「人には優しく親切に」なんて言葉は誰もが一度は聞いたことがあるはずです。

みんな小さい頃は親や先生たちに「人には親切にしましょう」と言われて育ってきたはずです。

そして大人になるにつれて色々なことを経験して心が成長してからは、きっと意識せずとも人に対して親切にできる人がほとんどではないでしょうか?

しかし、そんな親切心も一歩間違えればただのお節介になってしまうということ、知っていましたか?

親切心からした行為も、相手からしたら余計なお世話だったなんてことは非常によくあることです。

これが原因で人間関係がこじれてしまうこともよくあります。

今回は、そんな「親切」と「お節介」の違い、そして相手が迷惑と感じてしまう行動をご紹介していきたいと思います。

かなり見分けるのが難しいこの二つの境界線ですが、そこにはどんな違いがあるのでしょうか?

お節介とは?

まずは、親切とお節介とはそれぞれどういう意味なのかというのをみていきましょう。

言葉だけ聞くとお節介とはかなりマイナスなイメージ、親切とはプラスのイメージという感じですよね。

ではまずはお節介からご説明いたします。

お節介とは、簡単に言えばありがた迷惑です。

本人が親切だと思っているかどうかは別にして、余計なお世話を焼くことをお節介と言います。

意味

お節介を辞書で引いてみると、「出しゃばって余計なお世話を焼くこと」という説明が出てきます。

または、「必要がないのに人のことに立ち入ること」「逆に迷惑になるような余計な世話を焼くこと」などと書かれているようです。

つまり、お節介とは相手に対して自分の親切心を押し付けるようなことを言うのですね。

相手がそうしてほしいと思っているかどうかは別として、自分が世話を焼きたいという気持ちを感じて動いているのがお節介ということです。

親切とは?

では、親切とはどのようなことを指すのでしょうか?日本だけでなく世界のどこでも、人は他人に親切であるべきだと言われているはずです。

誰にでも親切であるべき、そう思う人も多いはずです。

しかし、親切と言われてもその意味を完全に理解して生きていきた人というのは非常に少ない、もしくわほぼ皆無なのではないでしょうか?

なんとなく漠然と人に親切にしてきた、そんな人がきっと多いことでしょう。

親切も一歩間違えればお節介として人に不快な思いをさせてしまうものです。

しかりと親切の意味を知って今後はより一層ステキな人間になれるよう努力してみてくださいね!

意味

親切という言葉を辞書で引いてみると、「相手の立場になって考え、その人のために何かをすること。

深い思いやりを持って誰かのために尽くすこと」という説明が出てきます。

つまり、親切とは相手の身になって物事を考えて行動することであり、お節介とは少し違うニュアンスを含んでいることがわかります。

また、親切という言葉を説明する時、お節介が主観的なのに対してとても客観的に説明されているような感じがします。

「思いやりがあるさま」という説明も親切の意味に含まれていますが、これなんかは完全に第三者から見たその人の行動を指していますね。

お節介と親切の違いは?

お節介と親切にはそれぞれ違う意味があることが分かりました。

この二つの意味は言い換えれば同じようなことを言っているようにも聞こえますよね。

では、そんな判断が難しいお節介と親切の決定的な違いというのは一体なんなのでしょうか?
お節介だねと言われた時、親切だねと言われた時、それぞれ自分がどういう行動をしたのかというのを思い出しながら読んでみてください。

きっとその二つの違いに気づけるはずですよ。

自分にとってはとっても親切にしていたことも、もしかしたら相手からはお節介だと思われているかもしれません。

それを判断するにはまずはこれからご紹介する二つの指標を目印にしてください。

あなたは親切かそれともお節介、どちらの方が多くできていますか?

誰の気持ちを考えているか

お節介と親切の説明をもう一度読んでみると、お節介は「必要がないのに世話をすること」であり、親切は「相手の身を考慮してから、自分ができることをやる」と言ったニュアンスではないでしょうか?

つまり、簡単に言えばこの二つの違いは「誰の気持ちを考えているか」ということなのです。

相手のことを考えているのであればそれは親切ですし、自分の気持ちだけで動いているのであればそれはお節介ということです。

また、ここでは実際にどういう行動をとったかということではなく、単に誰の気持ちを「考えている」か、ということだけに着目したいと思います。

相手ならば親切


相手の気持ちを考えるということ、これは親切心とともに昔から親や先生なんかに言われてきたことですよね。

「相手の気持ちを考えなさい」「相手の立場になりなさい」ということは散々言われて育つことです。

社会人になっても相手の立場を考えるということは大切なことであり、人がいい人間関係を保つために必要不可欠な能力なのです。

親切とは、この「相手の気持ちを考えて行動していること」を指します。

相手の気持ちを考えて、相手がこうしてほしいと思っているからこそそうしてあげる、それが真の親切だということです。

自分ならばお節介

反対に、相手の立場や気持ちを考えずに、これはやってあげるべきだという自分の気持ちだけを考えているのであればそれはお節介になりうるのです。

相手がどう思うかは関係なく、こうしてあげたら喜ぶだろうという独りよがりな考えが、お節介を招いてしまうのです。

相手に何かしてあげようという根底にある思いは一緒なのですが、相手の気持ちを感がえているか自分の気持ちだけで動いているか、そこが違うだけで親切にもお節介にもなってしまうということです。

または、元から親切心などなく自分への見返りを求めて恩を売るという人もいます。

これも、自分の気持ちだけを考えて行動しているということなので、同じようにお節介に分類されるということです。

誰の気持ちを優先できているか

また、誰の気持ちを優先しているかでも、親切とお節介は区別することができます。

自分や相手の気持ちを考えることはできますが、実際に行動に移す時にどちらを優先するかでそれがお節介か親切かが変わってくるのです。

あなたは誰かに親切にしようと考える時、本当に相手の気持ちを優先して行動できていますか?自分の気持ちだけを優先してしまっては親切もありがた迷惑になってしまいますよ。

相手ならば親切

もちろんのことですが、相手の気持ちを優先してそれに合わせて行動を起こしているというのは、相手からも本気で感謝されますし心からの親切だと言えるでしょう。

誰かが困っている時、相手の気持ちを予想することはできますが、果たしてそこで本当に相手の気持ちを優先して行動できるのか?

それとも、少しの見栄と独断で自分の気持ちを優先させてしまうのか?親切とは前者の行動にのみ当てはまるのです。

いつも周りから「親切だね」と言われることが多い人は、きっと自分の見栄や周りからの評価などを一切気にせずに、その人が本当に困っている時に最善を尽くしているのでしょう。

自分ならばお節介

逆に、相手の気持ちをわかっていても結局自分の気持ちや都合を優先してお世話を焼いてしまっている人は、相手からするとお節介と思われてしまいます。

特に、自分の株を上げるためにやっている「親切」な行動なんかは、相手にもその周りの人にもすぐにわかってしまうことでしょう。

または、本人は本当に相手のためだと思っていても、相手からお節介だと思われてしまうこともあります。

それはきっと、自分の中で「この人はこうして欲しいに違いない!」と独断で相手の求めることを想像してしまっているのでしょう。

本人は良かれと持ってやっていることなので、相手も無下にはできずに渋々その行為を受け取らなければいけません。

これは前者よりももっとたちが悪いと言えるかもしれませんね。

迷惑と感じてしまう5個の行動

親切とお節介とは、かなり似ているようでその中身は全然違うもののようですね。

特に注目すべきは行動を起こす側ではなく、その好意を受け取る相手です。

受け取る側がありがたいと思っていれば親切、迷惑だと思っていればお節介になるということです。

では、どんな行動や態度が相手にとってお節介、つまり迷惑になってしまうのでしょうか?特にありがた迷惑と思われてしまう5個の代表的な行動をご紹介いたします。

もしあなた自身が自分の株上げのためではなく本当に人に親切にしたいとおもっているのであれば、何が迷惑になるのかということをしっかり頭に入れておくようにしましょう。

1.先回りしすぎる

お節介の代表的な例として、まずは先回りしすぎるということが挙げられます。

良かれと思って次々に事を進めていく人は、自分では人のためと思っていても実はありがた迷惑だと思われている可能性が高いです。

仕事や日常生活で、頭の回転が早く要領のいい人っていますよね。

自分の仕事をさっさと終わらすことができるので、他の人の仕事にまで手を出してしまう人。

本人は要領の悪い周りを助けようと気持ちでいても、周りからするとものすごく迷惑だったりするのです。

こういう人は、仕事だけでなく日常生活でもなんでも先回りしてやりたがる傾向にあります。

相手が極度のめんどくさがりであれば問題はないですが、そうでなければ大きなトラブルとなってしまうこともあるでしょう。

自分でやりたかったこと

例えば、相手が自分でやりたいと思っていたことを勝手にやってしまうパターン。

要領が悪いのではなく、ゆっくりと楽しみながらやりたくて置いておいたことを、知らないうちに勝手に済ませられてしまえば、どんな人でも怒りたくなりますよね。

当の本人は「せっかく親切にしてあげたのに」という態度を取るでしょうから、余計に人間関係は悪化してしまいます。

周りからすると要領が悪いだけ、仕事が遅いだけと思うようなことでも、本人は自分でやりたいと考えていることだってたくさんあります。

まずは、本人に何か助けが必要か、自分でやりたいからまだやっていないのかということをしっかり確認してから行動に移す必要がありそうです。

自分でやらなければならなかったこと

または、自分でやらなければならないことを勝手にやってしまうのも、ありがた迷惑と思われてしまいます。

出されている課題、残っている大切な仕事などは、本人がやらなければ意味がないようなものも多いことでしょう。

課題などはしっかり学びながらやりたいと思っているが故残している可能性があります。

それを勝手に他人がやってしまっては、その人のためになりませんよね。

仕事も同様、一見簡単な仕事に見えても実はややこしい案件であるがために、状況を知っている当事者にしか解決できない仕事と言うのはかなりあります。

それを親切の名の下、勝手にこなしてしまえばその後トラブルに発展することは目に見えています。

仕事などでこれをやってしまうと、取り返しのつかない事態に陥る可能性もあります。

先回りしてやってあげるときは、必ず本人の意思を尊重するようにしましょう。

2.物をくれる


お節介な人に共通する特徴、それはなぜか頻繁に物をくれるというもの。

一見すれば、少なからずお金のかかっている物を他人にタダであげるといううのはとても親切に思えますよ。

しかし、これが実際経験してみるとかなりめんどくさいお節介だったりするのです。

そもそも物を人にタダであげる人とは、その根底にどのような意図があると思いますか?
もちろん嫌がらせなどの悪意があるわけではなく、本人は親切心からプレゼントしていることには変わりありません。

しかし、人にあげてもいいものというのは、つまり自分には必要のないものということです。

必要のないものとは、大抵他の人にも必要なかったりするのです。

本当はいらない

そんな本当はいらないものでも、付き合い上もらわなければいけないのが人間関係というもの。

「不要な荷物が増えるだけなのに、、」と思いながらも、結局受け取ってしまうのが人間の性ですよね。

そこで断ってしまえばいい話ですが、相手が先輩だったり立場上立てておかなければいけない人だった場合は受け取るしかありません。

でも、こんな嫌々受け取ったものに対して、「親切にしてくれてありがとう!」なんて思う人はどこにもいません。

つまり、めちゃくちゃ迷惑ということです。

相手がいらないといってきたものをもらうというのもなんだか複雑な気持ちになるはずです。

もし本当に物をあげたいのであれば、相手が今必要としているのかどうかというのを最初に確認してからあげることを提案した方が良さそうです。

もしいらないのであれば、その話自体せずに相手に気を使わせないようにしましょう。

結局すてなければならない

また、いらない物は結局捨てなければいけないわけですが、それもまた人面倒なのです。

一人暮らしや結婚生活の経験がある人はよくご存知かと思いますが、ゴミを捨てるのには意外と労力や面倒がかかります。

可燃や不燃を分けるのはもちろん、生ゴミは袋に包んだり水分を取ってから捨てたり、発火物はまた違う日に出したり、、ゴミ処理は家事の中でも一位二位を争うめんどくささです。

そこに、わざわざゴミを増やされてしまってはたまったもんじゃありません。

いらない物をもらった上にゴミ処理の手間までかけられてしまってはもはやありがた迷惑というよりもただの嫌がらせにしか思えなくなってしまいます。

また、場所によってはゴミ袋が指定の物である場合もあります。

そんなときは、わざわざ貰ったものを捨てるために高いゴミ袋を犠牲にしなければいけなくなるのです。

逆の立場で考えるとどれほど迷惑かがわかりますよね。

自分がいらないものを誰かにあげるとき、とくに後輩などに対してはまず必要かどうかをしっかり確認してからあげるようにしましょう。

3.一言多い

会話をするたびになにか一言多い人っていますよね。

お節介の人は相手のために言っておいてあげようという自分勝手な発想から、余計な一言を付け加える傾向にあります。

もともと、お節介な人というのは出しゃばりであり自分の意見を言ったり行動に移さなければ我慢ならないという人がかなり多いです。

余計なお世話を焼くというのは、それだけ自分の意見が強く相手の気持ちを優先できないということだからです。

もちろん、その一言が確実にその人のためになって相手も感謝するようなことであればそれは「親切」と呼ぶことができます。

しかし、一言余計に付け加えるときというのは、大抵マイナスなことか嫌味の時が多いです。

そのため、相手からも疎まれてしまい親切ではなくお節介認定されてしまうのです。

空気を読めない発言

一言多い時に特に迷惑がられるのが、なんといっても空気を読めない発言です。

空気を読まずにたったひとことでその場の雰囲気を崩してしまうので、周りからすれば迷惑以外の何物でもないのです。

例えば、みんなが楽しく会話している最中に人の悪口かのような一言を伝えるのは良くありません。

人の悪口なんてご飯が不味くなるだけですし、その場が楽しいものであればあるほど、話題に出さない方がいいものです。

気分も一気に暗くなりますし、そのたった一言で元気がなくなってしまう人もいるかもしれません。

または、誰かが話している時に必ず否定するような一言をいうのもかなりのお節介と言えるでしょう。

本人は本当にそう思って口を挟んでいるのかもしれませんが、話し手からすると自分の話題がどんどん否定されればいい気分にはなりません。

悪口、否定、この2つはその場の空気を乱す最強の言葉です。

空気を読めない人認定されないためにも、楽しい場での余計な一言は慎むようにしましょう。

口うるさい

お節介にならないためには、余計な一言で口うるさい人間にならないように気をつけることも大切です。

口うるさい人と一緒にいたいと思う人は滅多にいませんので、友達を失ってしまうきっかけにもなることでしょう。

では、具体的に口うるさいとはどのようなことを言うのでしょうか?ここで言う「口うるさい」とは、自分の価値観で人の行動や言動を非難したり注意したりするような人です。

何か言えば反対意見で怒られる、おふざけの一環で茶化したりすればすぐに注意してきたりする、そんな人は相手から鬱陶しがられてしまいます。

口うるさくなってしまう人は、基本的には相手のことを心配していたり本当に思っているからこそ言ってしまう人がほとんどでしょう。

その気持ちは少なからず相手に伝わっているはずですが、それでも口うるさいのはやはりその場の空気を乱してしまうもの。

心配するのは程々に、広い心でその場を楽しむと言うこともたまには必要な事かもしれません。

4.勝手な判断

お節介な人が一番やりがちな事、それが自分で勝手な判断をして相手にその考えを押し付けてしまうと言う事です。

本人にはその気がなくとも、相手は他人、自分と同じ価値観や考え方を持っているわけではないのです。

お節介な人の根底には、いつも「自分勝手な判断」があると言えます。

本人に悪気があるかどうかは別にして、勝手な判断で相手の気持ちを考えずに行動してしまうので、相手から迷惑だと思われてしまうのです。

人間みんな生きてきた人生も経験も人間関係も全てバラバラであり、そうした中で育つ価値観というのもまた変わってきます。

それを意識せずに自分の判断だけで親切を押し付けてしまうと、相手は「望んでもいないのに」と嫌がってしまうのです。

決めつけ

つまり、自分の中で勝手な判断をして相手はこうしてほしいはずだと決めつけているが故、相手と相違が生まれてしまい迷惑だと思われてしまうのです。

勝手に決めつけてしまうと、相手も自分の意見を言う前にもういいやと言う気持ちになってしまいます。

お節介にならないようにするには、どんなこともまず相手の立場になって考えることが必要です。

どんなに良い人でも、やはり自分の経験や考えで相手の気持ちも判断してしまうのは同じ事です。

しかし、相手に心から喜んでもらうにはそこで自分の考えだけで行動するのではなく、どんなときも毎回相手の気持ちを考えること、自分はこう思うけど相手も果たして同じだろうかということをしっかり考えてから行動するようにしましょう。

そうすることで、今までありがた迷惑だと思われていたことも自然と感謝されるものになっていくはずです。

5.恩着せがましい

お節介で一番厄介なのは、恩着せがましい態度や心が見え隠れしているパターンです。

お節介でも本人は親切心でやっているときはまだ改善の余地がありますが、もともと自分の株上げに「親切」を使おうとするような恩着せがましい人は誰からも疎まれてしまいます。

また、もし自分に恩着せがましい気持ちがなくとも、相手がそう感じてしまうのであれば、それは恩を売っているというということになるのです。

恩というのは心からの親切心によって助けられた人がその相手に対して感じるものであり、無理やりその感情を持たせるようなものではありません。

それをわざわざ恩の押し付けのように余計な世話を焼いてくるのは、やはりお節介と思われてしまうのです。

相手に何かしてもらおうという気持ちが見える

例えば、相手に何かしてもらおうという気持ちが見える人なんかは、恩着せがましいと思われてしまいます。

何か見返りが欲しいから親切にする、自分に得があるから優しくする、そういう人の魂胆は相手からも見えてしまうのです。

分かりやすい例でいうと、お金持ちの男性にやたらと媚びを売る女性といったとこでしょうか。

かっこいいと容姿を褒め、話が面白いと持ち上げる彼女たちは、本当に相手に幸せを感じて欲しくていっているわけではないですよね。

もちろん、その男性のお金が欲しいから、自分にお金を使って欲しいから親切にしているのです。

これは極端な例ですが、こういった恩着せがましさというのは友人同士や同僚なんかの間でも同様に起こります。

何か欲しいから優しくする、こうしてほしいから先に親切にしておく、これらは生きていく上で大切な戦略となることは確かですが、同時に周りから信用してくれる人がいなくなるのも事実でしょう。

感謝してほしいという態度

また、何かやってあげてから「感謝しろよ」という態度を全面的に出してくる人なんかも、かなり恩着せがましいお節介人間だと言えるでしょう。

感謝というのは自分の行動で誰かが救われたり幸せになったりした後についてくるものであって、最初から感謝されるのを求めてした行動はなんの意味も持ちません。

相手はたしかに感謝の言葉を口にするかもしれませんが、感謝されたいから、という魂胆はきっと丸見えなのでしょう。

仕事などをしていると、先輩なんかが飲み物を奢ってくれたりすることが多いですよね。

また、後輩に仕事を教えてあげたり新入社員に物の配置箇所なんかを見せてあげたりするのも、当たり前のことでありそれが先輩の役割です。

それをさも「やってあげた感」を出して感謝待ちしている人がいます。

そういう先輩に対しては、後輩はもちろんお礼を言うものの、「めんどくさい先輩」というレッテルを貼られてしまうことでしょう。

注意すべき点

お節介とは相手からありがた迷惑と思われているということであり、決して相手にとっては嬉しいことではないのです。

自分は親切のつもりでも、相手からは迷惑だと思われてしまう行動はたくさんあるのですね。

ここまで読んでいただくと、親切とお節介は全然同じものではないということがわかってもらえたかと思います。

一見見ると、簡単にお節介人間から離脱できそうな感じさえします。

しかし、お節介と親切とはそこまで単純なものではなく、実は迷惑がられる行為の前に、絶対に頭に入れておかなければいけないことがあるのです。

お節介から抜け出して真の親切を提供できるようになるためには、まずはこの二つを理解してからトライしてみるようにしましょう。

お節介は無自覚なことが多い

注意すべきこと一つ目、それはお節介は無自覚なことが多いということです。

本人は本当に親切心から相手を助けたい一心でやっていることでも、相手を傷つけてしまったり迷惑だと思われてしまったりするのです。

自分が感謝されたいからという理由で人に親切にしている人は、それが相手のお節介になっているかどうかに関係なく自分の意思で行動します。

言い換えれば、それが相手のためにならなくとも自分の利益のために故意的にお節介をしていることだってあるのです。

しかし、そんな人はごくわずかでほとんどは無自覚にお節介をしてしまっている人の方が圧倒的に多いでしょう。

心当たりのある人は、まずは何か行動をする前に相手の気持ちを考えてみるようにしてください。

すぐに口に出すのではなく、一旦自分の中で「本当に相手はそれを望んでいるのか?」ということを考え直してみましょう。

または、相手に一言「こうしようか?」という風に断ってから行動すると良いでしょう。

親切でさえ、相手のためにならないことも

お節介の一番怖いところは、親切でさえ相手のためにならないことがあるということです。

親切心でやったことも思いがけず相手を傷つけてしまうことがあるのです。

これはどっちも幸せな気分にならず、一番最悪な結末ですよね。

やった側も助けてあげるどころか逆に迷惑をかけてしまって辛い、やられた側も迷惑をかけられるし相手にも申し訳ないという気持ちで辛い、両者が悲しくなってしまいます。

そして、100パーセントお節介ではなく完璧な親切というのはほぼ無理な話です。

先ほども言った通り、人間はそれぞれ価値観も違えば求めるものもその場その場で全く違います。

そこを無理に理解しようとするのではなく、できるだけ相手の気持ちを聞いてあげて意思疎通することが大切なのです。

相手からしっかりと希望を聞き出すことで、お節介にならずにちゃんと「親切」に対応してあげることができるのです。

受け取り方はひとそれぞれ(まとめ)

親切とお節介、似ているようで全然違うこの二つ。

あなたは自分が本当に人に親切にしていると感じましたか?それとも、もしかしたらお節介になっているのかもしれないという心当たりがありましたか?

迷惑に感じられる行為というのは確かにいくつかありますが、それも人それぞれなのです。

それを有難いと思う人もいれば、本当の親切を迷惑だと思う人もいます。

結局はその気持ちを受け取る人次第ということです。

親切というものに、こうするべきだという完璧なマニュアルは存在しません。

相手としっかり向き合って、毎回新しい道を見つけるのがその人にとって一番の親切を導くことでしょう!