CoCoSiA(ココシア)

「血は争えないなぁ!やっぱり親子…...(続き4)

私自身キレた時は切れますが、姉や母の方が手をつけられません。

7.結婚観

結婚観に関してはうちでは反面教師でしかありませんので、参考にはならないかもしれません。

ただ母から実父に関しては、ドメスティックバイオレンスをしていた事、お金を持ち出す事、ギャンブルをする人間、働かない人間だと言っており苦労はしたと言っていたので、ここら辺はかなり吟味しました。

子供の頃から男性に関して良い目を見ていなかったため、私も姉も結婚相手はちゃんと働いている人間という条件が当たり前だったと思います。

働いてる、ギャンブルはしない、暴力を振るわないという条件だったので、そこまで難しい事ではなかったでしょう。

私の家では全員タバコを吸わないので、家族共通して結婚相手に求める条件は全員禁煙である事でしたね。

しかし私の旦那は喫煙家なので、そこだけはいい顔をされませんでした。

理想は高い訳ではありませんでしたが、定職に就いていない人間や、宗教やネズミ講にハマっているような人間はもってのほかです。

女系家族だと結婚相手を連れて来た時シビアですよ!

ここら辺は母親が失敗している分、自分も失敗したくないという気持ちがとても強いですね。

かなりねじ曲げたと思います。

晩婚

晩婚家系ではなく、結構早かったと思います。

私も30手前で結婚したくらいなので、一般的には普通だったのではないでしょうか。

全員30手前で結婚していました。

昔ならいざ知らず、今では30以降でも当たり前になっています。

晩婚が当たり前になっている世の中ですが、うちでは晩婚はなかったです。

私の母と姉からさんざんボロクソにいわれました。

一応私の事を心配してくれて早く結婚してくれと言っていましたが、正直迷惑でしたね。

特に母は30手前で結婚してほしかったようです。

別に明確な決まりはないのですが、自分の子供が結婚出来ないのはいやだというエゴでした。

これは実際には言われた事があり、他の友達の親も同じ事を言われたという人もいます。

世間的なものもあるようですが、とても迷惑でなりませんでした。

家族の中では私が全員生き遅れになると思っていたそうで、絶対に結婚できないとまで思われていたようです。

そのため旦那が私の家族に挨拶に行きたいと言った時、母からはどういうつもりで挨拶にくるの?と真剣な顔で言われました。

旦那的には単なる挨拶だったそうですが、母や姉的には結婚前提に挨拶に行くつもりでないと会わないと言われたのを覚えています。

これに関しては私は絶句でしたが、母も姉も旦那を捕まえておかないと私が結婚出来ないと考えた末でのだったようです。

ここで親子結託されてしまってもと思いますが、旦那側も同じ考えだったため、旦那の義母からはいつ結婚式するの?とまでいわれてしまいました。

晩婚阻止ほど恐ろしいものはありません。

離婚歴がある

私や姉は両親を反面教師として育ったため、離婚は1回でもするような人間は離婚に向いていないと考えました。

実際私の実父は私達と別れた後、再婚をしましたが離婚をしています。

私には異母妹がいるのですが、結局その異母妹も不幸にさせていますからね。

同じ境遇の子供を作り、悲しい思いをさせ、迷惑極まりない存在であるとしか言いようがありません。

実際バツが付いている人間は死に別れとかでない以外、何度でも同じ事を繰り返します。

母も母で再婚はしていますが、20歳以上年上の男性と結婚し幸せに暮らしているのですが、何せ年が年なので私達からすればおじいちゃんとしか思えません。

離婚歴がある=結婚が出来たという意味合いにはなりますが、クソという意味でもあります。

何かしら原因がなければ離婚なんてしないですからね。

親が離婚したから子供も同じように離婚をするという事はありえる話ではあります。

私の友達に親子共々同じ思いをしたという人間は多いです。

恐らく私達がイレギュラーなのかもしれませんが、親と同じ轍を踏まないようにしていこうと話してはいます。

「血は争えない」とは?

親子の遺伝子というのはまさしく血が争えないと言っても過言ではないでしょう。

父母どちらかの性質を受け継ぐという事はよくある事です。

それが良きにせよ、悪きにせよ、人間の遺伝子は操作できず、微妙な形で受け継いでしまうのですよ。

特質自体は全てではなく、単体で引き継いでしまう可能性もあります。

ただし隔世遺伝する可能性もあり、父母ではなく叔父や叔母、祖父母から受け継いでしまうもの存在するんですよね。

血は争えないとはよく言ったものですが、面倒くさい気性が受け継いでしまった場合は厄介極まりないと言えます。

父母の特質は何らかの形で子どもに受け継がれて現れるものだということ