今回のテーマは身近でありながらも、実はかなり深いテーマです。

「ルール」これなくして人は人でいられません。

そしてどうやら動物にもルールはあるようで、決めたわけではなく本能的にそれを察知してるのでしょう。

生きとし生けるものに対して必要なもの、それがルールです。

ルールは原則として絶対に守らなければいけません。

でも、よくよく思えば不思議なものでもあります。

意図的に決められたわけではないのに、なぜか勝手に作られているルールというものもあります。

自分が自分に対して作った「自分ルール」というものありますよね?

今回は、そんなルールの不思議、ルールを守る理由についてご紹介したいと思います。

️ルールってなんであるの?

イメージしてみましょう。

ルールがない世界を…。

ええ、そうです。

世界は血まみれですね。

戦争や犯罪など、暴力しかない世界になってしまいます。

ルールとは人の心に制限をかけるものです。

人の心は喜怒哀楽が根底にありますが、その中でも「怒」と「哀」が持つパワーは非常に強力です。

当然人は誰もが喜び楽しみたいと考えています。

そしてできる限り、怒りと哀しみをなくしたいですよね?

でもなくせるものではありません。

それら四つの要素は絡まり合って一つとなっているようなものです。

にも関わらず、怒りと哀しみという負の感情は主張が強く、それ一色に心を染めてしまうほどの影響力を持っています。

他人に対して、社会に対して、自分に対してですら「怒りと哀しみ」は向けられます。

その時、対局にある「喜びや楽しみ」の力は些細なもので、「負」の渦は全てをなぎ倒してしまうでしょう。

そういった台風のような勢いを制限するもの、それがルールです。

️ルールを守るべき10個の理由

それでは、ルールとはなぜ守らなければいけないのか?

その理由を挙げていきたいと思います。

公共の場、プライベート、どちらにおいてもルールは順守するよう心がけましょう。

秩序を保つことができる

まさに法律の意味がこれです。

秩序なくして世界平和もありません。

世界大戦のような悲劇は絶対に繰り返してはいけません。

法を守り、社会に平和と秩序をもたらすことは人間が生きる上で必要不可欠です。

悲しいことに実際には毎日このルールは心無き悪に破られています。

平和と秩序を乱された被害者の無念は癒えることがありません。

一部の悪が、とてつもない混沌を引き起こしているのですが、どんなに法を強化しても、いたちごっこで、社会の端でその悪は息をひそめて、じっと機会を伺っています。

日本はこれでも治安は良い方なので、より良い秩序を保つため、国民全員で法を順守したいものですね。

平和な環境になる

心の欲求に制限を設けるのは、時と場合によってはストレスに感じることがあるかもしれません。

でも、一人一人がルールを守らなければ安心、安全な平和は訪れません。

たった一人の無粋な行動が、社会全体を揺るがすことにもなります。

例えば、食品を管理する職場で、たった一人が衛生面のルールを破ったとしましょう。

それだけで、たくさんの人が食中毒になるかもしれません。

商品を回収し、赤字になり会社が潰れるかもしれません。

会社が潰れたら、働いてる人達は家族を守ることができなくなります。

当然自分も職を失うことになります。

たった一人の些細で無責任な行動が、こうした大きな悲劇に繋がることも大いにありえます。

平和を維持するには、一人一人が意識してルールを守らなければいけません。

「自分が守らなくても大丈夫」と油断していると、痛い目に合うかもしれません。

起きてからでは遅いので、日々、些細と思えるルールもきちんと順守しましょう。

信頼される人になれる

ルールを守る人は自己管理を徹底している人でもあります。

単純な話で、約束を守る人は信頼され、守らない人は信頼を失います。

まあいいやと自分に甘い人ほど、ルールもおろそかで、そういった部分は案外他人に見抜かれてるものです。

自覚がない人ほど、自己管理は甘くなるようですね。

理由は分からないけれど、なぜか人から敬遠されていると感じた場合は、まず自分が身の回りにある身近なルールを守れているか確認してみましょう。

身近なルールほど、扱いが雑になりやすいので、注意しましょう。

社会に出る訓練になる

もし学生ならば、いずれ必ず出ることになる社会での予備訓練にもなります。

ルールを守るのは、窮屈に感じることが多いのも事実です。

ルールが厳格な会社勤めは、学生時代には味わったことがないストレスを感じるでしょう。

それまでは実家で、何もしなくてもご飯が出てきたかもしれませんが、一人暮らしすればそんなことはありえません。

社会に出てからは、お金という厳格なルールが設けられます。

これによって感じるストレスは、実家で暮らしていた学生時代では想像もできないでしょう。

両親に頼らず、家事を自分でやるなども、ちょっとした訓練になりますね。

身の安全を守れる

ルールを守れば、自分の身も守れます。

例えば、立ち入り禁止の危ない場所には近寄らない、などですね。

自分は大丈夫と思っている人ほど、油断して事故にも遭います。

危険性があるからこそ、立ち入り禁止というルールがあるのです。

それを守らなければ当然事故に遭う確率は高くなります。

事故が起きてからでは笑い話では済みません。

後悔しても遅すぎます。

安全を確保できない場所でのルールは絶対に守るようにしましょう。

生活がより良くなる

さっきの自己管理ですね。

自分ルールとも言うべきものです。

自分自身にストイックなルールを設け、実践するように努めるという方法はアスリートっぽいですが、一般人にも充分価値がある方法です。

生活全体に無駄がなくなり、怠慢を防ぐことに繋がります。

人の心とは弱いもので、きちんと管理しなければすぐに、楽な方へ行きたがるものです。

そしてその方向は、あまり良い結果をもたらしてはくれないでしょう。

生活を良くする、人生を良くするということは、自分を律しながらいばらの道を歩くことによって初めて手に入れられる感触です。

楽ばかりしていたら、免疫がなくなり、辛い時にすぐ逃げ出してしまうでしょう。

それでは良質な結果を生むことはできません。

日中仕事してる人が、個人的に何かを勉強したいと思ったとしましょう。

勉強もまた継続して意味があるものです。

たまたま時間がある時に勉強するか?

それとも帰宅してから毎日勉強するか?

当然効果があるのは後者ですよね?

その為には、自分でルールを設ける必要があります。

帰宅時間を想定して、夕飯食べて、お風呂に入って、次の日に備えてきちんと睡眠時間も確保する。

その上で自分に残された時間は現実的にどれほどあるのか?

それを正確に分析して、「残された時間は勉強に充てるルール」を自分で設けなければいけません。

それはルールとしてはストイックなものですが、そこまで徹底してやらないと、日々の疲労に敗北し、勉強することはまずないでしょう。

その自分ルールを日々のルーティンにすれば、生活に張りがでて、ダラダラと過ごすこともなくなります。

油断やスキが生まれるのを防ぐ

ルールを意識して自己管理するということは、常に気持ちを張ってアンテナを立てているとも言えます。

集中力を高め、維持していれば当然油断もしませんし、隙も生まれません。

仕事においてもうっかりした凡ミスをすることもそうそうないでしょう。

自分ルールでも、社会ルールでも同じですが、それを守ったうえで行動するという意識は、心にハリと弾力を与えます。

そのハリと弾力は、心の秩序を維持してくれます。

心が理路整然としていれば、このストレス社会にも強気で立ち向かうことも可能です。

逆に心がハリと弾力を失いカサカサに乾いているのなら、社会という大きな荒波に飲み込まれることにもなります。

それはストレスに負け、人生を悲観的に見ることにも繋がってしまいます。

ルールを順守するということは、心の平穏を維持する、とも言えるでしょう。

孤立や迫害を避ける

ルールを安易に破る人は、当然冷やかな視線で見られます。

組織においてルールを守れない人は、本人の自覚無自覚関係なく、信頼を失いいつのまにか孤立しているでしょう。

一度その境遇に陥ると、そこから抜け出すことは用意ではありません。

失った信頼を取り戻すことは簡単にできるものではありませんから。

もしその人が組織で、立場が低い人であれば、迫害されることも充分にありえます。

「あの人、好き勝手やって全然ルール守らないんだよね」という噂は瞬く間に広がり、悪評が浸透してしまいます。

どんなに仕事をがんばっても、悪評がある人は相応の評価はされません。

「自分はこんなに仕事をやっているのに、どうしてこの程度の評価しかされないんだろうか?」と思ったのなら、仕事以前のことに目を向けてみましょう。

何かしらのルールを破っている可能性が高いです。

実務は、最低限のルールが守られて初めて評価に値するかどうかの査定が行われます。

よく言われる「仕事以前の問題」とは概ね組織におけるルールが守られていないことを指しています。

ルールの形骸化を防ぐ

実際にはあまり意味がないルール、というのもあります。

あってもないようなルールですね。

守っても守らなくてもあまり変わらないように思えるルールは、もうルールと呼べるものではありません。

なんとなく守られ、なんとなく破られているルールであれば、もう撤廃してしまった方がよいでしょう。

例えば会社で、元々は重要な連絡事項を共有するために行われていた朝礼が、いつのまにかただの儀式的なものになり、重要事項も特になく、なんとなくただ行われているという場合は時間の無駄です。

それであれば朝礼をなくし、すぐに業務に取り掛かった方が効率的です。

これは重要事項の共有がルールだったのに、いつの間にか朝礼自体がルールになってしまったことにより、形骸化し、意味のないルールになってしまったのですね。

ルールの形骸化を防ぐには、元々のルールを継続して順守しなければいけません。

重要事項の共有がルールならば、その場で必ずそれを共有しなければいけません。

どうやら、会社では意味のない朝礼や意味のない会議などが、まだまだ横行しているようです。

円滑な人間関係の形成

人間関係においては、距離感もルールのうちでしょう。

人の心に土足で上がるような無粋な人もいますが、そういう人は嫌われてしまうでしょう。

ルールやモラル、マナーをきちんと守り、適切な距離感を保てれば、円滑で良好な人間関係を築くことができるでしょう。

逆にそれらが守られなければ、信頼も失い、孤立し、人間関係で苦しむことになります。

人間関係がうまくいかないという人は一度、こういった視点で考えてみるといいかもしれません。

「どうして自分は人間関係をうまく築けないのか?何かのルールを破っているのか?」という視点ですね。

性格の良し悪し、相性などは、それらのルールが守られてから初めて問題になるものです。

言い換えれば、ルールさえ守れていれば、そこまで人間関係で悩むことはない、ということです。

大人であれば、ルールが守られていれば、ある程度の人間関係は築けるはずです。

社会では、個人の好き嫌いという趣向は人間関係においてあまり関係ないのかもしれませんね。

️ルールは変化していくもの

社会も個人も時とともに変化していきます。

それと同時にルールも変化していきます。

さっきも書きましたが、タバコにおけるルールはこの数年で顕著に変わりましたよね。

十年ほど前では、誰もが当たり前のように歩きタバコをしていたようです。

もちろん本来の意味を失い形骸化したルールもたくさんあるでしょう。

ではそういったルールにはどう対応すればよいのでしょうか?

間違ったルールも世の中にはある

ルールは順守しましょう!!と言いながらも、間違っているルールもたくさんあります。

なぜそんなルールが、いまだにルールとして成立しているのか、理由は不明ですが…。

当然それが法律ならば、間違っていようと順守するしかありませんが、公共の場でのルール、プライベートのルールでは、何も考えずにルールだから守ろう、というのはいささか安易です。

そのルールの意味と目的は常に考えなければいけません。

無条件でルールだから守るという姿勢では、あまり意味がないでしょう。

その間違いに気づくことも大切

そのルール自体の意味と目的、それを守った結果どうなるか?を考えて、明確な答えが出ない場合は、そのルールが矛盾していることもありえます。

昔からあるからなんとなくルールとして残っている、ということもあるので、今でもそのルールは必要なのか、個人で追及していくべきでしょう。

意味も目的もすでに失い、それを守ることでのメリットもまったく感じられないならば、それはもうルールと呼べるものではありません。

撤廃し、新しいルールが必要となるでしょう。

そうしてルールが変わっていく

そうして古いルールは変わっていき、新しいルールが生まれます。

そしてそれを順守することになります。

ルールは守らなければいけないものではありますが、ただ守ればいいというものではありません。

きっと組織が大きければ大きいほど、形骸化したルールが残り続け、意味もなくなんとなく守られている、ということがあるでしょう。

会社であれば、そこはトップの人がルールを作り替える必要があります。

人は新しい変化に応じる時、条件反射で否定的な態度をとるものです。

前の方がよかった、今のはあまり意味がないなど、初めから好意的に迎えることはあまりないでしょう。

ただし少し時間をおいてから、それらを眺めると案外すぐ馴染みます。

人間には適応力があるので、変化にもいずれ対応していきます。

その変化が「新ルール」であれば、すぐにでも適応し、順守する必要があります。

意味と目的を見つめ、順守することで得るメリットは一体何なのか?

変化に応じる時こそ、根本的な部分に着目しましょう。

身近なルールといえば…


ルールとは至る所に存在しています。

言い換えれば至る所で制限しなければいけないほど、人の心は脆く、危ういものなのです。

法律

社会の秩序を守る為の絶対的ルールが法律ですね。

これなくして社会は成立しません。

そして守らない人は厳しく罰を受けることになります。

欲求とは不遜なもので、尽きることがありません。

次から次へと人の心は何かを欲します。

愛に飢え、お金に飢え…たったこれだけの欲で人はあっさりと犯罪を犯してしまうこともあるのです。

残念ながら法律を無視して、欲求を満たそうと考える悪はいつの時代にも存在し、人類の愚かな歴史を物語っています。

世界規模の法で制限してもなくならない戦争や紛争、毎日のように起こる殺人事件など、悪しき欲求は留まることを知りません。

抑止力として法律が行使されていても、時としてそれを上回るほど「怒」と「哀」の力が強大ということですね。

法律は社会の秩序を守る為の必須ルールです。

絶対に守りましょうね。

会社の規則


会社内も一つの独立した社会です。

ここでも秩序を守らなければいけません。

当然ですが、出勤時間なども秩序を守るルールです。

それらのルールを守らないと、罰せられるというより、普通に上司に怒られますね。

とはいえ、会社におけるルールは非常に流動的で、時として都合よく使われたりします。

忙しいから休憩がとれなかったなどですね。

休憩も本来ルールとしてとらなければいけないものですが、忙しいととれないといったことがよくあります。

会社の状況が優先される都合のいいルールというわけですね。

極端に会社優先のルールが多いと、そこはブラック企業と呼ばれることになります。

家族ルール

誰が決めたのか分からないほど自然に作られたルールが家族間のルールでしょう。

テレビのチャンネル権はお父さんが持っている、お風呂は娘が先に入る、夕飯は家族そろって食べるなど、その家独自のルールがあるようですね。

小さい頃など特に自分の家のルールが不思議で、つい友達の家のルールと比較してしまうものです。

余談ですが、僕の家では小学生の頃は「21時には寝なければいけない」というルールがありました。

おかげで21時以降のテレビが見れず、次の日友達との話題についていけないという悲劇が毎日のように繰り広げられていました。

学校の校則

髪を染めたらいけないなど学校にもルールがあります。

そして学生は一度はその校則に反発したくなるものです。

思春期におけるルールは、制限というより「強制」に感じられることが多いので、つい反発したくなりますよね?

制服をちょっとやんちゃに気崩したりなど、今思うと些細な反抗なのですが、それもまた青春の特徴ですね。

でも、ルールですから、本来守らなければいけません。

バイト先のルール

バイトとはいえ、仕事をする場所ですから責任と秩序は守らなければいけません。

ドレッドヘアーでファンキーな人がコンビニでレジを打っていてることはなかなかありません。

当然遅刻、当日欠勤は厳禁です。

アルバイト全員がルールを無視していたら、お店であれば潰れます。

会社員と違って、アルバイトというと、どうも無責任になる人がいるようですが、絶対にいけません。

家族を守る為に必死で働いている社員もいます。

お給料をもらうのですから、その場所でのルールを守る責任があります。

部活やサークルの決まり

運動部であれば、声だしの仕方などもルールですよね。

毎週何曜日にサークルの全員が集まって何かをするというのも決まり事です。

部活やサークルでは団結心を高めるためにルールを設けることが多いですね。

一方で、そんなルールに縛られたくないという人もいます。

いわゆる帰宅部のエースですね。

社会に出れば当然ともいえるルールでも、思春期は縛られること自体に嫌悪を感じることが多いでしょう。

学生ならではのストレスかもしれませんね。

お店でのルール

高級店では、フォーマルな格好でなければ入れないお店などもあります。

事前予約必須やいちげんさんお断りのお店もあります。

お金を払ってるんだからお客さんの自由というわけではありません。

郷に入れば郷に従えということわざがあるように、そのお店に入ったのなら、独自のルールに従う必要があります。

もし「お金を払ってるんだからこっちの自由だ!」という乱暴なお客さんがいるならば、出禁ということもありえます。

お客さんにもルールとマナーがあるのです。

公共の場でのルール

最近はタバコに関してのルールが極端に変化しましたね。

禁煙化が進み、喫煙者には辛いご時世になっているようです。

歩きたばこなどはもってのほかで、喫煙スペースを探すのも一苦労です。

それはもう法律として定められていますが、公共の場では法律になっていないルールもたくさんありますよね。

例えば、電車内での通話はご遠慮くださいというルールです。

マナーともいえるルールですね。

たまに見かけますが、中には全く気にせず大声で通話を続けてる人がいるのは驚きますね。

「空気読もうよ!!」と誰もが冷たい視線を送っているのも気付かず通話を続けます。

公共の場ではこうしたマナーに近いルールがたくさんあります。

法で裁かれるものではありませんが、公共ですから、全員が気持ちよく利用できるように心がけましょう。

友達関係のルール

これは暗黙のうちに成立してるものですよね。

友情というのも非常にナイーブですから、このルールを守らないと関係にひびが入ったりなど、なかなかに危ういものです。

男同士ではそこまでではありませんが、どうやら女子の友情におけるルールは軽視できないことが多いようです。

特に学生は、けっこう神経質にルールを守らないといけないみたいですね。

男は理屈、女は感情、などとよく言われますが、感情で友情の形が変わったりしたら、もう大変です。

例えば、彼氏なんていらないよね?と言ってる女子高生が三人いたとして。

何かの拍子で、一人の子に彼氏ができてしまった、と。

彼氏は作らないのが「三人のルール」だったのに、それを破ってしまった一人は…祝福されないかもしれません。

裏切者と思われるのでしょうか。

恋人関係のルール

これもまた暗黙のうちに成立してることが多いですよね。

友人の女性からこんな話を聞いたことがあります。

お互いにプライバシーを尊重するという暗黙のルールで、交際を始めた二人。

具体的な暗黙のルールで「お互いのスマホは覗かない」というものもあったようです。

なるべく束縛をしないという方針だったのですね。

あの時はお互いを信頼してたから、特に言葉でルールを設ける必要もなかったと後日彼女は話していたのですが…。

ある時、彼氏が妙にスマホの画面の角度を気にしながらスマホをいじっていて、それがあまりにも不自然な雰囲気だったので彼女は暗黙のルールを破り、つい質問したそうです。

「誰と連絡とってるの?」

「え?友達だよ?なんで?」

「なんか変だよ」

「そんなことないよ」

その時、彼氏はプライバシーの尊重という「暗黙のルール」が破られたことに、やや嫌悪感を示したらしいのですが、彼女にとってはもうそんな状況ではありません。

ルールを破ったついでに、率直にスマホ見せてと彼女が言うと、押し問答の結果、彼は浮気を告白、結果二人は別れてしまったという話です。

あまり言葉でルールを設けるのも、どうかとは思いますが、やはり「暗黙」では信頼に欠ける場合もあります。

大切なことはきちんと言葉で伝えて、お互いに納得のいく交際がしたいものですね。

️この理由を知ればルールを守る大切さが分かる

社会の秩序、人間関係などを、整理整頓してくれるものがルールです。

ルールさえ守っていれば、身の回りのことは最低限、良質な状態で維持することができるでしょう。

守らなければ、どんな災難が降りかかってきても、文句も言えません…。

孤立、嫌悪、ストレスなどの災厄は、あっという間に降りかかってきます。

ルールの意味と目的を理解して、安心安全で、平和な日常を満喫しましょう!