社会人になって仕事をするようになると、責任という言葉が重くのしかかってくることがあるのではないでしょうか。

そもそも責任とは一体何なのでしょうか。

今回は特に仕事上での責任という言葉の意味についてご紹介していきます。

責任とは?

『責任』とはなんでしょうか。

普段、「責任感をもって仕事をする」などといった使い方を耳にすることがありますね。

テレビのニュースなどで、「保護責任者」という言葉を聞くこともあるのではないでしょうか。

社会人になると、「責任をとれ」と上司に言われる、などのネガティブなイメージもついているかもしれません。

なんとなくのイメージはある「責任」という言葉ですが、そもそも「責任」とは一体なんなのでしょうか。

1.意味

ではまず、『責任』という言葉の意味からみていきましょう。

『責任』とは、読み方は「せきにん」と読みます。

英語では「responsibility(レスポンシビリティ)」や「liability(リアビリティ)」と言ったりします。

レスポンスというのは、なにかに対して返事をする、応答をするといった意味になりますよね。

レスポンシビリティという言葉も、もともとはそこからきています。

responsibility(レスポンシビリティ)のように「-ity」が語尾につく形は、何かに対して答えること、答えることができる状態などを意味するのです。

この言葉はラテン語のrespondere(レスポンデレ)が元になっており、この言葉には答える、返答する、応答するなどの意味があります。

古代ローマ時代、この言葉は法廷で自分の行動の理由について説明したり弁明したりするという意味で使われていたのです。

本人が自分の意思で行動を選び、それによってこれから起きることやすでに起きたことの原因は本人によるものであるという場合について、その人は行動自体やその行動によってでた結果について法的または道徳的な責任があるとされています。

立場上当然負わなければならない任務や義務

辞書をひいてみると、『立場上当然負わなければならない任務や義務』という定義があります。

なんだかこの言葉だけ見ていると、責任を押し付けられるようなネガティブなイメージが浮かびがちかもしれません。

現代の日本企業だと、ポストにつかせて給料はあがらないのに仕事は増えて責任ばかり重くなるだけなのに、それをやりがいと呼ぶブラック企業のやりがいの搾取が横行しているせいかもしれません。

自分で進んでやったことではないのに押し付けられるばかりでは、ネガティブなイメージになってしまうのも当然です。

ビジネスや政治の世界では、「責任を持って売上目標を達成する」「秘書のしたことは上司の責任だ」のように、もはや「責任」イコール「罰」かのような使い方をすることもままあります。

ただ、本来の意味は先程も申し上げたとおりで、自分の自由な意思で選び取ったことについて当然責任がついて回るというだけの意味です。

権利と義務の関係に似ているかもしれません。

自分のした事の結果について責めを負うこと

たとえば散歩に行きたいという自分の意思で外に散歩をしにでかけたのだから、それで疲れてしまった、靴ずれをしてしまった、というのは仕方のないことです。

これが責任ということです。

自分で決めて自分でしたことなのだから、他の誰かのせいにすることはできません。

自分のした事で生じた結果については、自分自身で責任を取る必要があるということです。

特に、失敗や損失に依る責めを負うこと

散歩をして楽しかった、珍しい小鳥を見た、というような、良い結果を出したときに、責任を取るという話はなかなかでてきませんね。

責任という言葉がでてくるときは、たいていなにか失敗をしたり、損失を出したりといったマイナスな事象がおきたときに出てきます。

だからこそネガティブなイメージがつきまとうという部分もあるでしょう。

とは言え、これから起きることを予想して決断し、その結果が必ずしも予想通りにいくかというと、けしてそうではありません。

うまくいかないことの方が多いかも知れないくらいです。

うまくいかなかった場合に更にリカバリーする案を考えて実行するというのも、「責任を果たす」という流れの一環です。

人から責められる、責任を取って辞職するという面ばかりがクローズアップされがちですが、責任を取るということは与えられた任務を完遂するということです。

失敗してしまったからそのままにするのではなく、善後策を練ったりなにか対応策を考えたりといった形で事態を収束させて丸く収めるということです。

法律上の不利益または制裁を負わされること

法律上で責任というと、主なものは民事責任と刑事責任になるでしょう。

刑事責任とは、犯罪などをおかした場合、それを償うために刑罰を受けなければならない法律上の責任のことを言います。

民事責任とは、民事の上で他人の権利や利益を違法に侵害してしまった加害者が、被害者に対して損害を賠償する責任のことを言います。

特に、違法な行為をした者が法律上の制裁を受ける負担

たとえば交通事故を起こしてしまった場合に、加害者は責任を問われますが、刑事責任というのは刑法に照らし合わせて裁かれることになります。

簡単にいうと、悪いことをしたので警察に捕まって罰を受けるということです。

罰にもいろいろあります。

罰金刑なら罰金を支払うことで責任を果たしたことになりますし、禁固刑だと法律上定められた一定期間を身柄を拘束されなければなりません。

犯した罪の重さによって、与えられる罰の重さも変わってきます。

交通事故をおこして相手を怪我させた場合と死なせてしまった場合であれば、当然後者の方が罪が重くなります。

また、理由も重要なポイントとなります。

うっかりよそ見をしていたなら過失ですが、お酒を飲んで酔っ払っているのに飲酒運転をしていて人をひいてしまったとなれば罪は重くなります。

警察や検察が事故について調べて、法律に照らし合わせて罰がくだされます。

これが刑事処分です。

裁判などで被害者が加害者に厳罰を望むことで、同じ罪をおかしていても刑罰の内容が重くなるというケースもあります。

これに対して民事責任の場合は、主に金銭での補償になります。

車にひかれてしまった被害者が怪我をしてしまった、医療費もかかるし、その間仕事も休まなければならなくなった。

刑事責任や行政責任でくだされるのは加害者への罰なので、被害者の受けた被害が補填されることは一切ありません。

この部分をカバーするのが民事責任なのです。

慰謝料や損害賠償などを被害者から請求され、加害者が支払うものです。

仕事での責任の定義

どんな仕事をしているのか、どんなポジションについているのか、などで「責任」の定義は大きく変わってきますので、一概にこれと言えるわけではありませんが、一般的にはこのようなことが責任とされがちです。

1.人が引き受けてなすべき任務


社会人になって仕事をするということは、なんらかの任務を引き受けて成し遂げるということです。

社長には、社長が遂行するべき任務がありますし、新人には、新人が遂行するべき任務があります。

それぞれ内容は違いますし、責任の大きさも異なるでしょう。

しかしながら大なり小なり、仕事をするということは責任というものが必ずついてまわってくるのです。

「引き受けてなすべき任務」というととても大げさなものに聞こえるかもしれませんが、実はそうではありません。

たとえば新人ならば、まだ右も左もわからないしろくな仕事もできないかもしれません。

でも、だからなんにもしていない、よって責任も生じない。

というわけではないのです。

新人にまず与えられる任務のひとつには、「わからないことを聞くこと」も数えられます。

わからないことをそのままにしておかず、先輩たちにきいて理解します。

それを次に役立てます。

この繰り返しで新人は成長していくのですから、立派な責任ある任務と言えます。

2.その上で、程度によるが結果についての責めを負う

わからないことがあったら先輩に聞く。

わからないのに聞かないで放置していたのなら、それは任務放棄です。

責任を果たしていないことになりますので、それについては責任を取らなくてはなりません。

きちんと謝る、今後は聞くようにする、誰に聞けばいいのかを確認するなど、責任のとり方は様々でしょう。

おかしたミスの程度にもよりますが、自分が与えられた任務というのは、よほどのブラック企業でもない限りは自分が「できること」のはずです。

自分ができることなら、なにかあったときにリカバリー=責任を取ることもできるはずなのです。

もちろん、ブラック企業で新人にできないようなことを押し付け、教えもしないのに失敗したときだけ叱責して「どうしてくれるんだ、責任を取れ」というような企業も残念ながらあります。

普通なら、新人がとりきれない大きな責任については、先輩や上司が変わりに背負ってくれるのが当たり前なのです。

「責任」という言葉を乱用して人に押し付けるだけの人もいるので、この点は注意が必要ですね。

繰り返しますが、責任というのは本来、自分で選んで自分ができる範囲で行ったことについて、ついて回るものです。

仕事上では、与えられた任務をこなすことです。

与えられていない任務や、自分にはできないのに無理強いして押し付けられた任務についてまで、あれこれ言われて叱責されるというのは大変不条理なことなのです。

上司や先輩がきちんと教えてもいないし助けてもあげないで、「それぐらい自分の責任でなんとかしろ」という場合には、上司や先輩が「部下に指導する」「部下に指示する」という自分の任務を怠り、自分の責任を果たしていないということにほかなりません。

仕事での責任の意味とは

仕事で責任という言葉が使われる場合、その意味とはどういったところにあるのでしょうか。

1.最善を尽くすと約束する


責任というのは、約束を守ることとも言えます。

「売上目標を達成する」「お客様には笑顔で接客する」など、上司や本社、あるいは自分自身とした約束を守ることが、責任を果たすことになります。

チームで働いている場合はお互いをサポートし、それぞれが自分の責任を果たすことができるよう努力をします。

まずは結果の前に一生懸命やるということ

もちろん結果が出せるにこしたことはありません。

しかしまずは、約束をしっかり果たせるように最大限の努力をするということがなによりも大切になります。

互いを尊重し、信頼しあって結果に向かって進んでいきます。

真剣に目標に向かうということが自分自身を成長させますし、責任を果たすという目標にも可能な限り近づくことができるでしょう。

結果がでなければ工夫を繰り返す

万が一思うような結果が出なかったとしても、それがすぐに失敗に直結するというわけではありません。

責任を果たすということは、その任務を最後まで行うということなのですから、失敗したなら成功するように、もしくはできるだけ成功に近づけるように、努力をしていきます。

結果が思うように出せなかった理由を考えて原因を探り出し、プランに修正を加えて工夫をします。

よく言われるPDCAサイクルと同じことです。

「Plan:計画する」では、目標を設定して遂行します。

「Do:実行する」では、Pの「Plan:計画する」の段階で立てた計画を実際に行動に起こして実行していきます。

実行中に気がついたことなどがあったら次の段階のために記録しておきます。

次はCです。

「Check:評価する」の段階にうつります。

「Do:実行する」をしている間に、「Plan:計画する」で計画した通りにうまく実行できなかったことや、気がついたことなどを洗い出し、どれほど計画に沿って実行できていたのか、どういった理由があって実行が計画通りにいかなかったのかなどをチェックし評価していきます。

計画の時の予想と比較をして、計画通りにいかなかった部分をどのような方法で実行し直せばうまくいくのかなど解決策を考えていきます。

それが終わったら、Aの「Action:改善する」に進みます。

「Check:評価する」で洗い出した原因や解決策を使って、計画通りに実行できるように計画を修正して改善していきます。

以上の四つの段階を繰り返すことをPDCAサイクルと呼んでいます。

このようにPDCAサイクルを繰り返すことで、結果がうまく出なかった任務でも次はうまく結果を出せるようになります。

既に結果が出ていた場合でも、こうして見直すことでより良い結果が出せることもあります。

2.求められている本当の目的を把握する

与えられた任務をただこなすだけではなく、なぜ自分に与えられたのか、自分がこの任務の中でどのような役割をこなし、どのように結果を出せば良いのかなどの、求められている本当の目的を把握するということも、とても重要になってきます。

仕事をする上で、先輩や上司の考えや評価も、責任を果たすためには必要なファクターとなるからです。

また、それだけではなく、自分自身がこの任務をこなすことでどのような結果を出したいのか、考える必要もあります。

到達したい状態はどこか

仕事をしていく上でモチベーションというのはとても大事なポイントの一つです。

もちろん組織として、会社側が雇用者のモチベーションを高く維持できるように対応する必要もあるのですが、個人的にも自分のモチベーションをコントロールできるということも大切なのです。

上司に命令をされて無理やり押し付けられた仕事だと自分で感じていたなら、自分で選んだという感覚もありませんし、そんな押し付けられただけの仕事で責任を取らされるのもまっぴらごめんという感覚になってしまっても仕方ありません。

しかし、モチベーションを高く保っていて、自発的に業務に取り組んでいる状態であれば、自分でやりたくてやっていることですし、自分の能力に見合った業務を自分の能力を遺憾なく発揮し遂行することができます。

それならば責任も取ることができるでしょう。

モチベーションというのは人それぞれ保ち方も異なりますが、例えばこの仕事をすることによってどういった評価を得たい、このクライアントと仕事をすることでこのような人脈を増やしたい、などのように自分で到達したい状態を考えることでモチベーションを保ちやすくなります。

モチベーションを高く持って目標のために貪欲に仕事をしていれば、周囲に評価もされますし、自分でも頑張ったという充実感を得られやすくなります。

そのためには到達したい状態についても大きな目標を一つ立てるのではなく、少しずつ達成できるように段階的な目標を設定するのが良いでしょう。

例えば伝票を整理しなくてはいけないという時でも、単純に「伝票を整理する」という大きな目標を立ててしまうよりも、整理しなくてはいけない伝票の量から逆算し、期限も考えつつ、「1日ひと束ずつ整理していこう」という目標を立てれば毎日一束ずつ減っていくことで達成感も得られますし、設定した目標をクリアしているという実感も得られます。

たとえ小さい成功でもこうした成功体験を積み上げることでモチベーションをアップしメリハリをつけて仕事ができるようになります。

行動の方向付けはどうあるべきか

行動というのは、選択理論においては四つの要素に分解できるとされています。

「行為」「思考」「感情」「生理反応」です。

この四つは車のタイヤのようなもので、互いに分けることができず密接した関係にあります。

前輪が「行為」「思考」、後輪が「感情」「生理反応」だとすると、後輪である「感情」「生理反応」は自分ではコントロールのしづらい、意識しなくても出てきてしまうものになります。

反対に、前輪の「行為」「思考」は自分でコントロールすることが比較的容易なので、コントロールできないことを一生懸命コントロールしようとして無理をするのではなく、コントロールしやすい前輪をハンドリングすることで進みたい方向へ進んでいくのです。

前輪駆動、中でもフロントエンジン・フロントドライブ(FF:Front-engineFront-drive)方式のような状態と言えるかもしれません。

仕事をする上で疲れたり眠くなったりといったような生理反応や、上司の言い方や顧客の態度に頭にきたりする感情といったものは、そういった事態に陥った段階で自分でコントロールすることはなかなか難しいです。

疲れたまま無理をしたり、イライラしたまま切り替えられなかったりしていると、進みたい方向へ進めなくなってしまいます。

 こういうときは後輪に引っ張られずに、前輪である「行為」や「思考」で「疲れているけどあとちょっとで終わるし明日は休みだ」と考えたり、「いつもの八つ当たりだから適当に聞き流そう」と行動したりすることで感情や生理反応をコントロールすることもできるのです。

そうして自分の行動の方向付けをしていけば、変なことに振り回されるのではなくうまく任務を遂行することができるようになります。

3.役割を果たす

役割というのは人それぞれに異なったものです。

会社という組織を構成する部や課などの部署がわかりやすい例です。

営業部、開発部、人事部、総務部などです。

それぞれ仕事の内容はばらばらで、それは役割が違うからです。

それぞれの役割を果たすということは一体どういうことでしょうか。

結果をだすこと

例えば営業部の役割は何でしょうか。

営業部であれば営業成績を上げることです。

具体的には自社製品を売ったり、注文を取ってきたりでしょうか。

しばしば「役割」とは「責任」は置き換えられることがあります。

「役割を果たす」にしても「責任を果たす」と言い換えても同じ意味を持っています。

つまり、役割を果たすということは、割り振られた仕事を達成することであり、更に言い換えれば「立場上負った任務や義務をやり遂げた」ということです。

簡単に言えば「やるべきことをちゃんとやる」ことです。

それが「責任」という言葉の本質に迫ったシンプルな答えかもしれません。

同時に、その過程の責任を持つということ

また、結果さえだせば良いのかという問題も世の中にはあります。

倫理的な観点から許されない手法によって「役割を果たす」ことは果たして「責任を果たす」ことになるのでしょうか。

モラルを逸脱したりコンプライアンスに違反したり、はたまた方に触れるようなことがあっては論外です。

責任は結果だけでなくその結果までのプロセスにも含まれています。

4.結果の質を保障する

二次産業において非常にわかりやすい責任があります。

完成した製品の品質管理責任者は一般の会社であれば置かれている役職でしょう。

例えば、完成した自動車の質が保障されていなければどうでしょうか。

いつ壊れてしまうかわかりません。

その車の不具合でユーザーが人命に関わる重大な事故を起こしたり、事故に遭ったりするかもしれません。

また、製造業者にとっては欠陥製品だとメーカーの信頼を失墜させる結果にも繋がります。

なので一定の品質を維持し保障するためにあらゆる対策と工夫が凝らされているのは言うまでもありません。

これは品質を管理する責任があるからに他なりません。

求められるレベル以上のものを

結果の質を保障するために、一定の基準を達成していればそれで良いのですが、ただ一概にそれで良いとも言い切れない場合も存在します。

A君とB君は営業部に所属し、営業部の営業目標は200万円の利益を出すことです。

それぞれA君とB君には100万円の営業目標が定められ仕事にかかりますが、期日にA君は100万円の営業目標を達成しましたが、B君は70万円しか利益を上げることができませんでした。

この場合、結果的にA君は自分の目標を達成しましたが、営業部全体では目標を達成できなかったことになります。

A君は責められることはありませんし、むしろ真っ当な会社であれば評価されるはずです。

ですが、営業部が目標を達成できなかったことで経営が傾き、倒産となればA君の営業目標達成に意味はないようなものです。

B君が営業目標を達成しなかったから営業部は目標を達成できなかった、ではなく、A君が目標以上の成績を上げたおかげで辛くも営業部は目標を達成することが出来た、となれば話は大きく変わります。

もっと広い目で現状をみたときに必要だと思われる責任を果たす必要があるのです。

結果がでてもより良いものを追求する

製品の品質に限らず営業成績など一定の基準をクリアしたものの、さらにその上を求められることは一般的にあります。

定められた基準を達成しているので問題はないので、正式に求められないことが多いとは思いますが、それは言い換えれば「期待」です。

余力の許す限りその期待に応えるのは会社の社員であれば義務であり責任でしょうが、その余力は人によって千差万別でしょうし、その余力も「次の仕事に差し支えるから」などとなんとでも理由を付けて削ぐことも可能です。

ある種の自由が認められる一定以上の領域は「責任を負わせる」と言うよりも「責任感に訴える」と言った方が良いかもしれません。

5.その後も継続する

責任をもつということは、なにかが終わった後でも責任は継続するということが多々あります。

たとえばマンションの工事を請け負ってマンションの建設をしました。

建設が終わったから責任もなくなるのかといえば、そうではありません。

もし建設時の不具合のせいでなにかマンションの建物にトラブルが出てきたら、工事担当者の責任が問われます。

もちろんなにも問題が起きなければ、建物が完成した時点でほぼお役御免になることも多いのですが、理論上責任というのは続いていきます。

関わるもの全てが役割だと認識する

関わったプロジェクトは、一生自分に参加者としての責任がついてまわるともいえます。

付随する事柄も意識しておく

工事が終わったマンションの、建物だけではなく、建設中に植えた植栽や設置した簡易トイレなど、付随した部分であとあと問題が発生する可能性もありえます。

メインではなくサブの事柄だとしても、責任は問われるのですから、頭の外に追いやるのではなく意識しておくことも必要です。

仕事の責任を考える上で大事なこと

就職活動や転職活動をしているとき、面接などの場面で定番の質問のひとつが、「仕事をする上で大事なことはなんだと思いますか?」でしょう。

仕事に対してどのように取り組みどんな働き方をする人なのかを推し量る質問です。

では、単純に仕事をすることではなく「仕事の責任」を考える上で大事なことというのは、一体どんなことなのでしょうか。

1.責任を他に求めてはいけない

責任を自分自身ではなく、他の求めることはしてはいけません。

簡単に言うと、「人のせいにしてはいけない」ということですね。

「仕事の責任」に限らず、単純に「仕事をする」上でも大切なことのひとつです。

なにかのプロジェクトで結果が出せなかったときに、原因を探して善後策を考え、次に活かすというのがとても大切なのですが、原因を探すことと犯人を探すことはまったく違います。

この違いを把握していない人というのがしばしばしますが、「部下がきちんと確認しなかったから」と原因を探し、「だから部下が責任をとるべき」というのは間違った考え方です。

部下に対して「きちんと確認するように」とフォローをいれなかったのは自分なのですし、部下のせいにしたところでプロジェクトのリーダーである自分の責任がなくなるわけではないのです。

2.間接的に他の人に任せたとしても自分に責任がある

「このクライアントの担当は君に任せるよ」と部下に担当を割り振っても、同じチームであり自分が上司なら自分の責任が皆無という状況はありえません。

もし部下がミスをしたら、上司にも責任があるのです。

チームとしてプロジェクトに当たっていて、かつそれぞれの役割がしっかりわかれて分担されており、自分の役割についてメンバーがきちんと理解している場合は、責任の押し付けあいというのは比較的起きにくいトラブルです。

自分の責任範囲がわかっているのですから、押し付け合うまでもなく誰の責任かというのははっきりしていますし、問題が起きた場合でも自分の担当範疇で自分の判断できることなら、自主的に対策を練ってすばやくトラブルをケアすることができます。

責任の押し付け合いが横行している職場だと、普段から責任を逃れようとして責任を問われない仕事しかしなくなり、発展的なことが何も行われず衰退していってしまいます。

リスクを最小限にすることばかりに目がいって、最大限のパフォーマンスをするということがないがしろにされてしまうのです。

これはリスク管理ではなくて、単なる責任転嫁に過ぎません。

この辺りは、「失敗を許さない」という近代日本の教育の結果起きている問題で、許されない失敗をしてしまわないようにできるだけ仕事をしない。

そうすれば責任を問われないという負のスパイラルができあがってしまいます。