親が子を思う気持ちの中の一つに「心配」というものがあります。

親子関係のみならず、人が自分以外の人の事を心配したりするのは人間である以上、仕方のない事でしょう。

自分の事も含めて一切の「心配」という感情を持たない人間の方こそ、仕方ないでは済まない事だと思います。

ただ、あまりに度の過ぎた「心配」は人間の成長や仕事の中身に多分な影響を与えてしまうこともまた確かでしょう。

今回はこの「心配」についてみて行きたいと思います。

心配は心に毒?!

世の多くの子供を持つお母さんたちは、我が子の事を思うと心配にならざるを得ないようです。

そのあたりは大雑把に神経が出来ている父親と大きく違うのかも知れませんね。

ただ、自分の子供がそれなりに大きくなってもまだ、過度な心配を続けていると子供からの反抗をもらってしまうのも確かです。

そもそも心配って、自分の身体に毒にはならないのでしょうか?

中には夜の帰りが遅いと言って寝ることもせず、夜通し起きて心配している方もいらっしゃいます。

心配した方が逆に体を悪くしてしまいそうですね。

心配はほどほどにするべし

確かに過度な心配の仕方は身体に毒になりそうです。

自分の子供の帰宅時間が最終電車ギリギリだからと言って、それでいちいち心配していたら心配される方もうざったく思うかも分かりません。

人の「気」は伝染します。

強ければ強いほど人にうつります。

過度な心配はその対象者に伝わり必ずしも円滑な人間関係を構築してくれるとは言いにくくなってしまうでしょう。

よって心配はほどほどにすべし、というスタイルで行動するのが気も心も双方が楽になる生き方だと思うのです。

大きなトラウマがある場合も

ただ、それでも心配する方にとったらそういう訳にはいかないのでしょう。

相手の事を心配する、というのはそれだけその相手に愛情をかけている証拠です。

もし、万が一何か事故でもあったら…。

という思いで気持ちがいっぱいになっているのですから周りの者がとやかく言ってもどうしようもないでしょう。

恐らく、心配性の人はそれなりの根拠となるようなトラウマを抱えているかも分かりません。

だから自分の事以上に周囲の人に対して心配してしまうのかも分かりません。

心配性な人にとって取りこし苦労は慣れっこかも分かりませんが、心配される方は、いい加減、げんなりしているかもしれないでしょうね。

心配し過ぎないようにするための6個の方法


それでは次に参りましょう。

では、どうやったらそんなに心配しないように出来るのでしょうか?

心配し過ぎないようにするための方法をご紹介して参りましょう。

全部で6個のご紹介です。

ポジティブな言葉だけを使う

心配し過ぎないようにするための方法の最初の1つ目は「ポジティブな言葉だけを使う」です。

人間には自律神経というものが存在します。

これは頭で思ったり考えたりした事を現実に行えるようにコントロールしてくれる機能の事になります。

よって一心不乱に願った事や叶えたい事などを口から何度も言い続ける事によって本当にそれらを現実のものとしてくれるのです。

よって、私たちは口から発する言葉の中身を気を付けなければならないのです。

それは思った事をそのまま口から言ってしまう事によって本当にそれが現実の事となってしまう可能性があるからです。

だから日頃から「ポジティブ」な言葉だけを使う事が重要視されるのです。

何事にも感謝の意を表し、人の悪口を言わず前向きに素直な姿勢で生き続ける態度が自然と口から発する言葉にも影響されて「ポジティブ思考」な発言となってくれるからです。

反対に人の悪口を言ったり罵ったり、差別発言を頻繁に行う人間には、自分の口から言ったその通りの事が自分の身に降りかかる、という寸法になるのです。

だから極度な「心配」発言もいい加減にしなければいけない、という事なのです。

知らず知らずのうちに前向きになる

ポジティブ思考の発言を行っていれば、知らず知らずのうちに気持ちを前向きにしてくれます。

すると、さっきまであれだけ心配していた事に対しても少なからず落ち着きを取り戻し、精神状態も安定してくるでしょう。

あなたが必要以上に心配して発言する言葉は恐ろしいくらいの「ネガティブ思考」発言です。

よって自分の手で自分の首を絞めるような真似だけは避けましょうね。

考えるよりまず行動を心がける

心配し過ぎないようにするための方法の2つ目は「考えるよりまず行動を心がける」です。

人間、心配し過ぎてしまうとクヨクヨと余計な事を考えてしまって、悪い方悪い方に思いを巡らせてしまいがちです。

これでは確かに体に毒。

身も心もズタズタになってしまうでしょう。

よって余計な事を考えないようにするためにも、行動することです。

行動する事を心掛けておけば、少なくともその間は変な事を考える暇はなくなるはずです。

そして行動した分の時間だけ時は前に進むのですから気持ちも多少は楽になるはずです。

想像と現実は大違いであることが多い

往々にして人間の考える心配事など、取りこし苦労がほとんどです。

想像と現実は大違いだった、という事が多いから私たちの社会は成り立っているのです。

確かに世の中が戦闘状態だったらそんな呑気な事も言っていられないでしょう。

一歩、外を出たらいつ、銃で撃たれるのか分かりませんからね。

しかし、少なくとも今の日本にそこまでの危険性が潜んでいるとは考えにくいものです。

確かに想像を超える犯罪や事件は毎日、どこかで起こっています。

しかし、それが自分の身の上に襲ってくるかどうかは誰にも分かりませんし、起こるとも起こらないとも言い切れません。

それならば余計な事を考えずに今やれる事を黙々とやっている方がよっぽど健全です。

そんなにいつまでも心配顔をしてクヨクヨしていたら体がいくつあっても足りなくなってしまいますよ。

自分に自信を持つ

心配し過ぎないようにするための方法の3つ目は「自分に自信を持つ」です。

自分に自信さえあれば、ちょっとやそっとの事でいちいち心配性に悩まされる事はなくなります。

それが「自信」というものの持つ強みなのです。

「自信」というものは数えきれないくらいの失敗経験がベースとなって形成されていくものなのです。

だから失敗を恥じることなくたくさん、経験してきた人は、貫禄がありどのような状況になっても慌てることなく冷静な判断を下せるのです。

世の多くの心配事というのは大抵、取りこし苦労の連続。

それこそ「心配して損をした」と思えるようなものが大半でしょう。

ただ、中には心配が本当に良くない方に行ってしまう事も考えられます。

だからこそ、自信というものを胆に据えて判断したいのです。

そうすれば必要以上にジタバタする事もなくなりますからね。

気晴らしになる趣味を持つ


心配し過ぎないようにするための方法の4つ目は「気晴らしになる趣味を持つ」です。

人間、心配し過ぎるとろくな事を考えません。

相手の事や自分自身の事が心配になって不安になり情緒が安定しなくなります。

これでは何をやっても気持ちが集中出来ないので余計なミスや失敗を引き起こしてしまうでしょう。

そういった事を避ける意味でも息抜き、あるいは気晴らしになるような趣味を持っていれば気持ちを大きく安らげさせる事が出来ると思うのです。

趣味というものは、人間に「熱中」「没頭」「集中」といって要素を与えてくれます。

つまり好きで好きでたまらない事をやっていたら、どんな人間でも嫌な事も忘れ目の前の趣味の事しか頭にない、という事ですね。

よって、すぐに心配になってしまう人は、何か気晴らしになるような趣味を持つことをお薦め致しますね。

過ぎたことは気にしない

心配し過ぎないようにするための方法の5つ目は「過ぎたことは気にしない」です。

過ぎ去ってしまった事をいつまでもウジウジと気にしても仕様がありません。

その時の時間はとっくに過去になっています。

もうどうにも修正も訂正も効かないのですから。

なのにその事に対していつまでもクヨクヨしている人を結構多く見受ける事があります。

本当に損な生き方をしているな、と思いますね。

過ぎてしまった事は、今更どれだけ反省しても後悔してもその時間は戻ってきません。

だからスッパリと諦めるくらいの気持ちが欲しいのです。

但し、次に活かせるように反省だけは十分やっておいて欲しいですけれどもね。

過ぎてしまった過ちや失敗をろくに反省もしないでまた同じ過ちを短期間のうちに繰り返すから気持ちが段々、心配性になってゆくのです。

過去は過去、今は今、という割り切りがあなたの心を強くしていくのですよ。

何か起こったときに対処すれば大丈夫

心配し過ぎないようにするための方法の6つ目は「何か起こったときに対処すれば大丈夫」という事です。

つまり何も起きていないのに、勝手に余計な想像ばかりしていらぬ心配を必要以上に心の中にしょい込むな、という事です。

そう、何か起こってからでないと事の対処は出来ない、という事なのです。

だから、日頃から気持ちをドーンと据えて、何が起こっても動揺しないくらいの気の持ちようを行いましょう、という事を言いたのです。

何も起こっていないのに、勝手な悪い想像ばかりしていても気持ちが疲れるだけで何もいい事はありません。

人間の神経はそんなにタフなものでもありません。

ちょっとした出来事に心をズタズタにされる事が多いのですから、何もない時は神経を休めるべきです。

何か起こったときにだけ対応する。

余計な取り越し苦労はいらないのですよ。

心配することにはデメリットが多い

それでは次に参りましょう。

今度は「心配すること」はデメリットが多い、という事について考えてみましょう。

誰かの身を案じて心配してしまう事はそれだけ深い愛情表現の一つだとは思います。

しかし、起こりもしないことなのに、あれをやってはダメ、これもダメ、何故なら万一の事を思うと心配だから、となってしまったら世の中、まともな生活が出来なくなってしまいますよね。

確かに旅行に行くにも何かの交通機関を利用しますから、全く事故に遭わない保証はありません。

しかし、それを恐れていたら一生、交通機関を利用できない事になってしまい、現代社会をまともに生き抜く事が出来なくなりますよね。

このように過度な心配がそれほどデメリットを招くことか、それをご紹介していく事に致しましょう。

全部で4個のご紹介になります。

ストレスが溜まる

心配し過ぎる事によって起こるデメリットの最初の1つ目は「ストレスが溜まる」です。

このデメリット、心配する方も心配をかけられる方も両方とも等しくストレスがかかる事になります。

心配のし過ぎは、決して相手に対する円滑な人間関係を助長してくれるものとは言えません。

逆に自身、及び相手に相当なストレスを発生させ人間関係をまずくさせてしまう結果になってしまうのです。

親が子供に対して行う心配のし過ぎ。

それは過保護とも呼ばれ、子供の独立、一人立ちを大きく遅らせる遠因になってしまいます。

結果、双方が親離れ、子離れのタイミングを失い、社会性を確立出来なくなるか、出来たとしても大幅に時期を遅らせる事になります。

こういった状況になってしまうと溜まってくるストレスは半端ではありません。

気持ちが晴れずいつもどんよりとした気分になってしまう。

何かが私の行動を阻害している。

それが心配のし過ぎによる様々な弊害なのです。

今回は親子のパターンを例にとって考えてみましたが、人間関係を形成するものならばあらゆる関係がそれに該当してくる事になります。

過度な心配のし過ぎはストレスを溜めてしまうだけ、という事を頭に入れておきましょうね。

取り越し苦労であることが多い

心配し過ぎる事によって起こるデメリットの2つ目は「取りこし苦労であることが多い」です。

そうでしょうね、心配し過ぎた事が本当に悪い結果となってしまったら、それはもう「心配」というレベルを越えて「予想的中」という別次元の出来事になってしまいます。

よって心配するだけならば、本人の胸の中を痛めるだけだから誰に迷惑をかけるものでもない、という理屈が通るのでしょう。

ただ、気をつけていただきたいのは人間の持つ「自律神経」というものは願ったり強く思ったりしたことを現実化させる効力がある、という事です。

思う事がハッピーな事ならいいですが、悪い事ばかり思い続けて心配し過ぎる状態になってしまったら、本当にその心配が現実のものとなってしまう可能性もあり得る、という事なのです。

まあ、多くの「心配のし過ぎ」は根拠のないうちは取り越し苦労に終わるでしょうが、あまりにも現実味のあるような想像は避けるべきでしょうね。

時間が無駄になる

心配し過ぎる事によって起こるデメリットの3つ目は「時間が無駄になる」です。

結局、心配のし過ぎは時間を無駄にしているだけなのです。

人間というもの、心の底から心配していると、他の事は一切、手を動かす事が出来ません。

つまり全くもって労働が出来なくなるのです。

そして結局、何も起こらず。

悪い事が起きなったのですから目出度し、目出度しなのですが、何も手がつかなかった時間の浪費という点を考えれば生産性はいちじるしく損なっています。

時間を無駄にするという行為。

1度や2度くらいなら好いでしょうが、これが日常茶飯事になってしまったら…。

ちょっと頭が痛くなる話になるでしょうね。

自分に自信がなくなる

心配し過ぎる事によって起こるデメリットの4つ目は「自分に自信がなくなる」です。

心配をする対象は自分以外ばかりとは限りません。

誰あろう、自分の事を過度に心配してしまう御仁もいます。

こうなってしまうと一人前の人間になるのにどれだけ時間を浪費してしまうことか。

それどころか肝心の「自信」を失ってしまうのですから事態は深刻と言わざるをえません。

確かに自分の行う事の全てに対して余計な心配をしていたら、いつまでたっても自信なんて身に付かないでしょう。

一日も早く打開策を見つけて欲しいものですね。

心配にはメリットもある

では、次です。

今度は心配する事の「メリット」を考えてみましょう。

人間にとって良くない事の代表例のような「心配」ですが、よくよく見たらメリットもしっかりあるようですね。

それをざっと紹介してみましょう。

心の準備が出来るのでいざという時の慌て度が違う

心配する事のメリットの1つ目は「心の準備が出来るので、いざという時の慌て度が違う」です。

そうでしょう、それは確かに言えますね。

心配のし過ぎは、あなたの心に最悪の事態への準備期間を与えてくれます。

なので、いざ本当にあってはならないような事態が起こったとしても案外、冷静で落ち着きはらった態度、行動がとれるのです。

勿論、人が悲しむような事態になった時に妙に慌てる事もなく落ち着きはらっていたら、逆に変な目で見られるかもしれませんが、それでも大きく取り乱してしまうよりも大人の存在に見てもらえる事は間違いないでしょう。

心配するという事は、心の準備が出来た状態だと言えるのでしょう。

優しく思い遣りのある人だと思われる

心配する事のメリットの2つ目は「優しく思い遣りのある人だと思われる」です。

そう、これですね。

心配してもらって思う本当の気持ちがこれです。

「あ、俺って心配されてたんだ」と気付いた時に素直に思う気持ちの代表、それがこの「優しく思い遣りがある」という点でしょう。

「優しさ」や「思い遣り」という感情はひとえに「愛情」というものがなければ出来ません。

相手の事を思いやったり優しい態度を取れるのもこの「愛情」があるからこそなのです。

人の事を真剣に心配出来る人は、自分の事も含めて世の中の万物に対して平等の慈しみと慈愛の心を持っているからこそ出来る事です。

それらがない人に心配してもらっても「空々しいだけ」という印象しか持たれないでしょう。

そういった根心を持った人、是非とも今後もそれを大事にしていってくださいね。

失敗しにくい

心配する事のメリットの3つ目は「失敗しにくい」です。

それはそうでしょうね。

とにかく常に最悪の事態の事を想定しているのですから。

つまりそうならないためにいつも心に予防線を張っているという訳です。

自分の準備はいつも万全、万が一にも失敗する事は無いとは思うけれども、それでももし失敗したら嫌だから、ここまでの予防線を張っておこう。

といった発想具合です。

ここまで厳重に思いを巡らせたら、失敗なんてあり得ないでしょう。

まさに防御は最大の攻撃なり、といったところでしょう。

心配し過ぎる人の特徴

それでは次に参りましょう。

今度は心配し過ぎる人の特徴についてです。

全部で8個のご紹介となりますよ。

心が繊細で優しい

心配し過ぎる人の特徴の最初の1つ目は「心が繊細で優しい」です。

物事に対していろんな心配が出来る人は、ズバリ、心が繊細だからです。

そうでない人間に人の事を心配しろ、と言っても行えるはずがありません。

そして優しい心を持っているからいろいろな事に対して「心配」出来るのです。

丁度、母親が我が子に対して抱く思い。

我が子に対しては必要以上に心配してしまう。

そう、これが母親独特の繊細さであり子供を思う優しい気持ちなのです。

そこには「母性」というものも後押しをしているのでしょう。

それらの要因、全てが合わされて母親を極度なまでに「心配し過ぎる」存在にさせてしまうのです。

ただ、近頃は幼児虐待といったおよそ人間の行うべき行動と相反した行動を取る人もいるようです。

そのような人達には我が子を思う真の愛情というものはないのでしょうか?悲しむべき事です。

いつもストレスを抱えている

心配し過ぎる人の特徴の2つ目は「いつもストレスを抱えている」です。

心配性の人が心身共に健康で健全な生活を送っている姿、見た事がありません。

顔はいつも曇っていて心からの笑顔などここ何年もの間、見た事がありません。

そう、これらすべてストレスの成せる業です。

心配し過ぎる人にとってストレスは一生の友達というか切っても切れない関係にあるのかも分かりませんね。

心の病になりやすい

心配し過ぎる人に健康的な姿が想像しにくいのは、ストレスによって心が病んでいくからに違いないでしょう。

昔から病は気から、と申す通り、気持ちがふさぎ込んで人と会うのも避けるような暮らしをしていたら、心のどこかが病んでしまい明るい気持ちになれないでしょう。

様々な事が心配になってしまうのですから、何かをやる意欲も勇気も湧いてこないのかも分かりません。

まさにこうなってしまったら「生ける屍」状態と言ってもいいのかも分かりません。

頭痛や肩こりになりやすい

またストレスを抱え込んでしまうと原因不明の頭痛や肩こりになってしまう可能性もあります。

しかし、それもあながち根拠のない話しと片付けるわけにもいかないでしょう。

常に心配し過ぎているのですから、物事を明るく前向きに考えることができません。

常に暗く後ろ向きの発想でしか物事を捉えられません。

これでは健全な脳の活動を阻害しているのと同じでしょう。

気持ちが滅入って何もやる気が起こらない。

するのは極度な心配だけ。

これでは「どうぞ病気になってください」と言わんばかりの暮らしぶりです。

ストレスを溜めない生活、根本的にあなたの生活態度を見直すべきでしょう。

ネガティブ思考

心配し過ぎる人の特徴の3つ目は「ネガティブ思考」です。

何かを心配するというものの考え方。

どうみても後ろ向きでとても建設的な発想とは言いにくいですね。

反対に何事も前向きに捉え、1度や2度の失敗などは委細構わず次の行動にサッと移れる。

このような人に対して「ネガティブ思考だ」、と言っても全く的を得た回答にはなっていないことは誰の目からも一目瞭然ですよね。

このように過度な心配をしてしまう性質になってしまうと、モノの考え方がどうしてもネガティブ思考な考え方になってしまいます。

このような考え方は物事を全て「否定」から入っていくので建設的で創造的な発想は全くもって生まれてこないのです。

ネガティブ思考からは生産性のある発想は出てきません。

よってあなたがもし、社会に出て活躍したと願うのなら、必要以上の心配はどこかに捨て去って何かを作りだしていこうとする発案力や創造力をかき立てる事に専念してもらいたいと思いますね。

涙もろくて感動屋

心配し過ぎる人の特徴の4つ目は「涙もろくて感動屋」です。

心配し過ぎる人というのは、物事を大雑把に見る事が出来ないタチの人達なのです。

そして心の内面はどちらかというと大人しく人と争う事を好みません。

そして出来れば人が喜ぶ行為を行いたいと思っています。

そう、好戦的ではなく平和主義者なのです。

そこに持ってきて涙もろくて情に厚く、すぐに感動してしまう「感動屋」でもあるのです。

このように内面が恐ろしいくらい穏やかで穏健なところがある分、自分に対して自信がなく、世の中の酸いも辛いも全てを悟りきれていません。

よってそのような性格が必然的に自分を心配し過ぎる性格の人間に追いやってしまうのでしょう。

よって、これからどんどん世の中の酸いも辛いも知り尽してきたなら、あなたの人間性はどんどん評価されていくでしょうね。

慎重に行動する

心配し過ぎる人の特徴の5つ目は「慎重に行動する」です。

ここにも「自信」のあるなしが試されてきます。

つまり、心配し過ぎる人達というのは自信が足らないこともあり、否が応でも行動が慎重になってしまうのです。

ただ、行動が慎重だからといってそれが悪い事ではありません。

世の中には後先考えず動いてしまって墓穴を掘る人間が山のようにいます。

そういった行動をしないだけでもまだいいのかも知れません。

ただ、慎重過ぎるというのは「冒険」できない、という事にも繋がるのです。

つまりルーティンワークから逸脱した行動が取れない、という事にもなってしまうのです。

何かを行うに当たって、時局というものは日々刻々と変化していきます。

それなのにいつまでも時代遅れの方法や時局にあっていない方法を選択していたら、効率的な仕事が出来ない人、という評価をもらってしまうかも分かりません。

よって、慎重に行動することもいいですが時には失敗を経験して新しい方法を見つけ出すチャレンジ精神というものに目を向ける意識も持つべきではないか、と思うのです。

人をあまり信用できない

心配し過ぎる人の特徴の6つ目は「人あまり信用できない」です。

人の事を信用できない。

これもネガティブ思考の最たるものと考えていいでしょう。

ネガティブ思考は円滑な人間関係を形成出来ない、本当に身に付けて欲しくない考え方なのです。

人が人の事を信用出来なくなる原因はいろいろあるでしょう。

騙された、裏切られた、暴力を振るわれた、侮辱された、などなど。

理由を言いだしたらキリがないでしょう。

まあ、心配性だから人の事を信用出来なくなったのか、その逆かは分かりませんが、出来る事なら今からでもいいです。

人の事を信用できる人間を目指してみましょう。

まずは人間を信用できるところから始めない事には世の中を渡ってゆくのはきついでしょう。

そのためにも極端すぎる心配のし過ぎは何とかセーブするくらいの努力も必要でしょうね。

笑顔が少ない

心配し過ぎる人の特徴7つ目は「笑顔が少ない」です。

まあこれも仕方がないかも分かりませんね。

心配している時の人間が笑顔でいられるはずがありませんから。

笑顔でいられるくらいならはなから心配などしないでしょうし。

笑顔というのは気持ちが晴れ渡っていて人の事をちゃんと信用する気持ちがあるからこそ出来るのです。

そこに人間不信が働いていたら笑顔は無理でしょう。

あなたの周りに笑顔の少ない人がいるとしたら、何か人に言えないことでひどく心配しているのかもしれないでしょう。

何かに依存していることが多い

心配し過ぎる人の特徴の最後の8つ目は「何かに依存していることが多い」です。

結局、この理由も自分への自信のなさから表れたものと言えるでしょう。

自分の力で解決したり決めたりすることができないから何かに依存してしまうのです。

何かに頼ることをキッパリと辞めるようになったらきっとあなたの心配のし過ぎもなくなることでしょう。

そのためにも意識だけでもしっかり持っていたいものですね。

まとめ

如何だったでしょうか?今回は「心配のし過ぎ」という事をテーマに据えて紹介して参りました。

ではそれらをもう一度、振り返っておきますと、

・心配は心に毒?!
・心配し過ぎないようにするための6個の方法
・心配することにはデメリットが多い
・心配にはメリットもある
・心配し過ぎる人の特徴

という事になっていました。

そもそも心配をし過ぎるという事は、やはり自分に自信がないことの裏返しでしょう。

失敗して怒られたくない、自分の事を低く見られたくない、といったネガティブな思考があなたの気持ちをどんどん、奥の方へ引っ込めていってしまうのです。

そして自分に何か大きな役目を言われないよう言われないよう、陰に隠れて生きるようになるのです。

これでは確かにいつまでたっても自信を掴むことはできないでしょう。

人間、失敗してもいいのです。

人前で恥をかくくらいの勇気を持つべきなのです。

自信というものは自分が納得できた行動を起こして初めて身につくものですからね。

自信さえつかめばもううじうじと心配し過ぎることもさっぱりとなくなりますよ!