短ランという言葉を聞いた事はありますか?

あると答えた人は大体の年代がわかってしまいますね(^^;

今では短ランなんて聞いても知らないと答える若い人の方が多いのでは?

知っている人からすればもしかして青春の一ページではないでしょうか。

昔はやんちゃしてたな~なんて懐かしむのも時にはいいのではないでしょうか。

知らない人へ短ランとはなんでしょうか。

振り返れば少し気恥ずかしい気持ちにもなる短ランについてまとめてみました。

懐かしい人もまた知らない人も昔にヤンキーについてお伝えしますので現代と比べてみてくださいね。

こんな時代もありました(^^;ほろ苦い青春のページをめくってみましょう。

短ランって何?

短ランで何?ってとこですよね。

歴史は遡りまして1960年代学生服といえば黒に金ボタンの詰襟が主流でした。

応援団を想像して見てくださいね。

長ランと呼ばれ詰襟の丈が異様に長い制服のことです。

長ランにラッパズボンと言ってやたらと幅広いズボンを履き応援合戦をしているのを見たことはないでしょうか?

短ランは1970年代に入り徐々に丈が短くなってきました。

総括しますと短ランとは丈が標準より71.5センチ未満の丈に変形させた学生服の事なんですよ。

丈が短い学ランの上着

簡単に言えばこうです。

丈の短い学ランの上着です。

1970年代には、学校が荒れていた時代です。

校内暴力なんて言葉もありました。

今とは少し違いますが不良。

ツッパリと呼ばれたやんちゃな学生が着ていた制服です。

その後は男子学生はオシャレとしても短ランをこぞって着ていたものなんですよ。

この当時は映画や歌手などでも短ランをよく目にしました。

マンガンなどの影響もあり一種のファッションセンスもあったように思います。

どんな着方をするの?


どんな着方をするのでしょうか?

イメージが浮かばないと言う人も多いかもしれないですね^^;

着方にも正しい着方があるのでしょうか。

ボタンは閉めない

前のボタンは閉めません。

裏地には物凄い刺繍が施されていることもヤンキーの個性でした。

これは長ランの時にもあったんですよ。

徐々に変化してきて1980年代入る頃にはボタンをしめることがオシャレとされてきた時代の変化もありました。

短ランのブームが終わる頃に入る短ランのボタンはしめるのが主流だったようです。

中は派手な色のシャツ

短ランの仲間は規定のシャツだったのでしょうか?いえいえそれはありません。

中は目立つ色のTシャツを着ることが基本なスタイルだったのでしょうか赤や黄色が黒い制服の下から見えていました。

短ラン以外の不良スタイル

短ランのイメージが浮かんだでしょうか?短ランにボンタンといってやたらと幅広のズボンを履くのが不良のスタイルでしたが他にもあるんですよ。

長ラン+ハイウエストドカン

短ランが主流になるひと昔前が長ランにハイウエストドカンと言うスタイルです。

時代は1970年ですね。

長ランの発端は大学生が応援団の服装として着たのが発症なんだそうです。

上着の丈が長くひざ下くらいまであるものまでそしてズボンはハイウエストですからまるで腹巻を巻いているのか見間違えるほど丈の長いウエストのズボンを履いていたんですね。

これまた結構な迫力ですよ。

ほんとに学生?と思いたくなるほどの風貌で髭を生やしたりいかついメガネみたいなスタイルでした。

セミ短+ボンタン

セミ短とは長ランより短く短ランより長いんですがサイズが合ってないだけ?的な印象イメージですね。

標準サイズから着丈少しだけ短く65~70㎝位のものです。

1980年代前半の時代です。

あまり格好がいいとも言えずかといって短ランにするにも勇気がないようないわば不良のパシリが着る印象が強い服装です。

または中学1年生が不良に憧れはするものの先輩のようにはまだ勇気もなく着ているようなイメージです。

ほんの少数派の学生服でした。

極短+ボンタン

極短とは短ランより短い標準より40センチ未満の学生服の事を言います。

ボタンは4個が主流。

3個しかない奴は相当やばい奴なんて言われていたようです^^;すごい時代ですよね。

この頃の少年漫画や映画も流行りました。

1980年代後半から1990年代に見られました。

この時代は学生服の移行期とも言われています。

中ラン+スケーター

着丈が標準より75.5センチから90センチ未満の丈の事です。

1990年代の中盤から見られた学生服です。

今から一番近い年代になるでしょうか。

この辺りで変形制服も終盤を迎えたのではないでしょうか。

学生服もブレザーなどに変わっていきましたね。

不良文化と呼ばれた
時代も終わり流行や中高生のファッションに対する考え方や思考にも変化が出てきた年代といえるでしょうか。

長ラン+ボンタン

着丈の長さが90㎝超えの学ランのことです。

ボンタンという裾の広いズボンと組み合わせて履くのが主流です。

このスタイルはオシャレと言うよりも硬派はイメージが強く大学の応援団が来た事が始まりと言われています。

不良=硬派なイメージの時代ですね。

1960年代と時代はさかのぼります。

昭和30年代以前の学生服には既製服は少なかったようです。

そのためもあり基本的にオーダーメードであり個性によって好きなスタイルを確立していく内に出来上がっていったのかもしれませんね。

変形学ランが流行った背景


そもそも変形学ランが流行った時代背景とはどのような者だったのでしょうか。

1960年代ごろから中高生の学生服の変化が出始めました。

自分の個性や自己主張の現れとして制服を変形するようになったようです。

1970年代、学校が最も荒れ始めた時代と言えるのではないでしょうか。

1970年代中期以降は校内暴力という言葉が社会問題にもなりました。

卒業式には厳戒態勢をとるような学校も多かった時代と言えます。

教師も生徒も本気でぶつかり合っていたような時代ですね。

今の教師だったら体罰とかになるのでしょうか?いえいえ先生も弱音を吐いていたらえらい事になってしまうような。

今では考えにくい時代背景ですね。

不良マンガの影響

1980年代に入ると不良マンガも多く読まれるようになってきました。

そこから映画化もされ漫画の主人公の制服に憧れ学ランも丈が短くなったりとオシャレに変化してきた事だと言えますね。

普通の女子中学生が不良に憧れたりと少し時代の変化が生まれてきた時代と言えると思います。

当時ハヤッた髪型

制服だけでなく髪型にも変化がありましたよ。

時代と共に今では考えられないようなヘアスタイルが流行っていたこともありました。

その時代はそれが流行っていたんですね。

不良と言えば変形学ランにこの髪型とセットのような状態でした。

リーゼント

リーゼントと言えばロックなイメージとして今の若い人でもわかるかもしれないですね。

後頭部を両側頭部より髪を撫でつけてIの字にぴったりと分けます。

前はとさかのようにボーンと出っ張っているのですがこの部分はポンパドールと言います。

組み合わせてリーゼントと呼ばれていました。

今でも著名人でリーゼントしている人もいるのでイメージも付きやすいのではないでしょうか。

90年代まで不良ヤンキーと言えばリーゼントの印象が強かったものです。

漫画や映画でもこぞってリーゼントでした。

アイパー

アイパーとはご存知でしょうか?パーマのことなんですが平型アイロンや平ゴテを使って髪にくせを付ける事なくストレートの髪をオールバック風に曲げるパーマです。

ウエーブを出さない押さえたカチッとした感じです。

と説明すると余計イメージがつきにくいでしょうか(^^;こわもての不良がよくしていたヘアスタイルですね。

アイロンパーマ

アイパーとどこが違うの?と間違われるのですがアイロンパーマの方は軽いくせ毛のような自然なウエーブをだす所が違います。

パンチパーマ

パンチパーマはご存知でしょうか。

完全こわもての人がしているヘアスタイルの印象ですが短い髪にチリチリのパーマがかかっているような感じです。

いかつさや威圧感があるのでこわもての人たちがしていたりいイメージは完全に不良を超えているような感じでしょうか。

昔の不良はリーゼントやアイパーパンチパーマなどよく見られたのですが最近では大人の人のスタイルになっているかもしれないですね。

二グロ

パンチパーマとパーマをかけるアイロンの太さの違いがあるのが二グロと呼ばれるスタイルです。

二グロは4㎜以下の太さのアイロンをかけるんだとか。

ちなみにパンチは5㎜以上の太さのアイロンをかけるのだそうです。

ほんとチリチリ状態ですね。

髪は傷めてしまいそうです。

昭和のヤンキーはこんな感じだった

今では不良なんていう言葉もすくなくなってきたでしょうか。

昔はヤンキーと呼ばれていました。

現在でヤンキーという言葉自体知らない人もいるかもしれないですね。

昔のヤンキーといえばその人たちの世界感があったものです。

昭和という時代背景もあるのですが現代とは少し違うかもしれません。

集団ではありながらルールもありとてもわかりやすかったと言えるのかもしれません。

自分達の個性を出し個性を主張する事を大事にし横の繋がりもつよかったような気もしますね。

特徴をみてみましょう。

ケンカしてなんぼ

ケンカしてなんぼでした(^^;ケンカする事に全力を注ぐではないですがタイマンなんて言葉もあったものです。

ちなみにタイマンとは一対一で対決する事なんですけどね(^^;権力の象徴はケンカに強い事です。

ケンカですのでもちろん道具ありきの殴り合いですね。

でも相手の命を奪ってしまうような事はなかったように思います。

お互い限界をしっていたのかもしれませんね。

目が合ったらけんか勃発です。

自分の強さを証明する事を大事にしていたのでしょうか。

しかし誰にでもケンカを売るわけではないんです。

自分より強い相手。

強いと聞いた相手とケンカする事が多かったものです。

そう思うと不良と呼ばれる人達は強い気持ちの持ち主だったのでしょうね。

コンビニの前でたむろ

コンビニの前で数名でたむろしていました。

言い方は悪いのですがうんこ座りと言えば不良の座り方と言われたものです。

コンビニの前でタバコを吸ったり大きな声でシャベルのがよく見かける光景でした。

制服も特徴がありいかにもこわもての風貌の数名が座っているのですから結構な迫力でした。

服装自体に特徴があったので不良グループとすぐにわかります。

なにより目立つ事を好んでいたのかもしれないですね。

よく制服を着た数人のグループがたむろしていたものです。

カツアゲは日常茶飯事

カツアゲとはご存知ですか。

カツアゲとはお金を巻き上げたりする行為です。

少し気弱な相手に対してもっているお金を巻き上げる事もありました。

しかし現代のような大事件に発展するようなかつあげとは少し違いました。

ターゲットを決めて執拗にカツアゲを行うようなことではなかったように思います。

カツアゲの行為が認められていいわけではありませんがいじめから発展していくような事ではなかったように思います。

カツアゲする金額も子供達の小遣い程度だったのでしょうか。

金額まではわかりませんが今とは少し違うように思います。

長ラン裏に刺繍

長ランの裏にはそれはそれは見事が刺繍がほどこされていました。

刺繍をしてくれる専門のお店もあったんですね。

変形制服専門のお店なんていうものもありました。

卒業式に合わせて普段とは違う色の長ランを着てくる事もありました。

先輩が来ている長ランに後輩は憧れをもったものです。

不良グループではない生徒達も不良グループが通るのを見てはひそかに憧れを抱いたりしていたものでした。

不良グループの男子が好きになるのは優等生の女子なんて事もあったものです。

先輩から長ランを受け継ぐ

先輩後輩の関係はとても強く先輩から長ランを受け継いでいきました。

後輩は先輩の姿をみて憧れをもったものです。

仲間意識はとてもつよくうグループができていたものです。

そのグループを抜ける際にはそれなりの制裁を受けるのが暗黙の条件になっていました。

それくらいの覚悟があってグループに入るのでしょうから仲間同士の絆は強かったのでしょうね。

イジメ=パシリ

イジメと言えばパシリでした。

パシリとはジュースを買ってくるように強要されたりする事ですね。

気弱なターゲットを決めるというよりは少し粋がっているようなタイプの人をターゲットにする事も多くありました。

不良グループの中にはこのパシリを位置つけられていたタイプの人もいたものです。

万引きを強要するような事はなかったように思います。

万引きだって堂々と自分でしていたでしょう(^^;

学生かばんはペチャンコに潰す

絶対何も入らないだろうと思うくらいカバンをつぶすが主流でした。

今と少し違った学生カバンでつぶしやすい形でもあったと言えます。

それでもカバンは持って行ってたんですね。

女の子の不良のカバンにはくしや鏡が入っていたのでしょうか。

ひどく言えば下敷き一枚入っる程度ぐらいです。

教科書はどこにいったんでしょうね(^^;しかし昔は不良でなくともカバンをつぶしたものでした。

普通の学生であってもそんな恰好にひそかに憧れをもったものです。

今の学生とは違うカバンでしたね。

もしかしてカバンをつぶすからかわったのでしょうか?今とは違いあきらかに持ちにくかったように思いますね。

腰パンが基本の着方

腰の位置でズボンをはくので下着が見えていたものです。

最近でも腰の位置でズボンをはくスタイルが流行っていましたね。

流行は繰り返されるのですね。

夜中に暴走活動

暴走族に属していた不良もいたでしょう。

夜になると暴走行為をしていたと人も多かったのでは?夜になると集会に参加している事もあったと思います。

バイクを変形して乗り回していました。

よくテレビドラマでも不良を主役にしたドラマがありましたね。

ほんとうにそうなのかはわかりませんが普通に暴走族などのドラマや映画があったものです。

昔は暴走行為をしていたが大人になって更生し立派になっている人も結構いるようです。

しかし本当にそのままその道に進んだ人もいるとは思います。

熱血先生から愛のビンタ

昔は熱血先生もいたものです。

生徒との取っ組み合いもありました。

今では体罰と言われてしまうようなビンタなんていう行為もありましたね。

もちろん愛のムチですよ。

今では考えらえないですね。

もちろん生徒からの反抗も半端なものではありませんから。

校内暴力と呼ばれた時代では学校のガラスが割られる事もよくありました。

今では考えられない想像もできない世界ですよね(^^;

悪い学校では卒業式にはOBがやってきて暴走行為を起こすことや卒業生が暴れる事も予測されるので警察が来ている学校も少なくなかったように思います。

ひとつの恒例行事のようになっていましたね。

見た目は怖いが中身は優しい

見た目ですぐ不良とわかるほどの風貌でした。

本当に中学生か高校生か?と思うほどの風貌でしたが弱い者に対してはさほど興味は示しませんでした。

自分より強いと思われる相手に対して向かっていくのが主流ですので自分より弱い相手をいじめたりするような行為はなかったと思います。

見た目は不良で近寄りがたくても中身は優しい人も多かったと思います
ひとりひとりと話すと案外優しくいい人の場合もあります。

自分より強い物とはやりあうけれども弱いものはそもそも相手にはしていなかったように思いますね。

意外と授業にはちゃんと出ていました。

不良だからと敬遠するよりも一種憧れられる存在感があったのかもしれないですね。

今の不良と全く違う昔の不良

昔の不良は硬派といえるかもしれません。

弱いものいじめをするのではなく強い相手を選んでケンカをしていていました。

集団で行動しますが仲間意識がとても強かったのではないかと思います。

今は見た目ではなかなか判断できない時代になっているのかまたこれ以上行動してしまうとまずい事になるという判別がついていない気がしますね。

ニュースなどもで少年事件が多く相手が亡くなってしまう事もあります。

昔より判別がつかない状態になっているのではないでしょうか。

昔は集団で行動はしていたもののひとりひとりそんなに気が弱い人間同士がツルんで集まっている集団ではなかったように思います。

今は弱いもの同士がつるみあっているような感じですね。