人間関係にできる“”とはどういう意味なのでしょうか。

友達、恋人、夫婦、家族など近しい関係ほど溝は生まれやすいものです。

こちらの記事では、夫婦間における溝を主題に記載しています。

原因や対処法を確認してみましょう。

“溝”の意味

まず主題からは少し逸れますが、“溝”の意味が曖昧なまま話を進めていかないために、漢字の持つ意味を確認してみましょう。

漢字の成り立ちに基づく本来の意味から人間関係におけるものまでいくつか意味があります。

ちなみに、「みぞ」以外の読み方は「コウ」「うなて」「どぶ」「せせなぎ(せせらぎ)」ですが、人間関係を示す際は「みぞ」のみです。

人間関係の溝の意味

本来“溝”は人工的に掘るものであっても、意図して人間関係を悪くする人はまずいないので、人間関係の溝については「溝が生じる」「溝ができる」「溝が深まる」など自然に生まれたような表現をします。

とはいえ、本当に何もしていなければ溝はできないのである意味人工的な溝という言葉がしっくりくるのでしょう。

言い換え表現として「ギクシャクする」「ほころびが出る」「軋轢が生じる」などがあります。

人と人との間の意見

概ね、人間関係の溝は意見の対立を指します。

食い違う意見を持つもの同士が対峙した時に、譲歩のしようもなく溝が埋まらず、関係が悪化すると溝が深まっていきます。

意見の対立は仕事やプライベートに関わらず生じるので限定する条件はありません。

感情などのへだたり

意見と同じく感情のへだたりの場合も溝が生まれます。

たとえば、同じ空間にいながら一方はイライラし、一方は気楽に振舞っている場合、双方の醸し出す雰囲気にへだたりが生じ、意見の対立はなくても関係が悪化することがあります。

溝の他の意味

この記事では人間関係の溝、とくに夫婦間の溝について記載しますが、せっかくですから溝という漢字の他の意味も見ておきましょう。

水を流すために地面を細長く掘ったもの

溝という字の成り立ちは、水とカゴを組み合わせたもので、カゴが人工的に作られた編み目であるため、水と合わさって水路を表す「みぞ」となりました。

この場合「うなて」とも読み、田や畑に水を引くために作ったもののことです。

汚いイメージが付随すると「どぶ」、あるいは「せせらぎ」と読んで谷間を流れる小さな川などを指すこともあります。

細長いくぼみ

水を引く用途でなくとも、細長いくぼみを指すことがあります。

大工仕事で木材に凹凸をつくりはめこむ場合も穴では貫通したイメージなので、底があることを指して「みぞを掘る・作る」と言います。

人間関係における”溝”の使い方

先述した通り、人間関係における“溝”は自然に生じたような言葉を伴って使用されます。

日常生活でもよく耳にしますが、改めて使い方をおさらいしておきましょう。

日常会話としての例文および、文学作品からも例文を参照します。

引用元は青空文庫です。

青空文庫とは「誰でも読めるように」開設された電子図書館サイトで、著作権保護期間の終わった作品と著書・訳者が公開に同意したものが並んでいます。

「溝ができる」

「最近彼氏となんだか溝ができちゃって、埋まらないものかな」

「溝ができるとなかなか埋まらないよね…前みたいに仲良くしたいのに…」

人間関係にできた溝は、「埋まる」をもって仲直りを表します。

たまに「関係の修復」とごちゃごちゃになって「溝を修復したい」などと耳にしますが、溝を修復しても溝は溝なので、仲直りしたいなら修復は間違いです。

また、文学作品からはこちらのような表記があります。

“あの夢を感づいて、ゆうべから、急に夫婦の間に溝ができたのではなかろうか”
林不忘『あの顔』

“音信不通なら、血のツナガリだけではうめられない溝ができて、元のようにシックリしない他人の距てが双方に”
坂口安吾『明治開化安吾捕物21その二十トンビ男』

「溝ができる」は英語にすると「beestranged」となります。

疎遠になる、別居しているという意味で、英語での例文も夫婦間やカップル、血縁など親密な関係の仲たがいに使われることが多いです。

「溝が生まれる」

「できる」を「生まれる」と言い換えることもあります。

「生まれる・生じる」を使う場合、軋轢・不破・亀裂・対立などを代用することができます。

「溝が深まる」

感情などは「深まる」が多用されます。

“逃げたいような哀れさの深まるのを見るにつけ、克子はそれを見る苦しさにも堪え”
坂口安吾『明治開化安吾捕物15その十四ロッテナム美人術』

“それを思うたびに、心に一つのおどろきが深まるように思うのは”
宮本百合子『雨の昼』

“いと仏を念じているのであるが、悲しみはますます深まるばかりであったから”
紫式部『源氏物語49総角』

「溝」は掘るものであり、人間関係に関しては感情が伴うため「深まる」という表現がしっくりきます。

また、溝は本来細く掘ったものであることから「広がる」という表現は不適合です。

「あの2人の間の溝は深いから、そう簡単に協力し合わないだろうね」

「彼らの溝が深まっていくのはとめられない」

のように関係の悪化を示すときは、埋められないほどという意味を込めて「深い」「深まる」を使いましょう。

「溝を感じる」

「溝を感じる」は近年よく耳にするようになりましたが、もともとはセットで使う言葉ではありません。

「溝ができたように感じる」を短縮した言い方といえます。

夫婦の溝ができてしまう5個の原因

さて、本題です。

夫婦間の溝について見ていきましょう。

愛し合って結婚したはずの男女の間でも何かをきっかけに溝が生じることがあります。

その原因にはどんなものがあるのか代表的な5個をご紹介します。

価値観の違い


夫婦のみならずカップルの破局原因に多いのがこの価値観の違いです。

大切にしているものや感覚の違いを価値観と呼んでいます。

仕事、恋愛、家庭、実家、お金、友情など何を一番に大切にするかといった違いから、話す内容や趣味嗜好、金銭感覚や潔癖度合、性生活の頻度なども含みます。

具体的には下記のようなものがあります。

・掃除が雑なのは構わないが水回りまで汚いのは無理
・趣味を一緒にやろうとまでは言っていないのに否定してくる
・実家がピンチの時すら「実家と私のどっちが大事なの」と言うのが理解できない
・家庭を守るために働いているのに残業すると怒られる
・その日の気分で欠勤する感覚に不安を覚える
・どうして高い方の牛乳を買うんだろう
・国産牛なんて高くて普段じゃ買えないのにカゴにポンポン入れるなよ
・数か月ぶりに友達と飲みに行っただけで嫌味を言われた
・疲れているのに毎晩求められる
・ごはん茶碗に米粒を残しても気にならない感覚がわからない
・子供はどうしても私立の小学校に入れると言って聞かない
・男は働き女は家を守るという古い感覚がこびりついている
・「男は度胸、女は愛嬌」のように男たるもの、女たるもの、という決めつけがある

このように、より細かく例を見てみると、どちらの立場にしても共感できる・できないがあり、それこそが価値観の違いです。

価値観というのは2人が出会うずっと前から染みついているものであるため、共有はできてもどちらかに寄せるというのは難しいものがあります。

そもそも結婚したわけですから、ある程度の価値観の違いを認識した上での決断だろうと思いがちですが、一緒に暮らしてお互い気が抜けてくると本性が出て「こんなはずじゃなかった」と思うことも少なくありません。

とくに夫婦は子供の育て方、教育論で対立したり、片方の実家には顔を出すのに一方のことをないがしろにするなど、血縁絡みの問題が勃発するとなかなか埋められない溝ができてしまいます。

約束を忘れる

カップルならデートの約束をすっぽかすとか、その程度で別れるという選択肢もありますが、夫婦の場合は約束を反故にされてもなかなか言い出しづらかったり、指摘しても言い争いになって逃げ場がなくなるので回避している内に溝が深まっているということがあります。

記念日は一緒に過ごすという約束を破ることに始まり、妻の妊娠中は禁煙という約束を「耐えられない」という理由で破ったり、家事は分担するという約束も「疲れている」などの理由で結局どちらかの負担が大きくなったりすることは事例として多いです。

あるいは「脱ぎ散らかさずにカゴに入れる」「食器は洗ったらすぐ拭いて棚にしまう」など家事に関する細かなルールも気を抜いてついつい忘れてしまうことがあるでしょう。

また、約束を忘れたり破っているつもりがなくても受取手から見るとそうではないこともあります。

たとえば「子供ができたら育児はお互いにしようね」と決めていたにもかかわらず、その内容が曖昧であるため、一方が休日に家族サービスと称して子供と遊んでいるだけで育児をしている気になっているような場合です。

それは育児でもなんでもありませんが、平気で「育児やってる」なんて言われると溝が深まります。

あるいは、一方が在宅できる環境だと、在宅している側が帰ってきた相手に一番代わって欲しいことは家事ではなく子供の相手である場合もあります。

それを気を遣っているつもりで皿洗いや洗濯、料理などをしてしまうと、一方が延々と子供の世話にあたることになり精神的ストレスがたまってしまうのです。

浮気の発覚


浮気・不倫の発覚は離婚理由になりますし慰謝料も発生するレベルなので、溝というにはあまりにも重い原因ですが一応挙げておきます。

浮気する側が悪いに決まっていますが、された側も自分に何か原因があったのではないかと罪悪感をおぼえたり、本当は離婚したいのに子供に知られるわけにはいかないため表面上仲良くするなど、どんなに取り繕っても心に何かがひっかかります。

火遊びの程度に関わらず、裏切りには違いありませんから、浮気や不倫が原因で生まれた溝が埋まることはないでしょう。

どれだけ埋めてもうっすらと窪みを残したままの関係が続きます。

埋まらない溝なわけですから、この夫婦が今後も付き合いを続けていくには新な関係の構築しか手段はありません。

当たり前化

長年連れ添っている夫婦にとってはこれが一番の溝の原因といえます。

付き合いたての頃は全てに感謝を感じていても、それが当たり前になってしまうと問題です。

どちらかが家事専業、共働きに関わらず、生活を維持できているのはお互いの協力あってこそ。

しかし、これがお互いの役割として定着してしまうと、感謝の気持ちが薄れていきます。

本来は感謝すべきことが“やって当たり前”になると、むしろやらない時があっただけで指摘したくなったり、雑さがあると欠点に見えたりします。

日常生活を維持することは、お互いがプラスに動いていることで成り立っていますが、そのプラスが0に見えてマイナスばかりが目につく状況です。

こうなると、多少の感覚の違いが引き金になって、あれもこれもと相手のことを嫌いになったと勘違いしてしまうでしょう。

また、当たり前化が起きると多少のことでは感謝できなくなるので、より頑張って見えやすい成果を残さなければならなくなります。

相手から感謝されたい一心で手のこんだ料理を作ってみたり、仕事に没頭して昇給してみたり。

でも相手からすれば、もっとサクッと出てくる食事が良いかもしれないし、金銭的余裕よりも早く帰ってきて家事育児をやってほしいと思っているかもしれません。

しかし、感謝されたい一心なのでそれが見えず、相手が求めているかもわからないまま、自己流で突き進んで破滅するパターンです。

コミュニケーション不足

会話の無い夫婦が存在します。

家庭内での会話は子供を通してしかなく、子供が寝た後は無言のままなんていうのもあります。

お互いが気を許していると言えば聞こえはいいですが、同じ空間にいてずっと無言で過ごすというのはあまりにも不自然です。

そこまでではないにしても、言葉が足りないが故の誤解や、話題がないことへのストレスは発生します。

「あうんの呼吸」「つーかーの仲」なんて言いますが、そんな夫婦はこの世にいません。

もし夫婦になる二人がそのような仲になれるのだったらプロポーズはこの世に存在しないはずです。

どれだけ長い時間を過ごしても、育ってきた家庭・環境、今までの経験から考え方まで何から何まで違う他人です。

そして、違うからこそ好きになるわけです。

その違いを認め合うためにはコミュニケーション以外の方法はありません。

これが不足しているなら当然溝もできます。

ドラマや映画ではお互いの気持ちを表情などから察し合うシーンがありますが、あれは台本にそう書いてあるからできることです。

ト書きに“悲しそうな表情”と書いてあるから登場人物たちは「今は悲しんでいるんだな」とわかっているわけですし、視聴者もカメラワークや照明の雰囲気、BGMでどんな表情なのかを読み取っているに過ぎません。

日常生活ではどんな気分でもライトもBGMも変わってくれません。

それに、ドラマにしても「実はあの表情はこんな意味でした~」と騙されることすらあるのですから、どんな表情として相手に伝わるかなんてわかるはずもないですよね。