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他愛ないとはどういう意味?他愛ない会話をするための10個のコツ


社内でどうも怪しいと噂の男女が、昼休みの時間に近くの公園で仲良く弁当を食べているのを社員が目撃したのです。

「ふたりで仲良く弁当を一緒に食べるなんて、かなりラブラブのように思えるわ」とのことで、二人が帰ってきた時に仲間が「ふたりで何を相談していたの?」と冷やかしました。

そんな時に二人そろって「難しい話などしていませんよ。他愛ない話ばかりです。」と彼氏が答えたのですが、みんなは納得しませんでした。

結婚を前提としたお付き合いの話しかなと、みんなが期待していたのですが、「他愛ない話」だとかわされたのです。

こんな時に使う言葉の「他愛ない」とは、どのような意味なのでしょうか?

「他愛ない」という言葉はその使われ方から見ると、「それほどでもない」というような軽い感覚の意味だとは思えるのですが、そのあたりのことをお伝えしていきます。

また、他愛のない会話をするコツもご紹介するので参考にしてみてくださいね。

この記事の目次

他愛ないとは?

噂の二人が「他愛ない話ばかりです」とさらりとかわした言葉。

この意味は、結婚とか交際とかという真剣な話ではなくて、どんな映画が好きだとかどんな俳優が好きなのかというような、誰もが興味のあるつまらないような話をしていたという意味なのです。

つまり、「正体がなくてしまりがないこと」を指したり、「しっかりした考えがなく子供のように思慮分別がない」というような意味に使われるようです。

また、「手ごたえや張り合いがない」というように、ハッキリと優劣が分かれている時に、弱い方のことを「他愛ない」と表現するようです。

勝負で勝った方が、負けた相手に対して「他愛ない」と捨て台詞をいうこともあるのです。

「他愛もない」と相手を見下げる人は、ちょっと自慢がしたい時に使う言葉でもあるようです。

力の差が歴然で勝負するまでもない、詰まらない相手だと評価しているのです。

「他愛ない」という言葉は「たあいない、たわいない」と発音します。

この「他愛ない」というのは「たわいない」という言葉の当て字として使われているもので、本来は「たわいない」という使われ方をしていたのです。

「たわいない」が転じた言葉

「他愛ない」とは「たわいない」の当て字として使われるようです。

「たわいない」という意味は大きくは4つの意味に使い分けられるようです。

それは、①幼くて思慮分別がない状態のこと、②正体がハッキリしい状態のこと、③しっかりしていない状態のこと、④思ったほどでないと感じた時です。

みなさんは、それぞれの状況によってしっかりと言葉を使い分けているようで、意外と身近な言葉でもあるようです。

「たわいない」の後に名詞をくっつけてよく使います。

例えば、「たわいない話」「たわいない気持ち」「たわいない人物」「たわいない会話」「たわいない夢」などなど。

このように「たわいない」という言葉を前につけると、「真剣に考えるほどのことがない」とか「どうでもよい」などの気持ちを表しているのです。

だから、「たわいない」という言葉をつけると、周りの人に「そのまま放っておいても結構ですよ」と宣言するようなものです。

先輩や上司が、部下のためにと気を使って忠告してくれたり、手伝ってくれたことに対して、「たわいない話だった」とか「たわいないことをしてくれて」などということは、先輩や上司を揶揄しているようにも聞こえます。

先輩の行動やものごとに使うことは避けるべきです。

他愛は当て字

「他愛」という漢字は、「たわいない」の「たわい」の当て字として使われているようです。

「他愛無い」とも書くようです。

当て字とされる「他愛」という言葉の意味は、自分のことよりもまず他人の幸福や利益を願うことです。

同義語では、利他(りた)や愛他(あいた)があります。

「利他」とは、他人の福利を願うことで、自分を犠牲にして他人に利益を与えることなのです。

仏教用語では、人々に功徳や利益を施して救済することを意味しています。

「愛他」も「利他」と同じような意味ですが、「愛他主義」という使い方をすると、自己の利益よりも他社の利益を優先する考え方のことを意味します。

これに対して、自分の事ばかりを優先して自分の利益を追及するのを「利己主義」と言います。

このように、他愛や利他、愛他も、自分のことよりも他人のことを思いやる気持ちを表しているようです。

「他愛ない」とは、自分のことを犠牲にしてまでも他愛の気持ちや精神を持ったリ、他人の幸福や利益を願う気持ちが感じられない、もっと平たく言うと大人になり切っていない、成長していない、一人前になれていない、という感覚かも知れません。