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俺得とは?誰得と合わせて使い方を解説!(続き2)

例えば、お肌をしっとりとさせて化粧のノリが良くなる化粧品を開発した人が、ネット販売を始めました。

広告宣伝費が充分にないので、知人にサンプルを配って使用感を聞いて回ったのです。

そして、この化粧品が他の市販の化粧品よりもどこが違うのか、どんな効果があるのかを説明して購入をお願いしたのです。

ある女性は、確かに肌がしっとりと潤うし、艶も良くなったので購入したいと意思表示しました。

しかし、もっと友人にも紹介してほしいと頼み込むと、「これを紹介したら誰得?」と聞かれたので、その人は「俺得」と答えたのです。

こんな感じで、日常会話でも登場するのです。

俺得の徹底解説

「俺得」という言葉は、インターネットで使用されるスラング(略語、俗語、隠語)のことで、ネットで会話をしたり掲示板に書き込んだりする仲間の間で使用されている言葉なのです。

普通の人(ネットを利用しない人やネットに詳しくない人など)は、ほとんど聞いたことがない言葉が多く、何の意味か分からないことが多いはずです。

TVやマスコミで取り上げられて、初めて広がっていきます。

JK(女子高校生)やKY(空気が読めない)などもそのひとつです。

クドクドと文章で書く必要もなくひと言で考えが伝わること、関係ない人に見られても瞬時に分からないことなどから、若い人たちに支持されて利用されるようになったのです。

今回のテーマである「俺得」という言葉だけでも、前後の文脈によっては様々な経緯を伝えることもできて、その結果として「誰が得かと言えば、結局は俺が得なのだ。

と締めくくるのです。

簡単な推理小説を解き明かして行くような、楽しみも感じられるようです。

そして、結論を解き明かしていくまでには、「誰が得しているの?」という投げかけもあったはずです。

この問いかけの言葉は「誰得」ということになります。

だから、何かのテーマが提起されて、それについて意見交換があって、その過程で「そんな事をして、誰が得するの?」という質問に対して「俺得」と締めるのです。

「誰得」「俺得」という文脈なのです。

このように、ネットでの会話では、簡便な言葉(スラング)が飛び回り、簡潔に会話が成立しているのです。

逆に言うと、これらのスラングを知らなければ、ネットでの会話に参加できない、未熟だと思われてしまうのです。

相手からは上から目線で見られてしまうのです。

流行りのスラングを知らないと、仲間外れにされてしまうのです。

ですから、ついつい簡単な連絡の文章や葉書を書いても、こんな言葉が出てしまうのです。

ネット用語のひとつである俺得

様々な掲示板で使用されているネット用語は、正確にはいくらあるのか分かりません。

いろんなスレッドが立って、それにつれてそれらの愛好家や専門家が参加して来ると、様々なスラングも生まれるからです。

ネット用語は生き物のように増殖しているのです。

流行ったと思えばすぐに廃れてしまい、また新しいスラングが登場します。

目まぐるしいのです。

このネット用語のひとつである「俺得」も、いずれ新たな言葉に変わるか集約されるかも知れません。

ネットの掲示板の中には、「俺得」はもう古い、と書き込んでいる利用者もいます。

しかし、現在ではまだ利用されているネット用語でもあります。

俺得の意味

では、「俺得」の意味についてまとめてみました。

「俺が得する」の略

ネットで、「(そんなこと)いったい誰が得するんだよ」と投げかけてきた時に、「誰が得するって?そんなことが分からないか?得するのは俺に決まっているよ」と言うことを「俺得」と表現するのです。

また、単に損得の問題だけでなく、好き嫌いの会話にも使う時があります。

何かの話題を取り上げて「こんなもの、好きな奴はいないだろう!」と言うと、「俺得」(自分はそれが好きだ)と答えることもあります。

つまり、権利を主張したり自分の存在をアピールする言葉でもあるのです。

いろんな議論を延々と繰り返した後で、結局最後に残ったのは俺だ、俺に権利がある、俺が一番ということだ、と自分を誇示するのです。

まあわたしの考えでは、古い時代劇で恐縮ですが、水戸黄門の印籠(いんろう)のような感じだと思うのです。

なんだかんだとネットの騒ぎに巻き込まれて収拾がつかなくなった時に、「うるさい、静まれ!いろんな意見が出たけれども、結局は俺が得するだけだから、後はよろしく」と終わってしまうようなものです。

みんなはあっけに取られて、開いた口が塞がらない状態なのです。

問題提起下本人が、強引に閉じてしまう感じです。

自分だけが得をする状況


「俺得」と書き込める人は、偶然にその場に居合わせたわけでもないようです。

あくまでも、結果的には自分が得することを見抜いているはずです。

じっくりと考えてみてから、俺が得していたんだ、などと悠長な事態では無いと思います。

自分が得することを知っていても、あえてテーマとして投げかけて見て、いろんな人の意見を集めて議論させて置いてから、実は「俺得」なんだとするのです。