思春期の思い出はありますか?

時に塩辛く時に甘酸っぱい。

今心の中で振り返ってみると口にはできない恥ずかしいこともあれば、苦笑いしてしまうようなこともあり、はたまた自身の人格を構成するのに必要な学びを得られた体験もあったり。

そんな多感な時期の身近な大人、特に両親との思い出はどんなものがあるでしょうか。

中学二年生辺りの記憶を遡ってみると、しばしば耳にする反抗期に相当するような思い出が蘇ったり。

中には反抗期がなかったという人もいますが、多くの人は反抗期があったと思います。

そして子どもを授かり親になると、自分の子どもの反抗期を経験することになります。

自分が経験した反抗期だからこそ、反抗期の子どもに対する接し方というのを知り得ているはずなのですが、親という立場になると対応が難しいものがありますよね。

そんな反抗期の子どもとの上手な付き合い方について考えを深めていきましょう。

反抗期について

反抗期とは一体なんでしょう。

わかっているようでちゃんと理解していないかもしれません。

そのまま字面から、人生において反抗する期間のことですが、普通は十代半ばまでに発現する期間です。

「反抗」ですから指示や要求に対して拒否反応を示します。

言うことを良くきく素直な子が一般的に良い子とされる中、多くの子どもが反抗的になってしまうのには理由があります。

それは精神発達のためです。

また反抗期は自我が芽生え始めた兆候であったりであるとも言えます。

三省堂大辞林によると「自我」とは「意識や行為をつかさどる主体としての私。

人格や作用の中枢として、認識の根拠・道徳的行為や良心の座となる」とあります。

また、「反抗期」は「自我の発達過程において、周囲のものに対して否定的・反抗的態度が強く表れる時期」とあります。

それまで大人の言うことを覚え、大人の言うことに沿って行動していただけのところから、自分の意思を持って自発的な行動を示すようになるわけですが、それに至るまでに多感で複雑な心理状態から他者に対して否定的・反抗的態度になってしまっているわけです。

自我が発達してくる幼児期と自我の独立を求める青年期初期の二回あるとされていますが、世間的に親として手を余らせてしまう後者について言及します。

男の子はいつから?

古来より十人十色と言いますから、何歳から!と断定することはできませんが、概ね第二次性徴を迎える辺りからと考えるのが自然な流れでしょう。

10歳頃から

男子の第二次性徴が始まるのは平均で11歳と半年というデータがあります。

早い子どもはもっと早いでしょうから、10歳頃から思春期を迎え、体の成長に伴う心の成長の過程で反抗期に入る子どもが多そうです。

女の子はいつから?

女子の第二次性徴は10歳弱と言われています。

男子より一年強も早いのです。

11歳頃から

精神・心というものの成長は食物による栄養によって育つものではなく、周囲の環境や社会に依って育まれ磨かれていく側面が強いので、男子女子に関わらず個人差が多いのが実情です。

周囲の身近な同年代に呼応するように反抗期に入る子もおり、完全に反抗期に入ったと周囲が実感するのは11歳頃ということもあるでしょう。

男の子女の子に関わらず思春期があまりない子もいる


なんて意見も世間にはあったりしますが、ちょっと待って!

思春期と反抗期を混同していませんか?

思春期と第二反抗期は時期が重なることがほとんどなので一緒くたにしてしまいがちですが、思春期は外見・身体的な成長期を指し、反抗期は精神発達期ということが言えます。

言い換えると思春期が体の成長期、反抗期は心の成長期ということですね。

なので人間である以上思春期がないなんてことはあり得ません。

では反抗期はどうでしょうか。

自分の人生を振り返ってみたとき、親につよく反抗したという時期が思い至らない人も中にはいるかもしれません。

子どもそのものの素質はもとより、兄弟の性格や両親の教育方針、家庭環境や学校での友達や地域住民との関わり合いなど生活環境によって一般的な反抗期というものを経験しない人、または軽微な反抗期で終わる人というのも少なからずいます。

反抗期がないということは、親にとっては手を煩わされずに済むので嬉しいもののように思えるかもしれません。

ですが反抗期は精神発達の過程ですから、反抗期がないことで独立した自我を確立できず、精神的に成長しきれないかもしれないというリスクを抱えることになります。

独立した自我を持たないため、優柔不断で自分の意見がなく、また行動力と責任感に欠けるなんてことに成りかねないのです。

一方で反抗期なしで成熟した精神を身につける人もいるので、反抗期がないことが一様に精神の未発達に繋がるわけではありませんが、もし自身の子どもに反抗期らしい反抗期がなかった場合、少し気に掛けておくべきなのは間違いないでしょう。

実際どんな変化がある?


子どもはロボットではありませんから反抗スイッチがオンになってとたんに反抗期に突入するわけではありません。

日頃の生活の上で様々な物事を考えていく過程で自分の考えと他者の考えとの差が刺激になり、その積み重ねで徐々に発露していくものです。

親が「この子、反抗期に入ったな」と実感するのは割と遅かったりします。

反抗期のピーク直前が多いのはないでしょうか。

なので親としては急に反抗的な態度をとられて動揺してしまい、うまく対処できないということになります。

事前に反抗期の片鱗を察知することで「そろそろ来たかな」と親の心構えをするために、反抗期に入る子どもがどういう行動をとりがちか、傾向をみていきましょう。

親と距離を置きたがる

反抗する相手として最も代表的なのが親ですよね。

なぜ親に対して反抗するのでしょうか。

それまでは「あれは何?これは何?」と愛らしく首をかしげて訊いてきていたはずなのに、質問はおろかその他の会話もしたがらず、返事もろくにしなくなるというのはありがちの例です。

「大人」という括りよりも一番身近にいる「人間」に対して反抗していると考えた方が実は適切かもしれません。

親しい間柄だからこそ辛辣な態度を取ることができるのです。

ある種の信頼関係が成せることでしょう。

しかし、親にとっては辛いものですし、信頼関係がある証だと達観してもいられないのが現実ですよね。

「子どもは親の背中を見て育つ」なんて言いますが、親は子どもに対してそれまでの人生において最も身近な模範でした。

大袈裟に言えば幼児にとっては唯一の模範であったことでしょう。

母親のしていること、父親のしていることを真似て行動し、謎や疑問の答えがわからなかったときは親に正解を聞いて、その答えを疑うことをしません。

心身が成長するにつれ親以外の模範を見つけ、それを理想としたり、自分の理想と違った解答を押しつけられたとき、不愉快な気持ちがこみ上げてくるというのは容易く想像がつきます。

その理想が学校の先輩であったり、部活の顧問の先生や友人、マンガや小説のキャラクター、テレビの向こうのタレントや世界で活躍するスポーツ選手などいろいろあるでしょうが、親ではないのです。

「勉強をしろ」、「本を読め」、「早寝早起きをしろ」、「朝ご飯はちゃんと食べろ」、
「赤点をとるな」、「悪い奴とつるむな」などなど、親は子どもに押しつけているつもりはこれまでもこれからもないはずの台詞ばかりのはずです。

正しい方へ導こうと、良いものと悪いものの分別を与えようとしているはずの台詞なのですが、親以外にこういうことを言うのは学校の先生くらいなもので、これも「身近な人間」ですが、それが正しいことだと分かっていても親が言うと理想とはほど遠く正解ではないのです。

正解でないのに反復して言い続けてくると腹が立ってきます。

「お前の意見を押しつけるな!」と言うわけです。

こうして親、あるいは先生への反抗的な態度につながるわけです。

友達第一になる

友達というと同世代で共通の意識を持つ仲間です。

なので友達第一になるのは自然な流れと言えます。

「親にそんな酷いこと言わない方がいいぞ」、「後でちゃんと謝れよ」なんて否定的な意見を友達が言うはずはありません。

同世代で、その友人も反抗期で自身のことを一番よく理解してくれている存在なのですから。

「なんでもかんでも押しつけてくるよな」、「自分のことくらい自分で決められるのにな」などと同調するに決まっています。

親である自分の過去を振り返ってみて、反抗期に自分に否定的な友人が近くに居たでしょうか。

おおざっぱに言えば、学校で互いに同調し承認欲求を満たし合いながらストレスを解消して苦痛な家庭に帰っていくというのが反抗期の生活サイクルだったのではないでしょうか。

友人との仲間意識が醸成されて一生の親友がこのときできるかもしれません。

ストレス発散にも機能することを考えると、友達第一になることは自然なことです。

親からの自立を考え始める

自我の確立はまさに自立心の芽生えに他なりません。

自立とは他者の援助なしで物事をやっていくことです。

物事を一人でやっていこうと思うと、どうしたいのか、どうやっていくのかという目的と方法を自身で考えねばなりません。

これは自我によって決定されるものなのです。

また、親や学校の先生の強制されることを嫌がれば、自ずと自分で自分の道を歩まねばなりません。

結果的に強い自立心が生まれます。

精神的に不安定になる

とは言え、反抗期はあくまで精神成熟の過程に過ぎません。

端的な言い方ですが、「親や先生の意見が正しいことは内心ではわかっているけど、従いたくない。

言いなりになりたくない。

自分の意見は自分で見つけたい」というのが反抗期の子どもの根底にあります。

この意思に、「なぜ従いたくないのか」と問われて論理的に答えられる子どもはそういないはずです。

なぜなら自分の行為の根拠となる自我が確立していないためです。

反抗期は「親や先生から与えられる正解」と「その正解は自分が導き出した答えではない」という二つの意識のせめぎ合いですから、問題が解決せず、当然精神的に不安定になります。

親の「晩ご飯できたよ」が「早く晩ご飯食べろ」に脳内変換されるくらいには心は動揺しているのです。

体の変化が大きい

反抗期は第二次性徴、つまり思春期と重なることが多いというのは前述の通りです。

男子であれば肩幅が広がり、体の線が強くなって声が低くなります。

女子は体の線が細く、シルエットが柔らかくなります。

それぞれ男の子は男らしく、女の子は女らしく体つきが変化します。

身体の変化というのは見た目に変わります。

これは子どもにとって不安なことでもあります。

親が、「首がなかなかすわらない」、「なかなか二本足で立てない」、「同い年の子はもう喋った」など子どもを他の子どもや一般的なデータと比較して心配するように、子どもも身体的変化を他者と比較して不安になったりするのです。

また、もちろん変化そのものに対する戸惑いというのもあるはずです。

これらは心に負担としてのしかかるわけですから、同時期にやってくる反抗期に大いに影響します。

【男の子】親がとりがちなNGな行動

反抗期は男子女子共に異性の親に対して強く当たる傾向にあるかもしれません。

「うるせぇ、ババァ!」に代表される暴言は男の子が母親に対して発する台詞でしょうし、「お父さんのパンツと私の洗濯物を一緒に洗わないで!」という男親にとっては辛い言葉は女の子の台詞の代表例でしょう。

異性の親は特に子どもに対して注意を払う必要がありそうです。

男女別に考えていきましょう。

お母さんが細かく注意をする

母親は良く気が利き世話焼きで面倒見が良いというのが通説です。

女性の方が子どものちょっとした変化にも気がつきやすいという意見もあります。

これは本来非常に良いことなのですが、反抗期の子どもにとってはとても面倒なのは想像に難しくありません。

「あれしろ、これしろ」と押しつけや強制に通ずるようなことでなくとも、心配するときの台詞、例えば「忘れ物はないか」などの気遣いの言葉は反抗期の子どもにとっては自立心を傷つける言葉に感じられ、自我を尊重されていないという憤りを覚えることもあるでしょう。

子どもがわかっていることを改めて母親が言葉にしてしまうと、「うるせぇ、ババァ!んなこたぁわかってんだよ!」という台詞に結びつきやすい流れです。

自分の子どもが失敗することは見るに辛いですが、何かをしようとしている子どもにあれやこれやと言葉を掛けるよりも、失敗した後のサポートに徹する方が無難です。