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不信感の意味とは?不信感を抱く原因...(続き2)

大前提として「この人は私の事を裏切らない、窮地に陥れない」という一種の約束事のようなものが心にインプットされるのです。

もし、そのようなものが当たり前のように「反故・破棄」されていたらどうなるでしょうか?人は根本の部分から誰も信用できなくなり、争いや抗争が絶えない社会になってしまうでしょう。

それくらい信用していた人からの「裏切り」は、その人から生きる勇気まで奪い去ってしまうくらい「罪深い」行為なのです。

信用しようと思う気持ちにブレーキがかかる

一旦、トラウマにかかってしまうと相手の人に対して信用しようと思う気持ちにブレーキがかかってしまい、良好な人間関係というものが以前のようには作れなくなってしまうようです。

これがトラウマによる心的なダメージであり、深い傷跡と言えるものなのでしょう。

何とかして以前のように人の事を信用しようとして他者と接しようと思っても、心の奥底の深層心理から急ブレーキがかかり是非を問わずその人を門前払いしてしまうかも分かりません。

「トラウマ」とはそれくらいタチの悪い「心の傷」という事になるのです。

信用して傷つくのが怖い

一度でもトラウマにかかってしまった人は、元の精神状態に戻すのに相当な時間を要することになってしまうのです。

それは、もう二度と信用していた人から裏切られて、心をズタズタにされたくない、という一種の恐怖心と闘っているからです。

つまり、裏切られる事に対して人並み以上に「怖い」というものが心に植え付けられてしまったからです。

この兆候は心が純で素直な人ほどかかってしまいやすいかもしれません。

反対に、世の中とはそんなものだ。

裏切られたり嘘をつかれたりするから、人間の成長があるんだ、という感じで開き直れる人になれればそう大きなダメージは被らないかもしれません。

いずれにしても、外見が強そうに見えても、ハートは瑠璃の如く脆いものを持つ人は世の中に五万といます。

人から裏切られるということは、それほど人が大事にしているものを奪い去ってしまう効力があるということが分かりますよね。

2.人間関係で苦労した経験がある

不信感を抱く原因の2つ目は「人間関係で苦労した経験がある」です。

そうでしょうね。

「不信感」というものはまさしく「人間」に対して起こるものです。

ペットの動物や観賞用の植物に対して不信感といった感情が湧き出ることはまずありません。

それは犬や猫は決して人間を裏切らないからです。

しかし、人間というものは一筋縄ではいきません。

いくら仲が良い友人同士であっても意見の完全一致などまずあり得ないのです。

そしてそこにそれぞれの人間の「損得勘定」が発生してくると、もう手の施しようがありません。

いくらこちらが気持ちをリセットして人間関係の改善を図ろうとしても取り付く島もない状況となってしまうのです。

良好な人間関係を築きにくい

一度でも人間関係で苦労をした経験を持つと、人間はどこか相手に対して恐怖感を持ってしまいます。

それは一種の「トラウマ」のようなものなのかも分かりません。

つまり、こちらがいく誠意をもって相手に接しても、「また頃合いを見て平気で私の事を裏切るのではないか?」という猜疑心が沸き起こってくるからです。

こういった心情になってしまうと素直に相手の好意を受け取る事が出来ません。

結局、こちらの心の窓をオープンにすることなくどこか喉にものが刺さったような間柄で物事が進行していく、という情景になってしまうのです。

これでは永遠に不信感を拭い去ることは出来そうにないでしょうね。

トラブルが起きるのではという心配がある

つまり、過去の苦い人間関係上の経験が、今後の新たな人間関係に対して大きく悪影響を与えてしまう、という訳です。

本当にこれは困ったものです。

人間関係での苦労は実際、私にもごまんとあります。

事の原因はこちらに原因があるものもあれば相手側に問題があったケースもあります。

ただ、その時の苦労の度合いが大きければ大きいほど、その本人の心の傷が深くなり、容易に治癒されるような状況ではなくなることは想像がつくでしょう。