現代社会では男女の平等が理想どおりに実現されているでしょうか。

男女平等にするために解決すべき課題はどうか気になります。

法の下の平等!

男女の平等は、「法の下の平等」の思想に根差し、男性と女性のジェンダーによって人権に差別をつけてはならないという重要な問題になります。

そこで男女平等の理由を確認したうえで、いまだ理想どおりにはされていない男女の平等を実現するためには、どのような壁を乗り越えなければならないかを探ってみましょう。

男女平等の理由を考えよう!

このテーマについて、日本国憲法14条1項は「法の下の平等」を定め、性別による差別を禁止していますし、民法2条は両性(男女)の本質的平等を宣言しています。

そうはいっても、現実の社会では、は未だに就職そのほかのエリアで、女性より男性が優遇されていますし、男女で均等な取扱を実現するために積極的な格差是正措置をとることが法規で規定されたりしています。

そうした実情とか、男女格差是正の規制がなされているのは、いまだに男女均等な取扱がなされていないエリアが残存しているからでしょう。

そこでもう一度、視線をデモクラシー国家における「法の下の平等」思想の原点に移して「男女平等の理由」を考えてみてはどうでしょうか。

男女平等の理由

まず「男女の平等」とはなんでしょうか。

それは「性別を意識しないでだれもが平等に社会に参加する機会を与えられる仕組み」といえます。

なによりもまず、国と都道府県市町村など地方自治体が性別によって国民や住民の扱いに差別を設けてはいけません。

もとより地方自治体以外の私人も性別によって差別してはいけないと解釈されます。

問題は、なにが「差別」にあたるのかです。

最高裁判決にもみられるように「合理的な差別」は許されるでしょう。

それでは、なにが「合理的差別」といえるのでしょうか。

これは、ジェンダーによって男性と女性をどのように区別し、女性の人権をどのよな形で擁護するかという、その国の政治体制に左右されてきた女性の人権史にかかわります。

そのうえ、人権の尊重を基調とする国でも、社会的な慣習などにより、男女の平等が遅れている国や地方公共団体もみられます。

このように、なにが「合理的座別」にあたるかは、時代とエリアによって変わります。

ですからケースごとに社会通念その他の総合的な資料によって判断するしかありません。

仕事で不利

男女の平等が問われる理由として、性差によって不利に取り扱われるケースが考えられませんか。

男女の平等が叫ばれるようになって、女性差別はなくなり、女性が働きやすい環境が整ってきているようではありますが、それでも、女性にとって不利な状況がみられます。

女性だからとセクハラの対象にされます。

セクハラされなくても、出産・妊娠の対応、時短勤務などの不利が残されています。

そのうえ、いまだに、男性優位の社会状況が継続されている現状です。

ときには、「男より仕事ができる」と叩かれるとか、叩かれながらも手腕を発揮してようやく管理職の主任になったものの、それ以上の昇進の途は閉ざされています。

男尊女卑の人事管理は解消されない状況です。

給料の額についても男女に差異が残されているようです。

入社が同期のおなじスタートラインなのに、仕事内容においても、男性が役職に早くつく状況が残存しています。

それどころか、女性は役職につくチャンスもない企業さえみられます。

女性が仕事で不利な状況は解消したいものです。

明らかに男性が上

男女平等の理由として「明らかに男性が優位に」扱われている社会的状況を考えてみてはどうでしょうか。

前のページで触れたように、給料の格差、昇進においても管理職につけないなど、女性は男性とは不利に取り扱われ、男性が上にたつ状況が改善されません。

現代の日本では、明らかに男性が上の実情といえましょう。

とりわけ、建設業界と広告業界では女性がきわめて不利で、男性社会とみられます。

裏取引をする企業とか、億単位の大金を動かす職場では、男性しか配属されません。

女性が嫌な思いをする


男女平等の理由として、性差により「女性が嫌な思いをする」ケースがあげられます。

なぜ女性には、「嫌な思い」が「好きな思い」に先行するのでしょうか。

理由は、「好きより嫌い」が記憶に残りやすい女性心理の仕組みにみられます。

男性と女性の心理で、大きく違う点を確かめてみましょう。

まず男性には嬉しい、楽しいなどの「プラスの感情」をともなうケースが印象に残りやすいのです。

これに対し女性には、辛い、悲しいなど「マイナスの感情」をともなうケースが強く印象に残りやすい傾向があります。

ですから、女性にとって嫌な思い出は、いつまでたっても嫌なまま記憶に残ります。

時間が経過すれば、嫌な思いがする気持ちは和らぎますが、嬉しい経験、楽しい経験があったからといって、嫌な思いは消え去ることも、忘れることもありません。

女性が経験した「嫌な思い」といえるのはどのような事情でしょうなか。

初めて駅のプラットフォームですれ違い、倒れかかった女性を若い男性が受け止めてくれました。

おかげで女性はケガをしないですみました。

そこで「ありがとうございました」と深く頭を垂れてから男性を見上げると、返事もしないで、
女性だからと馬鹿にしたような目つきで女性を見下ろしました。

女性は「嫌な思い」をしたにちがいありません。

女性がひとりでレストランに入っていきました。

空いている席に座り、メニューを告げたのに、いつまで経っても料理は届きません。

後から席に座った男性に料理が届いたのに、女性は後回しにされました。

男性の店員は女性だからと後回しにしたらしい。

女性は、くやしい思いをしたでしょう。

高齢の夫人が電車に乗り込んできました。

夫人はいつものように、優先席に近寄りました、そこには若い男女が座っていたので、仕方なく腰を延ばして吊革に手をかけるしかしかありませんでした。

そこへ胸に弁護士バッジを佩用した中年の男性が現れると、若い男女は立ち上がり、弁護士に席を譲りました。

弁護士は座りましたが、白髪の夫人をみると、これはどうもと、席を高齢の夫人に譲りました。

夫人は恥ずかしい思いをして、何度も頭を下げ、優先席に座りました。

女性の老婆だからと座別され、さぞ、恥ずかしく、嫌な思いをなさったでしょう。

いずれにしても、女性だからといって、差別し、嫌な思いをさせる行為はおすすめできません。

男性も息苦しい


男女平等の理由として、「男性の息苦しさ」が考えられるでしょうか。

男女の平等が徹底されていないエリアでは、女性が嫌な思いをするケースがあるかもしれません。

しかし、男女平等を強調すると、男性も息苦しくなりはしないでしょうか。

あまりにも男女平等を強調すると、女性だけでなく、男性も息苦しくなりはしないか、気になります。

たとえば、徹底して男女平等になったとしたら、出産のできる女性に対し、男性はその役割上において、肩身の狭い思いをするでしょう。

腕力だけがものをいう時代は過ぎ去り、男性の役割は必要なのかと問いたくなる社会になりかねません。

これに対し、男女平等を徹底すると、女性は出産・子育て・仕事をすべてこなすことが必要になってしまいます。

たしかに平等の世の中になったので、子育てとか家事などは、男性が手伝うこともできますが、平等となっても、なすべき家事の役割上からみると、出産からの流れで女性が家事育児を担うことが多いはずです。

そうすると、子育てだけでも大変なのに、家の外の仕事まで女性が受け持つのは、むりの状態ともみられます。

この状況を見れば、男性も息苦しくなります。

男女平等という原理は、女性の社会進出のためにたしかに必要ではありますが、男女という肉体の構造、本来の役割まで無視し、すべての社会面で平等にしてしまうことは、男性と女性の両性ともに苦労を増やすだけではないかと気になります。

そうすると、男女の平等原理を尊重しながら、個別的な家族集団の具体的な現況を考慮して、男性の息苦しさだけでなく、女性も息苦しくならないような役割分担を工夫して円満な幸福を勝ち取るようにしましょう。

社会的なバランスが保てない

男女平等の理由として「社会的なバランスが保てない」という状況が気になりはしませんか。

旧来の発想によれば「男性は社会にでて働き、女性はうちにいて育児はじめ家事を受け持つ」のがあたりまえでした。

ところが、男女平等の思想によって女性も社会に進出するとなれば、旧来の発想が崩壊してしまいます。

そこで、社会における仕事と生きるための家事などの生活の調和がクローズアップされています。

現実の社会では、仕事と生活を両立させにくくなっているからでしょう。

社会における仕事は、人間の生活を支え、生きがいや喜びをもたらすエネルギー源ですが、それとともに、家事、育児のほか近隣との交流などの生活も充実させる必要があります。

しかし、現実の社会には、安定した仕事に就けないし、経済的に自立することができないケース、その逆として、仕事に追われるまま、心身の疲労から健康を害するとか、仕事と子育て、老親の介護などとの両立が困難な状況になっています。

ですから、多様な選択肢を可能とする仕事と生活の調和の必要性がクローズアップされてきたわけです。

仕事と生活の調和をはかる社会を形成するために、国民が個人的に努力しただけではどうにもなりません。

そうすると国や地方公共団体が推進する政策に頼るしかありません。

そうだとすれば国や地方公共団体は、人の働き方とか、生き方にかかわる旧来の発想を見直し、男女平等を促進する政策を打ち出すようにする義務があるといえましょう。

働きたい人が、その働き方を自由に選択できるような仕組みを形成できる政策を打ち出すよう切望します。

そもそも、生きている個人の持つ時間は有限ですし、従事する仕事と現実の生活との調和を実現するには、さらに個人の時間の価値を高めるとともに、安心と希望を実現できるような社会づくりが要求されます。

ですから、男女平等の理由として、「社会的なバランス」を検討するときにも、女性が育児、家事の役割を分担するとともに、できるだけ外にでて、「新しい公共」の活動などに参加できる機会を拡大する配慮が求められます。

実際には困難な側面もありますが、「社会的なバランス」を考慮しつつも、女性が社会に進出できる機会を増やす方向で生活上の工夫をされるようおすすめします。

要約すれば、「男女均等の推進」が重要という帰結になります。

男女均等の推進とは、男女の性別にかかわらず、その能力を発揮するための均等な機会が与えられる、男女の性別にかかわらず、そのエリアにおける評価や待遇について差別を受けないということです。

1985年に策定された男女雇用機会均等法が、日本における男女均等推進の明確なはじまりといえましょう。

この画期的な法律は、その後の時代の変化とともに、これに対応して改正され、求人のための募集はじめ採用、人員の配置、人事管理面での昇進など、すべての領域において、男女の性別を理由とした差別が禁止されています。

そして男女均等の推進には、均等を維持し、差別を禁止する側面のほかに、「現存する格差」を解消していくという側面もあります。

厚生労働省では、女性の能力発揮を促進するポジティブな取り組みを実践する企業を「均等推進企業」として位置づけています。

素晴らしい政策の展開として評価されます。

男女の性による差別の禁止が「均等」にあたり、男女の格差を解消するのが「推進」にあたります。

ふたつの側面を含めた合成語として「均等推進」というカテゴリーがうまれたわけでしょう。

どちらも含むものが男女均等推進という発想といえます。

ここにあげた原点に立脚してあらゆるエリアで男女平等が実現されるよう切望します。

男女平等で超えなきゃいけない壁

ここまでに、男女平等の根拠とされる理由として、仕事で女性が不利、明らかに男性が上、女性が嫌な思いをする、そればかりか男性も息苦しい、社会的なバランスが保てないなど、数個の理由を確認してきました。

それでは、これらの理由を考慮しながら、男女の平等を実現するにはどうすればよいでしょうか。

そのためには、平等の実現を妨げる障壁として、いくつかの壁を乗り越える必要がありますので、その壁を確かめてみましょう。