CoCoSiA(ココシア)

悲しい気持ちになるのはどんなとき?...(続き7)

それに、失敗や挫折による悲しみだって、それだけ頑張った証拠です。

悲しみというのは、次のステップへ進むために必要な感情でもあります。

悲しみが無ければ、人は過去を悔やむこともなければ成長もありません。

悲しみを乗り越えてこそ見えてくる景色や、知ることのできる感情が確かにあるはずです。

『みじめな被害者』でい続ける必要はない

いくら大きい悲しみを抱えているからと言って、いつまでも自分を惨めに思って被害者の立場に立ち続けていてはいけません。

「自分は被害者だ」「自分は人よりも可哀そうだ」…そう思っている限り、現状は何も変わりません。

そうやって、悲劇の主人公を演じていることで、言い訳をつくり、なんの努力をしない人もいます。

きっと、そう思うことで自分を守っているんでしょう。

被害者だから、悲しいから、なにもしないでいいわけではありません。

時間は進みます。

あなたには沢山の可能性と未来があるのですから、悲しみを上回る素敵な出来事を沢山体験できるはずです。

焦らずゆっくり回復させる

悲しみの深さは誰にも計ることができません。

目に見える傷と違って、医者にかかることもできなければ、薬を処方してもらうこともできません。

回復させるために頼れるのは、自分のチカラだけなのです。

その治し方は人によってさまざまです。

時が癒してくれるのをじっと待つことが最善という人もいれば、悲しみを忘れるために新しい行動に移す人もいます。

まずは、悲しみと向き合ったうえで、今自分に必要なことは何かということを見極めましょう。

悲しみを無理に消そうと焦らずに、自分に合った回復方法をじっくり探すことが先決です。

できる事をして気持ちを整えると良い

まずは目先のことから、一つずつ片づけていきましょう。

とても辛い悲しみと直面した時、人は当たり前のことを当たり前にこなせるようになることさえ、決して容易ではありません。

難しいことをするのではなく、食べる・寝る・人と会う・仕事をする・学校へ行くという当然のことをしましょう。

そうしているうちに、悲しみに触れる時間が自然と減ってくるはずです。

自分の感情に素直に向き合う事が立ち直るための第一歩

私たちの内側から生まれる感情というのは、どうしたって自分の一部ですから、切り離すことはできません。

しかし、切り離せなくとも向き合っていくことはできるはずです。

悲しみを見て見ぬふりをするのでもなく、ずっと重く抱え込むのでもなく、しっかり正面から向き合って少しずつ受け止めていくことができれば、

悲しみはいつしか過去となり、生きてきた日々の一ページとして心に留めておくことができるはずです。

きっとその時には、激しく波打つような激情ではなくなっているでしょう。

時に思い出しては、燻るような悲しい記憶が蘇るかもしれません。

でも、それを乗り越えたという強さと“今”をしっかり持っていればなにも怖いことはありません。

悲しみを乗り越え、学ぶことができる人間は、何度も同じ悲しみに立ち止まったりしません。

成長し、立ち上がり、次に向かう強さを手に入れて進んでいくのです。

胸の内にある悲しみは、これからのあなたに何をもたらしてくれるでしょう。

ずっとそこに留めておいていいのですか?どんな形であれ、第一歩を踏み出すことで変化が生まれるかもしれませんよ。