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「抱負」とはどういう意味?目標や意...(続き5)

そういった意味では「志願」は「抱負」の具現化したもの、と言えるでしょう。

いずれにしても、何かに対して志願書を送る、という事は並々ならぬ熟慮と決心があったはずです。

急に思いついてパッと志願書を取り寄せて意味も分からぬ間に送ってしまった、というものではないでしょう。

そういった心情描写では「志願」と「抱負」は同じ扱いでいいでしょう。

とにかく夢を追う段階を通り過ぎて「志願」という形をとってしまいました。

もう後戻りはできません。

ここまで来たら初志貫徹、何が何でも合格や成功という結果を掴みにゆかなければなりません。

それが年頭に立てた「抱負」というものになるのですからね。

向上心

抱負の類語の8つ目は「向上心」です。

そうですね、抱負の中には「向上心」が詰まっています。

「向上心」がないのならばとても「抱負」を語るなんていう芸当は出来ないはずだからです。

「向上心」とは、書いて字の如く、「常に上を向く心」となります。

もっと一般的にいえば、現在の自分に満足することなく努力と研鑽を怠らずに日々、前を向いて前進していこうとする気持ち、気構え、または実際に実行している姿、と言えるでしょう。

この「向上心」、似たような言葉に「上昇志向」というものもあります。

さて、この場合どちらがより「抱負」に近い意味合いになってくるのでしょうか?

「向上心」というのは言葉に「心」がつくように間違った方向へ前進するのではなく、あくまで正当な手段を用いてその道の神髄から決して離れない進み方、という感じがいたしますね。

対する「上昇志向」はと申しますと、出世やポストのためならば手段を択ばず、あらゆる方法ややり方を駆使して目指すべき地位や身分に到達してやろう、というギラギラした野望のようなものを感じさせます。

さて判断は難しいですが、決して間違った方法でポストを掴みにいっているのなら「上昇志向」も立派な「抱負」の仲間でしょう。

しかし、手段を択ばずにあくどく汚い手を使ってまでも目的を達しようとするならば、それはもはや「抱負」のラインからは逸脱しているでしょうね。

いくら「抱負」は心の中に決意や目標を抱いているとしても公序良俗に反してまで目的を達しようとするならば、それはもはや「無法者」の世界といえるでしょう。

野心

抱負の類語の9つ目は「野心」です。

「野心」の正しい意味は「密かに抱く大きな望み」です。

しかし「身分不相応のよくないのぞみ」という説明も加わります。

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/221824/meaning/m0u/(Goo辞書より引用)

「密かに抱く大きな望み」までは「抱負」とほぼ同じ意味合いだと判断してもいいでしょう。

ただ「身分不相応のよくない望み」という事になってくるとちょっと状況が変わってきmすね。

こうなってくると「野望」と似てきてしまいます。

「野望」とは分不相応な望みの事を言いましたよね。

確かに望みというものは現状の自分の力量では遠く届かないところにあるものを掴み行こうとしているようなものですから、それを「抱負」にしてみてもおかしくはないという考えになってきます。

問題はその望みが、広く一般的に世間に受け入れられる平和的なものであるかどうか、が考えの分岐点になってきそうですね。

例えば平々凡々な普通の男性が「世界征服」をしたい、という望みを持ったらどうでしょう?「世界征服」ともなれば大人しくしていて手に入るような代物ではありませんよね。

下手をすれば武力を行使した実力闘争になってしまう恐れもあります。

ただ、時代がかつての戦国時代のように国中が乱れていた時代なら十分「抱負」としても成立ったかもしれません。

要するに人々の幸福、幸せといった価値観に重きが置かれているのなら。

そのような「野心」や「野望」も立派な「抱負」となる、という事でしょう。

その時々の時代背景によって「抱負」の概念も微妙に変化していく、といえそうですね。

大志

抱負の類語の10個目は「大志」です。

「大志」、いい言葉です。

皆が知っている素晴らしい言葉もありますよね。

「少年よ、大志を抱け」。

クラーク先生がおっしゃった名言です。

本当に素晴らしい言葉です。

とにかく「抱負」を持つためにはこの「大志」がない事には始まりません。

そもそも「抱負」というものはこの「大志」をはじめとして「憧れ」「願望」「計画」「希望」「野心」「野望」といったものが複雑に絡み合った末に自身の一本の気持ちとして心の中に組み立てられるものです。

そういった意味ではこの「大志」も欠くべからざるものなのです。

「大志」は「夢」とも似通ったものともいえるでしょう。

または「大きな望み」ですね。