人間は社会的な生活を営む生き物ですから、生きている以上は常に他人同士で関わり合っていかなければなりません。

人間関係においては、親しい人と過ごす時には楽しいことも多いですが、一方で誤解を受けたり他人を気遣ったりと、苦労することも多いでしょう。

人間関係に疲れてしまいやすい人にはどのような特徴があるのか、また人間関係で疲れてしまう人の対処法についてご紹介していきます。

適度な人間関係を保って、自身のストレスを減らしましょう!

人間関係に疲れてしまう人は多い?なぜ苦労をする?

人間関係に疲れてしまう人は多いです。

見るからに気力を失くして他人と接している人もいれば、一見とても楽しそうに人とコミュニケーションをとっていても、本音の部分では疲れ切ってしまっている人もいます。

人は自分のことだけしか深くまで理解することはできません。

だから接している相手の本心を予想したり探ったりすることはできても、それを心底から理解して把握することは不可能でしょう。

それでも人間関係を円滑にしていくためには、ある程度他人のことを気遣いながら接する必要があります。

その気遣いをし過ぎてしまったり、相手が自分の予想とは大きく反する言動ばかりをしたりすると、気持ちの面でついていけずに疲れてしまうことがあるでしょう。

他人のことを理解できないからこそ疲れますし、また苦労も多いです。

そうした気苦労が自身の疲労やストレスに繋がっている人は世の中にたくさんいるでしょう。

さまざまなところで人間関係の問題がある

人間関係の問題は、毎日さまざまなところで起きています。

家や学校、職場などの社会的な場所では当たり前に起こりますし、友達や恋人、夫婦間でも日常的に起こります。

お互いの価値観の違いでトラブルになったり、直接的な喧嘩にはならなくても、陰口を叩き合ったりして、人間関係に少なからず波紋を広げることはよくあることでしょう。

一人ひとり個性がありますので、相性のいい相手もいれば、悪い相手もいます。

相性の悪い相手とはお互いに険悪な関係になることもありますが、ハッキリとお互いに自己主張がし合えるのであればまだマシでしょう。

中には他人を気遣いすぎて自分が疲れてしまったり、言いたいことが言えずにストレスを溜め込んでしまったりする人もいます。

人間関係は、自分は所属する社会の中において実にさまざまですので、人間関係の問題もまた、一筋縄ではいかないものが多いです。

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人間関係に疲れてしまう人の6個の特徴!考えすぎもよくありませんよ?

人間関係に疲れてしまう人には、人付き合いに関して深く考え過ぎるという共通点があります。

ある物事に関して、他の人はさして深く考えることはないのに、その人だけはかなり深読みをしてあれこれと考え込んでしまいます。

慎重といえば聞こえはいいですが、あまり深く考え過ぎてしまうと余計なことまで悩んでしまい、結局は自分自身が疲れてしまうことになります。

適度に肩の力を抜けない人は、しばしば人間関係で疲れてしまうことがあるでしょう。

人間関係に疲れてしまいやすい人には、他にどのような特徴があるのでしょうか?以下に挙げていきます

1.ネガティブ思考


ネガティブ思考な人は、何でも悪い方へと考えてしまいがちです。

例えば職場で挨拶をしたのに、相手に無視をされてしまった時、ポジティブ思考の人は「聞こえなかったのかな」と思い、もう一度挨拶をします。

一方でネガティブ思考の人は、自分が「無視された」と思い、相手に対して不満を覚えたり、または不安になったりします。

こちらの挨拶に気付かなかったという可能性を最初から考えずに、「自分のことが嫌いだから無視をしたのか」と考えたり、「自分が何かしてしまい、それで怒っているのかも」と思い込んだりします。

するとどんどん相手に対して接し辛くなってしまい、相手からすれば「よく分からないが一方的に距離をとられている」状況になってしまうこともよくあります。

ネガティブ思考の人は、そうした一方的な思い込みや誤解を感じやすいため、それだけ人間関係では疲れてしまうことが多いです。

相手と接しても良いのか分からなくなる

ネガティブ思考が働いて、相手に嫌われていると感じると、その相手に対してどう接していいのか分からなくなってしまいます。

自分が声をかけてもいいかどうか、嫌な顔をされてしまったらどうしようかなど、あれこれと深読みをし過ぎてしまい、その結果相手と接しても良いのか分からなくなって、一方的に相手を避けてしまうこともあるでしょう。

極端なように思えますが、ネガティブ思考の人は実際にそれだけのことを考えながら毎日生活をしています。

たまたま機嫌が悪い人と会話をした時には、その不機嫌の原因が自分ではないかと疑ってしまいますし、LINEを既読無視されたら、自分が嫌われているのではないかと勘繰ってしまったりします。

それが日常茶飯事ですので、人間関係に疲れてしまうのも無理はないでしょう。

相手に申し訳ない気持ちで一杯になる

ネガティブ思考の人は、何かトラブルがあればそれを自分のせいだと思い込み、他人に対して酷く恐縮してしまったり、申し訳ない気持ちで一杯になってしまったりすることがよくあります。

自分のミスで他人に迷惑をかけてしまったのなら、相手に申し訳ない気持ちを抱くのは普通のことでしょう。

ただし、ネガティブ思考の人はその「申し訳ない」という気持ちが異常に強いため、いつまで経っても相手に対して腰が低くなってしまいます。

その場で謝罪をし、休憩時間に謝罪をし、帰りにもまた謝罪をします。

そして翌朝には、「昨日はごめんね」と挨拶代わりにまた謝罪をするため、相手からすれば反対に鬱陶しく思えてしまうことでしょう。

しかし、当人からすればそれくらい謝罪しなければ気が済まないほどに、相手に「申し訳ない」という気持ちで一杯になってしまいます。

そして、自分のせいで誰かが迷惑を被ったら、そのことをいつまでも引きずってしまうため、その相手に対していまいち強く出られなくなってしまうことも少なくはないでしょう。

2.心配性


心配性な人は、人間関係においてもその心配性をこれでもかと発揮してしまいますので、それだけ人間関係には疲れてしまいやすいです。

誰かが人の噂話をしていたら、それは自分のことではないかと杞憂に陥ったり、喧嘩をすれば相手が自分を嫌いになってしまったのではと不安に陥ったりしてしまいます。

また、世話焼きタイプの人は、友達や同僚の危なっかしい行動を見てはハラハラして、他人事なのにまるで自分の事のように心配になってしまうことも少なくはないでしょう。

しまいにはお節介を焼こうとして、それを冷たくあしらわれるとさらに落ち込んでしまうこともあります。

心配性な人は、自分のことでも他人のことでも何かと心配してしまうため、いつも心が落ち着いて休まることがありません。

たまに1人きりでゆっくりと時間を過ごす時にはリラックスできても、また集団生活に戻った途端に、たくさんの心配事で気を揉むことになるでしょう。

不安になる

心配性な人はいつも不安になりやすいです。

家の戸締りはしっかりしたか、財布をきちんと持ってきたかと、自分のことでもいつも不安になる悪い癖があります。

何かと不安になることは、長所に言い換えれば慎重とも言えますが、それも度が過ぎてしまうと自分が疲れてしまうだけでしょう。

また、自分のことでも不安になるのに、他人のことではもっと不安になってしまいます。

何せ他人の心は読めませんので、周りの人が自分のことをどう思っているのか、自分は嫌われていないかなど、不安要素は身の回りにたくさんあります。

それらをいちいち見ないようにすれば少しは気が楽になりますが、心配性の人はいちいちそれらを1つずつ自分で手に取ろうとしますので、結果的に不安になることが増えてしまいます。

自分から心配事を増やしますので、それだけ疲れてしまうのでしょう。

失礼なのではないか?と思ってしまう

心配性な人は、ちょっとしたことでも相手に失礼になってしまうのでは、と不安に感じることが多いです。

例えば来客に茶菓子を出す際に、出した後で「あのお茶は苦すぎなかっただろうか、熱くはなかっただろうか。」と不安になってしまうことがあります。

また取引先の人と挨拶を終えた後で、「今の挨拶の仕方は相手に失礼ではなかっただろうか。」と思い返して1人で不安になってしまうことがよくあります。

相手の本心が分からないからこそ、いつも「ああではないか、こうではないか」と考えを巡らせ、また自分の行動を振り返っては相手に失礼はなかったかと過剰に気にしてしまいます。

そんな風に神経をいちいちすり減らしていては疲れてしまいますが、それが性分になっている人は、どうしても心配性な癖が抜けきらないでしょう。

3.正直ではない

正直ではない人も、人間関係では疲れやすいです。

天邪鬼な性格の人や、自分の本音を口に出せない人、本音と建前との差が大きい人など、心に抱いている思いを素直に口に出せない性格の人は、人と接する時にもストレスを溜め込んでしまいやすいです。

誰でも社会の中で上手く適応していくために、時には嘘をつくこともありますし、周りに合わせて自分を抑えたりすることもあります。

しかしそれを毎日続けている人は、常に自分の本音を人前では出せなくなってしまい、人一倍我慢したり対人関係でのストレスが溜まってしまったりするでしょう。

偽ってしまっている

自分を偽ってしまっていると、いつも本心を口に出せなくなってしまいます。

他人の求める自分の理想像のままに振舞おうとして、思ってもいないことを口にしたり、行動したりします。

そうすることで周りの人間関係は円滑になりやすいですが、その分自分の心に無理を強いて、精神面を削ってしまっています。

「本当の自分」のままに振舞えないというのは、かなりのストレスになるでしょう。

そのため時には感情が爆発しそうになり、1人カラオケで「ばかやろー!」と叫んだり、暴飲暴食に走ったり、物に当たったりと、発散できない思いを何とかして晴らそうと、暴走してしまうこともあるでしょう。

よく親の理想のままに育った子どもが、いざ成人してから抑えていた感情が爆発して非行に走ったり、引きこもりになってしまったりと、悲惨な結果を迎えてしまうことがあります。

それらは子どもの頃にずっと自分を偽り続けたことが、大人になってから我慢できなくなってしまい、暴走してしまった姿だと言えるでしょう。

本音で物事を言えない

正直ではない人の中には、本音で物事を言えずに、溜め込んでしまうタイプの人もいます。

子どもの頃に本音を言うことが許されずに育ってきたり、または人間関係で本音を言ったがために大きなトラブルが起きてしまい、それがトラウマになったりしたことで、本音を言えなくなってしまった人もいるでしょう。

本音で物事を言った結果、友達と絶縁関係になってしまった人は、もう友達を失いたくなくて、それ以降は新しく友達ができても、本音で話すことができないこともあります。

また、本音を言ったがために人間関係に大きなトラブルが起きてしまった人は、また同じような争いになるかもしれないのが怖くて、誰に対しても素直に本音で向き合うことができなくなってしまうこともあります。

周りに嫌われたくない、孤立したくない、友達を失いたくないといった後ろ向きな感情が本音を言えなくさせ、自分の中に溜め込んでしまっている状態なのです。

4.相手のことを考えている

相手の立場に立って物事を考えられる人は、優しくて共感能力にも優れています。

自分がされたら嫌だと思うことは決して人にもしませんので、悪口を言わなかったり、乱暴なことはしなかったりと、周りの人から見れば優しくて気遣いのできる、とても性格のいい人に思えるでしょう。

相手のことを考えられる人は、それが大きな長所ですが、同時に相手のことを考え過ぎてしまうという短所でもあります。

自分が残業させられたら嫌だから、皆の仕事なのに他の人にも残業をお願いできずに1人だけ会社に残ったり、自分が言われたら傷つくからと、間違いをおかした人に注意することができなかったりすることもあります。

それらは相手のためを考えているようですが、実際には違っています。

あくまでも、「自分がされたら嫌」だという、自分本意で自分が基準の考え方です。

本当に相手のことを思っているのなら、間違いをおかした人には注意すべきですし、皆の仕事であれば皆でやるべきです。

それを言えずにただ自分だけが貧乏くじを引いてしまうのは、周りからすれば「優しい人」ではなく単に「都合のいい人」でしょう。

相手のことを考えると、それがまるで自分のことのようにも思えてしまうため、やるべきことや必要なことまでが、相手のことを考えるがためにがんじがらめになってしまいます。

相手のことを考えすぎて疲れることも

相手のことを考えすぎてしまうと、自分自身が疲れてしまいます。

人に相談をされたら、それに親身になってあげるのはいいことですが、最終的な解決は相談者がするべきことです。

それを、何もかも自分が相手の立場に立ってあれこれと考えてしまうと、他人事が自分事になってしまい、余計に心に重荷を背負ってしまいます。

その結果、自分とは何の関係もないことで気苦労を負ってしまい、人間関係に疲れてしまうでしょう。