人目が気になって本領発揮できない
何をしても「疑われるのではないか」そんな気持ちがあるので、何事も本領発揮できません。
その監視する人に出会うまでは100%で発揮できていたものを20%くらいにしか発揮できなくなるんです。
そのため、友人づきあいが悪くなったりするので周りの人が「大丈夫?」と心配することになることも。
3.いつまでも受け身な人になってしまう
監視されていると、いつでも自分が疑われているという気持ちにかられてしまうということでしたね。
そのため、いつまでも受身な人になってしまう可能性があります。
その監視する人に出会うまでは、なんでも自分でトライをしていた人がそうではなくなったら誰かに監視されているとみてもいいでしょう。
常に指示待ちで自発性が無くなる
なぜならば、自分の提案することを否定されてしまうからなんです。
さきほどもお伝えしましたが、監視するのは権力をふりかざしている人。
要するに、自分の意見をなんでも通したい人なんです。
本人は「相手のためだ」と思っていることが多いのですが、そういわれている人は心の負担がふえていることも。
そのため、何も意見できなくなり、指示まちするようになります。
そこに自発性は存在しません。
4.逆に反発心が芽生えてしまう
どうしてここまで疑われなくてはいけないのか?と反発心をが芽生えてしまうことも。
ダメと言われると余計にしたくなるのが人間
恋人関係において「浮気」されないために監視するような人がいます。
あなたはそんなことをしていませんか?
最初のうちは「浮気なんてするわけない」なんていいはっていたものの、それでもいつでもどこでも何かにつけて浮気を疑ってくる。
だったら本当に浮気をしたってこの状況は変わらないんじゃないか?そのように思ってしまう人もいます。
要するに、そうやって疑われていることが苦しくなってしまうんですよね。
それがはたして愛のある相手におこなう”監視”行為なのでしょうか?
監視はすべき場面とすべきではない場面がある
これまでに監視すべきではない理由についてお伝えしてきましたね。
あなたは、納得することはできましたか?
納得できた方もいれば、「世の中には監視するべきなこともあるはずだ」と心のなかに何かしらのもやもやを抱えている方もいるのではないでしょうか。
そうなんです。
この世界は、完全に平和といわれることはできませんよね。
平和だといわれている、海外からは憧れのまなざしで見られているわれらが日本であっても、毎日のようにどこかで犯罪がおこり、誰かが悲しい思いをしているんです。
そのような何か悪いことを起こさないためには、未然に防ぐことがとても大切になってきます。
そうすることによって、私達の生活の安全が守られるようになるんですよね。
そのような安全面だけではなく、個人のプライバシーを守るためにも効果を発揮してくれることがあります。
しかし、どんな場面を監視すればいいのか、どんな場面では監視しないほうがいいのかなんて、あんまり区別がつかないもの。
だからこそ、相手が嫌がるようなところで監視をしてしまい嫌われてしまうこともありますよね。
また、あなたにとっては監視すると感じていなくても、相手からはとても精神的苦痛をうけてしまうようなくらいの監視をされていると感じることだってあるんです。
筆者は、監視されたことがある(監視していた本人にその自覚はなし)のですが、その経験を織り交ぜならが分かりやすくご説明していきますね。
監視をすべき場面とは?
あなたは、どんな場面で監視をするべきだと思いますか?