日本には、古くから伝えられている四文字熟語があります。

これは中国から伝えられたものが多く物事を短い言葉で表したり比喩表現のように使用します。

そんな中でも、多くの方が知っている言葉の中で「美人薄命」と言われているものがあります。

これは、その言葉のままに美人の人は早く死ぬと言う意味があります。

昔は、今の時代に比べて短命でした。

その中で、病弱な方は色が白く痩せて見えたとも言われています。

美人と言われる事は嬉しい事ですが、それが短命と繋げられてしまうと褒められているんだか何だか分からなくなってしまいますね。

美人ではありたいものの、何事も健康第一です。

多少太っていたとしても元気な方が魅力的な人になる事が出来るでしょう。

現在は昔とは全く状況が違うので、病弱な人が美人と関連づけて考えられる事も少ないでしょう。

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美人薄命の語源は?


「美人薄命」の語源は諸説あります。

一番有力な物は、中国北宋の詩人であった蘇軾という人が、「薄命佳人」という歌を詠んだ事だと言われています。

これが最初と言われており、その後、多くの詩文に「佳人薄命」という言葉で「美人薄命」と同じ言葉が利用されていました。

現代の中国では「紅顔薄命」という良い方も残されています。

これは、赤い顔という意味ではなく、「美しい顔・整った顔」などという意味が含まれた言葉です。

現代での世界で生きる美人の方々は、昔の様に短命ではない場合が殆どです。

周囲からの注目もあり、自己管理をしっかり行っているため、むしろ健康的であり長生きの場合もあります。

現代では美人薄命の意味を「美人としてほめそやされる期間は短い」などと揶揄して使用されている場合もあります。

確かに、若い頃の輝きは、時と共に無くなってしまう事でしょう。

しかし、それを「薄明」と表現されてしまうのはいかがなものかとも思います。

それだけ、男性の方々の美人に対する希望が強いという結果としてもとらえる事が出来るでしょう。

因みに、「美人薄命」という言葉の語源として月下美人という花が関連しているという話もあります。

夜間に花を咲かせるその植物は、朝には花がしぼんでしまう為、花の命は短い=美人薄明と関連付けられた結果のようです。

しかし、原産国がメキシコである月下美人が日本に入ってきたのは江戸の頃です。

その為、より古い歴史をもつ中国の説と比べると、説得力は弱いでしょう。

元々は「佳人薄命」だった

今では、「美人薄命」という言葉が当たり前の様に使用されています。

しかし、実はこの言葉は後から出来た言葉であり先に使用されていた言葉は少し違う言葉なのです。

先に使用されていた言葉は、「佳人薄命」という言葉です。

佳人という言葉は「かじん」と読みます。

元々古代中国では「美人」と言う言葉は、「美丈夫」として男子に使用されていた言葉でした。

それに対して、佳人は今の「美人」と同じように美女を指す言葉として利用されていました。

また、それだけではなく、理性や知性と言った内面的な美しさや品格も備わっているような女性の事を指しています。

「佳人」おいう言葉が広く広まったのは、蘇軾と言う詩人が作った「薄命佳人詩」というものであり、美人薄命の語源としても知られています。

今の時代では、佳人という言葉の意味を知る人も少なくなってしまいました。

しかし、それらの意味をしっかり知る事によって更に言葉の面白さなどを感じる事が出来るでしょう。

語源や気になる言葉の意味は、セ局的に調べて自分のものにしていく様に心がけていきましょう。

美人薄命の人物たち

「美人薄命」と聞くと、そんなわけない。

今はそんな時代ではない。

と思う人も居る事でしょう。

しかし、実際若くして亡くなった美しい女性の方々が多く居ます。

人気絶頂の時期に亡くなってしまったからこそ、今でも伝説として語り継がれている方々も多く居ます。

今回は、そんな「美人薄命」の方々のごく一部をご紹介させて頂きます。

どの方も美しく、早くに亡くなってしまった方ばかりです。

彼らの死を悼むと共に、その功績を振り返ってみる事にしましょう。

日本の方の美人薄命

まずは、日本人の方々です。

世代が違ったとしても、伝絶として語り継がれているような人の事は多くの方が知っている場合もある事でしょう。

何十年も昔の写真でさえ、今もなお洗練された美しさを見る事が出来ます。

夏目雅子さん

夏目雅子さんは、1957年12月17日に誕生し、1985年9月11日に僅か27歳という若さでこの世を去ってしまった女優さんです。

現在では、「伝説」とは名ばかりの方々が多く登場していますが、彼女こそ本当の伝説です。

昭和の時代に生きた彼女ですが、今もなお多くの方々の記憶に残された女優の一人です。

芝居にかける熱い思いとしても有名な彼女でしたが、デビュー当時はお芝居の経験が無かった事もあり監督からダメだしされる事も珍しい事ではありませんでした。

その悔しさをバネに、日々努力をし続ける事で、昭和のトップ女優としての地位を確立して行きました。

あっと言う間に大スターの地位を確立した彼女ですが、人柄はとても気さくでホームシックにかかってしまった子役の子供たちと一緒にお風呂に入るなど当時の女優としては考えられないような行動を取った事でも知られています。

大変美しく、性格も良かった事でも知られている夏目雅子さんですが結婚のお相手はなんと略奪婚なんだとか。

7年もの長い不倫の末に再婚を果たしたそのお相手とは、わずか1年しか一緒に過ごす事が出来ませんでした。

しかし、その最後の時だけでも好きな人と一緒に過ごす事が出来たのは幸せだったのかもしれません。

夏目雅子さんの死因は、急性白血病です。

若くして発病してしまった事もあり、急速に進攻してしまったと言われています。

本田美奈子さん

本田美奈子さんは、1967年7月31日 に生まれ2005年11月6日、満38歳で亡くなりました。

1985に年東芝EMIより「殺意のバカンス」という曲でデビューした彼女は、瞬く間に新人賞を総なめにしました。

翌年には、ファーストコンサートを武道館で行うなど、一躍トップスターとなっていきました。

ソロ活動だけではなく、バンド活動を行うなど多くの活動をしてきた彼女は新たな挑戦として1992年の「ミス・サイゴン」のオーディションを受けます。

この時に、応募したのは主役のキム役です。

12000人が応募し、大変高い倍率だったこの役を彼女は見事自分の物とします。

その後、1年6ヶ月のロングランを終え、彼女のミュージカルスターとしての才能が開花して行きます。

「レ・ミゼラブル」や「屋根の上のバイオリン弾き」・渡辺謙さんが海外公演した事でも知られている「王様と私」など、様々な話題作に出演し高い実力を誇ってきました。

また、2000年にはシドニーのオペラハウスでのイベントに参加するなど世界的にも知られる存在となっていきました。

そんな何もかもが順調だった、2005年に彼女を突然病魔が襲います。

急性骨髄性白血病と診断され、仕事を全てキャンセルしすべての時間を治療にそそぎ治す為の努力を続けてきました。

しかし、その願いはかなわず、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

彼女が歌った、アメイジンググレイスと言う曲は、今でも使用される事が多くそれを聞くたびに彼女の歌声を思い出す人も多く居る事でしょう。

坂井泉水さん

坂井泉水さんは1967年2月6日に生まれました。

20代前半までは、その美しい美貌を生かして、モデルやレースクイーンと言った華やかな活動を行っていました。

しかし、当時から歌手になりたという希望を持っておりその夢がかない、1991年2月に「ZARD」のボーカルとして活動を始めます。

その後は、ミリオンヒットを多く記録し瞬く間に日本を代表するアーティストになっていきます。

レースクイーンをしていたとは思えない程、あまりメディアには出歌手活動に専念してきます。

そんな彼女は元々多くの持病があり、子宮筋腫、卵巣のう腫、子宮内膜症など、様々な病気と闘ってきました。

そして、ついに39歳の時にし子宮頸がんとなり全摘出を行います。

しかし、その覚悟もむなしく翌年には転移が見つかり入院していた病院の非常階段から転落して亡くなりました。

多くの方が楽しみにしていた復帰はかなわぬものとなってしまい、日本中が悲しみに包まれました。

彼女の死は、うつ病のせいと言われたり極度に痩せてしまった為に起こっためまいが原因など、様々な理由が言われておりましたが警察は、事故死と判断しました。

真相は闇の中です。

大原麗子さん

大原麗子さんは、1946年11月13日に和菓子屋の娘として誕生しました。

当時、お父さんは男の子が欲しかった事もあり大原さんに手を挙げる事もあったそうです。

そんな事もあり、大原さんは実の父を恨んでおり実家とは確執があったと言われています。

昭和を代表する作品として知られている「男はつらいよ」シリーズなどに出演し、女優として人気を誇っていきました。

その後、渡瀬恒彦さんと結婚するものの、わずか5年という短い期間で別れる事となってしまいました。

その後も売れっ子女優として活躍していた彼女ですが40代に入ると仕事が激減してしまいます。

突発的に行った整形手術で失敗し、仕事は更に無くなってしまいました。

晩年は、持病であった難病のキランバレー症候群が再発したと言われていたが、さだかではない。

死後2週間たってようやく発見されるなど、孤独な生活を送っていました。

岡田有希子さん

岡田有希子さんは、1980年代に活躍したアイドルです。

『ユッコ』の愛称で多くの方に愛されていた彼女が、わずか18歳という若さでこの世を去ってしまいます。

自殺という形で幕が降ろされた彼女の人生は、多くの方に衝撃を与え、彼女の後を追って自殺する若者まで居たほどでした。