から嘘をつかれたところで、メーターの動きはたかが知れています。

それが信頼していた相手に不義理を働かれたともなればどうでしょう。

動揺、衝撃、驚愕などあらゆる感情でメーターは大きく針を動かすことでしょう。

心から信頼を置いていた人が自分を謀っていたなんて、想像しただけで心の内から悲しい気持ちが溢れ出てきます。

友人、恋人、家族、大切だと思っていた人に裏切られるということは、これまで築き上げてきた関係が一気に壊れてしまうということ。

事実と異なる内容を自分に吹き込んでいた、信じていたことが偽りだった…。

信じていた相手だからこそ、こうなっては関係の修繕は難しいでしょう。

もし仮に、関係を続けていくとなっても一度裏切られた時の気持ちは消え去ってくれません。

相手の言動を信じ切れずに、常に神経を尖らせておくような事態にもなり得ます。

裏切りを許すも許さないも個人の一存ですが、その時の悲しみは胸のどこかに根付いて本当にその傷が癒えるということはよほどのことがない限り難しいでしょう。

バカにされた時

人から自分の価値観を否定されたり、軽んじた発言をされると自分が大切にしている部分を踏みにじられたようで傷つきますよね。

相手としてはなんら他意のない一言が自分の弱い部分を刺激してくるということもあります。

悪意の有る無しに関わらず「バカにされた」と感じた時は、何とも言えない悲しい気持ちになるものです。

容姿やファッションのことなど、外面的な部分についてバカにされるのも、もちろん気分が悪いですが、

見えない部分に持っているあなたにとってプライドや信念と呼ばれる部分に触れられることもあるでしょう。

目に見えない部分なだけに、それを知らずにいる他人の辛辣な発言に心を痛めた経験がある人も少なくないはず。

しかしこういう時、あなたはなにも傷つく必要はないのです。

全くすべての価値観が合致する人間というのはいません。

人の数だけ、価値観があり、それぞれ違った審美眼を持っています。

周りの同意を得る必要は全くないのです。

確かに好きなものや自分の大切にしている部分を悪く言われたらいい気はしませんが、他人がなんと言ってもあなたがいいと思うことを貫いてください。

幸せそうな人を見たとき

心に余裕がない時というのは、人の幸せを素直に喜べないものです。

特に物事がうまくいかないときや、自分の中にわだかまりがある時はなおさら。

周りと自分とのギャップを感じて、なんだかとても不幸せな境遇にいるような気分になってしまうこともあるでしょう。

「どうして自分は…」なんて悲観的になっては、悲しみがじわじわと心を侵食していきます。

人の幸せを素直に喜ぶことができない自分にさえ、苛立ちを感じたり、器の小ささにほとほと呆れたりと、ネガティブになっては良いことは一つもありません。

人の幸せは妬むことなかれ、です。

良いこともあれば悪いこともあるのが人生です。

気の持ちよう次第で、運命は一転します。

ペットや周りの人が亡くなった時

大切な家族であるペットや親しい人との永遠の別れというのには、悲しみがつきものです。

これは自然の摂理として、どうしても致し方ない別れではあるものの、ずっと身近にいた存在が急に居なくなってしまえば、心に穴があくのも同然。

そのスキマを埋めるまでには相当な時間を要するでしょう。

その存在があなたにとって大切であればあるだけ、悲しみの時間は長く重いものになると言えます。

悲しい気持ちになる時に起こっている変化

悲しい気持ちが心に生じるとき、私たちの心の中や頭の中は、どんな変化がおこっているのでしょうか。

過去にワープしている

悲しみは癒えることはあっても、綺麗さっぱり消えることはないのです。

乗り越えられたと思っていた、暫く忘れていた悲しみも、すきま風が吹くようにふいに蘇っては悲しさを引き連れてくることだってあります。

昔の嫌な感情に支配されている

忘れたくても忘れられない出来事は、誰にだって一つや二つあるものです。

それが一生の思い出に残るような素敵な出来事なら良いですが、一生抱えていかなければならない悲しい出来事だということもあるでしょう。

時が経っても、ちょっとしたキッカケでその頃の情景や感情がフラッシュバックするというのは珍しくありません。

根強く残る嫌な感情がぶり返しては、胸を痛めたり、いつまでも振り切れない自分に嫌気が差したりします。

”無いもの”ばかりに目がいく

人はどうしても、自分よりも優れたものや秀でたものに憧れ、妬む傾向があります。

まさに、無いもの強請り、隣の芝生は青く見える、といったところでしょう。

容姿が整った人、裕福な人、自分が欲しかったものを手に入れた人など、上を見てしまえば、果てがないくらい上がいます。

でも、決してあなた自身が世界の誰より不幸なわけではないのです。

周りと比べることは、自分自身を鼓舞したりモチベーションを高めたりすることに使うものであって、なにも自分に劣等感を植え付けるためにすることではありません。

『ダメな自分』のレッテルを貼ってしまう

自分で勝手に可能性を狭めてはいませんか?「どうせ自分はやってもダメだから」など、

チャレンジする前から諦めて消極的になっていては、どんなことだってうまく行きっこありません。

自分の殻に閉じこもっている人は、柔軟性がなく周りからの励ましや激励も身に響かず、突っ返してしまっている人も多いと思います。

そうなってしまっては、新しいことに挑戦する力も、吸収する力も衰えていく一方。

自分で自分の枠を決めて悲しい気持ちになってしまうと、なにもかもつまらない人生になってしまいます。

何かと自分を比較している

視野を広げてあらゆることに目を配るのはとても良いことですが、何かにつけて自分と比較するというのは考えものです。

人と自分を比較することで、自分の長所を見出して伸ばす努力をしたり、

人の良い所を見つけて取り入れたりするポジティブな行動であれば良いものの、マイナス方面に働く比較対象というのは全く持って無意味です。

比較するなとは言いませんが、比較することで自分の粗探しをしたりする必要は全くありません。

ネガティブ発言をしている

「疲れた」「つまらない」「意味がない」など、どんなことに対してもネガティブ発言を連発している人は要注意。

日本には言霊というような言葉があるように、言葉には不思議な力が宿っているとされています。

毎日呟く言葉が一つ違うだけで、あなたの人生はいい方向にも悪い方向にも傾くといえるでしょう。

自分で暗い自己暗示をかけている

言葉というのは、口にする度に脳に焼き付いてあなたの価値観を少しずつ変化させていきます。

口に出していることは、徐々に脳に浸透し概念のひとつになっていくのです。

ネガティブな思考回路が作られてしまってからでは遅いのです。

どうせ口に出すのであれば、ポジティブで自分を盛り上げる様な言葉を発しましょう。

疲れていても「疲れた」と言わず「今日はよく頑張ったな」と言ってみるだけで、印象は違うものです。

悲しい時に「悲しい」「辛い」と口にしては、悲しみは増さるばかり。

立ち直るために、自分に優しい言葉をかけてあげることも大切です。

姿勢が悪く、表情も明るくない

いつも肩をまるめて縮こまっている人、表情が強張っている人は纏うオーラもどんよりと暗く見えてしまいます。

それこそ、とても悲しいこと。

もしもそんな人と、シャンと背筋を伸ばして明るい表情をしている人とが並んでいたら、人はどちらの人に好印象を抱くでしょうか?
その結果は言わずもがな歴然です。

仕事にせよ恋愛にせよ、人との付き合いというのはとても大切なものです。

悲しいことがあっても、顔をあげて前を向いていることで見えてくる景色は違ってくるでしょう。

立ち直る方法

悲しみはいつまで引きずっていたって、良いことは何一つありません。

一度抱えてしまった悲しみは、そう簡単に捨て去ることはできなくても、立ち直ることはできるんです。

自分に優しくする


悲しみを癒すには、やはり優しさが必要不可欠です。

その優しさは、なにも人から与えてもらわずとも自分で自分に与えることもできます。

悲しい時に、余計に自分を追い詰めることは絶対にしてはいけません。

いつも以上に、自分へ優しさを持って向き合うべきです。

悲しい気持ちになるのはあたりまえと認める

悲しい気持ちになる自分を情けなく感じる必要はありません。

自分を否定するのではなく、素直に認めてあげましょう。

自分の弱い部分を認めるというのは勇気がいることですが、それができなければ問題に立ち向かうことはできません。

悲しいという気持ちを感じている自分にしっかり目を向けて「悲しくなるのは当然のこと」「今はたくさん泣いてスッキリしよう」と慰めてあげましょう。

起きた事を客観的に受け止める

自分の身に起きたことは、当然のことなれど当事者として受け止めていますが、時には客観的な視点で物事を整理してみることも重要です。

まず心を落ち着けて、俯瞰的に出来事を見渡してみてはいかがでしょうか。

起きた事に対する考え方を変える

今日こんなことがあった、とても悲しい気持ちになった、これからどうしたらいいのだろう、本当に自分はこの悲しみから立ち直れるのだろうか…。

こんな風に、悲しい時の思考回路というのはどうにも堂々巡りで結果にありつけないことが多いのです。

自分だけの考えではまとまらないことも良くあります。

そんな時は「あの人だったらどうするだろう」「どんな言葉をかけてくれるだろう」など。

さまざまな視点で悲しみの原因となったことを冷静に眺めてみるんです。

そうすると、新しい突破口が見つかる可能性が高まりますよ。

誰かに話を聞いてもらう

悲しい時は一人になりたいと思う人も少なくないでしょうが、心の内で悲しみを留めておくのではなく、口に出して誰かに打ち明けることで気持ちが軽くなることがあります。

口に出している間に、自分の中で悲しい気持ちが整理されていったり、頭や心で考えている時には気付かなかったことが見つかったりするでしょう。

ペットやぬいぐるなどに話すのもおすすめ

知人に打ち明けるのに躊躇いがある場合は、ペットやぬいぐるみなどに話しかけるのでも構いません。

口に出すことで、悲しみの理由や今の感情を客観的に受け入れることができるという利点もあります。

心が落ち着く事をする

悲しいことがあった後というのは、ただただ悲しみに明け暮れていても埒が明きません。

悲しみに捉われてジッとしながら感情に浸っていると気が滅入ってしまいます。

気分が沈んでいる時は、なにをするにも「こんな時に…」と思うかもしれませんが、そこで思い切ってなにか行動を起こすことも悲しみを打開する方法の一つです。

自分が落ち着ける事ならなんでもOK

自分が常日頃している習慣や、リラックスしたいときにする行動など、自分なりに落ち着けることであればなんでも構いません。

お茶を入れてみたり、音楽を聴いてみたり、お風呂に入ってみたり、アロマを炊いてみたり、ペットと戯れてみたり。

いっそ寝てみるというのもありです。

いつもの日常に戻る


どんなに悲しことがあったって、時間は進んでいきます。

ずっとその場で立ち止まっているわけにはいかないのです。

悲しさを引きずって、仕事や交友関係に支障をきたすのはいけないことです。

それこそ、そこで頑張らなければさらに過ちを繰り返したり、周囲に迷惑をかけてしまうことになって、

後から罪悪感や後悔などさらなる悲しい出来事が追いかけてくる結果になり得ます。

お酒や薬に頼り過ぎないよう注意する

悲しみを紛らわす手段として、過剰な飲酒に走ったり、睡眠薬を使用したりする人がいますがこれらの乱用には注意が必要です。

一時的に悲しみを忘れることができたって、根本的な解決にはならないということを頭に入れておきましょう。

無理をしない

悲しい時は、メンタル的にも身体的にも弱くなっているものです。

落ち込んでいる自分を盛り立てて、前へ向かうことも大切ですが、ものはタイミングが重要です。

まだ消化しきれていない悲しみを抱えているのに、無理をしてはいけません。

なかには悲しみから逃げるように仕事に没頭したり、予定を沢山か抱えたりするような人がいますが、

無理が祟って体を壊したり、心を病んだリしてしまっては元も子もなくなります。

無理をして悲しみを忘れようとする方法は、これもまた応急処置にすぎず、本当に悲しみから解放されたわけでなないのです。

心の怪我にもケアは大切

悲しみという傷を負った心は、じっくりと時間をかけて治療していくことも大切です。

無理に悲しみを消し去ろうとせず、きちんと向き合って付き合っていくことができれば上出来です。

もちろん、スグに忘れられればそれに越したことはありませんが、

人はコンピューターのようにいらなくなったデータをゴミ箱へ入れて消去できませんから、心のケアには時間が必要です。

あなたなりの進み方で、悲しみに打ち勝つなにかを掴みましょう。

自信が付くような行動をとる

悲しい気持ちというのは負の感情と連鎖しがちです。

悲しみを抱えていると、気弱になったり、落ち込みがちになったり、自信を失ったりすることも増えます。

しかし、そんなことでは悲しみは増え続ける一方。

悲しい時こそ、自分に自信を持って一つ一つのことをコツコツ乗り越えていくべきです。

もしそれが間違っていてもいいのです。

間違ったなら、またやればいい、そんな気持ちで自分の心を励ましていきましょう。

「ダメな人間だ」と落ち込まない

消極的な姿勢は、今だけでなく将来に続く可能性さえ潰してしまう可能性があります。

悲しい気持ちに苛まれている時も、決して自分をダメな人間と思わないことです。

自分を変えられるのは自分だけです。

やらない後悔より、やってから後悔する道を選んでみてはいかがでしょうか。

フラッシュバックが起きたら、”今”にフォーカスする

癒えない悲しみが思い出されて頭を悩ませたり、涙したりする時もあるでしょう。

しかし、それは既に過去になった出来事。

どうしても捨てきれない悲しい気持ちがある場合でも、過去は過去でしかありません。

大切なのは“今”と“これから”です。

過去に想いを馳せるより、未来への希望を見出した方がよっぽど有意義な時間になるでしょう。

五感で”今”を感じ気持ちをリラックスさせる

そうは言っても、気持ちの切り替えは、たとえ自分自身の感情と言えども上手くコントロールできないものです。

過去ではなく今を意識するために、あなたが“今”感じていることをしっかり感じ取ってみてください。

気温や季節、聞こえる音、見えるもの、あなたを取り巻く全てが過去とは違うはずです。

同じように見えても、同じものは何一つありません。

悲しみに塗れていたあの頃と今は違うのだとしっかり認識することで、過去から逃れ、気持ちを穏やかに保つようにしましょう。

悲しい経験から何が学べるか考える

後悔や悲しみを背負って落ち込むというのは、人生の中で不必要な時間に思えてなりません。

でも、悲しみというのは一概に悪いことだとばかり思わないことです。

悲しみが生まれる原因は、全て悪いことばかりとは限りません。

心を傷めて悲しい哀しいと嘆くほど、別れを惜しむ愛した人、楽しかった時間、大切な想い出があったのでしょう。

それに、失敗や挫折による悲しみだって、それだけ頑張った証拠です。

悲しみというのは、次のステップへ進むために必要な感情でもあります。

悲しみが無ければ、人は過去を悔やむこともなければ成長もありません。

悲しみを乗り越えてこそ見えてくる景色や、知ることのできる感情が確かにあるはずです。

『みじめな被害者』でい続ける必要はない

いくら大きい悲しみを抱えているからと言って、いつまでも自分を惨めに思って被害者の立場に立ち続けていてはいけません。

「自分は被害者だ」「自分は人よりも可哀そうだ」…そう思っている限り、現状は何も変わりません。

そうやって、悲劇の主人公を演じていることで、言い訳をつくり、なんの努力をしない人もいます。

きっと、そう思うことで自分を守っているんでしょう。

被害者だから、悲しいから、なにもしないでいいわけではありません。

時間は進みます。

あなたには沢山の可能性と未来があるのですから、悲しみを上回る素敵な出来事を沢山体験できるはずです。

焦らずゆっくり回復させる

悲しみの深さは誰にも計ることができません。

目に見える傷と違って、医者にかかることもできなければ、薬を処方してもらうこともできません。

回復させるために頼れるのは、自分のチカラだけなのです。

その治し方は人によってさまざまです。

時が癒してくれるのをじっと待つことが最善という人もいれば、悲しみを忘れるために新しい行動に移す人もいます。

まずは、悲しみと向き合ったうえで、今自分に必要なことは何かということを見極めましょう。

悲しみを無理に消そうと焦らずに、自分に合った回復方法をじっくり探すことが先決です。

できる事をして気持ちを整えると良い

まずは目先のことから、一つずつ片づけていきましょう。

とても辛い悲しみと直面した時、人は当たり前のことを当たり前にこなせるようになることさえ、決して容易ではありません。

難しいことをするのではなく、食べる・寝る・人と会う・仕事をする・学校へ行くという当然のことをしましょう。

そうしているうちに、悲しみに触れる時間が自然と減ってくるはずです。

自分の感情に素直に向き合う事が悲しい気持ちから立ち直るための第一歩

私たちの内側から生まれる感情というのは、どうしたって自分の一部ですから、切り離すことはできません。

しかし、切り離せなくとも向き合っていくことはできるはずです。

悲しみを見て見ぬふりをするのでもなく、ずっと重く抱え込むのでもなく、しっかり正面から向き合って少しずつ受け止めていくことができれば、

悲しみはいつしか過去となり、生きてきた日々の一ページとして心に留めておくことができるはずです。

きっとその時には、激しく波打つような激情ではなくなっているでしょう。

時に思い出しては、燻るような悲しい記憶が蘇るかもしれません。

でも、それを乗り越えたという強さと“今”をしっかり持っていればなにも怖いことはありません。

悲しみを乗り越え、学ぶことができる人間は、何度も同じ悲しみに立ち止まったりしません。

成長し、立ち上がり、次に向かう強さを手に入れて進んでいくのです。

胸の内にある悲しみは、これからのあなたに何をもたらしてくれるでしょう。

ずっとそこに留めておいていいのですか?どんな形であれ、第一歩を踏み出すことで変化が生まれるかもしれませんよ。