誠心誠意と聞くと、ちょっと重いと感じる人、中には、そんなのダサい、なんていう人もいるようですが、やっぱりこれがないと、人生上手くいかないなと思います。

誠心誠意な姿勢が伝わる人の特徴には何があるのだろうか?と考えてみました。

そして、12個の特徴があるのではないかな、と私なりの結論に達しましたので、ご紹介します。

誠心誠意な姿勢が伝わる人になろう!

誠心誠意な姿勢があったとしても、それが人に伝わらなくては残念ですよね。

人に伝わらなくても意味はおおいにありますが、伝わった方がいいものです。

人に伝わらなくてもいい、という理由は、誠心誠意は自分にも伝わるからです。

有言実行と不言実行、どちらがいいのか?という質問と同じかもしれません。

同じ実行できるなら、有言のほうがいい、という人と、不言実行の方がいいという人がいますね。

ちなみに、話しは少々ずれますが、私は不言実行の方が好きです。

ということは、誠心誠意も伝わらなくてもいい派か?と聞かれそうですが、それはやっぱりというか、絶対伝わったほうがいいものです。

誠心誠意とは?

誠心誠意って、いったい何でしょうか?

誠心誠意は、ビジネスの世界でよく使われる言葉です。

政治家もとてもよく使っていますよね。

誠心とは、偽りのない真心という意味、誠意は、私利私欲を持たず、正直に事に当たるという意味を持っているのだそうです。

ということは、誠心も誠意も同じような意味だということです。

同じような意味をふたつ重ねるからこそ、強調されて強く主張して、訴えかける力も強いのですが、だから、使う人間や使い方によっては、くどく、うさんくさく聞こえるものなんだな、とも思ったのです。

うさんくさいというとちょっと語弊があるかもしれませんね。

誠心誠意がない人が誠心誠意という言葉を発したときに、違和感を感じやすくなるという意味です。

辞書的な意味

そして、誠心誠意の辞書的な意味をgoo辞書で調べてみました。

このうえないまごころ。

まごころのこもるさま。

打算的な考えをもたず、まごころこめて相手に接する心をいう。

そして、嘘偽りなく、真心をもって事に当たることという意味だそうです。

これは自分が人にしてもらいたいこと、向けてもらいたい気持ちですね。

類義語

類義語には、一心一意、一生懸命、一所懸命、一意専心、思いを込めて、真摯に、
などがあるようです。

心の底から、とか、腹の底からというのもありました。

使い方

努力する、という意欲を伝えたいとき、上司やお得意様にやる気や意気込みなどを伝えたいときに使う言葉です。

使い方としては、「誠心誠意努力していく所存です」や「誠心誠意励んでまいります」などがあります。

ビジネスのとき、「がんばります」だけでは、こちらの気持ちが今一つ伝わりにくいと思われるときに、よく使われる表現です。

誠心誠意を使うと、がんばって行く、という気持ちが伝わりやすくなります。

「誠心誠意」の後に「努力していく所存です」より、「がんばります」や「努めます」と結ぶほうが、柔らかい印象と、ややカジュアルな表現になります。

誠心誠意な姿勢が伝わる人の特徴とは?

誠心誠意とは、ビジネスのときに多く使われるのですが、とりわけ謝罪のときに、これから努力する気持ちを伝えるときに使われることが多いようです。

同じ言葉を使っても、その姿勢が伝わる人と、そうでない人の違いは何でしょうか?

そして、ビジネスや謝罪のときだけではなく、誠心誠意が常日頃から感じられる人とそうでない人の違いもあるものですね。

素直

誠心誠意が伝わる人とは、素直な人です。

素直とは、相手のいいなりになる人ではありません。

ただ、相手のいいなりになるだけの人は、素直ではなく、「おバカ」です。

素直な人とは、自分のことを見つめられる人、そして相手のことを、良い悪いという評価なしに、見つめられる人、人の話を聞ける人ではないでしょうか?

まずは、良い悪いなど、掛け値なしに、じっと心を傾けられる人です。

【素直については、こちらの記事もチェック!】

受け入れる心を持つ

つまり、受け入れる心を持てる人ですね。

「受け入れる」ということも、相手のいうことをなんでも受け入れるのではなく、相手のいうことを受け入れると同時に、自分の本当の気持ちも受け入れられる人なので、相手のいいなりにはなれないのです。

でも、心から相手のいうことが正しいと思えば、そういう自分の気持ちを受け入れることができるので、自分の非も素直に認められるのでしょうね。

責任がある


ビジネスだけでなく、責任感がある人には誠意を感じます。

自分はこれをしなくてはいけないな、と思うことを最後まで投げださずに、やり抜こうとできる人です。

自分の行動や行為に対してのものが責任感です。

似たような言葉で、「使命感」というのがありますが、こちらは、自分に与えられた任務や責任などを果して全うさせようという意思」のことをいうようです。

使命感は強いけれど、責任感は弱いという人はいるのだろうか、と思ってしまいました。

浅い意味では、いるのではないでしょうか?

たとえば、使命を感じることが、クリエイティブなことという人が、ただひたすら、なにかを作りだすことにはまい進するけれど、生活レベルに関しては、責任感なし、という人はいそうな気がします。

言動が伴う

言うことと、することが一致する人は誠実な人です。

言うことと、することが違うと、周囲の人は信用してくれなくなります。

この、言動が伴う、ということは、とても人から見たら、わかりやすいことです。

職場でも、家庭でも、あの人は言動が伴うかどうかということは、意識して人を見なくても、ちょっとしたことですぐにバレてしまいます。

そして、伴わない人はあっという間に信頼を失うのです。

たとえば、優しさは、本当は優しくなくても、物腰が優しい人のことを、「優しい人」だと、知りあってしばらくは思うことがあるものですが、言動が伴うかどうか、ということに関しては、とりつくろっても、かなり早くから、人の目にわかるのです。

優しさがある

誠心誠意というのは、最終的には、人間に対して向けられるものだと思うのです。

「人間」の中には、自分ももちろん含まれます。

誠心誠意が伝わる人は、優しさがある人であるはずです。

優しさって、いったい何でしょうか?

私は、優しさは、人の幸せを願える人だと思っています。

いつも、いつも人の幸せをお祈りする人、というのではないですが。

もちろん、心の底からお祈りをしたいのなら、いいですが、見返りを求めてのお祈りなら、しない方がいいいかもしれない、と思います。

人が苦しむのは見たくない、人のことでも、できるだけ良いほうへと向かえばいい、という心が根底にある人とでもいうのでしょうか?

いつもいつもではなくても、根底にそういった思いが流れている人です。

生きていれば、どんなに優しい人でも、人を傷つけてしまうことがあるかもしれません。

悪気はなくても、放った一言が、ある人にとっては聞きたくない言葉だということもあるでしょう。

友人関係になろうとしたけれど、どうしても価値観や人生観が違っているとわかったとき、付き合いをしない、という決断をしなければいけないかもしれません。

自分の気持ちに正直になれば、他人にとっては嫌なことだという時もあるはずです。

それは仕方のないことです。

ただ、必要以上に人を傷つけてしまうという人がいます。

嫌がらせをしたり、わざと嫌みを言うような人がいます。

そういう人は、自分に自信がないのです。

本当の意味で、優しい人はそういうことをしません。

情熱がある

物事を成し遂げるために、そして楽しい人生をおくるために、情熱はとても大切です。

これっと思ったことに関して、情熱を傾けられる人が誠心誠意が伝わる人です。

成功者とそうでない者との違いは、情熱の差だともいわれます。

一時的な情熱だけでなく、ふつふつと燃え続けられる、継続した情熱を持ちたいものです。

芯がぶれない


情熱があるということは、芯がぶれないということですね。

人がああ言ったから、気持ちがグラグラ、こっちの人がこう言ったから、またまた気持ちがグラグラというのでは、誠心誠意な人とはいえませんね。

芯がぶれない、ということと、強情というのは違います。

気が強い人と芯がぶれない人の違いはなんでしょうか?

芯がぶれない人の特徴を5個あげてみました。

1.人からの評価を気にかけない

自分の評価は自分が決めるもの、と思っています。

人からどう思われるかということを基準に生きていません。

この世の中は、自分は自分だけで、その他の何十億人という人は、みんな自分以外です。

人からの評価を気にしていたら、きりがありません。

自分は人に影響される存在ではないと、どこかでわかっている人です。

2.人を怨まない

自分に対して、腹が立つことをした人がいても怨んだりはしません。

自分の行くところにはまた、新たな喜びが待っているということを、本能的に知っているのです。

いつまでも、自己憐憫に陥ったり、自分がされたことをグチグチと言ったりしません。

そもそも、そんな時間がもったいないと思っています。

怨みの感情を持つことほど、悲しいことはないと思います。

とはいえ、もし自分が、とても腹立たしい思いを人からさせらてたとき、恨んで当然だと思われるような身になったとき、はたして、怨まずにいられるだろうか、と考えてしまいます。

3.無理をしてまで人に合わせない

家庭でも、社会でも、生きて行くためには、人との関わりを無視することはできません。

嫌だな、と思っても、やらなければいけないことこともあります。

行きたくないところへも行かなくてはいけない、という日もあるかもしれません。

でも、それが、ただ人から嫌われるのを恐れてのことであれば、せっかく一度きりの人生、限られた時間しかないのですから、もったいないことです。

芯がぶれない人は、かたくなに人を拒絶するわけではないですが、かといって、無理してまで人に合わせることもありません。

ノーといえる人でもあります。

4.大切なものをわかっている

自分にとって何が大切なのかわかっています。

人、物、状況、などすべてにおいて、自分にとって何が大切なのかがわかっていれば、判断に迷うことはありません。

たとえ、少し迷うようなことがあっても、速やかに結論へと導くことができます。

大切なものを守るために、捨てなくてはいけない「もの」や「こと」もわかっているので、すっきりとした生活をおくることができます。

そして、自分が楽しめるものや、大切なものを人に邪魔させたりしません。

守ることができるのです。

5.気持ちの切り替えが速い

幸せになるべきだ、という前向きさがあります。

誰だって、嫌な気持ちになったり、悲しいこともあるでしょう。

でも、明るいほうへと向いていこう、という気持ちを、芯がぶれない人は持っています。

何かに依存して、切り替えるのではなく、クルッと気持ちを切り替えられるようになりたいものです。

気持ちの切り替えは速いのですが、何かを利用して切り替えるという友人がいます。

何を利用するかといえば、食べるものであったり、お買いものや、飲み会と称した夜遊びです。

なかなか気持ちが切り替えられないときには、自分の好きなことをきっかけにするのはいいことだと思います。

スイーツや、散歩、ビデををひたすら観るとか、ひたすら眠るとか。

でも私の友人の場合は、ちょっと度が過ぎているのです。

気持ちを切り替えるつもりが、逆にそのことに心が囚われかねない、という状況が多々あるようです。

お酒におぼれたり、ギャンブルで自己破産したりするような人も、自らのコンプレックスや罪悪感に押しつぶされそうになる状況からの逃げである場合が多いようです。

それもある意味、気持ちを切り替えたいがためのものかもしれませんね。

打算を捨てる

打算があれば、誠心誠意ではありませんね。

私は、「自分には打算はないのだろうか?」と考える場面があります。

人間関係でも、仕事でも、自分が今やっていることに打算はないのだろうか?

打算って、いったい何なのだろう?

言葉の意味としての「打算」は、よくわかっているつもりです。

それを自分が、していないだろうか?と考えてしまうのです。

こんなことをしたら、こういうメリットがある、という考えのもとおこなった言動をしていないだろうか?ということです。

仕事での駆け引きとして、ときには必要になることもありますよね。

でも、やはりできることなら、それが打算とならないようなものにしたい、と思っています。

友人関係や恋愛関係で打算があった場合、最初は上手くいくでしょうが、破たんしやすくなります。

なぜなら、打算は、自分が欲しいものを得たい、という動機で、自分の本当の気持ちを抑えているということになります。

相手を欺いている、ということでもあります。

お金持ちの男性と一緒にいると、いろいろなものを買ってもらえて、いろいろなところに行くことができて、最初は楽しいですね。

人間関係は、ギブアンドテイクです。

こちらがお金が目当てなのですから、相手も何かをこちらに求めているものなのです。

愛に見える寂しさかもしれませんし、他の何かかもしれません。

2人の関係で、きつく結びあった箇所が、寂しさとお金だったとしたら、それは愛とは呼べませんね。

私利私欲を持たない

打算と同じような意味ですが、誠心誠意のある人は、私利私欲を持たない人です。

そんなこといったって、私利私欲がなければ、生きているとは言えないじゃないか、という人もいますが、私の利益や欲を満たすことができれば、人はどうでもいい、という人ではないという意味です。

偽りの心がない

誠心誠意が伝わる人は、偽りの心がない人です。

人をけ落としたり、おとしめるような気持ちがなく、言っていることとやっていることに食い違いがない人です。

こちらと、あちらで、言うことを変えているという二枚舌の人もいますが、そういうことがない人ですね。

私は、自分は正しいことをしていると思っていても、どこかで人を利用する気持ちがあるようなことだけはしたくないな、と思っています。

感性が豊か

これらのことは、すべて感性が貧弱だと、難しいことです。

相手や周りの気持ちや、状況を自分に取り入れる、ということができるのが感性が豊かな人です。

あと、五感を大切にするということでしょうか。

生まれた時から与えられた、五感を精一杯使って、生きて行きたいと思っています。

感性が豊だということは、あらゆるものの気持ちがわかる、ということにつながります。

人の気持ちや情はもちろんのことです。

美しいものを見て美しいと感じ、悲しいものを見て悲しいと感じることができる、目に見える醜いものだけでなく、醜い心や醜い人としての在り方を感じとれる人のほうが、誠心誠意生きようと思えるのではないでしょうか?

正直

人は、生きていれば、どうしても嘘をつかなくてはいけないときもあります。

でも、要所要所では、嘘偽りない自分でありたいと努められる人が、誠心誠意を伝えることができる人です。

まず、自分に正直でいられるかどうかが、一番大切ですね。

誠心誠意な姿勢を得るために必要なこと

誠心誠意な姿勢を得るために必要なことを考えてみました。

否定しない

否定しないということが大切ではないでしょうか?
なんでも否定から入る人がいますね。

ついつい、やってしまいがちかもしれません。

癖になっているような人も、ときどきいます。

人が何か言葉を発したら、まず否定するのです。

言っていることは確かに正しのですが、否定から入られると、疲れてしまいます。

人を疲れさすということは、その人に愛がないということです。

まず、否定から入る人は、相手や状況を受け入れられないので、まずは否定するということで、自分をアピールしているのです。

「自分はここにいますよ!」というアピールが否定という形で表れるのです。

自分勝手なアピールは、誠心誠意な心や態度からは、遠く離れたものですね。

常に考える

まずは否定しない、というところから始まると、その次は、常に考えるということも大切です。

考えてもわからないことを考えるのではなく、考えればわかることを考えるようにするのです。

なぜこうなったか、改善するためにはどうしたらいいか、同じ過ちを犯さないためには何が必要かなどは、突き詰めて考えれば、自分なりの答えは出て来るはずです。

常に考える姿勢が大切ですね。

考えてもわからないことは考えない、といいました。

たとえば、同じ過ちを犯さないということに関してだと、自分のことについては、突き詰めて考えれば、自分なりの考えや対策などが出て来るはずです。

でも、なぜあの人はこうなんだろう、などという人のことについては、推測や憶測はできても、自分のことではないのです。

人のことを考えて、自分なりの結論に達するのはかまわないですが、人のことをいつまでもぐじぐじ考え続けるのは、「常に考える」からは、はずれたことです。

素直に物事を受け入れる

常に考える、ということをやり続けたなら、素直に物事を受け入れることに努めます。

考えてもわからないのであれば、考えてもわからない、ということを受け入れるのです。

自分なりに結論が出たなら、それも素直に受け入れるようにします。

たとえ、そのことが自分にとっては都合の悪いことであっても、気にいらないことであってもです。

今は、そうなんだ、と受け入れることができる人が、一番強いのです。

あらゆる物事に触れる

素直に物事を受け入れるようにしたなら、この世の中のあらゆることが、とても新鮮に見えて来ます。

そうすると、あらゆる物事に触れるようにするといいですね。

自分が生きている世界は、とても狭いということを知ることも大切です。

自分のちっぽけな経験や世界だけではない、遠い世界や広い世界もあるということを知るためにも、あらゆる物事に触れることが大切ですね。

興味があることをやってみようと、勇気を持つことです。

やってみたいけれど、自分にはできない、と思っていては世界は広がりません。

誠心誠意が伝わるために、どうして広い世界観が必要なのだろうと思うかもしれませんが、自分はちっぽけな世界に住んでいる、でも目を向ければ、広い世界が広がっていのだ、と知ることで、受容度が高まるのです。

一つのことに継続する

広い世界に目を向けること、興味があることをやってみる、ということを続けていたら収集がつかなくなりそうだと思うかもしれません。

でも、逆ですね。

広い世界感を持つことで、本当に自分は何をしたいのか、ということがわかりやすくなり、一つのことを継続しやすくなるのには驚きました。

私は、時間の大切さを知るにつれ、無駄な時間を惜しむ気持ちが大きくなってきました。

他人に振り回されたり、しぶしぶお付き合いで時間を費やすということもなくなっていき、一つのことに集中しやすくなっていきました。

一つのことに集中できる人、大切な人に集中できる人といると、誠心誠意を感じるのですね。

情熱が継続する、といってもいいですね。

少しかじって、結果が出ないとすぐあきらめて、また他のことに興味を持つ、ということばかりを繰り返していたのでは、そのものの本質を掴むことも、結果も得られないですね。

誠心誠意な姿勢がないと・・・

誠心誠意な姿勢がないとどうなるのでしょうか?

人間関係がうまくゆかない

人と人との間には、信頼関係が必要です。

この人には、ひどい目に合わされることはないだろう、と思うから、一緒にいられるのです。

この人にはいつ、何時、何をされるかわからない、と思っていては、楽しくもないし、安心できません。

誠心誠意がない人は、一緒にいるとどことなく、不安感を人に持たせてしまうのです。

結果として、そういう人は、人間関係がうまくゆきません。

いつも好い人間関係に恵まれるという人は、運がいいだけではありません。

誠心誠意があるから、人が来るでしょうし、もし、寄ってきた人が自分にとってあまり好くないと思えば、離れる強さがあるので、いつも好い人間関係に恵まれるのです。

A子は、職場の人間関係がいつも、ある一定の時点で気まずくなったり、破たんするといって嘆いています。

でも、そばで見ていると、その理由は明らかです。

人を利用するのがとても上手なA子は、知らず知らずのうちに、ほとんど無意識的と言っていいほど、人をダシに使ったり、自分にとって都合のいいように人を動かしてしまうのです。

時には、利用した人から反撃されることもあります。

そのときには、悪いのはすべて「人」なのです。

自分がやっていることは、人にはバレていないと思っているようですが、なんとなく、自分が利用されているというのは、誰でもなんとなくでもわかるのです。

なんか解せない思いを人に抱かせて、人間関係が悪くなっていくのがA子です。

仕事ができない

誠心誠意がないと、仕事もはかどりません。

仕事ができる、できないは、もちろん経験や、知識、知恵によって大きく左右されますが、誠心誠意というのも、仕事をする上で大切な要素です。

よほど優秀な人でなければ、ときに間違いを犯すこともあるでしょう。

そんなとき、素直に非を認めてこそ、次の失敗を犯さないようにできるのです。

仕事は仕事力だけでなく、人間力も必要ですね。

人がついてこない

人間関係がうまくゆかなくて、仕事もできないとなると、人がついてこなくなります。

何かの拍子に、ちょっと出世をするかもしれませんが、誠心誠意がなければ、人がついてこなくなり、その先には進みにくくなります。

人は、誠心誠意のある人についていくものなのですね。

人間同士は、利害関係で結びつく、という側面もあると思います。

この人といると、なんとなく楽だなとか、癒されるなと思うのも、ある意味の利害関係かもしれませんね。

楽しくない人生を送ることにも

人間関係が上手くいかなくなり、仕事もできず、人もついてこないとなると、楽しくない人生を送ることになってしまいます。

恋人や配偶者、親兄弟、友人、部下、上司、同僚などと上手くいかなくなるのです。

これらの人間関係、すべてが最悪!という人は確かに少ないでしょう。

友人運には恵まれているけれど、夫との仲は最悪という人もいるでしょうし、その逆もあるでしょう。

兄弟仲はいいけれど、職場の部下には信頼されていないという人もいるかもしれませんね。

どちらにせよ、家でいるときには楽しいけれど、毎日会社に行くのがつらくてたまらない、というのでは毎日毎日、本当に針のむしろということで、楽しくないですよね。

家庭もうまくいかない

家族関係を円満に楽しくやっていける人は少数派なのかもしれませんね。

自分の一番の欠点を出し合う場が家庭といっても過言ではないようです。

また、家庭で本当の意味で、自分のありのままを表現できる人は幸せといわざるを得ません。

でも、誠心誠意がなければ、家族さえも見離してしまいかねません。

家族の愛情は、知識や常識のうえになりたっているのではなく、人と人の情や感性で結びつき合っているのです。

誠心誠意がない人は家庭がうまくいかないのは当然ですね。

成長できない

誰かと比べるのではなく、昨日の自分と比べて、どれだけ成長したかということが大切ですね。

成長なんて望んでいない、とうそぶく人もいます。

でも、たとえば、書けなかった字が少しずつ書けるようになり、できなかった逆上がりができるようになった・・・・・・など、いろいろなことができるようになり、大人になりました。

大人になってからは精神面で、成長できることが心の喜びになるはずです。

誠心誠意がないと成長がなく、大人になってからの成長の喜びが得られません。

よく、人生は成長が大切だ、という人がいますが、以前の私はその考えに懐疑的でした。

成長成長といわれても・・・・・

でも、成長するということは自分が一段上の次元に上がる可能性があるということです。

いままで見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえる可能性があります。(幽霊とかではないですよ)

成長してこそ、人生が楽に楽しくなるのではないでしょうか?

誠心誠意な姿勢ができるように努めよう(まとめ)

誠心誠意など、お腹の足しにもならないし、お金が入ってくるわけでもないし、ということで、大切だとは思わないかもしれません。

でも、誠心誠意な気持ち、姿勢があってこそ、家庭も人間関係も上手くいくものなのです。

誠心誠意な姿勢ができるよう努めたいものです。

ただ、家庭や人間関係、仕事を上手くいかせるために、誠心誠意な姿勢を持ちたい、なんて思うということは、それ自体が打算ではないのか?という疑問を持つかもしれません。

でも、大丈夫です。

家庭や人間関係、仕事が上手くいくためには、誠心誠意が大切だ、と思える人は、決して打算ではない、と自負しましょう。