CoCoSiA(ココシア)

「所存」とはどういう意味?正しい使い方や似た言葉の意味も解説します

「所存」とはどういう意味?正しい使い方や似た言葉の意味も解説しますのイメージ写真
ビジネスシーンで時々聞くことのある、「◯◯する所存です」という言い方。

この「所存」の意味や使い方を、あなたは理解していますか?

場面によっては「所存」を使う必要があったり、または誰かが言っているのを聞いたりしますが、「所存」の意味や使い方を分かっていないと、相手の言葉を理解することが出来ない上に、誤用をしてしまうかもしれません。

そこで、この機会に「所存」についてきちんと意味を理解し、使い方をマスターしておきましょう!

この記事の目次

️「所存」について詳しく解説!

ビジネスのようなかしこまった場面で、「所存」という言葉がよく用いられます。

例えばある社員が上司に対して、「本日は◯◯をする所存です」と報告していたり、大勢の前でスピーチをする際に、「今後とも、会社のために貢献していく所存です」と言っていたり、さまざまな場面で「所存」という言葉を聞く機会があるでしょう。

また、直接「所存です」と口にすることもあれば、メールや手紙に書いてある場合もあります。

例えば取引先の会社からのメールで、「ご依頼のありましたお見積りの件は、来週の火曜日までにお送りする所存です」などと送られてきたり、「社員一丸となって今回のプロジェクトに取り組んでいく所存です」という内容だったり、メールの詳細に限らず、あらゆるところで「所存」の言葉が使われています。

それだけ社会に出るとあちこちで聞いたり見たりする機会が多いため、「所存」の正しい意味や使い方について、きちんと知っておく必要があるでしょう。

社会人になると、授業では習わなかった言葉使いや敬語についても使う機会が増えますが、「所存」もそうした言葉の内の一つです。

社会人であれば誰もが使えて当たり前だと考えられていますので、「知りませんでした」「習っていませんでした」で許されるのはせいぜい社会人1年目までです。

会社によっては社会に出たばかりでも使いこなせて当然と考えるところもありますので、出来るだけ早い内から「所存」の意味や使い方をマスターしておきましょう。

以下に「所存」の意味を詳しく解説していきます。

️「所存」の意味

「所存」という言葉には、「心に思っていること」「考え」「意見」といった意味があります。

人は誰でも心の中でさまざまなことを考えます。

その場の状況について考察したり、自分や相手の気持ちに思いを巡らせたり、そうした心に浮かんださまざまなことを言葉にする際に、「所存」という言葉を用いることがあるのです。

後述しますが、「所存」とは「思う」の謙譲語ですので、何気ない日常の中ではわざわざ「所存」という言葉を使うことはありません。

プライベートや日常的な場面では、そのまま心で考えていることを、「◯◯だと思う」と口にすることが多いです。

しかしそれが公的な場面やビジネスシーンなどの、やや堅苦しいシチュエーションの場合には、その場に相応しいかしこまった物言いをする必要があります。

「所存」とは、そのような場面で使われることが多いのです。

考え方

「所存」には、「考え方」という意味があります。

考え方とは、「考える方向や」「考える筋道」のことです。

自分の心にふと思い浮かんだことで、それをどのように考えていくのかを決めていくのが考え方です。

例えばあなたに今日こなさなければならない用事が3つあるとします。

1つは市役所に行くこと、1つは買い物に行くこと、そしてもう1つはDVDを返しに行くことです。

この3つの用事の内、どの順番から回っていくのが効率的かと計算するのが「考え方」です。

私たちはこの考え方を毎日当たり前に行っていますので、「今から考えよう」といちい心で意識してから考え始めることはあまりしませんよね。

何かしたいことややりたいことが思い浮かんだ時には、もう自然とそれに対して考えを巡らせ始めます。

そうした物事に対する考え方も、「所存」の意味の内の1つなのです。

意見

「意見」とは、「人が特定の状況や対象に対してもつ特定の態度の言語的表明」です。

もっと簡単に説明すると、「ある問題に対する主張や考え」「自分の思うところを述べて、人の過ちを諫めること」などです。

よく、「意見する」という言葉を耳にしますが、これは「自分の考えを相手に伝える」ということです。

その漢字が表す通りに、自分が見聞きしたことに対して思う意志を、自分以外の相手に伝えることが「意見」です。

また、意見をまとめるまでには客観的な事実や主観的な考え、個々の気持ちなどさまざまな要素を吟味しますが、それらを1つの意見として口に出す際には、あくまでも「個人の主張や考え」を表明することになります。

そのため必ずしも自分の意見だけが正しいというわけではなく、時には誰かと意見が合わなかったり、自分の意見の方が間違っていたりすることもあります。