人間は感情の生き物です。

特に自分の気に入った行動や行為などに対してはすこぶるご機嫌が良くなり気持ちも「ハッピー」、という感情になれるのですが…。

どうしても生きていくうえで避けられないことが「嫌なもの」に対する負の感情です。

嫌な事、嫌な物、嫌な人が身近にあったり自分と関わりを持たざるを得ない状況に陥ってしまった時…、人はたまらなく「アンハッピー」な気持ちを抱えてしまう事になってしまいます。

では、どうして人は嫌な事や人を作ってしまうのでしょうか?

またそういった嫌な人や物ごとを気にせずに生きていく術って、果たしてあるのでしょうか?

今回は「嫌な」人に対する対処法についてご紹介していく事に致しましょう。

どうしても気にしちゃう……。あの嫌な人

人間の平常心は脆いモノ。

「岩のようにびくともしない不動の心」を持っている人って果たして世の中にどれくらい、いるのでしょうか?

私もそうですが、近くに嫌だな、と思う人間がいるだけで顔の表情が引きつり、身を固くしてしまいます。

気分が露骨なまでに不愉快モードに突入です。

本当によくここまで切り替わるな、と思えるくらい嫌な人の存在を敏感に察知し、気分が一気に変わってしまうのです。

人間、好きな人(特に異性)が近くにいればモジモジソワソワして普段の気持ちを維持できなくなりますよね。

それと同じ反応で嫌な人が近くにいると、もうそれだけで気にしてしまいます。

もっとも気にする中身は全然違うのですけれどもね。

どうして私たちはこうも嫌な人が気になってしまうのでしょうか?

嫌な人がいないなんて嘘!それは八方美人

中には、「私はこの世の中に嫌いな人など一人もいません!」と堂々と告白きる傑物(?)もいます。

「お前は政治家か?それとも宇宙人か?」と突っ込みたくなるのを我慢しつつ、そういった人間の懐の大きさ(?)を感心せざるを得ません。

でも、所詮、それは自己を偽っているだけの欺瞞の心というものでしょう。

自分の事をよく見てもらいたいが故の「八方美人的」な発想と言えるでしょう。

そういった人達でも一皮むけば俗人の代表格である私と大差ないのが実情なのです。

人間というものは正しい心を持っていれば好き嫌いは当然の如く、生まれます。

それは無理をしても我慢しても治せません。

それが人間というものだからです。

機械ではないからです。

だから、隣の人から「嫌いな人がいない」なんていう発言を聞かされたら、それは明らかに「嘘」と断言できるのです。

嫌な人がいても気にしない方法15個


それではまず嫌いな人がそばにいたとしても、それを気にせずに済む方法を考えてみましょう。

例え一時的にせよ、その嫌いな人の忘れることが出来たならしめたものです。

そうすればやがて意識せずとも自然に嫌だな、という思いが消えてゆくかも分かりませんよね。

では、嫌な人がいても気にしない方法のご紹介、参りましょう。

全部で15個、ありますよ。

1、別の種族の人間だと思う

嫌な人がいても気にしない方法の最初の1つ目は「別の種族の人間だと思う」です。

人間の事を差別しろ、と言っているのではありませんからね。

あくまでもひと時の嫌な人との関わりを気にせずにすむ方法の一つとして解釈してください。

そもそも、地球上には60億人以上の人々が暮らしていて、各地域の自然状況や歴史上の観点からみてゆけば当然ながら言語も違えば風土・風習も違ってきます。

生まれ育った文化も食べ物も違ってくるわけです。

そう思えば、人間のモノの考え方が180度、違っているのも当然といえば当然です。

第一、玄関で靴を脱ぐ風習が果たして地球全ての国で共通でしょうか?

私たちが常識と思っている事も一歩、外国に行けばあからさまな「非常識」にもなり得るのです。

だから、嫌な人を気にしないための手段として、その人が全く生活慣習の違う他の民族・種族であると思えばいいわけです。

それならば気持ちの持ちようも多少は変わってくるのではありませんか?同じ日本同志という意識を一時的に捨て去る、という発想方法ですね。

但し、その嫌いな人に面と向かって「他の種族」のような言い方を間違ってもやってはいけませんよ。

そんなことをやったら一気にあなたの立場が地に落ちますからね。

2、同じレベルで見ない

嫌な人がいても気にしない方法の2つ目は「同じレベルで見ない」というものです。

これも一種の後ろ向き的な方法です。

相手のことを自分と同列にしてみていないわけなのですから、自分の正義感に対して両親の呵責を生んでもおかしくないやり方です。

なので、この方法も心の中だけでそう思うようにすべきでしょう。

間違っても口に出して相手に言わない事です。

まあ、そうは言っても世の中の人間の一体、何パーセントが自分と同じ考え方をやっているでしょうか?

恐らく一人いればいいくらいではないでしょうか?

それも探して探してやっと見つけた、というレベルです。

それほど自分と同レベルの人間なんていない、という事です。

よって、これもものの考え方。

自分が「白い」と思っているものを「黒い」と言う人の方が多いものだ、と達観することです。

そうすればいちいち嫌な人だなあ、という意識も少しは和らぐのではないでしょうか?

3、教えてくれる人だと思う


嫌な人がいても気にしない方法の3つ目は「教えてくれる人だと思う」という事です。

この方法はすこぶるポジティブ思考です。

この発想だったらあなたの正義心も良心の呵責を受けることなく行えるでしょう。

嫌な相手だなあ、と思うのはいいのです。

その人はあなたに足りない何かを教えてくれているのです。

そう、一種の「師」のような存在なのです。

あなたも相手が「先生」ならば多少のことは目をつぶってでも聞き入れるのではありませんか?

もっとも例え相手が「師」であっても本当に正しい事を言ってくるかは分かりません。

中には間違った事を言ってくる人もいるでしょう。

ならばそのような人達を反面教師にして自分をコントロールできるようにするのです。

そういうものの考え方を教えてくれる人、と思えばもう嫌な人、という認識も大きく変わるのではないでしょうか?

4、自分の鏡だと思って接する

嫌な人がいても気にしない方法の4つ目は「自分の鏡だと思って接する」という事です。

実は嫌だと思っていた人の実態は、あなた自身だった。

そう思って接すれば妙な偏見や思い込みも起こらないのではないでしょうか?

人間というものは、相対する人物の生き写しとなるケースもあります。

つまり、あなたの行動や考え方と瓜二つの行動をとってしまう事もあり得るのです。

特に相手の人があなたに関心や好意をもっていたなら尚更、そのような兆候が表れるかも分かりません。

知らぬはあなただけ、という事も起こり得るという訳ですね。

だから、相手の事を嫌だな、と思う前に自らの行動や人への接し方をよく振り返ってみることです。

あなたの行いが実は周りの人から嫌がられている可能性もありますからね。

5、気にしないことを言い聞かせよう

嫌な人がいても気にしない方法の5つ目は「気にしないことを言い聞かせよう」です。

そう、嫌な人が身近にいたとしても、あなたが気にしなかったらそれで済むのです。

それを妙に気にしてしまうから相手のペースにはまり余計に「嫌だな」という気分になってしまうのです。

人間の意識は案外、単純です。

関心事がどこか違うところに行けば、先程まであれほど嫌がっていた思いがあっという間にどこかへ吹き飛んでゆきます。

要はあなたの思い込み過ぎが原因なのですね。

だから、「別に気にならないよ」という風に自分に言い聞かせてその場を乗り切る工夫をすればいいだけなのです。

ただ闇雲に言い聞かせようと意識しすぎると却って嫌な事が頭から離れない事もあり得ます。

よって、ほどほどの気分を維持しながら別の事を考える手立てを取ってゆきたいところですね。

何か気晴らしになるものがあればそれが一番いいでしょう。

6、周りの人たちを理解する

嫌な人がいても気にしない方法の6つ目は「周りの人たちを理解する」です。

あなたにとって嫌な人というのは、あなたの周りの人全てが対象なのでしょうか?それともその中のほんの一部の人間なのでしょうか?

いずれにしてもいつまでも誰かの事を嫌だ嫌だ、と思っていたら永遠に解決のための糸口は見えてこないでしょうね。

それよりも思い切って周りの人たちの事を理解するように努めれば、それまでの気持ちが嘘のように晴れやかなものになっていくかも分かりませんよ。

人間の心は基本的にポジティブ思考によって邪心を持たない明るい平和的な思想を持てるようになるもの。

それを嫌な人がいるからという理由でネガティブ思考になってしまってはいつまでたっても人生の活路すら見えてこなくなってしまいます。

思い切って周りの人たちの事を理解し、少なくとも否定的なものの見方だけはやらないようにしましょう。

きっとそうすることによって気持ちが明らかに楽になってくると思いますよ。

7、世間を痛感する

嫌な人がいても気にしない方法の7つ目は「世間を痛感する」です。

あなたの思っていることは果たして世間の目から見たらどれほどの大きさのものなのでしょうか?もしかしたらものすごく小さいことでクヨクヨしているだけに過ぎないのではないでしょうか?

結局、世の中の多くの人間たちの思っていることや悩み事など世間一般の事に比べたら、取るに足らない小さなもの、という事が言えてしまうのですよね。

ましてや嫌な人がいるから、などと言うような理由など、本当の悩み事とは言えないもの、と一刀両断されてしまうかもしれません。

世の中にはもっと深刻な悩みや問題を抱えている人がいる事を忘れてはならないのです。

そのようなもっと大きな問題や悩み事に比べたら、誰か特定の人の事が嫌いだからどうにかしてくれ、などという悩みはあまりにも懐が小さすぎる問題として一蹴してしまうくらいの気概を持ちたいものですね。

8、精神的にタフになる

嫌な人がいても気にしない方法の8つ目は「精神的にタフになる」です。

そうなのです。

何をするにおいてもあなたのハートが「精神的にタフ」であれば何の問題もないのです。

うじうじ悩む必要もなくなるのです。

「タフな精神」を持ち合わせていればいかなることにも「ドーン」とした態度で臨めるようになるのです。

ただ、タフな精神は口で言う程、簡単には手に入りません。

それこそ、いろんな経験を積み、数々の失敗やしくじりを経ることによって、あなたの心がいつした本物のタフな精神に変わってくれるのです。

精神的にタフになってしまえば、多少の嫌な人物との接触などものともしなくなるでしょう。

そのためにも厳しい局面やしんどい仕事をどんどんこなしていきましょう。

そうすれば遅かれ早かれ、あなたの精神はタフなハートに変わる事は間違いありませんよ。

9、時間を考えて視野を広げる

嫌な人がいても気にしない方法の9つ目は「時間を考えて視野を広げる」です。

嫌な人の事を意識し過ぎたら、今の時間というものを必要以上に浪費してしまっていせんか?頭の中がその嫌な人の事に捉われすぎて、他の事が手につかない状態になっているかも知れません。

嫌な人が近くに来るだけでこの有様ではせっかくの貴重な時間がもったいないだけですよね。

おまけにこれでは仕事の生産性も能率も全てが犠牲になる可能性があります。

そこで時間のことを気にするようにしましょう。

例え目の前に嫌な人がいたとしても、あなたはやるべきことがあるので時間に追われているはずです。

いついつまでにやり終わらなければいけない事があるはずです。

時間を最優先に考えて目の前の視野を広げましょう。

そうすれば例えわずかな間でも嫌な人の事を思わずに時間を過ごせるはずですよ。

10、今の一瞬に集中する

嫌な人がいても気にしない方法の10個目は「今の一瞬に集中する」です。

嫌な人が目の前にいたらどうしても気が散ってしまい物事に集中できなくなってしまいます。

これは必要以上にその嫌な人の事を意識してしまうからです。

そのような心理状態ではいつまでたっても目の前の事に集中出来ないでしょう。

挙句の果てがミスや失敗の連続で仕事の完成が遅れるだけです。

そのような状態から脱出するためにも今のあなたの目の前の一瞬に集中するよう、気持ちを切り替えましょう。

例えあなたの目の前に嫌な人が陣取ってきたとしても、あなたが最優先にやらなければならない事が必ずあるはずです。

まずはそれをやり切ることに集中すべきです。

たとえその嫌な人があなたにちょっかいを出してきたとしても、です。

あなたは目の前の今やるべきことに鬼の精神で集中しましょう。

今の一瞬に集中出来なければ、あなたの仕事の仕事能力もたかが知れている、という事になってしまいますね。

11、嫌な人を愛しながら避ける

嫌な人がいても気にしない方法の11個目は「嫌な人を愛しながら避ける」という方法です。

これはなかなか哲学的な宗教的な匂いのする方法ですね。

第一、「嫌だ」、と思っている人の事を愛する気持ちになどなれるはずもないでしょう。

まあおっしゃる通り、確かに嫌な人のことを愛するようには中々、なれないものです。

人間である以上、自分の心の正義に嘘をつく事は出来ないでしょう。

よって、ここでは相手のことを広い意味で「いち人間」と捉えてみるようにするのです。

あなたは相手の事を多少は知っていますが、敢えて中身は全然知らない事にしてただの1人の人間としてその嫌な人のことを愛していればいいのです。

しかし、実体は避ければいいのです。

関わらず避けるのです。

とことん、避けてください。

関わらないでくださいね。

避けるのです。

相手もそのうち、あなたの鉄の意志に降参して離れていくと思いますよ。

12、その場を楽しんで紛らわす

嫌な人がいても気にしない方法の12個目は「その場を楽しんで紛らわす」です。

この方法は気持ちを嫌な事から紛らわす訓練と思って行ってもらえればいいでしょう。

いかにして嫌な人がいる場で、その場を楽しんで過ごす事が出来るか。

これはなかなかしんどい訓練です。

頭の中が「嫌だ」モードになっていたらこの訓練、全く成果は出ないでしょう。

頭の思考回路を切り替える必要があります。

そう、プラス思考に切り替えるのです。

この世界、全てはいい事だらけ。

全てを肯定して生きてゆくように頭の中を切り替えてみるのです。

最初は難しいかも分かりませんが、時間の経過とともに段々、そのような発想にも慣れてくることだと思います。

人間の「好き嫌い」の嗜好性は消し去ることは出来ません。

しかし、それは自身のプライベートの時だけに行うようにし、公務や仕事の時は気持ちのスイッチを「オール肯定」にしておくのです。

大体、好き嫌いの発想で世の中を渡ったら疲れるばかりです。

ストレスもそれに見合って溜まります。

全てを受け入れる「肯定」の発想で生きてゆけば物凄く楽な生き方が出来るものですよ。

そうすればその場を楽しんで紛らわすことも案外、容易にできたりもするものですよ。

13、気にすることをリストアップして改善

嫌な人がいても気にしない方法の13個目は「気にすることをリストアップして改善」です。

人間、自身の気になることを頭の中にしまっておくのではなく、紙に書いて常に目にする習慣をつけておけば大きな改善を期待することができます。

これは人間の脳がそのような働きをもっているからこその方法です。

自分の弱いところや気になっているところを目にしていれば、それが脳に伝わって「改善しよう」という働きを自発的に行ってくれるのです。

可視化すると何に気にしているかわかる

それプラス、可視化することによって、自分にとって今、何を気にしているのか、何が嫌いなのか、自分の弱点は何なのか、といった点をスムーズに素早く意識することができるのです。

そしてその情報を脳に伝達させてその解決方法を速やかに見つけ出していく事が出来るようになるのです。

これは人間の脳が持つ能力の一つです。

人間の学習能力は聞いて覚えるよりも書いて覚える方がはるかに脳に情報が定着しますよね。

その原理を応用した方法なのです。

ご自身の気になっている事をリストアップして紙に書きだして、日常生活においてその紙を目の届くところに貼っておきましょう。

こうすることによってあなたはご自身の気になっている部分が一目瞭然となりそれに対する対処法を自然と意識して模索し始める事になり、気が付いたらそれに向かって改善していく行動をとっている、という事になるのです。

14、適度な距離感を保つ

嫌な人がいても気にしない方法の14個目は「適度な距離感を保つ」です。

この方法は最もオーソドックスな方法といえるでしょう。

この方法ならば、無理をして嫌な相手と会話をしたりする必要もありませんからね。

適度な距離感を保っていれば、自然と相手もそれ以上は接近してこないもの。

この「距離感」を維持させ出来ていれば、あなたは嫌な相手とおなじチームや組織にいたとしてもさほど苦にすることもなく何とかやっていけるでしょう。

ただ、いくらこちらが距離を取ろうとしても相手から強引に接近してくるケースも考えられます。

よってあなたと相手との根競べになる可能性もありますので最初から露骨に避けるような距離の取り方は控えた方がいいかも分かりませんね。

15、新しい人間関係を構築して忘れる

嫌な人がいても気にしない方法の最後の15個目は「新しい人間関係を構築して忘れる」です。

この方法、ある意味前を向いたポジティブな方法ともいえるでしょう。

そう、いつまでも今の現状に対してウジウジ、クヨクヨ、イライラしても始まらないのです。

思い切って目の前の状況を打破していきましょう。

新しい人間関係を作りにゆけばそれまでの閉塞感や八方塞がり感といったあらゆるネガティブなイメージはどこかに行ってくれることでしょう。

自らの手で新しい環境づくりを行えばあなたの気持ちは一気に明るくなり、きっと運気も高まってくれる事でしょう。

但しここで気を付けていただきたいことがあります。

それは今の現状からただ「逃げる」だけになっていないか?という事です。

確かに新しい人間関係を構築して今までの事を忘れるのは一理あります。

しかし、どうして今までの人間関係において嫌な人が存在したのか、その原因や理由をとことんまで突き詰めてゆく必要があります。

でないと、次の人間関係でまた同じ過ちを犯さないとも限りません。

人間というものは抜本的改革を行わない限り、本質は変わらない生き物。

臭いものにふたをしただけではきっと次の環境でも同じことが起こってしまいますよ。

嫌な人を気にしてしまう理由

それでは次に参りましょう。

私たちはどうして嫌な人の事を気にしてしまうのでしょうか?気にせずに普段通りに生していけば何の問題もないはずなのに、気にしてしまうから事は大袈裟になってしまうのです。

どうして嫌な人のことをこうも気にしてしまうのか?その理由についてのご紹介をいたします。

全部で4つのご紹介です。

ひどく傷つけられたから

嫌な人を気にしてしまう理由の最初の1つ目は「ひどく傷つけられたから」です。

人間というものは精神面、俗に言う「メンタル面」が岩のようにびくともしない人ってそうそういるものではありません。

大抵の人はちょっとした事を気にしてしまいます。

それが人間が本来持っている「優しさ」であり相手のことを労わる「道徳心」があるからに他ならないからなのです。

自分以外の人間に対して不快な思いをさせたり悲しい思いをさせてしまう事は、相手の心を傷つけ自分の事を恨まれてしまう原因にもなってしまいます。

そういった「野蛮」な心を持った人間にはなりたくない、と願うのがまともな心を持った人間の普通の神経でしょう。

だからこの反対の事を他者からされてしまったら同じように自分も相手の事を憎んでしまいます。

そしてやがて避けるようになってしまうのです。

直接的な嫌がらせを受けた

人間は基本的には周囲の人たちとは仲良くやっていく事が理想です。

いえ、そうするべく人間の心というものは出来ていると言っても過言ではありません。

だから直節的に嫌がらせを受けたり意地悪をされたり暴言を言われたりすれ心が傷つくのは当然なのです。

そして人間の心は一旦傷つくと、思うような回復が出来ないのです。

だからもうこれ以上、心に傷をつけられないようにするために人はそういった行為に出てくる人間を「嫌な人間」というように区別して遠ざけるのです。

そうしないと自分の心が修正不可能になるくらいやられてしまうからです。

人が嫌な人を気にしてしまう最も大きな理由である「心を傷つけられるから」、ご納得いただけましたでしょうか?

自分と性格や境遇が似ているから

嫌な人を気にしてしまう理由の2つ目は「自分と性格や境遇が似ているから」です。

この理由は明らかに自分の性格や人間性が「嫌い」という思いがあるからこそのものなのです。

人間、誰もが自分の事を好きな人ばかり、という訳ではありません。

自分の事が嫌で嫌でたまらない、という人もいるのです。

そういった人にとったら自分と瓜二つの考え方をする人間というのは一種の「脅威」なのです。

「ああ、自分っていう人間はあんな風に世間から見られているんだ」という絶望感にも似た思いをさせられてしまうからです。

嫌いな自分と全く同じ人間が自分の近くにいる。

こんな最悪の状況、確かに当時者にとったら嫌で仕方ないことでしょう。

自分に対する劣等感

嫌な人を気にしてしまう理由の3つ目は「自分に対する劣等感」です。

この「劣等感」に関しましては2つ目の理由の「自分と性格や境遇が似ている」とリンクしてくる部分が多分にあります。

それは、自分に自信がないから自分の事が好きになれないのです。

だから何をするにおいても自分の「劣等感」という意識が首をもたげてくるのでついつい、それを悟られたくない一心で周囲の人から離れようとしてしまうのです。

劣等感というものは人間不信になる自分自身を卑下しているとも言えます。

とにかく、自分に対する劣等感が強いうちは、周囲の人間と接するのが嫌だ、という感情が出てしまうでしょう。

ただ、これは病気ではありません。

人生におけるあるほんの一時期の心の問題です。

どうぞ悲観なさらずに毎日を過ごしていってくださいね。

劣等感というものはすぐに消え去るものではありませんが、時間をかければあなた次第で必ずいい方向に転んでいきますからね。

異性関係のトラブルやヤキモチ

嫌な人を気にしてしまう理由の4つ目は「異性関係のトラブルやヤキモチ」です。

これは完全にあなたの一方的な思い込みによるものです。

確かに異性の事が気になるのは当たり前。

誰だって年ごろになれば好きな異性の一人や二人はできるものです。

しかし、だからといってその異性に対する思いが必ずしも成就するかどうかは、別物です。

うまくいく恋愛もあれば壮絶にフラれて散ってしまうケースもあるでしょう。

だから「成就」しない事を恐れて異性関係においてのトラブルやヤキモチなどが遠因となって人を嫌がるケースが増えてしまうのです。

まあしかし、人生、長い目で見ればそういった異性に対するトラブルやヤキモチが起こる時期というのは、そう長期間になりませんよ。

早い人は一気に決着してしまいます。

人生における「花」の時期というのは短いのです。

その時期を逆に楽しむ気持ちになれば、結構これもおつなものですけれどもね。

嫌な人を気にしないメリット

それでは次に参りましょう。

嫌な人の事を気にしなかったらどのようなメリットがあるのでしょうか?

どうせなら人生、豊かに楽しく生きていきたいもの。

一つでもメリットの多い事を実践する方が何かと「お得」ですからね。

人生が豊かになる

嫌な人を気にしないメリットの1つ目は「人生が豊かになる」です。

人生を豊かに出来るかどうかは大きな選択肢の一つです。

自分の人生、誰が楽しくない人生を選ぶでしょうか?

そのためにも人生を豊かにするために、嫌な人の存在というものは極力、排除したいものです。

確かに自分にとって「嫌な人」が出来てしまうと心に何か引っかかったものが出来てしまったようで満ち足りた気持ちになれませんよね。

人生を豊かに送るためにも、誰にも気兼ねせずに生きてゆけるよう「嫌な人」を作らない工夫をしたいものですね。

ストレスフリーな生活ができる

嫌な人を気にしないメリットの2つ目は「ストレスフリーな生活ができる」という事です。

ストレスは現代を生きる人間とって、全くゼロにするのは難しいことでしょう。

しかし、自身の努力によっていくつかのストレスを減らす事が出来たら人生、どれだけ豊かで楽しくなることでしょう。

嫌な人の存在は紛れもなくあなたに重い「ストレス」を与えてしまうでしょう。

よって嫌な人を作らない、あるいは気にせずに済む方法を身に付けて毎日を送れば「ストレスフリー」な生活を送れるようになり日々の充実感が大きく変わってくることは疑いようのない事実となるはずです。

「ストレスフリー」な生活を手に入れて豊かな人生を送りたいものですね。

他のことを考える時間が増える

嫌な人を気にしないメリットの3つ目は「他のことを考える時間が増える」です。

嫌な人がいたりすれば、その事が気になってしまいどうしてもその事が頭から離れなかったりするものです。

これでは貴重なあなたの時間が無意味なことに拘束されてしまって生産的な思考が出来なくなってしまいます。

嫌な人がいなかったり気にならないような毎日を送れていれば、きっとあなたの毎日は色々な生産的でポジティブな思考を巡らせる事が出来るようになっているでしょう。

これこそ、充実した毎日を送るための健康的な精神状態と言えるでしょうね。

まとめ

如何だったでしょうか?「嫌な人」というテーマに対して

・嫌な人がいても気にしない方法
・嫌な人を気にしてしまう理由
・嫌な人を気にしないメリット

という点をピックアップしてご紹介して参りました。

私たちが生産的で健やかな毎日を送っていくためには、なるべき心に重いものを与える要因は省いていきたいものです。

「嫌な人」という存在はまさに生きてゆく上で心に物凄く重いものを背負わせる存在なのです。

あなたの気持ちが繊細でピュアなほど人の好き嫌いが激しいかも分かりませんね。

しかし、それでは自分の長い人生に過大な負担をかけ続ける結果になってしまうかも分かりません。

時には図太く、時にはしたたかに。

別に腹黒い人間になってもいいと思いますよ。

人間なんて、所詮裏表があって当然。

毎日をノビノビ、ワクワク生きていくためにもメンタルの強化は怠れませんね。