わたしの近所に、いつもおもしろい話をしてくれるおじいさんがいました。

まだわたしが小学生の頃には、いつも公園の片隅のベンチに座っていて、本を読んだり何かを考えていたりしていた様子を覚えています。

暑い時も寒い時も、よく座っていたことを思い出します。

暑い時には木陰のベンチに、寒い時には日当たりの良いベンチにと場所を変えてはいたのですが、座り方も様になっていて公園に溶け込んでいるように思えました。

何をするという目的もないようなのですが、公園で子供達が騒いで遊んでいるのをぼんやりと見ていたようです。

公園で弁当やパンを食べているところを見たことがないので、食事時には自宅に帰っていたと推測するのです。

いまから振り返ると、年齢は70代だと思えます。

事情があって家にいるよりは公園の方が過ごしやすかったのかも知れませんが、本当のところは何にも知らないのです。

ただ、ご近所のオバサン達とは愛想よく会話をしていたので、危険な人物では無いことは認識していました。

なぜそのおじさんのことをよく覚えているかというと、ある日友達3人とボールで遊んでいる時に、ボールがそのおじさんのところに転がって行って、それを拾ってくれた時に話しかけてきたのです。

「君たちは、あの小学校の生徒なの?」と聞いてきたので「そうです」と答えると、「あそこでおじさんはよく川遊びや魚取りをしたんだよ」と言ったのです。

「どこで?」とわたしは驚きました。

「今は小学校になっているけれども、昔はため池でそこから水が流れて小さな小川があったんだよ」と、さらに続けて「小学校にあった池で、フナや鯉も釣ったよ」と言ったのです。

わたしたち3人は、口をぽかんと開けて、おじさんの行くことが信じられなかったのを覚えています。

難しい言葉で言うと「荒唐無稽」な話に聞こえたからです。

今は立派な小学校になっているのですが、昔は池であったようです。

大きな運動場は池を埋め立てて作ったようです。

家に帰ってそのことをお母さんに尋ねても、そういえばそんな話を聞いたことがあったかな?というぐらいです。

お父さんは地元出身だから知っているだろうと聞いてみると、お父さんもその当時のことはハッキリと覚えていないようで、池を埋め立てたことは祖父に聞いたとのことでした。

間違いなく池はあったのですが、わたしたち子供にとっては、荒唐無稽な話だと感じたようです。

つまり、「嘘だろう!でたらめだろう!」と思ったのです。

荒唐無稽とは?

「荒唐無稽」とは、「荒唐(こうとう)」と「無稽(むけい)」が合わさってできている言葉です。

「荒唐無稽」とは、言うことがでたらめで根拠がないことを意味します。

平たく言うと「噓っぱちだ!」とでも言うのでしょうか。

普通の会話ではあまり使わない言葉でもあります。

しかし、いい加減な提案や申し入れに対して、文書で回答する時などには「こんないい加減な計画では・・・」とか「このような現実的でない噓っぱちの計画では・・・」などと書くよりも、「このような荒唐無稽の計画では・・・」などと表現すると真剣に対応している雰囲気を伝えることができます。

「荒唐無稽」の表現には、「人の言動などに根拠やまとまりがなくいい加減で現実性が無いことを表現しているのです。

「そんなはずはない!」とか「そんなことにはならない!」と強い否定が含まれているのです。

「この場所に出店すると、1年で元が取れるよ」という提案者と、「この場所では、赤字は間違いない。そんな考えは荒唐無稽だ」とやり合うのです。

現実的でない時に、よく使われる四文字熟語なのです。

読み方「こうとうむけい」


「荒唐無稽」は、「こうとうむけい」と読みます。

「荒唐」と「無稽」の熟語でできています。

意味

「荒唐」とは、言説などによりどころが無くとりとめのないさまのことです。

「無稽」とは、根拠がないこと、でたらめであることです。

「稽(けい)」という文字は、練習ということと同じように「稽古(けいこ)をする」としても使われてます。

「稽」とは、昔の書を読んで物の道理や故実を学ぶことで、学問という意味でもあります。

稽古とは、古(いにしえ)を稽(かんが)えるという意味です。

「稽古に励む」とは「練習に励む」なのです。

根拠がなく、現実性のないこと

「荒唐無稽」という言葉が目に留まった記事がりました。

それは、楽天の三木谷浩史CEOの携帯事業への参入に関して、加盟店向けのイベント「Rakuten EXPO 2018」での演説に対する評価に関してでした。

三木谷CEOがそのイベントで基調講演をしたのでした。

楽天は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクに続いて通信キャリア(MNO)として携帯電話事業に参入するということで、楽天の将来性についての講演をしたのでした。

その理由は、6~7年前には考えられなかったのですが、PCからよりもスマホから楽天にアクセスする割合が増えたことです。

そこで、改めてスマホの重要性を認識して急遽携帯電話事業に参入することを決断したそうです。

また、家計に置いても通信費の比率も増え続け、楽天の会員(9700万人)を考えると十分採算が合うとの考えです。

しかし、この講演の中で、NTTドコモ、KDDI,ソフトバンクを抜いて国内No.1の携帯キャリアになることや、日本人の半分は楽天を使うなどと言い切ったのです。

そのためのネットワークの整備についてかなり疑問視されていましたが、今までにない技術でブレイクスルーすると胸を張ったそうです。

この講演会場には楽天市場に出展している通信サイト関係者4000人ほどが参加していましたが、どういった技術でブレイクスルーするのかは明確にはされませんでした。

そして、ソフトバンクでさえも契約者数ではNTTドコモを超えていないことなどから、三木谷CEOの発言は、かなり「荒唐無稽」に聞こえるとの意見が多かったそうです。

つまり、ネットワークの整備の方法や日本でNo.1の携帯キャリアになることについては、根拠がなく現実性のないことだと批判されたのでした。

最近の事例をご紹介しました。

でたらめ

荒唐無稽の同義語で「でたらめ」という言葉があります。

「あいつは、でたらめなことばかり言う」などと批判したりします。

「でたらめ」とは、当て字の漢字は難しくて書けないですね。

「出鱈目」と書きます。

「目」とはサイコロの「目」のことで、「出たら出たその目」ということです。

サイコロ賭博で使われるサイコロは、四角い立方体で面の数は6個です。

サイコロを振ると、六分の一の確率(約17%の確率)でどの面が出るかは分かりません。

博打ではこの六分の一の確率の運命に従わなくてはならないので、思った通りの目が出ないこと、すなわちサイコロはいい加減だ、となったのです。

そこで、いい加減なことを「出たら目」というようになって、それの「たら」の当て字に白身の魚である「鱈(たら)」が使われたようです。

「鱈」の漢字を使ったこともいい加減だったのかも知れません。

「でたらめ」とは、筋に通らないことやいい加減なことを言ったりしたりすることです。

「でたらめな話」とか「でたらめを言う」「でたらめな人」などと使います。

荒唐無稽の類語や関連語


「荒唐無稽」とは、言うことがでたらめで、根拠がないことを意味しています。

「荒唐」とは話や考えによりどころがなく、とりとめのないことで、「無稽」とは根拠がなくでたらめのことです。

これらの言葉が合わさってできた四字熟語なのです。

古くは中国の「荘子」という書物に出てくる「荒唐之言」と、「書経」に出てくる「無稽の言」とが合わさったものと考えられています。

言うことがでたらめなことと、話に根拠がないことから、「馬鹿ばかしい」とか「滑稽な」「愚かな」「事実無根」「無茶苦茶」などと表現されることもあります。

1.滑稽な

「滑稽」とは、笑いの対象となるおもしろいことです。

もう一つ、おどけた様を意味することもあります。

笑いの対象でおもしろいことから、あまりにも馬鹿馬鹿しいことを表現する時に使われます。

あまりにも馬鹿馬鹿しいので、常識を外れたおかしさを意味するのです。

常識から外れていることとは、根拠がないことでもあって、実現不可能なさまを表すのです。

「滑稽なスタイル」ということは、常識のないスタイルと言うことです。

明確な根拠がないのにも関わらず、堂々と持論を主張する人に至っては、「何を考えているのか分からない。

馬鹿馬鹿しくて滑稽に見える」などと揶揄するのです。

荒唐無稽な人と言うのは、その揶揄されているとこと自体にも考えが及ばずに、堂々としているところが滑稽なさまに見えるのです。

滑稽とは、笑いや悲しみを声て、哀れにも見える状況なのです。

馬鹿馬鹿しい

職場の仲間でフルマラソンに挑戦しようと言うので、乗り気ではなかったのですが家に帰ってからも家の周りをランニングする毎日でした。

みんなが前向きにチャレンジすることでチームワークを高めようという課長の狙いだったのです。

課長も頑張って挑戦すると宣言したくせに、脚が悪くなって止めると言い出し、他の仲間も到底無理だという考えであまり練習もしていないことが分かりました。

そんなことを聞くと、挑戦するという気持ちが馬鹿馬鹿しく感じてしまい、走ることを断念したのです。

これに近いことで、何かを頑張っていたけれども、急に何かの理由で馬鹿馬鹿しく感じてしまったという経験はあるのではないかと思います。

このように、「馬鹿馬鹿しい」とは非常にくだらないさま、普通では考えられないほどのひどさと言えます。

マラソンにチャレンジしようとやる気マンマンだったのに、みんなの様子を知った時に「非常にくだらない」と感じてしまったのです。

やりがいが消えてしまったようです。

「馬鹿馬鹿しい」の使い方は、「あまりにも事実を知らずに行動している先輩の言い訳に、聞いているのも馬鹿馬鹿しく感じた。」、「もっと外に営業に出て売りたいと思っているのに、事務所で電話番ばかりで毎日が馬鹿馬鹿しい。」などと使われます。

「本当のことを知らずに失敗して、うまく行かなかった言い訳を聞いているのも馬鹿馬鹿しい」というのを言い換えると、「真実を知らずに行動するのは荒唐無稽の行為だ」ということになるのです。

間抜け

「荒唐無稽」の人と言うのは、実現不可能なことを考える人でもあります。

こんな愚かな人、見当はずれな人のことを「間抜け」とも呼びます。

愚かであることから、その人をののしる時にも用います。

「この間抜けめ!」と叱るのです。

実現できそうにないことを平然と説明して、さもうまく行くように思わせるのです。

でも、その正体を知っている人から見ると「実現できる訳がない」と感じており、そんな様子を見て「荒唐無稽」な考えだと評価するのです。

「間抜けな考えだ」と言い切っているようなものです。

2.不条理な

「あの人は、不条理なことばかり言って来る」などと起こっている人がいました。

不条理とは道理にあわないことのようです。

筋が通らないことを繰り返し言うので、だんだんと腹が立ってきたようなのです。

このように、わけのわからないことを平気で言う人のことを「の人は不条理だ」と非難するようです。

よく考えると、わたしたちの周りには、不条理なことが多いようです。

「不条理」とは、筋道が通らないこと、道理に遭わないことです。

哲学的な意味では、良識や理性の法則に反することで、非論理的、矛盾的なことです。

人生に何の意義も見出せない、絶望的状況を表しているのです。

この世の無意味、非合理の概念から生まれた言葉です。

このような難しいことは抜きにして、道理に合わないことを押し付けてくるときに「不条理だ」と発するようです。

そしてその後には「なぜなんだ?」という疑問が残ってしまうのです。

めちゃくちゃ

「不条理な人だ」というのと同じように「理不尽な人だ」という時があります。

どちらも同じような言葉だと思うのですが、微妙に違っているようです。

「不条理」が道理に合わないこと、道理に反することを指しますが、「理不尽」は道理を尽くさない、道理が足りない、納得できないという意味です。

「理不尽」の方は、道理を尽くさないことなのです。

簡単に言うと「滅茶苦茶(めちゃくちゃ)」なのです。

「無茶苦茶(むちゃくちゃ)」とも言いますが、意味は同じです。

まったく筋道が通らないことです。

さらには、どうにもならないほどに壊れてしまい混乱することです。

「くちゃ」は「めちゃ」の強調語で、「めちゃ=とても、すごく」を強調しているのです。

「めちゃ」は関西に多い表現で、京言葉にも「めちゃ」はよく出て来るようです。

「荒唐無稽」なことなら「めちゃですわ」とでも言うのでしょうか。

TVの人気番組で、「めちゃ×2イケてるッ!」という番組があったり、「めちゃコミック」という国内最大級の電子コミックストアもあるのです。

若い人も、「ものすごく大きい」というのを、「めちゃでかい」などと、「めちゃ=ものすごく」を多用するようです。

「めちゃくちゃ」を縮めて「めちゃ」と一言でも表現しますが、「めちゃ」の意味は広いようです。

「荒唐無稽な計画だ」というのも、「めちゃな計画だ」と表現もできます。

若い人には、「めちゃ」のほうが使いやすくて理解しやすい言葉でもるようです。