最近の日本語には英語が完璧に和製英語となって日本語のように定着したものが多数ありますよね。

そのような言葉の一つに「リアリティ」という言葉を挙げられると思います。

「リアリティ」、テレビでも新聞紙上でも結構、よく聞く言葉ですよね。

もう半ば「日本語化」しているかのような意味にも取れる馴染みの深い言葉です。

さてこの「リアリティ」、本来の英単語としての意味と現在、私たちが何気なく使っている意味合いとは全く同じなのでしょうか?

今回は「リアリティ」についての元の単語の意味との違いや詳しい使い方について見ていく事に致しましょう。

日本語化している英語の多さ

現在の日本語には、あまりにも多くの「日本語化した英語」があふれています。

昭和の頃と今とを比較したら、その数の違いはあまりにも膨大になっている事に気付かされるでしょう。

例えば「ヤング」や「フレッシュ」。

更に「ニュー」や「ビューティフル」などといった英単語は学校で習う前からその意味を知っている英単語ではないでしょうか?

更に最近では「ディベート」とか「スキーム」だとか、結構聞き慣れない単語までが頻繁にテレビや新聞紙上で扱われているようになりました。

果たして皆さんは今のこのような「英単語」が混じった日本語の現状、どのようにお考えでしょうかねえ?

「わざわざ英単語にして話さなくてもいいじゃないか、ちゃんと正しい日本語を使え!」といった厳しいご意見も出てきそうな雰囲気を感じませかねえ。

とにもかくにも、今の日本語は100年前の日本語とは180度、違ってきているといっても過言ではないくらい、日本語化している英語の数が多いようです。

日常会話でも自然に使う英語

とにかく私たちの日常会話において「英語」の言葉は必須というほど食い込んできています。

それなしでは本当に会話もコミュニケーションもつながらない、という次元まで来ている感じですね。

例えば野球という競技。

戦時中は一切の英語に関する表現が禁じられていましたね。

「ストライク」を「いい球」。

「ボール」は「よくない球」など。

これでは今の時代において、とてもその競技を快く楽しむ事ができませんよね。

「ストライク」や「ボール」「アウト」「フライ」「ゴロ」「ゲーム」「スタジアム」などを全て日本語の漢字表記でやってしまったら本当に「興覚め」という言葉がピタッとはまってしまいそうなムードです。

という事で、今の時代、日常会話から英語を失くしてしまうことなどほぼ不可能という事が言えるわけなのです。

なんとなくで使っていると恥をかくかも?

ところで最近の日本語化した「英単語」というものは、意味合いがまるで違うのに平気で間違った意味合いとして使われていることもまま、あるようですね。

今回取り上げました「リアリティ」も多分にこの傾向を含んでいる言葉のようなのですね。

なんとなく、こんな使い方でいいんじゃない?という感じで使っているうちにどれが本来の正しい意味なのか、めちゃくちゃになってしまうケースも多い、という事なのです。

そして分かっているつもりで実はその言葉の正しい意味を全く把握しておらず、恰好だけを気にして使っていると、あとでとんでもない恥をかくことも十分考えられでしょう。

もともと、英語と日本語というものは文法上も解釈上も全然違う、言語ですからね。

この「水と油」のような組み合わせが一つの言葉になって成り立つ、ということ事態に無理があるという事になるのでしょう。

リアリティの解説

それではここからは「リアリティ」についての解説を行っていく事にしましょう。

そもそも「リアリティ」とはどういう意味が正しいのか。

この機会に是非とも知っておきましょう。

普段こんな感じで使われるリアリティ

「あの人の絵にはリアリティがる」「この漫画のリアリティさは本家を凌ぐ」「筋肉を鍛えるからこそ、真のリアリティを感じられるのです」…。

世の中には「リアリティ」という言葉を日常的にしばしば使う機会が多い事と思います。

3つほど、何気なく使われる会話形式で「リアリティ」を用いてみました。

ざっとこんな感じで皆さんも使っているのではないでしょうか?

でも、果たして本当にこの意味、正しいのでしょうか?

間違っていないのでしょうか?

そんな細かいところまで気にしたことはないのかも分からないだけでしょうか?

いずれにせよ、「リアリティ」という言葉。

普段、こんな感じで使われている事だけは間違いないでしょう。

リアリティの意味、理解してますか?

日常よく使われている「リアリティ」。

さて皆さんは本当にこの言葉の意味を正しくご理解されて使われているでしょうか?

英語というものは厳密にみると結構、日本語の訳とは違った意味を持つ単語がたくさんあるものです。

では今回取り上げています「リアリティ」。

果たして本当に正しい意味を掴んでいるのでしょうか?

以下、じっくりとみていく事に致しましょう。

リアリティの意味

それでは「リアリティ」の意味について見ていく事に致しますね。

現実味・現実性

リアリティの意味の1つ目は「現実味・現実性」という事です。

これはいたって私たちが想像していた通りの意味となりましたね。

「リアリティ」は元々、英単語の「リアル」です。

直訳すれが「現実」です。

現実とはあなたが今見ている世の中全てがそういうものに当たります。

2018年の今の空間、時代がそのまま「現実」なのです。

それが「リアリティ」、つまり現実味・現実性という表現となっているのです。

だから10年前はもうすでにリアリティではりませんよね。

10年前は「昔」。

「オールド」という事になります。

つまり「過去」という概念です。

リアリティとは現実味や現実性を持った物事全般に対して使われる言葉なのです。

事実に基づいて

リアリティの意味の2つ目は「事実に基づいて」という事になります。

「事実に基づく」とは嘘偽り、飾り立てが一切なく、目の前の現実を色眼鏡なしで客観的にありのままを描いて第三者に伝える手段を言いますよね。

ニュースで取り扱われる事件や事故を嘘・偽りなく目の前に起こった事をそのまま伝えることが「事実に基づく」という解釈になるわけです。

そうであるから報道に関わるニュースや新聞の記事が多くの人々に支持されるわけなのです。

こういった姿勢も「リアリティ」という概念で語られるわけなのです。

ただ、中には事実を歪曲して国民に知らせる場合も多々、まります。

今(2018年3月)世間を騒がせている森友学園の問題。

これなどは事実を隠蔽した全く虚飾の事件であることが世間に知られています。

あるいは東日本大震災の際の原発事故の報道も大きく事実に反する報道がなされてきていますよね。

こういった情報操作に関わるニュースというものは、国民に真の「リアリティ」を伝えてしまったらその後とんでもない事になってしまう人達が大勢、いるから肝心な部分を伏せてしまうのでしょう。

真実に基づいた報告が出来ないという事は、非常に憤懣やるかたない気持ちになるものですね。

真実味のある

リアリティの意味の3つ目は「「真実味のある」という事です。

「真実味」というのは最初に紹介いたしました「現実味」よりもいささか脚色されているというか、第三者によって現実を多少なりとも差し替えられたイメージを感じさせてしまいます。

目の前に起こったある出来事があまりにも悲惨だったため、全てをありのままに伝える事をセーブして必要最小限に留めてお伝えする。

といった意向が垣間見える措置ですね。

この場合は生の現場写真や映像を用いずに、人の口から必要な部分だけの情報を聞くことによって事件の全貌を想像するという作業が働く訳です。

それによって読者や視聴者が様々なイメージを起こし、どれだけの「真実味があったのか」を推察するという形になるのです。

いずれにしてもこのような場合においても「リアリティ」という言葉は用いられるわけなのです。

迫真性のある

リアリティの意味の4つ目は「迫真性のある」です。

この場合のリアリティはスポーツなどのシーンを想像したらいいかと思います。

例えば、まだ幼い子供が行う空手の型は、あどけなさが残っていながら形においては迫真の技で、大人が行う方と大きな違いがありません。

まさに「迫真性のある」といった表現がぴったりはまります。

このように「リアリティ」とい言い方は直接見た聞いた世界が全てではないということなのですね。

見た人の今までの経験値が現実のシーンと折り重なって、見た目以上の迫真性を連想させる場合の表現に用いられる事もあるのです。

まさしく迫真の「リアリティ」さ、というところでしょう。

リアリティは英語から由来

さて、半ば日本語化している感のある「リアリティ」、実は誰がみても正真正銘、元々は英語なのです。

それでは本来の語源である英語の方の「リアリティ」について少々、みていく事にしましょう。

英語「reality」から

英語であるところの「reality」の意味は

・現実[実在・事実]性。

実際にある、または起きるということ。

不可算的なこと。

・現実のこと[もの]、実際に起きる[存在する]もの[こと]
・迫真性、現実への近さ、リアリティー
・《哲学》実在

という意味になっています。

 https://eow.alc.co.jp/search?q=reality (「英辞郎」より引用)

こうやってみると先程の「リアリティ」の意味合いとはそう大きな大差はないように思われますね。

本来の意味も日本で使われているのと同じ

「現実性」とか「実際に起こること」とか「迫真性」などといった意味合いは日本語化した「リアリティ」と全く同じですね。

元々「ty」は名詞のあとにつける接尾辞で「~な性質、状態、程度」といった意味を表すものです。

「real」の後ろに「ty」をつけることで「真実」「現実」という表現により一層、躍動感というか命を与えている表現、とでも言ったらいいのでしょう。

こうみてくると本来の「reality」もほぼ日本語の意味と同じである、という事でよろしいという事になりますね。

リアリティの使い方

それではここからは「リアリティ」を実際に生の会話で使っているシーンを想定してご紹介して参りましょう。

リアリティの使い方を例文とともにチェック

「リアリティ」の使い方を例文とともに見ていきます。

難しく考え過ぎないよう出来るだけ日常生活に出てきそうなシーンを想定してご紹介してゆきまますね。

「このヘッドホンは、究極の音のリアリティを追求している!」


この例文は、日頃、音楽好きな人が自分のこだわりの音を一つの「リアリティ」と捉える事によって一つの解釈基準を作り、「このランクよりも下のものはいい音とは認めない」という現実嗜好を垣間見せている言い方です。

どんな趣味であっても分野であっても、そこには自分のこだわりというものがあるはずです。

そのこだわりが「リアリティ」となってあなたの世界観を形作る、という事を言いたいわけなのです。

「今年の新入社員がリアリティショックを受けたようだ。」

新入社員というものはまだまだ現実の厳しさや真剣さを体感し切れていません。

感覚的にはそれまで4年間の大学生活における世界観がこの世の全て、のような現実感を持って生きてきました。

よって実際に入った会社の現実度がそれまで思い描いていた理想と大きく食い違いを起こしているために起こるのがこの「リアリティショック」という訳です。

この場合の「リアリティ」は自身が思い描いていた「世界観」と実際に入社してみてみた「現実」との差別観です。

これほど現実の「リアリティ」さが露骨に違っているとは…。

新入社員にとったら大きなカルチャーショックを受ける事かも分かりませんね。

「バーチャルリアリティの世界は私には馴染めません。」


「バーチャルリアリティ」。

仮想現実。

コンピューターが作り出す、いかにも現実っぽい嘘の世界の事です。

映画「マトリックス」でも取り上げられて有名になりましたよね。

もし、本当に精巧な「バーチャルリアリティ」の世界に放り込まれたら、現実と非現実の区別が分からなくなってしまい、人間は理性を失ってしまうかも分かりません。

それほど高度に進んだコンピューターグラフィックの技術は人間に「仮想世界」を見せてしまうようなのです。

「バーチャルリアリティ」の「現実感」というものは、人間の過去のデータと経験値によって作り出されたもの。

いわば「贋作」の世界です。

いかにも「創造」というテーマの最先端に言っているような気がして、実はすべては過去のおさらいなのです。

本来、「リアリティ」というものは今、そこにある現実を見て真実を感じるもの。

仮想世界が全てという発想に凝り固まってしまったら、明日が見えない危険性を感じてしまいそうですね。

「まだ5歳なのに、そのダンスの見事さは大人顔負けのリアリティさだ!」

5歳の子供が完成されたダンス技術を持っている大人のように踊ることなどできるはずがありませんよね。

体格的にも大きく見劣りしますし、技の切れもスピードも大人のダンスの域には到底、届かないものです。

それは見ている人がハッキリと認識できるはずです。

しかしながら、そんな肉体的ハンディをものともせず一心不乱に間違うことなく最後まで演技をやり続けてくれたなら、そこには5歳児が行った「リアリティ」がハッキリと存在してきます。

そう、この瞬間にその子しかでき得ない見事なダンスの「現実」が存在したのです。

ダンスの競技ならば確かに大人の行うレベルの方が圧倒的に高得点をたたき出すでしょう。

しかし、そこに年齢制を設ければ話は別です。

その5歳児のダンスはその「年齢層」の中でピカ一の光を輝かせたことは間違いありません。

これこそまさしく「リアリティ」の追求なのです。

「リアリティ」というものは行っているものの真剣さが加わって新たな真実味を増すようですね。

「リアリティを追求し過ぎた結果、今回の試作品は少々、見栄えがかなり良くないようだ」

この「リアリティ」はその作品の元となったモデルが存在していて、そのモデルのありのままの姿がいわゆる「リアリティ」とみなされています。

要するに元々の作品は「オリジナル」で今回の試作品は「模造品」という扱いになるのでしょう。

ただ、この試作品が芸術性を求めた作品だったとしたら、その試作品にオリジナルの「リアリティ」というものを求めすぎるのはいかがなものか、とも思います。

やはりいかなる世界においても「本物」といえる存在は1つだけ。

それ以外は「レプリカント」という扱いになってしまいます。

例え、後から作った作品が本家のレベルを超えていたとしても、です。

それが「リアリティ」というものを尊重した考え方ではないでしょうか?

だから作品のテーマを変えてじぶんなりの「オリジナル」を作ってゆけばいいと思うのです。

そうすれば完全なる「リアリティ」というものが存在してきます。

誰も真似のできない自分だけのものが、です。

リアリティの使い方をまとめると

それではここで「リアリティ」の使い方をまとめてみましょう。

うまく表現できるかどうか不確かな部分もあるかも分かりませんが、私なりに思うのは

「リアリティ」イコール「存在感」

ではないか、と思っています。

だから仮想現実などは真のリアリティとは言いにくいと思うのです。

あくまで本人が努力し、何かを成し得ようという姿勢を見せている。

それがいわゆる「リアリティ」と私は思うのですが、皆さん、如何でしょうか?

ちょっとややこしくてまとめになっていないでしょうか?

リアリティとリアルの違いとは

では次です。

「リアリティ」と「リアル」の違いについて考えてみましょう。

似ているけれど微妙に意味が異なる

「リアリティ」と「リアル」。

意味合い的にはほとんど同じです。

「リアル」の後ろに接尾辞がついたのが「リアリティ」です。

それだけの事です。

ただ、その接尾辞がつくことによって言葉の発するニュアンスが微妙に違ってくるのも確かです。

「リアリティ」と「リアル」。

ちょっと両者について考えてみましょう。

英語「real」の意味

それではまず英語の「real」の方から意味をみていきましょう。

現実に即していること

「real」の意味は「真実」「現実」「本当」を意味します。

間違っていない、嘘でない、不純物のない、と言った解釈も成り立ちます。

または「本物」という言い方もできるでしょう。

つまり「現実に即していること」という解釈ですね。

世の中全般の物事に対して何が正しくて何が間違っているのか。

その判断基準の目安になるものが「real」となると思っていただいてもいいのでしょう。

現実に即していない現実だったらば、それは「real」とは呼べませんからね。

現実性のあること

「real」のもう一つの意味は「現実性のあること」という事です。

現実性がある。

これは空想や仮の姿という事ではなく、実用的で世の中の役に立っている、という解釈も可能となるでしょう。

ズバリ、「real」とは現実的な側面からみて人間の役になっているもの、と言えるのではないでしょうか?

もしそれがそうでないのならば、とても「real」などという言い方はできないでしょう。

「real」は現実という意味と同時に「真実」という意味にも取れるからです。

嘘八百の商品であったり情報であったなら、到底「real」という表現は使えませんからね。

日本語で使うリアル

では次は日本語で使う方の「リアル」について紹介していきましょう。

果たして日本語になると「リアル」はどういった意味合いになってしまうのでしょうか?

本当に・マジで的な使い方が多い

「リアル」を日本語で使うと「本当に」とか「マジ」といった意味合いになってしまうようです。

こうなってくると、英語の時の意味よりもかなり砕けてしまった意味合いになっていると言えなくもないでしょうね。

そもそも日本語に登場してくる和製英語というものは、元々の意味を含みながらも、かなり意味を省いた短縮形のような使い方で登場しているケースが多い気がしますね。

英語の「real」は「現実に即した」という意味合いになっていますよね。

それが日本語的に使われると「本当に?」とか「マジ?」などといった疑問形の意味合いに変わってきてしまっています。

英語でそれを表すならば「really」?とならなければならないはずです。

こういったところに日本人の語学力といいますか、日本語も英語もいい加減に扱っている部分を感じてしまうわけなのです。

英語を母国語で使っている人が日本語の「リアル」を聞いたら全く意味が通じなくなるのは明らかですね。

まさに自国内だけで通用するおかしな和製英語、という事が言えるでしょう。

意味から見る2つの違い

次に日本語で使うリアルについて意味合い的に違うと思われる点を、2つの違いに分けてみていきましょう。

リアリティ:現実っぽさ

日本語で使うリアリティは「現実っぽさ」という意味合いを強調した言い方、と解釈してみてもいいでしょう。

何度も申してまいりましたが、「リアリティ」とは「リアル」に接尾辞がくっついた言葉。

それは元々の言葉に活動性を与え、今にも動きだしそうな錯覚すら与えられそうな能動的なイメージを醸し出しているのです。

ということは、「リアリティ」という言葉は単に「リアル」と言うよりもはるかにイメージが強烈で生々しいというか生命観に溢れた表現、となり得ているはずなのです。

また多くの場合、「リアリティ」と言う言い方は何かを例えて用いるような時に頻繁に使われたりもします。

勿論、その性能や出来栄えが素晴らしいものである、という事を強調させるためにです。

という事は、リアリティを頻繁に使う人は実はその物事の良し悪しを深く分かっていないからいたずらに「リアリティ」という言葉を一種の褒め言葉として使っているとも言えるのでしょう。

つまり苦しい時の神頼み。

褒めるのに困ったら「リアリティ」をとりあえず使っておけばそれで事が済む、というムードを感じているからでしょう。

この事態がいい事なのか、それとも逆なのかは別にして、確かに「リアリティ」という言葉には相手を納得させるだけの大きな説得力が備わっているのだけは否定できません。

そう思うと確かに苦しい時の「リアリティ」頼み。

万人に効く魔法の言葉と言えるかも分かりませんね。

リアル:現実であること

一方の「リアル」、こちらは「現実である」ということが最大限の意味となります。

つまり、「リアル」とは嘘偽りが一切ない、全てがオリジナルに忠実に倣ってきちんと真似された世界、という事になります。

「リアリティ」との違いを探すとなると、一切の妥協を排しているところ、と言えるでしょうか。

つまり「リアリティ」にはその作品が完成形を目指したいが為、モデルとなった作品のいいところは勿論、欠点と思える箇所も何かと理由をつけてより完成度の高い作品に仕上げようとする意図が含まれてくるのに対して「リアル」の方は元のモデルに完璧に忠実になぞって作り上げられているところが挙げられるでしょう。

例えば最近、人気になっているお城のミニチュア模型。

実物の400分の1や1000分の1サイズに縮小しているだけで細部にわたって実に「リアル」な造形でマニアが飛びつきたくなるような精巧さを醸し出しています。

という事は、全体的に見れば、綺麗に出来ている部分と汚く出来ている部分も関係なく忠実にそのままの現状の状態で世間に発売されている、という事です。

ところがそれがいい、というのがコアなファン心理というものです。

綺麗なところはそのまま、更に時間の経過とともに朽ちたり壊れたりしている箇所があっても現状を損なうことなく再現してくれている方が真の「お城ファン」心理をくすぐってくれる、という訳ですね。

これが「リアリティ」を追求しだすとそのお城が建立された当時の真っ新で綺麗な状態だけを再現しようとします。

それが「リアリティ」を追求するということ、と言われてしまったらやはり納得するしかないのかもしれませんね。

どちらにしてもその作品のいいところを漏れなく再現してくれる細部へのこだわりは、ファン心理を焼き付けてはなさないでしょう。

「リアル」であっても「リアリティ」であってもいいものはいい、という形になってくれたら日本のモノづくりにおける技術力はますます、海外からも絶賛の嵐を受ける事でしょう。

リアリティは多用しすぎるとバカっぽいので注意して!

如何だったでしょうか?「リアリティ」について

・リアリティの解説
・リアリティの意味
・リアリティは英語から由来
・リアリティの使い方
・リアリティとリアルの違いとは

という点を意識して紹介して参りました。

さて、「リアリティ」という言葉は元々、英語から使われるようになった言葉です。

普通に「現実的」とか「真実」とか言っていればいいのに、いつのまにやら言いまわしがインテリっぽく聞こえるからかどうかわかりませんが、今では広く一般的な「日本語」のような言葉になってしまいました。

しかしながら、日本語と英語とでは根本的に意味がかみ合わない部分がどうしても出てきてしまいます。

だから日本語を英訳して外国人に伝えるのは難しいのです。

それは日本語には「心情描写」に関わる表現力が英語とは比べものにならないくらいたくさんの言い回しがあるからなのです。

日本語の「現実」と「真実」は厳密にいえば全くの別物ですよね。

なのに英語では一言で「real」あるいは「reality」と言うだけです。

その単語の真の意味は前後の文脈から想像して解釈するしかありません。

だから日本語に訳しにくくなるのです。

よって、日本人が頻繁に「リアリティ」という表現ばかりをやっているといい加減、その人のボキャブラリーの底の浅さが露呈してしまう羽目になってしまうのですよね。

確かに何でもかんでも英単語を使って処理しておけば楽でしょう。

微妙な意味の違いを「リアル」とか「リアリティ」と言っておいて、その文章の真意を相手任せにしているのですからね。

これでは日本人の国語力が低下してしまうのも頷ける話なのですよね。

そういえば、大学受験において現代国語の読解力を試す問題の答案は男性よりも女性の方は高得点を取れるようですね。

こういったところにも安易に英語ばかり使う男性と国語としての日本語のいいところを守ろうとする女性の違いが出ているのかも分かりませんね。

ちょっと最後のまとめが長くなってしまいましたが、「リアリティ」という言葉の乱用はバカっぽく見えてしまいますから、十分気を付けて使いましょうね。