「譲り合い」。

いい言葉です。

今の日本にもしかしたら大きく欠けている部分かもしれません。

何でもかんでも他人の事よりまず自分。

自分さえよければ周りの事などお構いなし。

損得勘定だけで生きていって何が悪い、と半ば開き直る姿勢すら見せる現代の人間の姿。

一体、いつから日本はこんな国に成り下がってしまったのでしょう。

かつては「控える」「一歩下がる」「親切」といった要素が私たち日本人の美徳とまで言われていたはずなのに。

今では全くその正反対で「言ったもん勝ち」「やったもん勝ち」といったムードが世の中を席捲しているかの如く様相です。

さて、そんな時代背景にあって「譲り合い」という精神は、もうすっかりなくなってしまったのでしょうか?

今回はこの「譲り合いの心」について細かくみていきたいと思います。

日本人特有の”譲り合い”とは?

日本人の持つ「特有な精神」の一つである「譲り合い」。

意味を簡単に紹介してみますと「互いに譲る精神」という事になるようです。

そう、自分と相手の双方にこの気持ちがあった時に初めて「譲り合い」という光景が起こるわけです。

電車の中での席の譲り合い。

狭い道路における譲り合い。

自動車を運転している際の「お先にどうぞ」という譲り合いなどが代表的なものになるでしょうか。

とにかくこの「譲り合い」という精神。

諸外国ではあまり見受けない精神のようですね。

我が国、日本において独自に発展し今日まで受け継がれてきた独特の作法でありマナーのようなのです。

確かにお互いが譲り合いを行えば、相手との距離感が縮まり相互信用関係が改めて確認されるか如く心境に浸ります。

言うなれば「譲り合い」の精神は、私たちがお互いの事を信用し合い、仲良く暮らしていくための一種の儀式のようなものなのかも知れませんね。

勿論、この「譲り合い」という精神は子供の頃からの躾が施されない事には気持ちの中に定着しないものという事も断じておきますね。

譲り合いの心を持っている人の13個の特徴

それでは次に参りましょう。

今度は「譲り合いの心を持っている人の特徴」についてです。

全部で13個のご紹介となりますよ。

優しい

譲り合いの心を持っている人の特徴の最初の1つ目は「優しい」です。

そう、心に優しさがない人間に他者に対して「譲る」という気持ちは生まれてこないでしょう。

「優しい」という感情は、自分以外の人間に対して分け隔てなく親切で労る事が出来る行為です。

これは自分を含めて人間に対して妙な偏見や憎しみが一切ないから行える行為です。

また、そのような人は人間に対してのみならず広く世の中全般に対しても優しさを発揮できます。

勿論、その中には動物や植物に対する優しさも含まれます。

この分け隔てのない「優しい」行為があるからこそ、譲り合うという精神も発揮されるという訳ですね。

相手の立場になって考えられる

譲り合いの心を持っている人の特徴の2つ目は「相手の立場になって考えられる」です。

「譲り合う」という行いは、自分一人だけでは出来ません。

必ず相手がいるからこそ行為が成立するのです。

そしてその際に自分の事以上に相手の事を優先して考えられるから、この行為が成り立つのです。

相手の立場に立って物事を考えられるかどうかが、譲り合いを解き明かす上での重要なキーポイントになるでしょう。

人の気持ちを察することができる

相手の立場に立ってものを考えることが出来る、という事はつまり「人の気持ちを察する事が出来る」という事になりますね。

「人の気持ちを察する」。

これは簡単そうに見えて実は奥の物凄く深い、非常に難しい行為だといえますね。

何故なら、「察する」という事は相手が心の中で思っている事を外してしまっては成り立たないからです。

果たして顔色一つ変えない相手の心の中を、何を考えているかズバッと当ててみることなど出来るでしょうか?

しかし、日頃から相手の事を思いやって行動している人は人の気持ちを察するのにそう苦労はしないでしょう。

それは自分がやられて嫌な事は、相手も同様に嫌な事、と認識できておりそういった行為はこちらからは絶対にやらない、という方針が徹底されているからです。

相手が嫌がる行為を率先して行う人、そんな人に他の人の気持ちを察する能力などあるはずがありませんからね。

気配りができる

譲り合いの心を持っている人の特徴の3つ目は「気配りができる」です。

気持ちに「気配り」の精神があるからこそ、他者に対して譲り合いの心を持つことも出来るのです。

要するに、自分以外の第三者に対してどれだけ「気」というものを送る事が出来るか、という事でしょうね。

これが自分の事しか頭にない、「自己中人間」だったならばこうはいかないでしょう。

自己中人間が周りの人に対して気配りをしたり配慮をする、なんていうシーン、見たことがありません。

見た事があるのは何事につけても自分本位の姿勢だけです。

自分さえ良ければあとは構わない、という姿勢です。

こういった人間が他者に対して「譲る」という行為を出来ないのも頷ける話しです。

近頃、社会問題化した車の運転中の「あおり運転」。

本来、ハンドルを握ったドライバーは譲り合いの精神で運転を行う事によって、無駄な違反や事故を防いできていたはずです。

それが「我がさえ良ければ人の迷惑を一切、顧みない」、という悪質ドライバーが急増したおかげで日本人が誇っていた「譲り合いのマナー」という美徳を失ってしまった一部の人間が誕生してしまいました。

車は走る「凶器」です。

ドライバーが「気配り」の精神を持たなくなったなら、今後も痛ましい事故が起こる事は避けられないのが現実でしょう。

心が広い


譲り合いの心を持っている人の特徴の4つ目は「心が広い」です。

心が広いからこそ、第三者や自分にとって縁もゆかりもない人に対しても「譲り合い」の行いを出来るのでしょう。

反対に心の狭い人に「譲り合いの心を持て」と諭してみても全く相手にしない反応を示す事でしょう。

心が広い。

人間としてのスケールの大きさを非常に感じさせますね。

心が広い人は、基本的に誰彼に対しても「親切」です。

自分にとったら何の得にもならない事でも熱心にその人のために身を粉にすることができます。

本当に見上げた根性の人です。

心を広くするためには様々な人生経験も必要ですが、何といっても必要なのは素直な性格でしょう。

いかなる事に対してもうがった見方をせず、そして敵味方の発想もない。

世の中全ての人や物は共存共栄であり、何一つ、自分自身が独占欲を見せない。

このような人が「広い心」というものを持てるのでしょうね。

僻み根性満載の私にとったらまばゆすぎて正対できない人物なのですよ。

困っている人を助ける

譲り合いの心を持っている人の特徴の5つ目は「困っている人を助ける」です。

例えば電車の中の優先座席。

あなたはその席を正しく利用していますか?

この席は電車の中のほんの一部にしかない座席です。

しかし、その席を我が物顔で利用している、どう見ても優先座席を必要としないような輩がふんぞり返って利用しているシーンを度々、見ます。

ご老人、妊婦の方、赤ちゃん連れのお母さん、などなど。

この席を優先的に利用してもらうがための設定なのに知らんぷりを決め込んでいる人間の何と多いことか。

見て見ぬふりをして困っている人を助けない。

こんな人物に「譲り合いの心」を説いてみたところで埒が明かないのは火を見るより明らかでしょう。

そんな偉そうなことを言う私も、果たして目の前に困っている人を見た時、どこまで尽力出来るか、甚だ疑問です。

譲り合いの精神、完璧に持っている人って本当に素晴らしい存在だと思います。

空気が読める

譲り合いの心を持っている人の特徴の6つ目は「空気が読める」です。

俗にいう「KY」ですね。

周囲や場の空気を読めない人間にはとても譲り合いの心を発揮できるような行動は難しいでしょう、という事です。

そもそも譲り合おうという気持ちは、相手の困った状況を察して推測できるかどうかにかかってきています。

だから、こちらも一歩下がって相手に対する行動を起こせるのです。

それが、場の空気も全く読めず、自分のやりたい放題の行動ばかり取っているような人物ではとてもそのような行動は期待できない、という事です。

譲り合いの心というものは周囲の状況をよく見て、的を外さないスマートな動きの出来る人物にして初めて成し得る行為なのかも知れませんね。

マナーが身についている

譲り合いの心を持っている人の特徴の7つ目は「マナーが身についている」です。

マナーなき人に譲り合いの心は生まれません。

言うならば、譲り合いの出来る人はきちんとしたマナーを身に付けた一人前の社会人とも言えるのです。

マナーは私たちが生きていく上で、欠かせないものです。

会社に入れば尚更、マナーは要求されてきます。

まあ中には形だけで心の籠っていないマナーの出し方をしている人もいますが、それでも行なえない人に較べたら圧倒的にいいに決まっていますよね。

マナーの備わっていない人に譲り合いの心を持て、と言っても馬の耳に念仏でしょう。

人を労わる気持ち、人を立てる気持ちがあって初めてマナーは効力を発揮します。

それは当然ながら「譲り合い」とリンクする行為に繋がるでしょうね。

自分中心に考えていない

譲り合いの心を持っている人の特徴の8つ目は「自分中心に考えていない」です。

つまり「ジコチュウ」ではない、という事ですね。

自己中人間に譲り合いの心を説いても無駄なことなのですが、それ以前に自己中人間には人が人として生きていくための最低限のルールやマナー、モラル、常識などがポッカリと穴を開けて心の中に潜んでいるのです。

つまり恐ろしいくらいの「非常識人」という事です。

どんな事も自分中心に考えていたら、とても世の中を渡ってゆく事はできません。

それは譲り合いという精神以前の問題なのです。

人は困った時に一人ではその問題を解決できません。

「いやあ、今の時代はネットがあるから一人でも全く困らない」と嘯く人もいますが、とんでもない間違いです。

人は他の人から教えを被ることによって成長できるのです。

その時に話を聞き、頭で理解し、分からない事を質問し、そして相互理解を計る。

この一連の流れの中から人としての使命感というか、人間はどうあらねばならないのか、という事を実感していけるのです。

よって自分中心でしか世の中を渡れない人は、正しい「心」というものを持ち合わせていない人、と解釈して付き合うようにしなければいけないのかも分かりませんね。

相手に見返りを求めない

譲り合いの心を持っている人の特徴の9つ目は「相手に見返りを求めない」です。

つまりこれも一種の自己中ですね。

こちらから何かをやったら、それと同等のものをもらえる。

もしくはそれをあてにする。

要するに「得」をしたいという発想です。

「譲り合い」という精神は「無償の愛情」です。

こちらが相手に何か行ったからといって報酬を求めてはいけないのです。

無償、つまりボランティア的発想で相手の人に対して労を行う。

そしてその時の相手の反応に対して「喜び」を感じる。

これが「譲り合い」の心なのです。

何かをやったから当然、こちらに何らかの見返りがある。

こういった発想、心が貧困としか言いようがないでしょう。

もしくは成熟できていない心の持ち主、とも言えるでしょうか。

譲り合いの心を持つ人は、当然ながら見返りなどは求めてはいません。

その代わり、相手の笑顔が最高のご褒美なのです。

何をするにもお互い様と思って行動している

譲り合いの心を持っている人の特徴の10個目は「何をするにしてもお互いさまと思って行動している」です。

この発想こそが「労を惜しまない」という事になるでしょう。

譲り合いの心というものは物の損得勘定で動いているものではないからです。

何をするにしても「お互い様」という発想があるからこそ、こちらが損をした、という気持ちにならないのです。

逆に相手がそれで喜んでくれたり感謝してくれたりするから、労を惜しまず働く事が人間、出来るものなのです。

これらも一種の「無償の行為」です。

相手から何らかの報酬を期待して動くような行為、これでは一生かかっても「譲り合い」という心は身に付かないでしょうね。

笑顔を大切にしている


譲り合いの心を持っている人の特徴の11個目は「笑顔を大切にしている」です。

譲り合いの行為に笑顔は付き物です。

それは「譲り合い」という行為自体が「接客」という行為と似通っている部分があるからでしょう。

接客に笑顔は欠かせないものである事は皆さんもご人事でしょう。

ブスッとした顔で接客されたら逆に物凄く不愉快になってしまいますからね。

何かの行為を受ける側の人間は、相手の表情に非常に敏感になっています。

それはその時に自分が受け身の人間になっているからでしょう。

つまり相手の動きを観察して、もし暴力でも振るわれようものなら身を隠してでも逃げなければならないからです。

そう、相手から何かをされている時、人間は無防備になるのです。

だからその警戒心を解くためにも「笑顔」は欠かせない手段になるのです。

まあ、そんな解釈を考えなくとも譲り合う気持ちで行動していれば人は自然と笑顔になるものですけれどもね。

行動の先読みができる

譲り合いの心を持っている人の特徴の12個目は「行動の先読みができる」です。

譲り合いという行為は、相手が置かれている状況、心理状態などを察知し、これからどうなりたいのか?何か困っているのか?といった事を分析・予想出来て初めて行動に移せるものです。

よって周囲の状況を十分、読み込みそれ自分の経験値に落とし込んで素早く分析結果を出す目が求められます。

そのような行為をスマートに行える人が譲り合いの心を持っているとも言えるでしょう。

このように物事の先読みが正しく出来ないと、こちらが譲り合いの行為をしたつもりでも相手には間違った意味合いで取られてしまう事もあります。

相手の困りごとを見抜く目が求められるという事になりますね。

周りに感謝の気持ちを持っている

譲り合いの心を持っている人の特徴の最後の13個目は「周りに感謝の気持ちを持っている」という事です。

譲り合いの心というものは何度も申しますが「無償の愛」です。

こちらが何かを行ったからといって、お金や物で代償をもらうために行っているのではないという事です。

よって譲り合いの心の発動者は絶えず、周囲に対して「感謝」の気持ちを持ち続けているのです。

それは自分自身も他の人からそのような行為をやってもらっているいから自然と芽生える感情なのです。

人は「感謝」の気持ちを失ってしまってはいけません。

「感謝」こそが無償の愛につながり「譲り合い」という行為に発展していくのです。

これが人と人の繋がりを育むものなのです。

人間は一人では生きられない、という事実を今一度、改めて思い描いて欲しいですね。

譲り合いの心を持っていない人の特徴6個!

では次に参りましょう。

今度は「譲り合いの心を持っていない人の特徴」です。

譲り合いの心を持っている人がいれば、反対に持っていない人がいるのも世の常です。

これはいつの時代になっても仕方のない事でしょう。

では、参ります。

全部で6個のご紹介となります。

何事も一番でいたい

譲り合いの心を持っていない人の特徴の最初の1つ目は「何事も一番でいたい」です。

何事につけても一番にいたい。

言い方を変えれば負けず嫌いで競争には常に勝ちたい、と思う気持ちの強い人です。

上昇志向が高いため、自分の夢や野望の達成のためならば脇目もふらず、猪突猛進出来るところは、さすがに凄いエネルギーを感じます。

しかしながら残念な事に、そういった人の辞書の中には周囲に対する配慮や気遣いといった文字はありません。

あるのは一番になる、という事だけです。

つまり自己中心的にならざるを得ない、という事になるでしょう。

でないととても何事においても一番になるなんて事は出来ませんからね。

周りが見えていない

譲り合いの心を持っていない人の特徴の2つ目は「周りが見えていない」です。

ここにも自分の野望や欲望をかなえようとするが故、どうしても自己中心的になってしまう部分が見え隠れしますね。

脇目もふらず目標達成に向かうところには、当然ながら周囲を見渡す余裕など生まれないでしょう。

周りにどう思われようとどうでもいい

と、言いますか、ハッキリ言って目標達成のためならば周りからどのように思われても全然かまわない、といった風情も見受けられます。

それくらい、周囲の反応にいちいち構っていられない、という事なのでしょう。

このような生き方に専念すれば、誰かに対して「譲り合い」の心を持てと言われてもそれは無理です。

目標の達成こそが今の自分の生きる道なのです。

いちいち、弱い周りの人間に興味はない、といったところでしょうね。

人の嫌がることを平気でする

譲り合いの心を持っていない人の特徴の3つ目は「人の嫌がることを平気でする」です。

これは生き方のこだわりとかではなく、ただの「無神経」から来ている要素が強いでしょう。

確かに自分の目標達成のためには人と協力したり出来なくなる場合も出てくるかもしれません。

それでもきちんとマナーを身に付けている人間ならば最低限の礼は施せるものです。

ところが神経が無神経に出来ている人間はそれが理解できません。

自分の気に入った行動が世の中の全てで通用すると思っているから始末が悪いのです。

まあ「天然」と「無神経」は根本が全然違います。

無神経人間に何かやってもらおうと期待する人間の方が「負け」と思うことでしょうね。

不満や悪口を言う

譲り合いの心を持っていない人の特徴の4つ目は「不満や悪口を言う」です。

これはもう完全に「ネガティブ思考」に陥った人の特徴ですね。

不満や悪口は考え方が完璧に後ろ向きになった人間の発するセリフです。

こういった人間に譲り合いの心を期待する事自体が無謀でしょう。

譲り合いの心を持った人に、人の悪口や不満などを言う人間はいません。

何故ならそのような考えに支配されてしまったら自分の得しか考えなくなるからです。

不満や悪口を言う人の発想には「ツキ」もありません。

早々にそのような人とは近寄らないよう退散する方が良さそうですね。

自分の価値観を押し付ける

譲り合いの心を持っていない人の特徴の5つ目は「自分の価値観を押しつける」です。

これも一種の「自己中」と言えるものでしょう。

人の話しや意見を聞く事が出来ず一方的に自分の話しばかりし、挙句、自分の価値観を押しつける。

こんな狭い度量の持ち主が他の人間の困りごとに耳を傾けられるはずがありませんよね。

悲しいことですが、こういったタイプの人間からは段々、人が遠ざかってゆくことでしょう。

譲ってもらえて当たり前と思っている

譲り合いの心を持っていない人の特徴の最後の6つ目は「譲ってもらえて当たり前と思っている」です。

もうこのレベルに達してしまった人間は「アウト」でしょう。

思いやりも配慮も遠慮もかけらもないような人間になってしまったら、早かれ遅かれいつかはそれ相当の報いを受ける、という事です。

要するに「世の中で自分が一番、偉い人間だから俺の周りの者は俺のやりたいようにやらさせるのが当たり前だ」という論調で生きているわけです。

これでは、いつか大きなトラブルを起こしてしまうでしょう。

そもそも譲ってもらうのが当たり前、などという生き方をやって恥も外聞もない、ということ自体、「人間やめますか?」の世界なのです。

どんな生き物よりも優れた大脳を有する私たち、人間。

その人間が欲望とエゴに溺れてしまうと地球上で最も醜く野蛮な生き物になってしまう事を胆に銘じておいて欲しいですね。

譲り合いの心を持つにはどうしたらいいのか

それでは次です。

では譲り合いの心を持つにはどうしたらいいのでしょうか?この問題について考えてみましょう。

全部で5つのご紹介となります。

相手をよく観察する

譲り合いの心を持つための方法の最初の1つ目は「相手をよく観察する」です。

譲り合いとは、相手の困った状況を何とかしてあげたい、という気持ちから起こるものです。

その為、まず相手の事をよく観察してその人が今、置かれている状況を客観的に掴んでおく必要があるでしょう。

何を考えているか考えてみる

その人が一体、何を考えているのか。

それについて思いを巡らす事です。

困っているのか?どのような困りごとか?自分の力で何とかなる困りごとか?力を貸すとしたらどのようにやればいいのか?などなど。

とにかく相手の立場に立って考えましょう。

答えはその後についてきますからね。

習慣づけてみる

譲り合いの心を持つための方法の2つ目は「習慣づけてみる」です。

とにかく体がそのように動くよう、日頃から譲り合いの習慣をつけていきましょう。

狭い道路に対面して歩行していたなら、迷わず相手を優先させましょう。

電車の中では席を譲りましょう。

何かの順番待ちになったなら、意地を張らずに自分は後ろに回りましょう。

このような行動を習慣化していく事によって、譲り合いの行為に何のためらいもなくなってきたらしめたものです。

それくらい「譲り合い」というのは慣れていない人がやると妙にギクシャクしてしまい相手に余計な威圧感を与えてしまうかもわかりませんからね。

相手の話を最後まで聞く

譲り合いの心を持つための方法の3つ目は「相手の話を最後まで聞く」です。

とにかく思いつきで動いてはいけない、という事です。

「譲り合い」という行為には相手を思いやり尊重する気持ちがない事にはスムーズにいきません。

いわゆ「センス」というものが試される事になります。

そのためにも話を最後までしっかり聞く、という姿勢が求められるのです。

直感で行動しない

生きていく上において「直感」が重要視される場面も多々、出てくると思います。

それくらい人は「気」と「感」を大事にしていかないといけない、という事です。

ただ、人生経験が十分備わっていないうちの「感」というものはまだまだ当てになりません。

「感」や「勘」というものは十分な人生経験を蓄えていって初めて効力を発揮するものなのです。

だからいたずらに自分の直感で行動するのではなく、まず相手の話を最後までしっかり聞く姿勢を身に付けなければならないのです。

行動するのはそれからでいいのです。

相手が困ってもいないのにこっちが親切なつもりで譲る行為を行っても、相手は親切の押し売りだと思って引いてしまうでしょう。

これがセンスと呼ばれるものなのですよね。

相手を笑顔にすることを考えてみる

譲り合いの心を持つための方法の4つ目は「相手を笑顔にすることだけを考えてみる」です。

譲り合いというのは「笑顔の交換会」です。

双方が笑顔を作って、心から相手の行為に対して感謝する姿勢を示せる。

これがお互いがいい気持ちになれる「譲り合い」というのでしょう。

相手がそのような気分にもなっていないのに、こっちが早とちりして無理に相手から笑顔を引き出そうとしても相手は迷惑し困惑するばかりです。

相手が自然と笑顔になれるような行為。

これが譲り合いの精神の根底を占めているものなのでしょうね。

心を広く持つ

譲り合いの心を持つための方法の最後の5つ目は「心を広く持つ」です。

心を広く持たない事にはとても「譲り合いの心」の境地には至りません。

心が広いということはそれだけ受け皿が広いという事。

物事を損得勘定抜きにして語る資格がある、という事です。

相手を受け入れる

相手を受け入れるためには心が広くなくては出来ません。

それが出来ない人にはとても「譲り合い」などという事、出来ないでしょう。

自分自身がいかに損をしようとも、いいことがないと分かっていてもそれを行える人が「心の広い人」といっていいでしょう。

譲り合いの心を持つという事は、自身の心を広くしていけるかどうかにかかっているという事ですね。

譲り合いの心を身に着ければ心に余裕が出来る!

如何だったでしょうか?「譲り合いの心」という事をテーマに取り上げ、以下の項目についてみて参りました。

・日本人特有の”譲り合い”とは?
・譲り合いの心を持っている人の13個の特徴
・譲り合いの心を持っていない人の特徴6個!
・譲り合いの心を持つにはどうしたらいいのか

という4項目でした。

そもそも譲り合いとは見ず知らずの人が気持ちを通らせてお互いの気持ちを代弁しているかのような行為です。

当然ながらそこには両者の間に「信頼関係」というものがあるはずです。

それは「挨拶」であり「感謝の言葉」というものです。

「おはようございます」「ありがとうございます。

」を自然に口から出せるような人間関係こそが望ましい人間関係の大前提といっていいでしょう。

今の時代はこういった風潮が壊れはじめてきているのかも分かりません。

何が原因でこうなってきてしまっているのか、断定するのは難しいことです。

ただ、優先座席に堂々とふんぞり返って座るような羞恥心なき行為だけは、この先もこれからもずっと「ない」社会にしていきたいものですね。