現代は様々な問題を抱えていると言われています。

その中でも古くからあり、今でもなくなっていないのが女性差別の問題なのではないでしょうか。

女性差別に関しての問題はSNSの問題などよりも歴史が深く、そして、それだけの年月をかけながらも今までに解決していない問題であるとも言えます。

この女性差別の問題については、差別の気持ちがない人にとっては、どうして未だに差別をしているのかも分からないくらいにばかばかしいものかもしれません。

ですが、逆に、未だに差別をしている人にとっては、どうして自分が間違っているのか分からないというものでもあるのではないでしょうか。

ただ、昔と異なり、現代では女性差別をしているというだけでかなり女性からの風当たりが強くなり、社会の中では生きにくい状態になってしまいます。

ここでは、そんな女性差別の状態や、女性差別の人間だと言われないために気を付けなければいけないポイントについてご紹介します。

女性差別が問題となっている現代だからこそ、きちんと気を付けていなければいけないことについては覚えておいた方が良いでしょう。

女性差別が問題とされる現代

現代には様々な問題がありますが、女性差別の問題について詳しく考えたことはありますでしょうか。

女性差別の問題というのは、古くから続いてきましたが、現代でもそれが問題になることは少なくありません。

女性が差別される状態が続いているということでもありますが、差別が問題になるという良い傾向であるとも言えるかもしれません。

ただ、この問題を深く考えようということはあまりないかもしれませんし、意識を改革しないことには、差別はなくなっていくことがありません。

女性差別が問題とされる現代では、どのようなことに気を遣って行かなければいけないのでしょうか。

また、どのようなことが問題になっていくのでしょうか。

無意識の言動が差別につながっていく可能性もある難しい話ですよね。

ここでは、女性差別が生まれた理由や、女性差別が亡くならないわけについて見ていくことにしましょう。

かつては男が強かった日本

日本ではかつては男の方が強かったものです。

これは最も、日本に限った話ではありません。

欧米の諸国でも男性の力は強かったですし、今でも、いくつかの国では男尊女卑傾向にあるのではないでしょうか。

元来、男性の方が筋肉量的な意味もあって力は強いですし、妊娠・出産をする女性は家にいて男性に守られる立場であってほしいというようなところから、女性を蔑視する流れになってしまっているのです。

男性と女性で分業をするということ自体が悪い話ではありませんが、だからと言って蔑視をするのはやりすぎです。

ましてこうした体制は古くから、女性に参政権を与えないなどの方法で男尊女卑の傾向を強めてきました。

この制度が変わるのは近代に入ってからで、女性たちの活動もかなり広まってきてからのことです。

日本においては戦後にようやく女性は参政権を得ることができた状態でした。

もちろん、女性差別が参政権だけに表れているわけではありません。

他の部分、例えば社会における女性の出世など色々な問題も絡んできますが、現代では女性が不平等だと感じている部分を改正して行こうという流れになっているのは間違いありません。

少なくとも、制度の面では改正されてきているはずなのです。

今もなお根付く男尊女卑

かつては、という言葉で男尊女卑を括ったのは、確かに今の時代では女性の地位向上がなされているからです。

かつての日本の状態と比べると男尊女卑傾向はだいぶ収まってきていると言えるでしょう。

あからさまな女性差別が許される時代ではなくなりましたし、先進国としては女性と男性と同等に扱うということを掲げて社会が成り立っています。

ところがこれが、必ずしも徹底されているということはありません。

社会的な制度の一部としては女性を平等にするという活動が根付いているところはありますが、だからと言って人の心を簡単に変えることはできないのです。

人の心を変えるのは制度以外のところですし、自分の中に根付いてしまった「常識」などは社会が変わったからと言って大幅に変わるものではありません。

そこまで柔軟な考え方をした人間はそういないでしょう。

だからこそ、今もなお、男尊女卑の傾向は強く根付いています。

社会制度の中では男女秒度を謳っておきながらも、どこか昔のままの男尊女卑が所々に感じられるのは、人の心が変わっていないからなのではないでしょうか。

まだまだ女性を見下す男性は多い

このように、まだまだ女性を見下す男性は少なくありません。

平等になった社会の中に出て行ったからと言って、そこにいる人が男女平等の観念を持っていなければ意味がないのです。

まだまだ女性を見下す人は多いので、そう簡単に女性差別がなくなるわけではないのです。

女性を見下す男性というのはもちろん、年代によっても異なってくるでしょう。

古い時代に生きていた人は女性差別の気持ちが完全に根付いてしまっているので、女性を見下しやすい傾向にあるのです。

若い人の場合には生まれたときから男女平等社会があったという場合が多いので、比較的女性差別が少ないでしょう。

最も、それが絶対と言うわけではありません。

若い人であったとしても女性差別の考えに染まってしまっている人もいますし、年を取った人であったとしても、柔軟な考え方で社会の変化を受け入れている人もいます。

ここで言えるのは、男性の中にはまだまだ女性を見下す人が多くいるということです。

そうした人たちが作り出している社会は、制度が変わっても完全に変化したわけではないので、男尊女卑が完全に消えたとは言えないでしょう。

男性も変わっていかなければいけないですし、女性もまだ少し覚悟が必要な社会であることには違いありません。

女性差別とは

女性差別とはいったいどのような行為を含んでいるのかと言われると、説明するのは少し難しいということもあるのではないでしょうか。

実際に、攻撃対象になる女性、ならない女性もいますし、個人攻撃と何が違うのかというところは難しいところではありますよね。

個人交易ではない女性差別とはそもそもいったいどのようなものなのか、女性蔑視というのがどんなところに表れているのか、女性差別的なことをしてしまうとどのような弊害が起こるのかという点について詳しく見てみることにしましょう。

女性差別の意味

女性差別の意味について見てみることにしましょう。

女性差別というのは、女性を不当に扱っていたり、女性を貶めるような発言をしていることを言います。

個人攻撃であったとしても、女性全体を見ての発言であったとしても同じで、女性だから相手を貶めるというようなことを言ってしまうと女性差別となるでしょう。

女性を不当に扱っているというそれ自体がいけないので、個人を貶めるために性別のことを持ちだしてきても、女性差別だと言われるのではないでしょうか。

女性差別というのは性別によって相手を不当に貶めるようなことを言うので、個人対個人の喧嘩の中でもそれを持ち出して着てはいけません。

その発言を聞いていた女性が「この人は心の奥底では女性を見下している人なのだ」と思ってしまうからです。

逆に男性差別というものもある

もちろん、性別によって相手を貶めるというような意味であれば、男性差別も成り立ちます。

男性も男性であるからと言って貶められるようなことがあれば、それは差別だと口にしても良いのです。

最も、女性差別が合って男性差別があまり言及されることがないのは、古くから、男性は差別する側の立場であったからです。

何となく「女性差別は今までもあったし、問題になっている」という意識がありますが、男性の場合には、女性から見下された場合に、それが差別だという意識が生まれにくい状態になってしまっていることもあります。

ですが、相手が女性であるということを良いことに男性を性別で不当に扱っているような様子があれば、それは男性差別に値するものなのです。

もちろん男性もそれを抗議して良いですし、性別によって差別されることがあるのは現代ではお互い様だというように考えた方が良いのではないでしょうか。

女性差別をすると人として嫌われる


女性差別をすることの問題としては、人として嫌われる可能性が高いというところにあると思われます。

現代では、女性差別をすることは、人間としていけないことであり、それをすることで自分の人間としての価値を下げてしまっていると思われているのです。

つまり、普通の人間なら絶対にしないであろう差別をするということは、品性が卑しいということになりますし、女性差別をすることでそういった人間性を露呈することは残念なことだと思われているのです。

もちろん、社会の中で嫌われて生きにくくなるという問題点もあるでしょう。

女性はどちらかというと集団で生きるのが得意な生き物でもありますから、女性差別的な発言をしてしまうと、女性陣全員からの非難を浴びてしまうことになります。

現代では社会を作る一つの要因として女性がありますから、個々の部分から嫌われてしまうと、なかなか生きにくくなってしまうのではないでしょうか。

もちろん、女性だけではなく、女性差別をするような品性の卑しい人間と仲良くなりたくない、自分まで差別主義者扱いされたくないという男性からの評判も悪くなってしまうのではないでしょうか。

女性差別をすることで嫌われてしまうというのは、色々な側面からの理由がありそうですよね。

自分の言動を振り返ってみよう

女性差別的な発言というのは、意識的に行っている人もいれば無意識に行っている人もいます。

女性からの受けが何となく悪いと言うときには、実は女性差別的な発言をしてしまっているという可能性もあるのではないでしょうか。

女性があからさまに嫌ってくるような場合には、それだけのことをしてしまったという可能性が高いものです。

自分の言動を振り返ってみたときに、実は今までの発言が“アウト”なものであった可能性もありますよね。

これらは自分では気づくことができないかもしれませんから、できれば他の人に聞いてみると良いかもしれません。

忌憚なき意見をくれるような友人に「自分は女性差別的な発言をしていないか」ということを確認してみてください。

自分の気づかないところで女性蔑視の発言をしていることで、女性から風当たりが強くなっているという可能性もあるのです。

女性差別と思われる9個の行動と習慣

自分の行動を振り返ってみても、何が悪いのか気づけないという人も多くいます。

それは無意識的に女性差別を行っているからです。

だからこそ、どんな発言が女性差別と呼ばれているのかを知っておく必要があるでしょう。

どんな行動が駄目なのかということさえ分かれば、女性差別と呼ばれる言動をしてしまう確率は減っていくはずです。

もちろん、女性差別がいけないと思っている人の場合には、確実に避けるであろうと思われるようなものばかりではありますが、自分が怪しいかもしれないと思っている方は一度きちんと振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。

きちんと、女性差別だと思われる言動を見極めるために、以下で女性差別と思われる習慣や行動について見てみることにしましょう。

中でも、習慣化してしまっている癖に関しては注意が必要です。

女性差別な発言

ここでは女性差別な発言を見てみることにしましょう。

女性差別な発言にはいくつかの特徴があります。

もちろんないようにもありますが、何気なく口にしているこれらの言葉は、女性にとっては不愉快に感じてしまうものが多く含まれていますので、無意識に口にしていても、いつの間にか女性差別者のレッテルを貼られるものばかりです。

中にはステレオタイプすぎて、今時口にする男はいないと思い込んでいる人もいるかもしれませんが、意外と中には口癖のように恥ずかしげもなく口にする人がたくさんいるのです。

以下のような表現は絶対に口にすることがないように気を付けておいた方が良いでしょう。

「女はこうあるべき」


まず一つ目には、「女はこうあるべき」という女性としてのライフスタイルを押し付けるような形のものです。

女性としての生き方もそうですし、容姿ももちろんそれに当たります。

特に悪いのは「男性に従うべきである」という論調ではないでしょうか。

女性は女性でも、世の中にはたくさんの女性がいますし、昔のステレオタイプな女性は現代ではあまり見なくなってしまっています。

女性も自由に歩き始める時代となっているのです。

そんな中で、「女性とはこうあるべきだ」というおしつけはもちろん、女性から嫌われる原因にもなりますし、女性に対して、昔の女性像を押し付けるようなことをすれば、女性差別ということになるのではないでしょうか。

男尊女卑の時代に理想とされていたような女性像を押し付けるようなことは、すなわち、自分がその時代の考え方を引きずっているということになるからです。

「◯◯は女性の仕事」

「◯◯は女性の仕事」という言葉も、女性に対するステレオタイプの押し付けとなるのではないでしょうか。

特によく聞くのが「家事は女性の仕事」というものですね。

家事や育児を女性だけが行っていた時代を象徴している言葉のように思われます。

もちろん、現代でも家事や育児が女性の行う確率の高い仕事であるというのは間違っていません。

ですが、それを女性のものとして男性が押し付けるのは間違っていますし、新しいスタイルでの過程の築き方が認められるようになってきています。

女性の仕事であると言われてきたものが、実は社会が女性の仕事であると決めつけたものにすぎず、特に女性しかできない仕事であるということはありません。

女性しかできない仕事は出産そのものであって、育児ではないのです。

同じように、お茶くみなども女性の仕事のように言われてきていますが、それは間違っていますよね。

女性が今までしてきた仕事だからと言って女性の仕事であるとは限りませんし、そもそも今まで女性がしてきたのは、差別の歴史があるからだということもできるものが多くあります。

全てステレオタイプに当てはまると考えるのが間違っているのでしょう。

そして、そのステレオタイプが女性蔑視の中から生まれたものだとすれば、女性差別の一貫として見られてしまっても仕方ありません。

「これだから女は…」

「これだから女は…」というような表現は、完全に女性差別の意味を含んでしまっていますよね。

「これだから女はダメなんだ」という意味を含んでいる段階で、全ての女性を一くくりに「女性だからダメ」というように扱ってしまっていますので、たとえ、それを言われた相手がどんなに能力が低かったとしても、この言葉を言った段階で「女性差別の心を持った人」という風に思われてしまいます。

個人を責めるときには、個人の能力に責任を求めるべきであって、その人の性別に求めるべきではありません。

どんなに正しい説教をしていたとしても、女性というくくりで分けられてしまっている場合、女性が不愉快に思うのは仕方ないでしょう。

相手が悪いというパターンであったとしても、この言葉を言った段階ですべての女性を敵に回してしまうことになるのですから、気を付けて発言しなければいけなくなりますね。

「女って得だよな」

「女って得だよな」という発言も女性蔑視の物の一つですね。

女だからと言って楽な人生を歩んでいるわけではないというのは、男女平等の心を持っている人にとっては分かりやすいところなのではないでしょうか。

むしろ、女性差別が残っており、こんなことを言うような相手が周りにいる分だけ女性は損をしていると言えるでしょう。

女性だからと言って得になるのではなく、明らかに得をしているような人がいるのだとすれば、「その人だから得なのだ」と考えられます。

女性全員が楽をしていると思われるようなことは絶対にありませんし、女性に本音を言わせてみれば「あからさまな差別もなく、生理もなく、妊娠・出産もない男性って得!」と言いたいところがあるかもしれません。

お互いにお互いの性別の本当のところは分からないですが、分からないからこそ、「女って得だよな」というような発言をしてはいけないのです。

「女に任せても無駄」

「女に任せても無駄」という言葉も女性差別の一つに入るのではないでしょうか。

個人の能力が足りていないからと言われるのなら良いですが、女性だからと言って無駄だと言われるいわれはないはずです。

確かに女性は男性に対して筋肉量などで負けている部分はあるかもしれませんが、それでも本気で女性が鍛えれば、何もしていない男性よりは筋肉量がつくでしょう。

究極的な面での反ではあったとしても、他の仕事において女性だから任せても無駄だと言われる理由はありません。

こういった発言が出てくるのだとすれば、それは、女性が何もできないという立場に立っているからこそです。

女性が何もできないと考えるのは、まさに女性差別だと言えるのではないでしょうか。

女性差別な対応や扱い

女性差別的な対応や扱いにはいったいどのようなものがあるのでしょうか。

女性差別はへ告げんだけに出てくるものではありませんから、こうした対応についても見てみることにしましょう。

暴力を振るう

暴力をふるうというのはありますね。

女性はDV被害に遭う確率が男性よりも高いと言われています。

女性は弱いものであり、支配されるべきものだという考えのもとに暴力をふるう男性が多いのでしょうか。

もしくは、女性は弱いという考えのもとに、弱い者いじめをしたいのかもしれません。

自らより強いものに対して暴力をふるう人はなかなかいませんから、軽々しく暴力をふるうことができるような人は、結局は心の中では女性という存在を軽んじているということになりますね。

職場での待遇

職場での待遇に女性差別を感じることは、現代でも少なくないようです。

女性管理職の数はそれほど多くはないと言いますし、どこかで待遇に差をつけられているように感じる人もいるかもしれません。

もちろん、一定数は育児休暇などもありますから、そういった影響で出世が遅れてしまっているということもあるかもしれません。

ですが何の差もないはずなのに、男性の出世が優先されるというようなこともあるのです。

職場での待遇は制度的には平等となるべきだとなっているはずなのですが、人事も人間が動かしている以上はそう簡単にはいかないものですよね。

女を一括りにする

何かうまくいかないことがあった場合、誰かがミスをした場合などに、その人が責任を取らなければいけないのは当たり前のことですよね。

ですが、そんなときに「これだから女は」というように女を一くくりにされるというのは間違っているのではないでしょうか。

女性差別をしている人は、女だという理由だけで女性を全て一くくりにして考えてしまう傾向があります。

個人の差などどうでもよく、女性は等しく男性よりも下の地位にいるはずであるという考え方からそうなっているので、何でもかんでもひとくくりにされてしまい、個人の能力を見てもらうことができない状態になるのが、女性差別の良くないところですね。

セクハラ

セクハラも、ある意味では女性差別の一つです。

女性は男性よりも下にいるのだから、何をしても優位な男性は訴えられることがないと思い込んでいるのでしょうか。

女性は理不尽な目に遭っても耐えなければいけなと思い込んでいる人が、平気な顔でセクハラをするのです。

最近ではセクハラに対する目が厳しくなってきましたが、前時代的な考え方をしている男性というのは今でもいます。

そうした人たちが女性差別的な目を持ってセクハラをして、それでふんぞり返っているということもあります。

【セクハラについては、こちらの記事もチェック!】

女性にとってはありがたい差別も…?

ここまでは女性にとってはありがたくもなんともない差別について見てきました。

ですが、もしかすると「差別をするなと言っておきながら、甘い蜜だけは吸う」と思われているような“差別”もあるかもしれません。

こんな女性にとってはありがたい“差別”、もしくは男性側からの気遣いや認識の違いについて見てみることにしましょう。

力仕事をやってくれる男性

女性を相手にしていると、力仕事をしてくれる男性が多くなるようです。

これは女性差別をしているというよりは、分業体制を整えているとも言えますし、先ほどから何度か述べているように「男女の身体の作りの差」を理解していることによる、男性からの気遣いとも言えるのではないでしょうか。

これを差別というと違う気はしますが、確かに、女性を特別視して手伝ってくれる、力仕事を積極的に引き受けてくれるというのは、女性にとっては嬉しいところかもしれませんね。

完全な平等になって、こういったところがなくなってしまった場合には苦労をすることになる女性も多いかもしれません。

お金を出してくれる男性

お金を出してくれる男性というのも、女性にとってはありがたいというものなのではないでしょうか。

最も、最近では割り勘でなければ何となく気持ちが収まらないという女性もいますから、驕りを喜ぶかどうかはその女性の気質によるものだと思われます。

また、好きな女性には奢って良いところを見せたいという男性もいますし、そうではない人もいますから、それは個人の違いとしてとらえられる部分ではないでしょうか。

ただ、やはり、女性を相手にしているときには奢らなければという気持ちになる男性もいますから、そういった面では何となくラッキーなところですね。

最も、なくなってしまっても問題ないという女性もたくさんいるでしょう。

レディーファースト

レディーファーストと言う言葉もありますね。

日本ではそれほど浸透はしていませんが、欧米などでは女性を先に通したり、エスコートをしてくれたりと言ったようなレディーファーストが当たり前のようになり立っています。

これを女性差別の一貫としてとらえるかどうかというのは難しいところですね。

レディースデー

レディースデーは女性にとっては嬉しい日であり、男性にとっては羨ましい日だと言えるでしょう。

最も、最近ではメンズデーなどを広めることによって、女性と男性の平等化を図っているように思われます。

女性専用車両

女性専用車両を女性差別ととられる人もいますし、女性だけを優遇しているように思う男性もいるようですね。

ところがこれは、差別というよりは男性の痴漢などから身を守るため女性が自ら希望して導入した制度です。

そのため、差別というくくりで見るのは難しいかもしれません。

むしろ、女性差別の気持ちから生まれてきた痴漢などの被害に遭ってきた女性たちが自衛のためにと言ってその車両に乗っているのですから、そもそもの原因である男性が文句を言うことはできない制度であるはずです。

最も、混んでいる時間帯などに女性専用車両などを見るとイライラしてしまう男性がいるのも分かりますし、ここは「差別かどうか」というポイントで言うと、男性と女性では観点や意見が異なってしまうように感じるでしょう。

女性差別は良し悪しがある?

ここまで色々な女性差別について見てきましたが、女性差別にも良し悪しがあるということが分かったのではないでしょうか。

女性差別というのはそう簡単になくなるものではありませんし、それがすべて悪いものではなく「女性を優遇する」というものもあります。

これらをなくされて困る女性もいるでしょうから、簡単に女性差別撤廃で完全な平等というのも難しいのかもしれません。

思っていても、女性差別的な言動は控えよう

いかがでしたか?

自分は危ない言動はしていないと胸を張って言えるような状態でしたでしょうか。

女性差別の心はそう簡単に治るものではありません。

また、どれが正しいのかと言われるとだんだんと分からなくなってくるような曖昧なラインというのも確実に存在しています。

女性としても、女性差別はなくしてほしいけれど、女性が優遇されているポイントだけは残してほしいと思っている人が多いでしょうから、そこの部分で折り合いをつけるのは難しい問題となってきそうです。

ですが、ここで大事なのは「差別をしない」という意志表示をすることでしょう。

それは簡単に言えば、女性蔑視の言動を控えるということです。

これは誰も傷つけなくて良くなりますし、女性差別だと言って女性からの風当たりがきつくなるようなこともありません。

自分が言われて嫌なことはしないということを基本に、誰のことも傷つけないように生きていれば、自然と酷い女性差別はなくなり、どこまでを平等化するのかという次のステージの話に進むことができます。

心の内で思っている気持ちをなくすことは困難かもしれませんが、少なくともそれを表面的に出すのはやめましょう。

そうすることで得をする人は誰もいません。