朝起きるのがめんどくさい、勉強や仕事をするのがめんどくさい、人付き合いがめんどくさいなど、誰にでも「めんどくさい」と思えることはあります。

そうしためんどくさいという気持ち自体が、そもそも何故起きてしまうのか、あなたは自分で自覚していますか?

めんどくさいという感情の意味や、なぜそう思ってしまうのか、その心理について知ることができれば、「めんどくさい」を改善出来るかもしれません。

何に対してもついめんどくさいと思ってしまう人は、この機会にその心理について知っておきましょう!

めんどくさいには意味がある!?その心理を知ろう

あれをするのがめんどくさい、これをするのがめんどくさいという気持ちは誰にでも起こるものです。

けれど、何故それがめんどくさいのかということについて、じっくりと自問自答してみたことがあるという人は、案外多くはないでしょう。

自分が動くことに対して、頭の中で「めんどくさいなー」と思うこともあれば、直接口に出して、誰かと「めんどくさいね」と言い合ったりすることもあります。

そのめんどくさいという気持ちは、一体どこから来ているのでしょうか?

私たちは、毎日当たり前に起こる出来事やそれに対する自身の感情について、いちいち考えを巡らせることはほとんどしません。

何故ならそんなこと自体、気にする必要性を感じないからです。

しかし、どんな出来事や感情にも、その根拠となるべく原因や理由が存在しています。

そして、もし私たちが自分の気持ちの持ち方や考え方を変えたいと思った時には、そうした原因や理由について探る必要があります。

めんどくさいという感情は持ってはいけないものではありませんが、持っていても良い方向へは進んでいかないでしょう。

気持ちを良い方向へと進ませることが出来なければ、人生をより充実させたり、楽しく過ごしたりすることは出来なくなってしまいます。

あなたが自分の人生を充実させたいと少しでも思うのなら、その妨げとなる「めんどくさい」という負の感情の意味や心理について、きちんと自己認識しておくべきでしょう。

めんどくさいの意味が深い!そう思ってしまう8個の心理

何をめんどくさいと思うのかは、その人によって違います。

そしてまた、何故めんどくさいと思うかの理由も、人それぞれでしょう。

言葉とは不思議なもので、同じように「めんどくさい」と口にしていても、その理由はバラバラです。

例えば同じ清掃をしている2人が口をそろえて「めんどくさい」と言っていても、その理由が1人は「体を動かすのがだるいから」で、もう1人は「掃除が嫌いだから」ということもあります。

けれどどちらも「めんどくさい」という気持ちには変わりないので、2人の気持ちは一致していて、互いに共感を覚えています。

人がどんなことに対してめんどくさいと感じるのかは、その時のその人の体調や機嫌などが大きく関係しています。

そのため、昨日は掃除を積極的にしていた人が、今日はめんどくさいと思えることも珍しいことではないのです。

人の心理は感情によって動かされています。

どんな心理が原因や理由となって、めんどくさいと思ってしまうのでしょうか?以下に例を挙げていきます。

1、やりたくないことをやってる


やりたくないと思うことをやる時、人は「嫌々やらされている」「無理矢理にやらされている」と感じやすいです。

例えそれが必要があってやらなければならないことでも、「やりたくない」という気持ちを持っていると、誰でもやる気が起きませんし、行動にも力が入り難くなります。

また、頭の回転も鈍くなり、誰かに話しかけられても不機嫌で適当な対応になってしまうことも珍しくありません。

やりたくないことをやっている時には、動きもダラダラと緩慢で、覇気も感じられません。

いかにも「ダルそう」な姿に周囲からは映りやすくなります。

プライベートで融通が利く状況であれば、誰でもやりたくないことは避けるでしょう。

しかしそれが勉学や仕事のように、どうしても避けることが出来ないことの場合は、やりたくなくても渋々やらなければなりません。

そんな時に、「めんどくさい」という感情が沸き上がってきやすいのです。

断ることが苦手

いわゆる「人が良い」とされる人は、なにかと周りの人から頼られやすいです。

自分を頼ってくる人が本当に困っている時もあれば、ただ都合よく使おうとしている時もありますが、どちらに対しても断ることが苦手な場合が多いです。

例えば本当は自分の仕事ではないのに、人に頼まれて余分な仕事をすることになった時や、掃除当番を代わって欲しいと頼まれて引き受けてしまった時などには、本心ではそんなことはしたくないのに、仕方なしに頼まれたことをこなします。

断ることが苦手な理由は、その人によって違います。

人に嫌われたくないから、皆に頼られるリーダーになりたいから、良い人に思われたいからなど、その人の性格によるところが大きいですが、そうした性格が災いして、やりたくもないことを頼まれたり、押し付けられたりしてしまった時には、「めんどくさい」と心の中ではため息を零していることが多いです。

2、本気でやりたいことじゃない

誰でも、自分が本気でやりたいと思っていることに対しては、人から言われるまでもなく常に全力投球です。

何せ本気で自分がやりたいと思っているのですから、やる気を出すのも実際に行動するのも、自ら積極的に行います。

一方で、それが本気でやりたいことじゃない場合には、いまいち気分が乗らないことも少なくありません。

最初はそれなりにやる気があっても、集中力が切れてしまったり、ちょっと躓いてしまったりすると、途端にやる気を失くしてしまいます。

とくにそれが自分の意志ではなく、誰かの望みや意志によって動いている場合には、余計にやる気を失くしやすく、ふとした拍子に「めんどくさい」と思ってしまうことがあります。

誰でも自分の人生を、本気でやりたいことだけを送っているわけではありません。

時にはやりたくないこともやらなければなりませんし、あまり気乗りしなくても、周りに合わせて渋々やることもあります。

そうした自分が大して強い気持ちを持っていないことに関しては、何かと「めんどくさい」と感じてしまいやすいでしょう。

3、周りに合わせて動いてる

人は1人では生きてはいけませんので、時には周りに合わせて動く必要もあるでしょう。

家庭や学校、会社のように大なり小なり組織や社会の中に属していれば、尚の事協調性が必要とされる場面はたくさんあります。

学校であれば体育祭や学園祭のように、行事ごとがある度にクラスの全員が一致団結して動かなくてはなりません。

皆がやる気になっている中で、1人そんな気持ちになれなければ、そうした行事ごとを「めんどくさい」と感じてしまうことでしょう。

また、学生であればどうしても嫌なら、学校を休むなどして集団行動を避けることもできます。

しかし、社会に出るとそんな自分勝手な都合で周りの和を乱すことは決して許されなくなるでしょう。

会社の部署内で新しい企画を発案することになったのなら、周りの人と協力して自分も企画の立ち上げに尽力しなければなりませんし、周りに合わせて自分が動く機会が自然と増えます。

大人になったら必要があればもちろん周りに合わせて動きますが、それが嫌々動いている人の場合、本心では「めんどくさい」と感じていることでしょう。

4、自分のことをよく理解していない

自分自身のことをよく理解していない人は、自らの行動が原因で「めんどくさい」という気持ちが起こっている場合があります。

例えばあなたは、自分の好きなことや嫌いなこと、得意なことや苦手なことなどを完璧に自分で理解できていますか?

常に自分の内面と向き合っている人であれば、しっかりと自己認識が出来ているため、それに相応しい行動を選ぶことが出来るでしょう。

しかし、自分のことをよく理解していない人は、自ら面倒で大変な人生を選択してしまっている可能性があります。

例えばあなたの得意なことが他人とのコミュニケーションを積極的に取ることで、苦手なことが手先を使ってこまごまとしたものを作ることだとします。

得意なことは何も問題はありませんが、もしあなたが手先を使って編みぐるみを作ろうとした時には、恐らく上手く作ることが出来ずに、大いに手こずってしまうことでしょう。

編みぐるみを作るのに苦戦してしまうのは、あなた自身それが苦手な行為だからです。

しかし、あなたが自分で「手先を使うのが苦手」だと認識していないために、わざわざ自分の不得手なことに取り組んでその結果上手くいかず、ついにはその作業自体を「めんどくさい」と思ってしまうのです。

自分の行動に対してめんどくさいと感じるのには、そうした自分で苦手なことをわざわざやろうとしているのが原因であることもあるのです。

自分のことをよく理解していない人ほど、そうした「下手の横好き」を繰り返して、結局はそれ自体が面倒に感じてしまうことになるのです。

5、飽きっぽい


何にでも飽きっぽい性格の人っていますよね。

その手の人は、「熱しやすく冷めやすい」タイプであることが多いです。

何かに興味を持ち、その直後には熱心に取り組みますが、少し経つと気持ちが冷めてしまい、飽きてそれまで夢中だったものを簡単に手放してしまいます。

人間は好奇心旺盛な生き物ですので、比較的何にでも興味を持ちやすい傾向があります。

そのため、熱しやすく冷めやすいことも、決して悪いことではありません。

しかし、あまりにもそれが頻繁だと、自分が自信を持って「これだけは好きだ・得意だ」と言えることもなくなってしまいますので、良いことであるとも言えないでしょう。

また、物に対してのみ飽きっぽい性格であれば、どんどん次に興味の対象を移していけば良いですが、対象が人間となるとそう簡単にはいきません。

せっかく交友関係を広げようと思っても、すぐに他人に対する興味を失ってしまう人の場合、親友や恋人を作ることも難しいでしょう。

とはいえ飽きっぽさは性分ですので、自分が「変わろう」と思わない限りは、物に対しても人に対しても熱しやすく冷めやすいままでしょう。

そうした飽き性の人ほど、自分が興味を失ってしまったものに対してそれ以上時間をかけることを「めんどくさい」と感じてしまいやすいです。

6、すでに慣れてしまっている

目新しいことを始める時、誰でもそれに対して好奇心やドキドキ、不安などの感情を抱きます。

新しく交友関係を広げる時や、学校に入学する時、新しく会社に勤め始める時など、新しく変化がある度にざわざわと心が揺れ動きやすく、何をしても常に新鮮な気持ちを味わえます。

その感情が良いか悪いかは別として、そうした気持ちの変化がある内は、誰でも目の前の出来事に集中します。

しかし、新しく始まった出来事も、1ヶ月や2ヶ月と日々が経過していくと、自然とその環境に自分が慣れてきます。

そうして段々と気持ちが緩み、すっかり慣れてしまう頃には心にも余裕が出来るため、自分の周りの環境に対してあれこれと思うことがあったり、優先順位が決まったりします。

慣れ切ってしまう頃にはダラけた感情も生まれますので、最初は緊張しながら取り組んでいたことに対しても、「めんどくさい。早く終わらないかな。」などと考えるようになります。

自分の周りの環境ややることに慣れた後でも、それを楽しいと思えている人は、変わらずに集中して目の前のことに取り組むことが出来るでしょう。

しかし、慣れてしまって目の前のことに何の興味も魅力も感じなくなった人では、「めんどくさい」という気持ちが起こりやすくなってしまいます。

7、やっていることに価値を見出せてない

必要があるからやっていることのはずなのに、いまいちそれに対して「本当に必要なのかどうか」価値を見出せていない人も、ふとしたことで「ああ、めんどくさいな」と感じてしまいやすいです。

どんなに自分が夢中になっていることがあっても、それに対して興味を失ってしまった時には、それ以上続けようという気は起こりませんよね。

同様に、自分が今やっていることに対して、何も意義や価値を見出すことが出来ない時には、人はそれに対する熱意を持つことは出来ませんので、時間が伸びたりお金がかかったりと、ちょっとしたことがあるとそれで「めんどくさい」と感じてしまうのです。

誰でも無駄なことに時間やお金を使いたいとは思いません。

また、例えそれが勉強や仕事柄必要なことであったとしても、自分自身がそのものに対して価値を見出せなければ、どんなに世の中にとって必要なものであったとしても、自分にとっては何の価値もないものです。

そんなものに構わなければならないということを苦痛に感じる人もいますし、大抵の人はめんどくさいとやる気を失くしてしまいます。

8、他にもやりたいことがある

自分が今やっていることの他に、何かやりたいことがある場合には、そちらの方に気を取られてしまい、目の前のことには集中出来なくなってしまいます。

とくに、今やっていることに対して自分が価値を見出せなかったり、興味がなかったりすると、余計にやりたいことの方に意識が向かってしまいますので、目の前のことが煩わしく思えたり、めんどうに思えたりしてしまうことがあります。

例えば仕事をしていて、その日の仕事終わりに意中の相手とデートの約束を取り付けられたとします。

そうするともう嬉しくて気持ちが舞い上がってしまい、デートのことばかり考えて目の前の仕事にはまったく集中出来なくなってしまうでしょう。

例え今作成している書類が仕事上重要なものであったとしても、その人にとっては書類よりもデートの方が最重要事項ですので、書類を作成するという作業自体がめんどくさく思えてしまいます。

頭の中は「さっさと仕事を終わらせて早く帰社したい」という気持ちでいっぱいです。

けれども浮かれてしまって集中力が保てずに、仕事を迅速に片付けることも出来ません。

そんなもどかしさを感じる時には、より仕事の存在そのものがめんどくさく思えてしまうことでしょう。

めんどくさいが人生に与える影響とは?

体調が悪い、他にやりたいことがある、やりたくないことをやらされているなどの理由で、やる気が起きずにめんどくさくなってしまうことはよくあります。

それ自体は悪いことではないでしょう。

誰だって頭の中では常に優先順位を考えていますので、体調が悪ければそれが最優先事項で、仕事に集中するのは二の次になってしまうことは仕方のないことでしょう。

さまざまな理由からめんどくさいという感情は起こりますが、それも一時のものであれば問題はありません。

めんどくさいと思うことは誰にでもよくあることですし、やる気がある時もあれば、ない時もあります。

もし問題があるとすれば、それはめんどくさいという気持ちが毎日続いている状態でしょう。

めんどくさいと思うことは、気持ちが下降しているということの表れです。

そうした気持ちの落ち込みが毎日継続していると、それが原因となって人生に良くない影響を与えてしまうかもしれません。

そうなるとあなたの人生そのものを充実して送ることが出来なくなってしまいますので、もしめんどくさいという気持ちが毎日のように続いているのなら、考え方を変える試みをする必要があるでしょう。

めんどくさいと思い続けることで、人生のどのような影響を与えるのでしょうか?以下に例をご紹介していきます。

交友関係を悪くする

友達が多い、少ない、また交友関係が広い、狭いには個人差があります。

友達が多い人は広く浅くの付き合いが上手なのでしょうし、友達が少ない人は、その分1人ひとりととても親しい関係にあるのかもしれません。

どんな人であれ、自分の周りにいる友達の存在は大切にするのが普通です。

それは1人になりたくないからとか、友達を大切に思っているからとか、さまざまな理由からですが、どんな時でも友達との仲を自ら悪くするような真似を普通ならばしないでしょう。

しかし、気分にむらがある人や、友達の気持ちよりもつい自分のその時の感情を優先してしまう人では、友達付き合いをめんどくさいと感じてしまうことがあります。

もちろん誰でも時には1人になりたいことがありますし、友達の親切心をお節介に感じることもあるでしょう。

しかし、そうしたささいな喧嘩や気持ちの擦れ違い、または自分勝手な気持ちが原因で、友達の存在を鬱陶しい、めんどくさいと感じてしまっていると、必ずそれはどこかで態度として表れます。

例えば友達からのメールやLINEを無視する回数が増えたり、遊ぶ約束をめんどくさいからとドタキャンしたり、友達をめんどうに思う気持ちが態度や言動になって表れれば、当然友達は傷つき、怒り、悲しむでしょう。

そしてこちらの態度が改められなければ、友達はいずれ自分からは離れていってしまいます。

友達付き合いをめんどくさがっていると、それが交友関係を悪くしてしまうこともあるのです。

信用・信頼をなくしてしまう

めんどくさいという感情は、時に厄介なトラブルや問題を起こしてしまうことがあります。

例えば友達と遊ぶ約束をしておきながら、当日になって急にめんどくさいと思えてしまいドタキャンしてしまったり、頼まれた仕事がめんどうで、見るからにやる気のない態度で適当に仕事をしたりと、めんどくさいという気持ちがあると、それだけで行動にも支障が出てしまうことが多いです。

そしてそのことが原因で、対人関係でトラブルを起こしたり、適当にやった仕事でミスがあったりすると、当然のように周りからの信用や信頼を失くしてしまいます。

しかし当人は、自分のその言動や態度が原因だということに気付いていないため、周囲の人から自分が評価されないことや信用されないことに対し、反対に不満を覚えてしまいやすいのです。

そうなるとさらに悪循環に陥ってしまいますので、周りの人の信用や信頼を回復させることは難しいでしょう。

恋愛や結婚で後悔する

めんどくさいという感情があると、目の前のことに対して適当に考えてしまいやすいです。

たいして好きでもない異性から熱烈なアプローチをされ、断り続けるのがめんどうで渋々付き合ったら、相手がとんでもなく執着心が強くて自由に振舞うことが出来ずに後悔することになるかもしれません。

また、親に結婚しろと煩く言われるのがめんどうで、適当に見合いをした相手と結婚したら、後になって相手の両親が過干渉だということが分かり、毎日のように家に押しかけてきて結婚したことを後悔する羽目になるかもしれません。

一度めんどくさいという気持ちになると、「どうでもいい」「何でもいい」という適当な考え方に陥りやすいです。

とにかく早く今の時間を終わらせたくて、何でもいいから適当な相手と付き合ったり結婚したりして、後になってからそのことを後悔することになる可能性は十分に考えられます。

恐らく実際に、あれこれ考えたり駆け引きをしたりするのがめんどうで適当に異性と付き合ったら痛い目を見たという人はいるでしょう。

「後悔先に立たず」という言葉通りに、後になってから適当に振舞った自分の行いを後悔しても遅いのです。

健康的な体を失う

めんどくさいという理由で適当な生活を送っていると、健康的な体を失うことになってしまいます。

例えば睡眠時間を摂り過ぎることも体には良くありませんが、それを知っていても起きるのがめんどくさくて一日中ごろごろと寝てばかりいると、運動不足になって怪我や病気になりやすくなるでしょう。

また、自炊をするのがめんどくさいからと、毎日コンビニで適当に買ったものばかり食べていると、それが原因で糖尿病や生活習慣病になってしまうかもしれません。

めんどくさいという感情は、その人から考えたり、動いたりする気力を奪います。

そのためその場限りの適当な行動を取ってしまいやすいのです。

どんなことに対しても適当に取り組むのは良くありませんが、健康面でめんどくさがっていると、本当に取り返しのつかない状態に陥ってしまう可能性があります。

偏った食生活のせいで糖尿病になってしまったら、それはそれは治療が大変です。

また、運動不足のせいで怪我をしてしまったら、仕事には支障が出る上に、日々痛みにも悩まされることになります。

病気であれ怪我であれ、めんどうだからと適当にその日を送り続けた結果起こってしまったら、どんなに後悔しても治しようがなくなってしまうこともあるのです。

大切な時間を失う

私たち人間を始め、この世に存在するすべての命ある生き物の時間は有限です。

生まれてから死ぬまでの一生を過ごす時間は人によって差がありますが、いずれはどんな生き物でも必ず死を迎えます。

そのため、自分が死ぬまでの間に残された時間は、どんなに長くても限られたものでしかありません。

その限りある時間をどのように過ごすのかも、その人それぞれで違います。

しかし、どんな人でも生まれたのであれば、それなりに意味のある人生を送りたいと望むものです。

自分の好きなものになることは出来なくても、好きなことをする時間は欲しいと思いますし、なるべくなら死ぬ時には後悔のない人生を送りたいと考えるものです。

あなたがもし、何かをするのをめんどくさいと思って適当に過ごしていると、それは同時にあなたに残された大切な時間を無駄に失っていることになります。

それでも構わないという人は無理に考え方を変える必要はないでしょう。

しかし、大切な時間を失っているということを自覚して、少しでも気持ちが焦った人は、今からでも自分の気持ちや考え方を、改めてみた方が良いかもしれません。

思いやりの気持ちを失う

めんどくさいと思うことで、自分の気持ちや行動を、何もかも投げ出してしまうこともあります。

例えば思考することがめんどくさいと感じてしまったなら、誰に何を言われても真剣にそれについて考えることはしませんし、また人の気持ちを思いやることもせずに、自分勝手なことを口にしてしまいやすくなるでしょう。

動くことをめんどくさいと思ったのなら、皆が一生懸命に協力し合っている中で、自分1人だけダラダラと過ごしていたり、突っ立って遠巻きに周りを眺めていたりするのでしょう。

めんどくさいと思うことは、自分自身で考えるという行為を放棄してしまうことでもあります。

そして、自分のことについても真剣に考えなくなった人は、当然自分以外の人のことについても、まともに考えることはなくなるでしょう。

例えば誰かが傷ついていても、それを慰めようとも、話を聞いてあげようとも思わないでしょう。

例えば誰かと誰かが喧嘩をしていても、そこへ仲裁に入ろうとは思わないことでしょう。

道で誰かが転んでも、落としたものを拾ってあげようとは思わないでしょうし、「大丈夫ですか?」と声をかけようとも思わないでしょう。

めんどくさいという気持ち1つが、そうしたさまざまな思いやりの心を失くさせてしまうのです。

それは、周りから見ればとても心の冷たい人に映ることでしょう。

【思いやりがある人・ない人については、こちらの記事もチェック!】

向上心が失われていく

めんどくさいと思う心は、やる気とは正反対のものです。

向上心や、やる気といった気持ちがポジティブなものであるのなら、めんどくさいという気持ちはそれに対してネガティブなものだと言えるでしょう。

ネガティブと聞くと、「不安が多い」「自分に自信がない」といった内向的で消極的なイメージがあると思いますが、めんどくさいという感情は、まさにその中の消極的な部分に含まれています。

そのため、何かにつけてめんどくさいと思う人は、それだけ向上心もない人です。

人付き合いや仕事など、何に対してもめんどくさいと思う悪い癖を付けてしまっていると、向上心はどんどん失われていってしまいます。

向上心が失われると、人生を充実させたい、仕事で成功したいといった誰でも当たり前に持っている夢や希望を持てなくなってしまいます。

人は夢や希望、人生の生きがいなどがあるからこそ、努力して人生を充実させようとしますし、その通りに人生を送れれば、深い満足感や幸福感を覚えることが出来ます。

しかしそれが出来ないと、自分が何のために人生を送っているのか、それすらも分からなくなってしまうでしょう。

まとめ

誰でもめんどくさいと思うことはあります。

その感情自体は否定されるものではありません。

けれども、何かにつけてめんどくさいと思う癖を付けてしまうと、それが原因となって、対人関係や仕事など、自分の人生に少なからず悪影響を与えてしまうことになります。

無理にポジティブに生きろというわけではありません。

けれども、めんどくさいと思ってしまいそうになった時には、少しだけその考えを変えてみて下さい。

もしも気持ちを「めんどくさい」から「何とかやってみよう」に切り替えることが出来たなら、きっとそこから運は良い方向へと向いていってくれることでしょう。