てんやわんや」。

何か懐かしい響きがしてくる言葉ですね。

ひとつ前の昭和の頃には日常的によく使われていた言葉です。

それこそ家の中でも学校でも、あるいは会社であっても本当に何気なく使う、ありふれた言葉でした。

しかし、平成も30年がたち、いつしか私たちの耳から段々消えていった感も拒めませんね。

では改めましてこの「てんやわんや」、どういった意味だったのか。

そして実際にてんやわんやになった時にはどうやったらいいのか、などについて考えていきたいと思います。

改めて考えると気になる「てんやわんや」

それでは「てんやわんや」について考えていく事に致しましょう。

「てんやわんや」は立派な日本語の表現方法の一つです。

決しておかしな日本語ではありません。

昭和の頃のテレビドラマなどではドタバタ喜劇やホームコメディのドラマなどでナレーションに使われたりして結構、耳に馴染んでいた言葉なのは間違いありません。

では、じっくりと「てんやわんや」についてみていく事にしましょう。

てんやわんやの大騒ぎなどと言う

「てんやわんや」について、最もよく耳にした使われ方は「てんやわんやの大騒ぎ」という言い方ではないでしょうか?

そういった予備知識を頭にいれつつ、「てんやわんや」についての意味を紹介して参りますね。

てんやわんやの意味

では「てんやわんや」の意味からみていく事に致しましょう。

各人が勝手にふるまって騒ぎ立てるさま

「てんやわんや」の意味は「各人が勝手にふるまって騒ぎ立てるさま」を言います。

要するに、落ち着きがなくまとまりもなく各人が勝手気ままに自分の言いたいことを我先に言って騒ぎまくっている状態、という事になりそうですね。

丁度、学校のクラスで先生がいない事をいいことに各自が言いたい放題で騒ぎ立てるような状態の事を想像していただいたら察しがつくかと思います。

大勢の人が秩序なく動き回り、ごった返すこと

「てんやわんや」のもう一つの意味は「大勢の人が秩序なく動き回り、ごった返すこと」です。

これは遊園地の入り口で待つ時の状況や整理券をもらうために朝から長蛇の列を作って待っているような状況を思い浮かべたら分かりやすいでしょう。

「列を作って待つ」、という行為は各々が横入りなどをせず、大人の判断力で他の人の迷惑にならないようにするのが最低限のルールです。

それなのに列の後ろに並ぶ人がもし、我先にと自分より前に並んでいる人の前を割り込んだりしたら、大変な事態になってしまいます。

血の気の多い人ならば、口で言って聞かない人間に対して手が出るかも分かりません。

こうなってしまったら自体は最悪です。

自制心という糸が切れてしまったら大勢の人が一挙に秩序なく、我先にと入り口に向かって殺到することでしょう。

まさにてんやわんやのごった返し状態となってしまいます。

このように「てんやわんや」とは糸の切れた凧そのものとなります。

一切の理性と規律性が失われた禁断の無法地帯となってしまいかねないのです。

てんやわんやの意味まとめ

と、いう事で「てんやわんや」をまとめてみますと、

・各人が勝手に振舞う
・騒ぐ
・大勢の人が秩序なく動き回る
・ごった返す

という事になるのでしょう。

つまりルールを守って理路整然とした動きの反対という事になりますね。

静かにしていなければならないはずの場所で一人が騒いだためにその他の大勢の人がそれにつられて扇動され騒ぎが更に大きくなったような状態、とも言えるでしょう。

いずれにしても「てんやわんや」な状態になってしまうと大幅に組織の生産性は後退します。

統率が取れていない組織ほど脆いものはありませんからね。

てんやわんやの語源

それではここからは「てんやわんや」の語源について触れていくことにしましょう。

一体どうして騒がしく大勢の人が勝手な動きをする状態のことを「てんやわんや」と呼ぶようになったのでしょうか?

恐らくそこには多くの人が納得できる秘密があったに違いないのでしょうね。

語源は2つの説がある

「てんやわんや」の語源には大きく分けて2つの説があるようです。

その2つの説を調べていく事に致しましょう。

てんやわんやの語源・1つ目の説

それではまず1つ目の「てんやわんや」の語源の説から参りましょう。

てんでん+わや

「てんやわんや」の語源の1つ目は「てんでん」+「わや」という組み合わせです。

つまり「てんやわんや」は「てんでん」と「わや」という言葉がひっついて合成された言葉、という意味合いです。

しかし、これだけではもう一つ、詳しい解説になっていませんね。

そもそも「てんでん」という言葉の意味も不明ですし、「わや」という言葉も「?」ですよね。

ではその言葉について更に深く見て参りましょう。

てんでん:手に手に・手々

「てんでん」は「手に手に」あるいは「手々」、という意味があったようで、それらがいつしか「各自」「銘々」という意味に転嫁していったようですね。

まあどうして「手に手に」が「各自」になってゆくのか、何とも不思議な言葉の展開ですが、日本語の多くが元々の語源をたどってゆくと今とは想像もつかないような表現になっているものが結構、たくさんある事を考えると、ここは深く詮索しすぎない方がいいのかも分かりませんね。

「手に手に」や「手々」という言い方は「一人一人」、あるいは「各自」「銘々」という複数の人間があるところに集まっている状態、というように解釈しておいてよろしいでしょう。

わや:無理・無茶

「わや」。

これは「無理」とか「無茶」という意味になる一種の関西弁です。

「さっぱりわややは」という言い方を聞いた事がおありの方ならば理解しやすいかも分かりませんね。

「さっぱりわややは」を平たく言いかえれば「全くダメだ」「出来ない」という弱音を吐いた言い方になります。

この「わや」が「わんや」という言い方に変化してゆき「てんでん」の方もそれに合わせて言いやすいように「てんや」と変わっていった、というところが自然の流れでしょう。

「てんやわんや」は「てんでん」と「わや」が合成され長い年月の後に人々が言いやすい言葉に変わっていって、現在の「てんやわんや」と変化していった、というのが1つ目の語源という事になるのでしょうね。

てんやわんやの語源・2つ目の説

では次に「てんやわんや」の2つ目の語源の説を紹介していきましょう。

わや:ワイワイ・ワヤワヤ

「てんやわんや」の2つ目の語源の説は「わんや」に当たる「わや」が「ワイワイ」騒ぐという意味の「ワヤワヤ」が語源である、という説もあります。

何かちょっと聞き取りづらい構図になってしまいましたが、詰まるところ、「ワイワイガヤガヤ」とやっている姿はいつの時代にも当然ながらあった訳です。

「てんや」は元々、「各自」、「銘々」という意味合いで取られてきていましたからその後ろに「騒がしい」を意味する「ワヤ」が変化してくっついて行ったとしても何ら不思議なことはないでしょう。

日本語というのは変化しながら今日の姿に収まっているかのように見えます。

ところがそれは仮の姿であって、今後もこれからも今の言葉が完全に定着するという保証はありません。

そういった歴史の流れを考えたら、あながち「わや」元々「ワイワイ」という言葉の変化したものなのかも分かりませんね。

わや:関西弁の”わい”

そして「わや」については「関西弁のわい」という意味も語源の一つとして捨てがたい説得力を持っています。

「わい」は関西に住んでいる方ならば、ほとんどの方がご存知なのではないでしょうか?
ハッキリ言ってかなり汚い表現です。

関西の人間が全て、自分の事を「ワイ」と呼ぶと思われたら少々、困ります。

しかし、江戸時代以前の関西において「ワイ」という言い方が多くの庶民の間で普通に使われていただろうことは容易に想像ができます。

関西、特に早くから開けていた大阪方面は、昔は「河内の国」と呼ばれていた地域。

現在の大阪において「河内」という地域は決して褒められるほどの「柄の良さ」はありません。

どちらかというと気性が荒く、喧嘩っ早い風土が残っているイメージが今でもあります。

そういった特性を考慮すると、関西方面において自分の事を「ワイ」と呼び、我先に「ワイや、ワイや」と自己主張を叫んで支離決裂に騒ぎ立てる状況は「てんやわんや」の語源になったとしてもおかしくはない説得力を感じずにはいられないのです。

とにかく目立ちたがり屋が多い関西。

「てんやわんや」の発祥とも言えるもしれない土地柄がそこにあるのかも分かりませんね。

てんやわんやの広まり

「てんやわんや」という言葉は諸々の語源を元にしながら各地に広まり定着していったようですね。

そしてさらに「てんやわんや」を世に広く知らしめることになるような小説まで」登場することになるのです。

小説『てんやわんや』

それでは小説「てんやわんや」について紹介していってみましょう。

1948年〜1949年の新聞小説

小説「てんやわんや」は1948年から1949年の1年間、毎日新聞紙上に掲載された小説です。

時代背景的には戦後わずか3年しかたっていない、混乱の時期の作品です。

主人公が戦争の際に「戦犯」として疑わしいという事となので四国に疎開させほとぼりをさめさせる、という展開のようなのですが、東京でのドタバタした日常と四国でののんびりとした生活ぶりを対比させた当時の大衆文学の「傑作」という評価を受けている作品のようですね。

獅子文六の作品

この「てんやわんや」を執筆した作家、「獅子文六」について少しばかり紹介しておきましょう。

「獅子文六」は1893年(明治26年)、神奈川県横浜市生まれです。

1969年の12月に76歳で没するまで数多くの小説や随筆を世に送り出してきました。

作風のベースには「ユーモア」を取り入れ、多くの読者の指示を受けてきた当代きっての作家の一人だったようです。

この「てんやわんや」は1950年に映画化もされています。

それ以外にも多数の映画化作品を手掛けており、1950年代から1960年代にかけて、一世を風靡したといえる売れっ子作家だったようですね。

てんやわんやになったときの9個の対処法

それではここからは、もしあなたが「てんやわんや」状態に陥ってしまった時、どのようにしてその窮地から脱出したらいいのか、について考えていく事に致しましょう。

全部で9個のご紹介となります。

落ち着いて考える


てんやわんやになった時の対処法の最初の1つ目は「落ち着いて考える」です。

人間、慌てふためいたり自身がなくなってどうしようもない状況に陥ってしまったりすると、普段からは想像も出来ないような行動をとってしまうことがあります。

例えば、あなたが何かのお店に勤めていたとして、たまたま鳴った電話をとったらそれがお客様からのクレームの電話で、しかもあなたの初動の対応がまずかったため、お客様をかえって怒らせてしまい気持ちが完全に「てんやわんや」状態になってしまった。

という事があり得るかも分かりません。

そんな時、お客様から強い口調で叱責されたりしたら一体どうしたらいいのか、全く分からなくなってしまかも分かりませんね。

頭の中が完全にパニクッってしまってその後の業務のスムーズな引継ぎが出来なくなってしまうかもわかりません。

普段なら当たり前に出来るはずの業務が、気持ちが追いつめられてしまう事によりパニック状態となってしまってすっかり心の中が「てんやわんや」になってしまうでしょうね。

こんな時はとにかくワン呼吸おいて「落ち着く」より方法がありません。

カッカしている相手のペースにはまってしまったら冷静な判断力も何も頭に思いつかなくなってしまいます。

てんやわんやになってしまったな」、と気付くことがまず重要ですね。

そのあとの行動は何をおいても「落ち着く」。

これ以外にありません。

とにかく相手のペースにはまらずに「落ち着く」ことを最大限、取れるようにしましょう。

客観的に見る


てんやわんやになった時の対処法の2つ目は「客観的に見る」という事です。

自分自身にしろ周囲の状況にしろ、とにかく「てんやわんや」状態に陥ってしまった時は、冷静さを失わないようにして視点を広く見る事が重要です。

つまり「客観的に周りを見る」余裕が欲しいところです。

ただ、その時の状況にもよりますが常に客観的な視点で物事を見ていく、というのはなかなか難しい事です。

誰でも客観的に物事を見る目を持っていたら世の中、苦労はないかも分かりませんよね。

大体においてほとんどの人間は主観的なものの見方をするものです。

だから「てんやわんや」状態が起こってしまうのです。

人間は基本的に「利己主義」な生き物です。

他者のためにあえて自分がしんどい思いをしようと率先して考える人が果たしてどれくらいいるでしょうか?

出来るものなら、何とか楽をして目の前の事を簡単にやり遂げたい、と思うのが人情なのではないでしょうか?

しかし、そんなことをやっていたらこの世の中、なかなか渡り切れるものではないので人は敢えて苦難の道を歩むものなのです。

だからそういった状況に身を置く人ほど、周囲がてんやわんやな状態になった時でも心を平静に保ち客観的な考えを貫く事が出来るようになるのです。

人間はいかなる局面下においても常に冷静で客観的な判断を下せるものではありません。

それだけに日頃から自身の精神を鍛練し、周囲がてんやわんやな状態になってしまったとしても、その雰囲気にのまれずに一歩下がって客観的な視点を持っておきたいものですね。

その場から離れる

てんやわんやになった時の対処法の3つ目は「その場から離れる」です。

群集心理とは怖いものです。

普段は冷静で大人しい人でも荒れ狂う群衆の中に放り込まれると人は恐ろしい変化を遂げてしまいます。

てんやわんやな状態にまともな理性も理屈も通用しません。

その場は一種の暴動の場と同じ状況と変わってしまいます。

そう、何をやっても許されるかのような「錯覚」に陥ってしまうのです。

よってそのような「てんやわんや」な状態からまず脱出する事が肝要となってきます。

そのためにも一旦、その場から何とかして離れるように努力するのです。

でないとあなたは暴徒化したその場の雰囲気に飲み込まれてしまうでしょう。

ただ、その場から離れることは、かなりな決断力が求められます。

というのも「てんやわんや」な状態の中に身を置いていたら、結構、その場が自分にとって物凄く居心地のいい場所になりやすいからです。

それは皆がてんでばらばらの事を言い合っている状況が社会のルールを無視しても許されるかのような、一種の陶酔感を味わえるかのような状況に思えてきてしまうからです。

暫くの間だけでもその場にいる事は、一切の責任から逃れられる、あるいは現実逃避したかのような気分を味わえるからです。

しかし、このような気持ちになってしまう事は、後々の事を考えると必ずしも手放しで喜んでいい状況とは言えません。

早く現実の世界に戻る努力が必要になるでしょう。

よって、最も現実世界に戻るための簡単な方法が「その場から離れる」という事になるのです。

てんやわんやな状態を外部から眺めたらよく分かります。

全く理性がなく一種の暴動と化した集団である、という事が理解できると思いますよ。

状況を観察する

てんやわんやになった時の対処法の4つ目は「状況を観察する」です。

周囲や自分がてんやわんやな状態になってしまうと、冷静な判断を下すことはまずできません。

銘々が好き勝手な事を言って全く統率が取れていない状態になってしまっているのです。

そのような場面で自分を見失わずに正しい方向を向くなどという事は本当に至難の業でしょう。

よって、そのような「てんやわんや」な状況になってしまったら、一旦、身を引いて冷静にその場の状況の推移を観察してみましょう。

人間の感情は周囲の状況にかなり惑わされます。

特に周囲が騒がしく全く統率が取れていない集団の中に入ってしまったら、その場が鎮まるまで待つしか仕方がないと思います。

下手に手を打とうと思って意見を言おうと思っても誰も聞いてくれないばかりか、気の苛立った者からあらぬ暴力を受けてしまったりする危険性も考えられます。

周囲が「てんやわんや」な状況になってしまったのなら、極力、余計な行動を起こさずじっと身を構えて周囲の状況を観察しておくことです。

人間、手を打っていい場面と機が早い場面とがあります。

時期尚早な行動をとってしまったらそれこそ収拾がつかない事態を招くだけでしょう。

嵐が過ぎ去るのを待つが如く、じっと身を潜めて周囲の状況を観察しておきましょう。

機を伺っていればきっとチャンスはやってきますよ。

何が必要か考える

てんやわんやになった時の対処法の5つ目は「何が必要か考える」です。

「てんやわんや」な状態は一種のパニック状態です。

周りの者、全てが慌てふためき右往左往して足元が定まらず自分の心をコントロールすることすらままならない状況となっています。

だからこそ、ひと呼吸おいて場を冷静に見まわし、今の自分にとって何が一番必要なのか。

それを考えてみるのです。

ただ、周囲はてんやわんやの大騒ぎ。

その場に留まっていいアイディアが浮かぶはずもないでしょう。

よってとにかく気持ちが冷静さを保てるような場所を探す事です。

あなたのいる場所が狭い密室だったらどうしようもないかも分かりません。

そうですよね。

もしかしたら狭い密室で生命の危険にさらされるような局面に遭っているのかも知れません。

だから周りがお騒ぎになっているのです。

人生において悪条件というのは日常茶飯事です。

あなたの日々の暮らしの中で絶望的だと思えるような事態、局面を想定してトレーニングしてみましょう。

メンタル面を鍛えてゆくのです。

周囲がどんなに騒がしく悲鳴や怒声が鳴り響いていたとしても、です。

日々のメンタルトレーニングがきっとあなたをいざという時の「てんやわんや」状態から救いだしてくれる事でしょう。

周囲に呼びかける

てんやわんやになった時の対処法の6つ目は「周囲に呼びかける」です。

てんやわんやになってしまった場をたった一人でどうにかしよう、などとは思わない事です。

パニックに陥った群衆をたった一人の人間が沈静できるほど、人間の群集心理を甘く見てはいけません。

ただ何もせずただ指を加えていても事態の改善にならないのも確か。

ならば微力ながらも周囲の人間に少しづつでもいいので呼びかけてゆくのです。

そうすることによって一人でも二人でも冷静さを取り戻してくれる人間が出来たなら御の字です。

もしかしたらその行動によってその場の状況を一変させる効果があるかも分かりませんからね。

しかし無茶は禁物です。

決して血気にはやって英雄気取りになって事を急がない事です。

てんやわんやになっている場の奮起は「一触即発」です。

誰かが一人でも暴力に出てしまったら止めようのない「修羅場」に変わってしまうかも分かりません。

くれぐれもあなた自身の身の安全を考えて行動に出るようにしましょうね。

安全を確保する

てんやわんやになった時の対処法の7つ目は「安全を確保する」です。

そう、分かっていながら案外忘れられている方法がこの「安全の確保」なのです。

ハッキリ言って「てんやわんや」な状態は究極のカオス。

危険なのです。

混沌とした状態というのは人間の気持ちがどう転んでいくか見当がつかないのです。

そんな不安定で危険な場所に放り込まれてしまい、もしその場で戦闘騒ぎになってしまったら一体どうしたらいいのか。

そうなってもいいように、とにかく自分の身を隠せる場所を探して身の安全を図りましょう。

人間というものは極限状態に置かれると何をしでかすか分かりません。

もしかしたら虫も殺せないほどの超内気な人間でも一気に「悪鬼」に変わってしまうかも分からないのです。

とにかく、てんやわんやな状態に落ち込んでしまったら、真っ先に自分の身の安全を講じましょう。

それからです。

冷静さを取り戻すのは。

自分の身が危険にさらされて、どうして正しい考えが思い浮かぶでしょうか?まずは自分の身の安全を考えましょう。

原因を解明する

てんやわんやになった時の対処法の8つ目は「原因を解明する」です。

「てんやわんや」な状態になるためには、当然ながら何らかの原因があったから起こってしまったのです。

よってその原因を突き止めて、もしそこに解決策が見当たるのなら、根元から芽を摘み取って事の収拾を図る、という手もあります。

ただ、それを超混乱している現場で見つけだすのは相当、困難な事です。

下手をすれば大混乱の中、自らの身の安全が損なわれてしまう可能性も出てくるかも分かりません。

よって、原因の解明に乗り出すためには一旦、身を引いて自身の安全を確かめてから行うのが最善でしょう。

例えばもしあなたが地震に見舞われてしまったら、まずもってあなたが行うべき行動は安全な場所へ一目散に避難する事です。

それをせずに危険な現場に残って事の原因を追究しようとすることは、完全に愚かな人間の行う事となるでしょう。

まあ、地震の予知などは素人にはまずできませんので原因解明もないでしょう。

いかにして安全に避難するか、それだけです。

ただ、有事が起こった際に、どうやったら最も安全に避難することができるか、などの対策は行えるはずです。

原因解明は、いかにして多くの人々の命を救い出せるか、に対する大きな答えを与えてくれるはずです。

つまり2次災害を最小限に食い止めてくれるのに多大な貢献を果たしてくれる、という訳なのです。

もしあなたがどうにもならない「てんやわんや」な状況に放り込まれたのなら、いかにしてその事態を今後、起こさないように出来るか、についての原因の分析を行う大きなチャンスを得たことになります。

なるべく多くのデータを収集して次の機会に生かす。

それが賢い人間の取るべき行動パターンでしょうね。

冷静な人のそばにいる

てんやわんやになった時の対処法の最後の9つ目は「冷静な人のそばにいる」です。

人間、一人ぼっちになることほど、心細いものはありません。

特にあなたにまだまだ人生経験が乏しかったとしたら尚更、頼りになる人の存在は大きくなるでしょう。

よって日頃から人付き合いにおいては信用できたり頼りになる人物を何名かピックアップして親しくなっておきたいものです。

反対にあなたが人生経験たっぷりで人から頼られるくらいの人物ならばそのような杞憂は必要ないでしょう。

しかし、まだまだ人生において「ひよっこ」のような存在だったとしたら努めて頼りになる人を普段から見つけておくよう、注意を払うべきです。

ここで言う頼りになる人は勿論、いざとなった時に「冷静」に振舞える人の事を言います。

そうでなければその人はあなたにとってただのお荷物な人になってしまうでしょうからね。

ただ、どんな状況下においても常に冷静な人物というのはそうなかなかおりません。

それだけに日常の中で常に周囲に目を凝らして、「これだ!」と思えるような人間を探しておくことですね。

慌てふためいたりすぐに短気になって怒ってばかりの人では、とても冷静な判断力は備わっていないでしょう。

どのような事態に対しても我を忘れずに自然体で振舞えている人。

冷静になって周囲を見渡せば一人や二人くらいはいらっしゃるかも分かりませんよ。

てんやわんやになっても慌てない

如何だったでしょうか?「てんやわんや」について

・てんやわんやの意味
・てんやわんやの語源
・てんやわんやの広まり
・てんやわんやになったときの9個の対処法

という項目を中心として紹介して参りました。

いずれにしても「てんやわんや」な状態というのは歓迎するわけにはいかないでしょう。

もしあなたが組織のリーダー的立場だったら、尚更、「てんやわんや」な状態にチームをするわけにはゆきません。

それがもしスポーツにチームだったら、勝利が遠くに逃げていってしまいますし、会社などの組織であったら、初期目標であるはずの予算達成に大きな足枷となることは目に見えています。

勿論、あなたがてんぱって、「てんやわんや」になってしまったら元も子もありません。

「てんやわんや」になるということは確固とした指針や指導方針が脆弱なために起こってしまうのです。

ゆえに組織のリーダーは常に堂々と振る舞い、微塵も不安なところを周囲の人間に見せるわけにはいかないのです。

もしそれが出来なかったら、あなたが預かる組織は常に不安定な状況に追いやられ何の成果も上げる事のできないお荷物集団になってしまうかも分かりません。

そういった意味では「てんやわんや」を防げる最もキーパーソンになるべき人間は、経験豊富な「リーダー」という事になるのでしょうね。