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パワハラの定義とは?分かりやすく2...(続き7)

できるならパワー・ハラスメントの問題を周囲に知らせ、味方を作ることが一番です。

社内の認識が変われば、上司や会社の認識も変わる可能性があります。

無理せずあなたのできる範囲で、あなたの希望に近い手段をとりましょう。

加害者にならないために

被害者になる可能性だけでなく、自覚なく加害者になる可能性もあるパワー・ハラスメント。

部下や後輩にハラスメント行為をしていないか、一度我が身を振り返ってみましょう。

殴ったり蹴ったり、大勢の前で部下を叱責していませんか?

終業時間間際に大量の仕事を押し付けたり、営業職の社員に雑用を強要したりしていませんか?

休みの理由をしつこく問いただすのも問題行為です。

自分が新入社員の頃は先輩にされることが当たり前だった嫌がらせも、時代が変わった今ではハラスメント行為として広く問題として知られた行為になっています。

離席中に机を物色したり、挨拶されても無視したり、自分の指示が間違っていたのに部下のミスにするのもハラスメント行為です。

該当していることはありませんか?

パワハラは正当化できないことを知る

「あいつが仕事ができないから悪い」

そんなことでパワー・ハラスメントは正当化できません。

仕事ができないというのは加害者側の主観ですし、客観的にも仕事ができないとしても、それにより違法行為が許されるわけではありません。

「いじめられる側にも理由がある」というのと同じです。

いじめられる理由、きっかけがあり、仮に本当にそれがいじめられっこの問題点だとしても、それによりいじめをしていい免罪符にはなりません。

『愛のムチ』というのも同様です。

たとえ愛情からくる叱責であっても限度がありますし、そもそも叱責が指導に必要なのかは微妙なところです。

慣習、伝統といった会社の論理は通用しない

「うちの会社は体育会系だから」

「昔からこのやり方だから」

「おれが新人のときはこんなもんじゃなかった」

「おまえが弱いからこんなことでハラスメントだとか言い出すんだ」

こうしたセリフは加害者のいる狭い世界だけで通用する常識です。

まともな一般社会では通用しません。

被害者が法的手段に出ないから見過ごされているだけで、許されているわけではないことを知りましょう。

また、時代が変われば常識や習慣は変わるものです。

いつまでも自分の常識が正しくそれ以外が間違っているのだと固執してはいけません。

あなたの常識が時代遅れになっていることは十分考えられます。

「最近の若いやつは軟弱だ」と流れていく時間に抵抗するのは浅はかであると自覚しなければならないでしょう。