なんだか懐かしい響きですね、おかちめんこ

ここ最近はほとんど聞かなくなった気がしますが、今の10代の方たちは使っているのでしょうか…?

なんとなく語感から「おたふく」や「おかめ」の親戚みたいな気もしますけど、「では、おかちめんこを絵に描いてください」と言われたら全然ピンときません。

おかちめんことは何なのか、改めて調べてみました。

また、記事の後半では、おかちめんこでもブスにはならないための方法もご紹介します。

おかちめんことは?

不思議な語感の言葉ですよね。

類語検索をしたところ、「へちゃむくれ」「ぶさいく」「醜女」などが出てきます。

類語の中には「グロテスクな」「ゾンビのような」「この世のものではない」なんていうのもあったので、思わず「どんなだよ」と笑ってしまいました。

さて、どうやら「おかちめんこ」は容姿が良くないことを指すようです。

「バカ」「ブス」みたいに吐き捨てやすい語感ではないことから、とんでもなくヒドイ言葉ではなさそうな気はします。

顔立ちが整っていない女性を差す言葉

「おかちめんこ」は醜い顔全般ではなく、目鼻立ちがつぶれていて顔立ちが整っていない女性のことを指すそうです。

簡単にいうと凹凸のない顔。

そしてやっぱり「おたふく」「おかめ」も類語の1つで、鼻が低い女性の顔を指す点でも酷似しています。

「おかちめんこ」との違いは頬が高いという点でした。

由来

諸説ありましたが、有力なものは「雄勝(石の)めんこ」でした。

雄勝石は宮崎県の雄勝町で産出される石材です。

粒子が均一で光沢があり、書道で使う硯(すずり)などに使われています。

めんこは昔からある遊びのめんこと同じです。

石でできためんこには絵柄が彫られていましたが、地面にうちつけて遊ぶうちに削れて彫りこみが薄くなっていき、ついには絵柄がわからなくなることもあったとか。

どうやら、女性の顔のパーツが低くてつぶれて見えることを、絵柄がなくなるほど凹凸の失せた石のめんこに喩えて命名されたようです。

おかちめんこの顔の特徴

石のめんこの絵柄、つまり彫りこみを潰したみたいな顔ということなので、のっぺりした顔立ちであることは間違いありません。

横から見ると絶壁みたいな…凹凸の少ない顔です。

目の彫が深くなく、眼鏡をかけると鼻根にひっかからずに落ちやすいという顔はおかちめんこに分類されます。

ただし、「おかちめんこ」は顔の凹凸のなさをめんこに喩えられているだけで、醜いというほどの悪口ではありません。

おもちみたいな顔


もう一説では、「搗飯(かちいい)」という餅に女房言葉の「お」をつけた「おかちいい」が訛ったものではないかとするものもありました。

でもそうすると「めんこ」の説明がうまくつながらないのですが、とりあえず石にしても餅にしてものっぺりした顔を指しています。

ちなみに、「おかちいい」が変化したものに「おかちん」というのがあり、これは持ちのようにベタベタするほど仲の良い夫婦のことを指します。

「おかちめんこ」と「ブス」は異なる

「おかちめんこ」は凹凸のない顔を指すだけなので、ブスとは違います。

ブスよりは悪意はない表現というか、おかちめんこ=嫌いという程度のものではありません。

ただ顔のつくりを形容しているにすぎないのです。

つまり、ブス類に属するおかちめんこ、ではなくて「器量良しではない」には類するとしても別の表現ということになります。

ブスと呼ばれないためにブスの特徴を理解しよう

どんな人がブスと呼ばれるのかを知っておかないとブス回避は難しいのでチェックしておきましょう。

「私は美人だから大丈夫ね」と思っているそこのあなたもブスと呼ばれる可能性はあります。

なぜなら、ブスはおかちめんことは違って内面からにじみでるものだからです。

一般的には「ブス=姿が醜い」という意味が浸透していますすが、語源を辿ると美醜の問題ではない側面が見えてきます。

ブスとは

語源は諸説ありますが、有力な説と考えられているのは、“トリカブトの塊根”を意味する「附子」からきているというものです。

この単語自体は日本昔話で知っている人もいるのではないでしょうか。

「これは子供には毒から、食べてはいけないよ」と言われたのに、留守番中の坊主たちが、「あんなにお師匠が大事にしているのだから美味いものに違いない」と舐めてしまいます。

するとそれは毒ではなく飴で、バレないくらい舐めるつもりが食べつくし。

でもこれでは「近づいてはいけないよ」の忠告を無視したことになって怒られるから、うっかり壺を割ってしまって、それを詫びるために毒を舐めたが死ねず、死ぬために舐めきったがまだ死ねないという話にしようと知恵を絞るお話です。

ここでいう毒は「附子(ブス)」のことを指しています。

トリカブトの根には猛毒のアルカロイドが含まれており、誤って口に入れると神経が麻痺し、筋肉が動かなくなるため無表情になって死にます。

つまり、もともとはこの毒のブスからの派生で、無表情の人という意味だったようです。

容姿が醜い人

現代はこちらの意味でよく使われています。

おそらくですが、「醜女(しこめ)」「おかちめんこ」「おかめ」などというより、「ブス!」の方が吐き捨てやすく、インパクトのある語感だったからだと思われます。

この場合、ブスの定義はかなり広く、判断する人の価値観にもよります。

多くの人が可愛いと思っているアイドルのことを平気でブス呼ばわりする人もいれば、顔のパーツが全てアンバランスでも可愛いと思う人がいるのでブスか否かの線引きは曖昧です。

性格ブス・精神ブスと言うように内面に対しても使われる

もともとが「無表情」という意味だったなら、むしろこちらの意味の方が正しいような気がします。

無表情なだけでは顔の美醜に対して言及されていません。

無表情を続ける程度には喜怒哀楽に乏しいということですから、他者との共感力の欠如、コミュニケーション能力の不足など内面からくるものです。

容姿が醜い人全般を「ブス」と呼ぶようになった現代でも、やはりブスと呼ぶからには少なからずその人のことが嫌いな理由があって悪意を込めて呼びますし、顔のつくりが美しくなくても心が美しい人に対してブス呼ばわりするのは気が咎めます。

ブスと呼ばれたら表情が死んでいるか、内面がブスだと言われているのと等しいのです。

…まぁ、ブスって言ってくるやつが一番ブスだとは思いますけどね。

女を捨てている

顔が醜くても身綺麗にしていればブスではないのに、肌や髪の手入れ、服装への配慮も0、ガサツな言動で汚い部屋とくれば、そりゃもう文句なしのブスです。

でも女として生まれた自分を認めていて、女として愛されたいという感情がある人なら好き好んで女を捨てるはずはありません。

それなのになぜ捨ててしまうのでしょうか。

後半で読み解いてみます。

悪口や文句が多い

悪口や文句を言っている顔ってものすごくブサイクじゃないですか。

しかも性格の悪さもガンガンに出ているから、さまざまなブスタイプの中で最もブスだと思うのですよね。

聖人でもなければ誰かを嫌いになることはあります。

相手が最低すぎて許せないこともあるでしょうし、殺したいほど憎いと感じることもあるでしょう。

だからといって悪口を他人に流布するのは別の話です。

陰でコソコソっていうのはブスすぎます。

文句にしてもその場で「いやだ!やりたくない!」と言えばいいのに、結局はやるくせにダラダラ小言を述べたり、後になってから「本当は嫌だったのに」とか言うのもヴスです。

意志表示はその場で本人の前で行いましょう。

人のせいにばかりする

悪口や文句とは少しズレますが、自分のミスや不本意な行動の責任を他人になすりつける人もだいぶブスです。

会社のお局やクソ上司にありがちなイメージで、部下に失敗の責任をなすりつけたりするといったものを指します。

あとは、自分から他人の悪口を言い出したくせに「◯◯さんが嫌いって言ってたから合わせただけで~」とかいう奴。

すごいブスですね。

こういう人はどんなに顔の形が整っていても、それこそ陰で「くそばばぁ」と呼ばれていることでしょう。

もちろん周りから美人なんて思われていません。

美人の悪口を言うとブス認定されやすい

職場などで、美人が実力で掴んだ成功にもかかわらず「男に媚びて出世とは、よくやるわね」と言って来る輩のことです。

この輩は、常日頃その美人に対して妙なライバル心を持っています。

顔が優れている人は頭脳では劣っていると決めつている傾向にあり、その理由は顔も頭も負けてしまったのでは自分のプライドが保てないという非常に利己的なものです。

しかし、その悪口で安心して徒党を組むのはブスばっかりなので、一般的な人から見るとただの僻みに見えます。

人を叩ける状況に引きずりこむ奴もブス

美人東大生などがバラエティ番組に出て「君はお勉強こそできるかもしれないが、人間としての面白みには欠けているね」なんて言われるシーンもよく目にします。

これは、そういう発言をすることで視聴者の大多数である“凡人”に「優れた人間にも落ち度がある」と見せつけて安心感や好感を与えようとしている節があります。

でもよく考えれば、その場で出会っただけの人に対して平気でそういうことを言える人の方が面白みに欠けているし、ましてやバラエティ番組側がそういう風に見せたくて用意したテーマで話させています。

その東大生の専門外の話ばかりをぶつけている時点でアンフェアです。

その東大生も、自分が研究している分野について話させたら、それに興味のある人にとっては相当面白い話を持っているにもかかわらず、そこには蓋をして見ないことにしてしまいます。

このように、何かに優れている者をアンフェアな場にひっぱり出してきて叩くというのはブスな人間がやる手口です。

人の気持ちを考えない

人の気持ちを読みとるのが苦手な人は別として、そもそも考える気すらないような人はブスです。

人の気持ちを考えないので無表情でいることも多いですし、ところ構わず怒鳴ったり文句を言ったり、冷たい態度を取ることもあります。

この態度は到底美人と思えるようなものではありませんから、ブス判定されても妥当です。

自己中でわがまま

クレーマー体質の人です。

もちろんブスです。

世界が自分のために存在しているとガチで思っているので、いかに不合理なことでも平気な顔をして口に出せます。

ある意味、鋼のメンタルの持ち主であり、自己主張の強さは日本人の多くが見習うべき素養であると見ることはできますが、度がすぎると手をつけられません。

万人受けという意味では劣るのでブスと思われる確率は高いといえます。

卑屈

「どうせ私はブスだから」が口癖のタイプです。

ただ自分のミスで叱られているのに「どうせブスだから怒られてるんだ。

美人の◯◯ちゃんだったら絶対怒られてない」と考えるような人を指します。

この人はブスな自分が嫌いなくせに、ブスであることを全てにおける免罪符のように振りかざすので非常に性質(たち)が悪いです。

スキンケアを怠るのも「ブスが努力してもムダ」、おしゃれをしないのも「ブスが可愛い服着たって似合わない」、横暴な振る舞いをしても「ブスというだけで嫌われてるから何をしても同じ」などと、自分が頑張らなくて良い理由としてブスを使っています。

それでいて面と向かって「お前ってブスだよな」と言われると憤慨するので卑屈な人はやっかいなブスといえます。

ブスにならないための簡単な方法5個

おかちめんこは整形しないと美人にはならないものの、ブスにならないことは誰にでもできます。

要は上記のブスの特徴に当てはまらないような言動を心がければ良いだけです。

その中でも比較的簡単で、今日からでも始められるような方法に絞って見ていきましょう。

1.とりあえず笑顔をつくっておく


ブスが元々無表情をあらわしているのですから、無表情でなければブスではありません。

ただ、しかめっ面、ふくれっ面、気怠い表情も内面が見えてやっぱりブスなので、笑顔をつくっておくことをおすすめします。

容姿が現代の美的な価値観と合致していないことは仕方がないとしても、笑顔の人に対して悪い感情を抱く人はいません。

それでも「ブスだな」と思う人はそいつの方がブスなので放っておけばいいです。

2.ネガティブなことを言いたくなったら黙っておく

仲の良い人にネガティブなことを漏らすのは全く問題ありません。

仲が良ければもう外見なんかどうでもよくて、内面で接しているのですから気にならないです。

ただ、親しくもないのにネガティブなことを漏らされても面倒臭いだけですし、まだ外見で判断もしている段階ですからブス認定されてしまいます。

そもそも、仲良くない人にネガティブなことを言う必要が無いですよね。

仲良くない=こちらのことをよく知らない、という人が的確なアドバイスをくれるはずもないし、親身に聞いてくれるわけでも励ましてくれるわけでもないんですから意味ないです。

ネガティブな感情を抱いたとしても、それをすぐに口に出さなければ良いだけなので誰にでもできるでしょう。

嫌なことからは離れるのも大切

日本人は忍耐こそ美徳みたいな節がありますが、もうそういうの、いいかげんやめませんか。

ブスかブスじゃないかでいえば、耐え忍ぶことが全くない人の方がはるかに綺麗に見えます。

耐えることが多ければ多いほど、眉間のシワは刻まれるし、ストレスで肌荒れもするし、寝つきがわるいくてクマもできれば暴飲暴食で太ったりもする…嫌なことに耐えてるのにブスなんて損ばっかり!

「あ、やばい、今すっごいブスの顔になりそう」と思うくらい嫌なことからはとっとと離れるのがブス回避のコツ。

それで耐えろと言ってくる奴には「お前がやればいいじゃん」と言ってやりましょう。

おブスな顔を続けなきゃいけないようなことなんて、よほど得られるものでもない限り人生にとって不要です。

3.美味しい物を食べてちゃんと寝る

食べない寝ないなんてストレスフルな生活をしていたらブスになるのも当たり前です。

ちょっとしたことでもイライラしてしまいますから、内面ブスにもなりかねません。

本当に美味しいものは体が欲しているものばかり。

栄養がつまっているので心身ともに満たされます。

それらをよく噛んで食べれば表情筋も鍛えられるし、肌の調子もよくなります。

ちゃんと寝る時間を確保し、良質な睡眠がとれればクマなんてできないし肌荒れも改善されます。

ストレスも良質な睡眠で軽減しますから表情からしてもブス回避できるはずです。

4.他人の容姿を気にしない

仮に世の中の人間全てが同じ顔だったら顔のパーツの配置や形なんてどうでもいいはずです。

美醜というものは他者との比較によって成り立っています。

他人が知らない人を勝手に評価するのはさせておけばいいですが、自らがわざわざ他者と比較して「自分は劣っている」と認識する必要はありません。

なりたい顔じゃなく、なれる顔を目指す

他人と比較してばかりだと、多くの人が美人だと思う顔を追いかけることになります。

しかし、メイクも髪型も似合うものは人それぞれです。

大人っぽく男顔の人がクールなメイクをすればカッコいいのにギャルメイクをするのは似合わないし、おかちめんこが真っ赤な口紅に黒髪ぱっつんだったら市松人形になってしまいます。

なりたい顔ではなく、なれる顔の中で上を目指すというのがブス回避への近道です。

SNSに自撮り写真をアップしない

友達や恋人、大切な人に囲まれて内面を見てもらえていれば、美醜は気にならない毎日を送れるはず…なのに一度も会ったことのない他人がコメントをつけられるSNSに自撮りをアップしたら台無しです。

赤の他人は自分の顔を晒さないのをいいことに、好き放題言ってきます。

その写真の人物の内面を知らないので、他者と比較した顔の美醜だけで判断してくるからです。

そういった発言を気にしないことにしても、やっぱりコメントを見たら少しは傷つくのが人間です。

それによって表情が曇ればブスになってしまうかもしれません。

友達と写真を共有したいなどの意図であれば鍵アカウントを使いましょう。

そうすれば全世界の見知らぬ人間に公開され、勝手な悪口を書きこまれてしまうリスクは下がります。

5.女でいることを諦めない

ブスまっしぐらの「女を捨てる」という行為。

女としての自分を否定したいわけではないのに否定してしまう人はどうしてそうなってしまうのでしょうか。

その理由を紐解き、女としての自分を諦めないための気持ちのリフレッシュと改善策を考えてみましょう。

認知的不協和によって女を捨ててしまう

『すっぱい葡萄』というイソップ寓話をご存知でしょうか。

お腹をすかせたキツネがおいしそうに実った葡萄をみつけ、食べようとして飛び跳ねるも、全然手が届きません(キツネが葡萄を食べるのかは置いておく)。

そこでキツネは悔しさのあまり「どうせこんな葡萄は酸っぱいに違いない。

食べなくて正解」と捨て台詞を吐いて去って行きました、というお話です。

人は自分にとって不都合な事実をつきつけられたとき、それまでの自分の行いや感情とのズレが起きることを嫌うので、前提をくつがえして正当化しようとします。

キツネの例では、「おいしそうな葡萄」という認識を「すっぱい葡萄」にすり替えることで、手が届かなかったという不都合な事実を解消しています。

ブスが女を捨ててしまうのも同じ原理です。

女として愛されたいと思う自分がいるのに、好きになった人にはいつも別の恋人ができてしまう、女としての美しさを認められたのに一度も容姿を褒めてもらったことがないという矛盾を、前提となる「女としての自分」を捨て去ることで正当化しようとします。

「女として愛されない」ではなく「女ではないから愛されなくて当たり前だ」という状況にもっていくのです。

こうすることで強烈な不快感をブロックしていると考えられます。

人類の最先端にいるのだから醜いはずがない

現代人は皆、誰かに素敵だと思われた人たちの間に生まれており、その遺伝子を受け継いでいるわけですから、誰がどうみても醜いということはないはずです。

美醜を言い換えると、万人受けするレベルの違いにすぎません。

万人受けレベルが高いと女優さんやモデルさんになれますが、レベルが低いからといって誰からも愛されないわけではないと覚えておきましょう。

誰からも愛されないわけではないのだから、女を捨てる必要もないです。

認知的不協和を別方向へ移管する

なぜ「人類の最先端にいるから醜くはない」という跳躍した理屈を繰り出したかというと理由はこれです。

認知的不協和には『すっぱい葡萄』以外の例があります。

「タバコは癌になるらしいよ」と聞いた喫煙者が「でもタバコ吸ってても長寿の人いるじゃんね」とタバコを吸うことをやめない理屈にするのもその1つです。

新たな角度の情報を引き出してきて自分を肯定します。

次に、「甘いレモン」をご紹介します。

レモンはそのまま食べれば絶対すっぱいのに、レモンしか得られないので甘いと思い込んで食ってしまうという話です。

ブラック企業に勤めていてそろそろ限界でも転職という選択肢がないと「この仕事は好きで続けているのだ」「私は必要とされているのだ」と思い込むなどが例として挙げられます。

これらの認知的不協和は悪いものではありません。

自分で自分を正当化して守っているのであり、多かれ少なかれ誰しもがやっていることです。

そこで「女ではないから愛されない」という認知的不協和をタバコや甘いレモンの方向へ置き換えてみましょう。

「美人だからといって好きな人と絶対付き合えるわけではないから美人でなくてもいい」「生まれ持った姿にこそ真の美しさがあるはずだ」といった感じです。

しかも、これらはある意味正しいと思います。

美人は「おかちめんこ」にはならないけど「ブス」にはなる

容姿の整った美人が目鼻立ちのつぶれた「おかちめんこ」になることはありませんが、内面が美しくないと「ブス」にはなってしまいます。

写真の撮り方1つとっても、自分だけが綺麗に映るように仕向けたり、そういった写真ばかりSNSにアップするような女はブスです。

「私は絶対ブスじゃない」と思っている女ほどブスですから気を付けましょう。

日本人は大概おかちめんこ

そもそも論ですが日本人は大概がおかちめんこです。

自分では美人だと思っていても、欧米諸国の骨格と比べたら鼻はぺしゃんこだし、目元の彫りこみは浅いし、顎の突出なども控えめでのっぺりした顔をしています。

『テルマエ・ロマエ』でも日本人のことを「平たい顔族」と称していましたが、まさにその通りで、阿部寛さんのように凹凸のハッキリした顔立ちの方が日本人では珍しいのです。

そんなどんぐりの背比べの世界でおかちめんこがどうのこうの言っていたって、世界からみたら日本人はほとんどおかちめんこです。

むしろ低くて小さい鼻が流行り出している

日本人女性は世界の男性からモテるという話を聞いたことはないでしょうか。

実は、フランスやロシアでは「鼻が高いね」は褒め言葉ではなく悪口だと思われる傾向にあるらしいです。

みんな鼻が高いから、鼻が高いことは憧れの対象にはならず、むしろ「デカイ鼻」と笑われている気持ちになるのだとか。

同じく鼻が高い人種が多いイランでは、わざわざ鼻を小さくする美容整形も多く行われているといいます。

彼らからすると、日本人のおかちめんこ顔はとても美しく見えるとのことでした。

「え?そうなの?」とびっくりする美的感覚の違い

鼻に限らず、世界で魅力的な女性とされる価値観は日本人とはズレていることがたくさんあります。

まず白人と比較してみましょう。

日本人は白くて透明感のある肌を好みますが、白人は小麦肌に憧れます。

わざわざメラニン注射をする人もいるほどです。

そして、顔の大きさや二重かどうかも全然気にしない人がほとんど。

日本では人気のアヒル口も白人からすると不評で、アンジェリーナジョリーのようなぷっくりとした唇ほど人気が高くなっています。

顔の凹凸にいたっては、頬骨をひっこめたいのが日本人、強調したいのが白人です。

まさかの、ほとんど真逆。

要するに無い物ねだりってことですね。

つまり、日本における美人も海外に行けば“ブス”になってしまう可能性があることを示しています。

少数派を美人とみなすのかもしれない

日本人の美人の基準も時代で大きくかわってきました。

文献などを漁ると、奈良時代や平安時代は頬から顎にかけてぽっちゃりしていて、小さな口が美人とされていました。

当時はまだ食糧難も露骨にありましたから、ぽっちゃりしている人の方が珍しかったと考えられます。

しかしそれにも飽きがきたのか鎌倉時代あたりからシャープな顎のラインの持ち主が好まれるようになっていくのですが、江戸時代になるとまたちょっとだけふっくら気味の面長(うりざね顔)が流行ります。

この間に変わらなかった美人基準は、ぽてっとしたおちょぼ口くらいです。

その後世界との交流が活発になると、洋装に合うはっきりした目鼻立ちが好まれるようになって今に至るというわけです。

その中でも明治、大正、昭和初期までは大人っぽい面長美人が多かったのですが、昭和中期から平成にかけては童顔ブームが続いています。

いずれにしてもいえることは、おそらく少数派がモテてきたということ。

それだけ目立つからでしょうね。

「おかちめんこ」ならモテることだってできる

たしかに日本では目鼻立ちの整った顔が好まれる傾向にはありますが、あくまで傾向です。

全員がそれを理想とするわけではありませんから、いくらでもチャンスがあると考えましょう。

ただ単に凹凸のない顔なだけで内面に魅力があればモテることはできます。

そして内面はお金をかけなくても変えることができるので、誰だって努力で改善できますから、継続的に努力をすることが大切です。

最後に

スキンケア商品の技術力もメイク術も年々進化を遂げていて、それだけ女性たちが顔の美醜を気にしていることはよくわかるのですが、それを磨くよりもまずは内面を整えた方が良いと思います。

なんか色々順番が狂っちゃっていて、もったいないです。

そして、美醜の基準は時代や場所で大きく変わることがわかったので、それを他者と比較しながら追い求め続けるのもナンセンスです。

別にモテなくても好きな人と一緒にいられれば良いわけだし、好きな人と一緒にいるには内面で惹かれ合わないとどうしようもありませんよね。

その上で、もっと可愛く見られたいからお顔のケアもがんばるというのが本来じゃないでしょうか。

とりあえずはブス認定されなければ「おかちめんこ」だろうとなんだろうと構わないので、見た目が気になるなら、それを気にしなくてよくなるメンタルを身に着けるところから始めてみましょう。