生きるために仕事をするのは当たり前。
でも、会社側に奴隷のように働かされるのを好む人っていませんよね?
でも現実問題、わたしたちが生きているこの日本では、会社に自分の人生をコントロール
されてしまっている「社畜」と呼ばれる人たちがいるんですよね。
今回は、そんな「社畜」になってしまいやすい人たちの特徴を調べてみました。
あなたや周りの人は本当に大丈夫か、チェックしてみてください!
️現代社会で問題な社畜
最近では、残業時間の規制が国によって改正されたりしましたが、それにしても現代の日本では余裕をもって会社で働いている人がどのくらいいるんでしょう??
実際のところ国の法律が変わったところで、社畜になっている人たちが減っているのか、ということはよくわかりません。
ところで、「社畜」ってよく言いますが、どんな意味なのでしょう?
「社畜」とは、会社に勤めている人が会社から飼いならされてしまい、自分の意思に反して奴隷のように働かされている人たちのことを指しています。
「会社」と「家畜」が合体した造語です。
英語圏では同じような意味として、「賃金奴隷」を意味する「wage slave」という言葉があるそうです。
よく日本人は働くために生きている、なんて言われますが、そのような「会社人間」以上に深刻で、会社の奴隷のように働らかされているということが現代社会の中でも大きな問題となっています。
サラリーマンやOLたちが、会社という機械の中に組み込まれた歯車のように、自分の意思や良心を持たせてもらうことすら許されない現実がそこにはあります。
当然、奴隷のように働かされている人たちは、疲労とストレスが蓄積し、日常生活のすべてが会社によって侵略されています。
自分のプライベートを楽しむ余裕さえ奪われてしまっているのです。
そして、もっと悪いことに精神的に追い込まれて、病気になってしまったり、最悪自分で命を絶つまでになってしまった人たちもいますね。
このことを懸念して、いろいろと社員を守ろうとする団体の働きもありますが、現実問題、一度「社畜」になってしまったら、そこから抜け出すのは簡単ではないようです。
なお悪いことに、ブラック企業の中では「社畜」がまともな社員であり、一般的な思考を持つ社員のほうが異端児とみられる傾向にもあるようです。
そのような環境の中では、通常の感覚をもって働きたいと思っていた人たちも知らず知らずに「社畜」として育成されてしまい、自分たちがしていることは「当たり前」だと感じさせられているのです。
もしかしたら、あなたの周りにも「社畜」になってしまっている人たちがいるかもしれません。
でも、自分の人生を会社に支配されて終わる・・・なんて嫌ですよね!
自分の人生はできるだけ自分でコントロールしたいものです。
では、どんな人たちが「社畜」となってしまうのでしょうか??
そこを見極めて、しっかりと自分の生活を仕事とプライベートの間でバランスをとれるような人になりましょう!!
️社畜な人の26の特徴!
「社畜」な人っていうのは、いったいどんな人たちなのでしょうか?
もしかしたら、あなたも自分が気づいていないうちに「社畜」になってしまっているかもしれません。
では、「社畜」な人の特徴を26個チェックしていきましょう。
超がつくほどの真面目
とにかく真面目な人ほど、会社の奴隷になってしまいがちです。
上司から言われたことを、100%受け止め、できる以上のことを頼まれても、それに対して異議を申し立てるより先に、「やらなきゃ!」と自分を追い込んでしまうタイプです。
普通に真面目な人、というより、”超”真面目な人なので、上から言われたことに対してまったく反抗しないわけです。
ただただそれに向かって自分を犠牲にしてまで取り組みます。
真面目なことは素晴らしいことですよね。
やはり会社側としても、真面目でしっかりと自分の仕事を果たしてくれる人を採用したいと思うものです。
でも、ブラック企業などはその人の限界を超えてまで要求してきます。
無理なことも平気で要求し、”人”としての限界なんてお構いなし。
会社としてその人を使えるだけ使うわけです。
でも、そんな企業に対してもそれを「ブラックだ!」「人権侵害だ!」という声を出さずに、ただただ従うという超真面目な人が社畜になってしまうわけです。
責任感が強い
さらに、責任感が強い人も社畜になりやすい人でしょう。
頼まれたことを最後までやる、これは社会人として当たり前のことですが、自分の限界を超えていることに関しては、無理だということを上司や周りに伝える必要があります。
しかし、責任感の強い人は限界を超えていることも「自分が全部やらなくては!」という思いから、毎日深夜まで残業をつづけ、まったく休息も取れない状態で働き続けます。
会社や上司からのOKがでるまで、自分を犠牲にして働き続けなくては、と思うわけです。
自分に与えられた仕事がどんなに無理な要求だとしてもです。
一般の感覚を持っているひとであれば、それに対して疑問を持つことができますが、責任感が強く「とにかくやらなければ!」という思いが強い人は、おかしいなと思いつつも、自分の持つ時間や労力をつぎ込んでいくわけです。
変化を恐れる
(転職をしないから)
仕事内容とか、社畜ぶりを聞いていて、「そんなブラックな企業ならさっさと転職してしまえばいいのに!」と周りは思うことがあります。
でもある人たちは、一度「ここで働く」と決めたら、ほかのもっといい居場所があることに目を向けられないというタイプの人もいます。
また新しいところで仕事をする、そこで新たに自分の居場所を築いていく、ということを恐れるのです。
つまり変化を恐れるタイプです。
そうなると、どんなにブラックだと自分でもわかっていても、そこから抜け出す気持ちや勇気ができなくて、結局会社側にとって都合のいい「社畜」と化してしまうわけです。
それに、一度社畜になってしまっている人は、心もおられているので、新しい環境に身を置くことに対する勇気や気力をなくしている場合も多く、転職ができない、ということもあります。
人の目を気にする
(内部告発を恐れるから)
人と違っていることに対して恐怖を感じたり、人の目をいつも気にしているタイプも、会社としては使いやすいといえるでしょう。
つまり、会社の暗黙のルールに対して疑問や意見を差しはさめないタイプです。
そうなると、会社として「社畜」が当たり前という風潮に逆らえるはずもなく、どんなに厳しい環境に置かれていても、文句を言うことができません。
内部告発なんかされて、自分の居場所がなくなるくらいなら、死ぬほどでもそのままあたらいているほうがいいと判断するわけです。
周りの目を気にしているなら、周りと同一化するほかありません。
だから、周りの空気に逆らえないし、「おかしいな」と思ってもそれを口にすることができずに、結局、奴隷のように働くわけです。
褒められて伸びるタイプ
褒められると、「もっと頑張ろう!」って思う人も会社側の思惑通りの社畜になりやすい人でしょう。
どんなに無理をして、どんなに体も心もボロボロになるまで働いたとしても「よくやった」という上司や会社のひとことで、また頑張っちゃう、という人は会社から扱いやすい人でしょう。
会社は、「この人は褒めとけばなんでもやる」ということをすぐに察知しますから、表向きは「信頼しているよ」とか「君だから頼みたいんだ」という、喜ばせる一言でその気にさせ、裏では奴隷として会社のためにすべてを捧げさせているわけです。
もちろん、褒められると誰だってやる気が出るし、自分の努力が報われた、と感じて達成感を覚えます。
でもそこに付け込まれて、もっともっともっと会社のために働け!という会社の言いなりになってしまうなら、社畜と化してしまうでしょう。
見栄っ張り
(寝てない自慢など)
「今日も2時間しか睡眠がとれなかった」ということを、なんだか自分の勲章のように自慢してくる人もいますよね。
自分がどれだけ働いているのか、ということに誇りを持っているわけです。
そうゆう人も、社畜になりやすいです。
馬鹿みたいに働いている自分が、じつは「すごい」と思っていて、そこをみんなに評価してもらえるポイントだと思っているのです。
だから、見栄っ張りで「全然寝ていない」アピールをしてくるタイプは、会社側としてもうまく利用すれば、奴隷にできるタイプなのかもしれません。
忙しさが善
日本の企業の中には、なぜか「忙しさが善」みたいな風潮がありますよね。
「とにかく忙しく、とにかく長時間働くのが偉い」みたいな。
そうなると、会社のために奴隷のように忙しく働くことに、どこか誇りを持っている問ことになります。
忙しく働くことが善ならば、自分のために有休をとることなんて邪悪みたいな、感覚です。
有休をとる暇があったら働け!というわけです。
有休というシステムと本来の意味を全く無視しちゃっている感覚ですが、それが日本の会社の中にあるのが事実ではないでしょうか。
会社全体がそのような考えを持っていると、その中に入った人はおのずと同じ感覚を養わされてしまいがちです。
「忙しくしていることが善」、「会社のために身を削って働くのが誇り」という感覚を植え付けられてしまうと、どんなことがあっても会社優先で物事が進んでいくでしょう。
ドM
社畜は、いつまでたっても会社に残り、夜中まで残業しています。
そんな自分を許せるのも、ドМな性格のおかげなのかもしれません。
会社のために尽くしている自分がどこか愛おしかったり、それで満足感を感じられているのかもしれません。
会社にいじめられている自分が実は好きで心地よかったりして。
つらいんだけど、そこに生きがいを感じているパターンもあるかも。
でも、それを超えると本当に体調を崩す恐れがありますので、注意が必要ですね。
【ドMについては、こちらの記事もチェック!】
怒られるのが嫌
怒られたり、いやな顔をされることが怖くて、言いなりになっている人もいます。
上司から頼まれた仕事に対して少しでも、嫌な顔をしたり、何か文句を言ったとしたら何かと言いがかりをつけてこちらが責められた、という経験をしたことのある人はとても多いでしょう。
こちらの言い分を取り合ってくれるどころか、「お前の働き方が悪い」とか「だから使えないやつは・・・」ということや、もっと悪いことに人格を否定されるようなことを言われたこともあるかもしれません。
一度そのようなことがあると、次からはもう言いなりになるしかなくなって、泣きながらでもいわれた仕事をしなくてはいけなくなった人もいます。
怒られるのが嫌な人は、常に会社は上司のご機嫌を伺いながら仕事をすることになるので、相手に容易にコントロールされてしまいます。
我慢しがち
どんなに嫌で理不尽な上司がいたとしても耐える、我慢強い人もいるかもしれません。
自分の感情や限界を自分で抑え込んで、無理しても会社のいう通りに従います。
我慢強いのは素晴らしいことだし、きっと昔から社会で働いている人はみんな我慢して我慢して会社で働き、自分や家族の生活を守ってきたことでしょう。
でも、時には自分自身のことに目を向ける必要もあります。
自分の体と心の体調を崩してしまっては元の子もなくなってしまうからです。
なんでも自分を抑え込んで我慢しがちな人は、自分の意思や限界など全く関係なく、上司の言いなりになってしまうかもしれません。
自分を「社畜」と言わない
社畜となって働いている人は、自分で「自分は社畜だ」とは言いません。
そのことに気づいていない、もしくは気づかないふりをしています。
だって、そのように働いていることが”善”であり、”普通”だという風に会社からある意味洗脳されているからです。
そして、もし社員が過労を訴えたとしても、企業側は「このくらいでブラック呼ばわりされるのはおかしい」、「お前が働かなすぎるんだ」、「過労で体や心に不調を抱えるのは自己管理ができていないだけだろ」というような強気で上から目線の発言をするかもしれません。
つまり、本当は働きすぎなのに、その人たちはそれを自分から公言しては、今度は自分が会社から”働けない人”とか”使えない人”というように、批判や否定をされる立場になってしまうのです。
それに、そのように会社のために尽くしている自分を「社畜」ということで卑下することは耐えられません。
今の自分をある意味否定するような気分にもなります。
愚痴を言う余裕もない
どんな会社に入ったとしても、愚痴というのはどんどん出てきますよね。
社員たちは会社に対する愚痴をいいながら、自分たちの職場をどのように良い環境にしていきたいかを考えているわけです。
でも、「社畜」と呼ばれる人たちに、そんな愚痴を言っている暇さえありません。
愚痴を言っている暇があったら仕事をするのです。
仕事は、いつまでたってもなくならないし、追われるだけで終わりなんてないように思います。
いくら夜中の1時だって、残業は当たり前。
帰ろうとしても呼び止められればそこからまた1時間は当たり前。
この”当たり前”という感覚を作ってしまうのが、「社畜」を製造するプロのブラック企業なのでしょう。
会社を信頼し過ぎている
どんなに激務を押し付けて来るとしても、会社を信頼し、会社を愛している人はそれを受け入れるでしょう。
だって、いくら社畜だとしても、そこに会社への情熱や希望というものを持っているなら、ある程度の満足を感じられているのです。
だから、会社を信頼している人は頑張れるわけですが、信頼しすぎていると今度は自分が会社に喰われてしまうかもしれません。
会社は、その人の会社への信頼を利用して、どんどんと時間もエネルギーも吸い取ろうとしているかもしれません。
冷静になったり、あるいは体調を崩して一度そこから離れたときに、会社の本質をちゃんと見抜け、やっと会社にそれほどのものを捧げる価値があったのか気づくこともあるようでうす。
ルールに縛られる
ルールは絶対。
この感覚を持っている人も、全部会社のいう通りにするタイプといえるでしょう。
そのルールが、よく考えてみるとふに落ちないものだったり、本当の目的はどこにあるのか
わからなくても、いくら理不尽だと思えても、「それがここでのルールだ」と言われたら、もう言い返すことができないんです。
そうなると、会社のやり方に従うしかないと思うので、結局は会社の言いなりとなって働く羽目になります。
そのルールというのは、何か規則というものに限りません。
というか、どちらかというと暗黙の了解とか、会社の空気管というものが多いでしょう。
例えば、ほかの人がサービス残業をしているときに、帰宅しようとする人に向かって「おい、空気読めよ」というような反応などです。
定時に自分の仕事を終わらせ帰ることに何の問題もないはずなのに、そのようなことをゆすせなかったりするのです。
プライベートを優先させるなんて言語道断。
ありえません。
さらに、何かちゃんとした理由があって休みを申請したときに「このくらいで休みを取るなよ」というような空気感など。
会社という神様に奉仕しているのですから、会社の空気に逆らうことなど絶対に許されないというような感覚を持っています。
頭が硬い
「上司からこう言われたから絶対にそうしなければいけない」という思いがあったり、もし上司から「そんなことをいうのは君くらいだ。
もっと社会を知りなさい」というようなことを言われたら、どんなに自分が正論を言っていたとしても、会社のいうままになる人もいます。
というか、そうしないことのほうが難しいですよね。
でも、頭が固くて「会社がこうと言ったらこう」というように、自主性がない人は社畜になりやすいといえるでしょう。
さらに、頭が固い人は新しい考え方や、新しいやり方を取り入れるのを嫌がります。
今という現状を変えることに抵抗があるし、自分が「こうだ」と思ったことに対して、人から別の意見を言われてもそれを受け入れられません。
それで、自分とは異なる価値観を否定したがります。
例えば、その社畜の価値観が今のブラック企業に作り上げられたものなら、それ以外の考えや価値観は受け入れられないのです。
というより、”罪”と捉えるようなところがあるのかも。
だから、他人から見たら「社畜」になっていて心配の意味で本人にアドバイスなどをしたとしても、それを聞き入れたり、そのことを真摯に受け止めて、一歩下がり冷静に自分を見つめることができなかったりします。
そうすると、社畜という現実から逃れるどころか、頑固に自らを会社の奴隷として縛りつけ続けるかもしれませんね。
視野が狭い
頭が固いということにも関係してくる点ですが、周りの自分たちとは違った価値観とか意見に耳を貸すことができず、違った感覚を受け止めることのできない人は、視野が狭くなってしまいます。
自分たちの今いる世界がすべてで正しい、という感覚になってしまうかもしれません。
そうなると、いくら自分が社畜になっていても、そのことに対する危機感はないので、そのまま現状を”当たり前”として受け入れています。
さらに、社畜は会社の空気とかルールというものにとても敏感で、それに自分を溶け込ませます。
そこに同一化するのです。
そうなると、自分の意見や自分個人としての考えというものを持たなくなることがあるかもしれません。
結局、独創的で自由な視点を持てなくなるので、仕事上でも独創的な発想はなく、上司の顔色をうかがいながらのだれもが考えられそうなことしか生み出すことができなくなるかもしれませんね。
休まない
社畜は、休むことを罪のように考えているところがあります。
休むことは会社への服従に反するのです。
ということで、絶対に休みません。
ずっと、どんな時も仕事をしています。
ゆっくりドリンクタイムで、リフレッシュなんて時間はないのかも。
とにかく仕事をして、仕事をして、仕事をして、自宅で仮眠をとって、また仕事です。
趣味がない
仕事が自分の人生の中ですべてになってしまうので、趣味がありません。
というか、趣味を持つ余裕さえないという人が多いのかもしれません。
逆に、自ら社畜になることを望んでいる人は、仕事が趣味のようになっています。
でももちろんその仕事は、”趣味”の範囲を超えて、奴隷になってしまっている、というのが社畜ですが。
自分のプライベートの時間もしっかりと楽しめるような働き方が多くの人にとって理想ですが、現実問題プライベートを充実させたくても、仕事にすべての時間とエネルギーを奪われてしまっている、という人は多いのではないでしょうか。
会社にプライベートも支配されてしまっているようでは「社畜」になっているのかもしれませんね。
上司の言いなり
社畜はとにかく、上司の言いなりになっています。
上司が言うから、上司が期待するから、上司が絶対的な存在なのです。
いつも上司の機嫌をうかがいながら仕事をしているので、自分の意思とかは関係なく、自分の意思や良心で仕事をコントロールすることなどできない状態です。
そうなると、どんなに自分にとって不都合だったり、嫌なことも、文句も言えず、ただただ会社の歯車となって働くしかないんですよね。
「辛い・・・」なんて文句を言えるような関係ではないんですね。
まさに、奴隷と奴隷管理者というような関係になってしまっています。
評価を異常に気にする
会社からの評価を以上に気にしている人も、社畜になりやすいでしょう。
評価を下げるような言動は絶対にしないので、会社や上司に逆らうことなどできません。
それに、会社の空気の中に自分をいかに溶け込ませて上司たちから気に入られるかを考えている人も、言いなりになってしまいますね。
もし、会社の風潮と少しでもずれたことをしたり、会社に対して文句などを言って、自分の評価を下げてしまうくらいなら、死に物狂いで働くことを選ぶのです。
人の目を気にしている、ということと似ていますが、もっと会社の中で自分の居場所を確定したいという気持ちが強い人は、なおさら社畜となりやすいでしょう。
残業する自分が好き
自分の残業ぶりを自慢するタイプも社畜です。
口では、友達などに残業時間や休日出勤についてや、「この前も3時まで帰れなくてさ~」と嘆いているのですが、心の中ではそんな風に会社で活躍している自分が好きで、自慢しているという具合です。
「こんなに残業した自分ってすごい!」、「社会人として認められているよね!?」というような承認欲求を満たそうとして、他人に自慢するのかもしれません。
結局、残業する自分が好きな人は、連日残業続きということが一つのデキル社会人としてのステータスのように感じているところがあるのかもしれません。
だから、とても忙しい中でも仕事をさらに与えられた時にも喜んでそれを受け入れます。
会社に必要とされて、評価されていることを、”残業時間”という中に見出しているのかもしれませんね。
理由なく貯金する
社畜は、なんとなく貯金している人が多いようです。
社畜として働いている以上、ある程度はお金が入ってくるのですが、将来の不安はなくなりませんし、お金の心配もあります。
ただ、一応お金が入ってくるので、”将来の心配=貯金”という考えになっているのです。
それで、ただただ具体的なプランなどはなく、取り合えず貯金をしている人たちも多いようです。
それに、仕事で毎日はいっぱいいっぱいだし、仕事をしている自分に満足している人なら、プライベートでどのようにお金を使っていいのかわからないし、明確な目的も見つからない、ということもあります。
それで、理由もなく貯金をしていて、突然車などを大きな買い物をする、ということもあります。
別に特に必要もないのですが、良い車を持っていることでさらに自分のステータスを上げる、という簡単に言うと見栄により、車などの目に見える財産を得るのです。
そして、その出費を補うためにさらに仕事をして社畜化が進むこともあるようです。
食事に気を遣わない
仕事にすべてをささげているので、ゆっくり食事を楽しむ時間なんてありません。
基本的に食事は10分ほどで終えられる店か、コンビニ。
栄養とかよく噛むとか、そんなことよりも、仕事のことで頭がいっぱい。
ゆったり一旦仕事からは離れて、お茶を飲みながら食事を楽しむなんて時間の無駄に思えてしまいます。
食事よりも仕事、それは彼らにとったら当たり前の日常なのです。
仮眠が得意
社畜は、仮眠が得意なんです。
思えば、3日も自宅に帰っていない・・・。
気づけば職場で寝泊まりができるように、簡単な毛布や洗顔用具が持ち込まれているかもしれません。
自宅に帰って、ゆっくり1日を振り返り、家族と一緒に時間を過ごして1日を閉じる、なんて久しくしていない、という人もいます。
とにかく、仮眠をとりながら、エンドレスの仕事をしているのです。
本当に体と心の健康が心配ですが、それも”当たり前”になっていると、本人は何の疑問も持たずにそれをやってのけていたりします。
思考が停止している(現状に不満を持たないこと)
社畜の思考は、今目の前にある仕事にのみ使われています。
それで、現状に不満や疑問を持つことすらなくなってしまっているのかもしれません。
一般的な感覚や思考はもはや停止し、考えることなくあっという間に1日が過ぎているのです。
仕事に没頭するのはイイコトですが、現状に不満や疑問を持てないほど、思考がもうろうとしているのはどうなんでしょうか?
それでも元気な人はいいですが、そこまで精神的に追い込まれているとしたら、とても危険ですね。
自分の心配より会社の心配
なんといっても、会社は自分のすべて。
神様みたいになっています。
だから、自分のことよりも会社が何より心配で、会社にすべてをささげています。
自分の働きに見合った給料をもらうのは当たり前で、そうする権利があるにも関わらず、会社の売り上げが落ち込んでいたり景気が悪化したときに、なんと自分の給料がちゃんと払われるかよりも、会社の資金繰りについて心配していることがあるかもしれません。
自分と家族のために会社の資金繰りが心配というのは当たり前ですが、それよりもまず、会社がどうなってしまうだろうか、ということが心配で、自分がどうにか犠牲になっても会社のために何かしなければと思うほどになっているとしたら、もはやその人が「社畜」という立場から抜け出すのは簡単ではないでしょう。
だって、会社に専心しちゃっているもの・・・。
️社畜は自分とってマイナス!
会社に自分の人生のすべてをささげている「社畜」。
仕事は人間としての生きがいであるとはいえ、一歩間違うと、自分の人生をすべてコントロールされてしまうことになりかねません。
会社が「社畜」を製造するプロだとしたら、その中にいるうちに自分の感覚や当たり前の働き方というものも影響されて、知らず知らずに社畜となっていることもあるでしょう。
でも、もしそのままにしていると、自分の身体的・精神的な健康を損なってしまうこともあります。
それでは、人生は台無しになってしまいます!
仕事が自分にとってマイナスだけのものになってしまわぬように、自分で自分の働き方をある程度コントロールできる強さや、よい環境を見つける努力をすることができるでしょうか?
簡単ではないのが現実だし、みんなが社畜になることを嫌がっているわけでもないので、そうする必要はないでしょうが、もし社畜になっている人がいるなら、ちょっと立ち止まり、今の自分の働き方のままでこれからずっと大丈夫なのか、考えてみるのもいいかもしれませんね。