突然ですが、皆様は「幸福」を実感した日々をお過ごしでしょうか?

幸福の度合は人それぞれではありますが、何もそれは非日常なことだけが幸福と言うものではありません。

日々のささやかなことの中にも、幸福は多々あります。

それに気づくか否かで、幸福の度合も変わってきます。

では、どうしたら幸福を感じることができるのでしょうか?

そこで、「幸福を感じるための15個の条件や方法」と題しまして、それぞれの内容を見ていきましょう!

幸せな人は每日行っている?!幸福を感じる習慣

幸せな人と聞いて、どんな人を思い浮かべますか?

お金持ちな人、社会的な立場が上な人、愛する人と家族になっている人、公私共に充実した人、挙げるとキリがないですね。

しかし、相手が幸せかどうかと言うものは、傍から見ただけではわからない、なんてことは少なくありません。

どんなに恵まれた環境にあっても、心が満たされていない人もいるからです。

それは一見贅沢な悩みにしか聞こえない・見えないと感じる人もいるでしょう。

自分と比べた時、ついそう思ってしまうことがありませんか?

が、幸せとは「心」がそう感じてこそのものであるのではないでしょうか?

たとえ、特別な環境でなくても、心が満たされてこそ、幸せと言えるのではないでしょうか?

どんなに慎ましい生活や立場であっても、心から恵まれていると思う人もいます。

そして、その幸せを感じることは、自分の心持ちだけでなく、日々の習慣などによってもたらされることも多くあります。

では、そんな人たちは毎日何を行っているのでしょうか?

次の項目で見ていきましょう!

幸せを感じる方法


では、「幸せを感じる方法」には、どんなことがあるのでしょうか?

それは、決して特別なことでも、難しいことでもありません。

普段の生活から生きることもたくさんあります。

早速、それぞれの方法を見ていきましょう!

早起きをする

「早起きは三文の徳」と言う言葉があります。

早く起きることで活動できる時間が増え、効率良く動くことができ、体にも良いと言うわけです。

いつも起きる時間より、本の何分か早く起きるだけでも、いつもと違うリズムになります。

とは言え、急に早起きをするのは難易度が少々高いものです。

毎日のことなので、長期的に少しずつ体に慣れさせていくと良いでしょう。

余った時間を有意義に使うことができれば、更に幸福を感じることができるでしょう。

每日運動する


毎日運動をすることで、幸せを実感することもできます。

運動と言っても、軽いものから本格的なものまで様々あります。

毎日続けるのであれば尚更、自分の体に無理のない範囲のものを選びましょう。

体を動かすことで、体がほぐれるだけでなく、凝り固まった心までも解きほぐすことができるでしょう。

そうして、心身共に余裕ができた時、今までと違った幸福を感じることができるでしょう。

1日5分からでも大丈夫です。

続けることが一番大切です。

自由になる

自由が幸せをもたらすこともあります。

自由とは、何ものにも縛られないことを指します。

ドイツのことわざに、「自由な人は、すべての強制をにくむ。

」とあります。

どんなに正しいことでも、それを強制されることには少なからず反感してしまうものです。

強制されることは、自由を阻(はば)まれることと同じです。

縛られることが多ければ多いほど、心身ともに疲弊し、幸福どころか何かを感じることすら難しくなってしまいかねません。

最低限のマナーやルールはともかく、それ以外で過度に自由を制限することは避けましょう。

物理的な自由にしても、心の自由にしても、どこかで自由があってこそ、幸福を感じることができるわけです。

人助け

人助けをした時に、幸せを感じることがあります。

それは決して自己満足などではありません。

誰かを助けたい、誰かのために何かをしてあげたいと思うのは、相手の置かれている状況や感じているであろう苦しみや悩みに共感するところがあるからです。

そして、そんな相手の手助けになれた時、相手の安心した表情や改善された状況に共に安堵(あんど)すると同時に幸せを感じられるのです。

誰かの役に立てたこと、自分が一翼を担えたことは、自分のためのそれよりもずっと崇高なものです。

自慢することではありませんが、胸を張って良いことです。

相手のことを考えて行動できることは、すなわち、相手にとって何が必要で、どうしたら良いのかをわかっているからです。

良い展開になった時の幸福を知っていてこその行動と言えますね。

新しい知識を身につける

新しい知識を身につけると言うことは、自分の可能性やできることの幅が広がると言うことです。

それが自分のためだけでなく、誰かの役に立てた時、より一層の幸せを実感することができるでしょう。

知識とは、持っているだけではなく、使ってこそ生かされていきます。

知らないことを知っていくことは、とても有意義で満たされるものです。

知識は持っていて、損になるものでも、邪魔になるものでもありません。

時間や手間を惜しむことなく、新しいことに挑戦しましょう。

感情に敏感になる

感情に敏感になること、それは感情が豊かであることを意味します。

人には「喜怒哀楽」があります。

嬉しいこと、悔しいこと、悲しいこと、楽しいこと、全ては感情があってこそ感じられるものばかりです。

どんな些細なことにも感情を持って受け止めることで、たとえ特別なことではなくても、満たされるものがあるのです。

露骨になることは良くありませんが、抑え込むことも良くありません。

正の感情も負の感情も、素直に感じ取ることを心がけましょう。

幸福なことを考える

幸福なことを考えることで、幸福になることも良い方法です。

幸せなことを考えている間は、もちろん幸せで満たされるでしょう。

今現在特別に幸福なことが思いつかなかったとしても、その時は自分で幸福なことを作ってみると言うのはいかがでしょうか?

たとえば、好きなものを食べる・好きなことをするなどして、その時の余韻(よいん)に浸ってみるなどした時、幸福なことを考えることにつながります。

幸福なことを考えることで、改めて幸福の有難みをかみしめることができるでしょう。

日々の生活を記録する

日々の生活を記録することで、幸福を感じることも可能です。

記録と言うと堅苦しいものに思えてしまいますが、たとえば、日記などはどうでしょう?

文章を書くのが苦手と言う場合は、箇条書きでも良いので、その日にあったことを書き連ねてみると言う方法です。

あとで振り返ってみた時、「こんなこともあったなぁ」「あの時は楽しかったなぁ」と感じられるでしょう。

過去からであっても、幸福を感じることができることはあります。

たまには、過去を振り返ってみることも必要です。

ひらめきを大事にする

ひらめきが幸福につながる好機になることもあります。

ひらめきとは、決して理屈ではありません。

ひらめきから引き出せる行動力や発想には目を見張るものがあります。

ただの思いつき、行き当たりばったりな発想と粗末にすることのないように、自分の感性からなるひらめきを大事にしましょう。

人から呆れられたとしても、自分自身だけでもそのひらめきを信じて前進していきましょう。

友達とのコミュニケーションを大事にする

友達とのコミュニケーションも、幸福を感じるための必要条件と言えますね。

友達と言う存在は、一生の宝物です。

ウマが合う人だけでなく、時には真逆の性格の人ほど、友達としての絆が深まるとも言えますね。

自分1人の時間も大切ですが、たまには、友達とのコミュニケーションで違う活力を得ることも大切なことです。

これを機会に、普段疎遠になってしまっている友達に連絡を取ってみてはいかがでしょうか?

意外な幸福を得ることができるかもしれませんよ?

見知らぬ人に声をかける

見知らぬ人に声をかけることで、幸福の幅が広がることもあります。

この方法は難易度が高いかもしれませんが、誰でも最初は見知らぬ人と交流を深めていきます。

挨拶から始まり、交流を重ね、その人たちの友達とも親しくなるなど、どんどん交流の輪が広がっていきます。

親しい人が増えれば増えるほど、幸福を感じる機会も時間も増えていくでしょう。

すぐには親しくなれなかったとしても、毎日の積み重ねが大切です。

10分間の瞑想

幸福を感じるにあたって、10分間の瞑想をしてみてはいかがでしょうか?

瞑想をしている間は、日々の雑多なことから解放されます。

瞑想のメリットは、リラックスすることができる・ストレスや疲労の軽減につながるなどが挙げられます。

どれも、心の安寧を作るのに欠かせないものばかりです。

とは言え、瞑想の方法は様々で、これと言う固定のものはありません。

瞑想1回につき10~15分ほどの場合が多いです。

自分が落ち着ける・快適な環境で、ヒーリング音楽や雨の音などを聴きながら、呼吸を整えます。

日常で幸せを見つける

日々の日常に隠れている幸せを見つけるのも、幸福を感じるための一歩とも言えますね。

当たり前になっていることや、何気ない日常の中にも幸せはあります。

ただ、それらは「あって当たり前」の状態になってしまっているため、特別に幸福と感じるまでには至らないのかもしれません。

それどころか、その当たり前のことに対して、「マンネリ化」を感じ、不平や不満を持ってしまうなんてこともあるでしょう。

しかし、この世に「当たり前」のことなんて1つもありません。

全ては、自然が創り出した産物であったり、人間1人1人の努力や善意、理解や進化の過程を経てこそのものです。

もちろん、真逆のことも含まれ、それらも一体となって山積したものであるとも言えます。

当たり前に明日や次の機会がやってくることは、奇跡であり幸せなのです。

あるいは、他人には取るに足らないことであっても、本人にはとても幸せに感じることもたくさんあります。

明るく脳天気に振る舞う

明るい人が幸せに見える、なんてことはありませんか?

脳天気と言う言葉は、人によっては嫌な言葉に聞こえることがあるかもしれません。

実際辞書で意味を調べてみると、「呑気あるいは安直な人・こと」「向こう見ずであること」と言ったものがほとんどでした。

が、決して悪い言葉ではありません。

確かに、他の人からすれば呑気に見えるのかもしれません。

何の悩みもなく、お気楽な人だと誤解されてしまう要因かもしれません。

が、裏を返せば、心に一点の曇りもないとも言えます。

あれこれ悩んでしまうよりも、「案ずるより産むがやすし」のように、やってみなければわからないことで悩むのが惜しいと無意識にわかっているのかもしれません。

人は考えることができますが、それゆえにあれこれ考えてしまい、がんじがらめになってしまうことがあります。

もちろん、考えることが悪いのではありません。

ただ、考え過ぎた結果、前にも後ろにも進めない状態になってしまうことが良くないのです。

それよりも、「昼行燈(ひるあんどん)」のように、傍目には何も考えていない脳天気な人に見えても、実はしっかりと人や物事を見ている方が良いのではないでしょうか?

いつも明るくニコニコしていて、脳天気なように陽気な人の方が、実はうらやましいと感じるかもしれません。

幸せレベルを高く持ちすぎない

幸せのレベルは、無限大です。

同じことでも、人によっては求める度合が違ってきます。

どんなこともレベルが高いに越したことはありませんが、度が過ぎてしまえば感覚が麻痺してしまいます。

確かに、何が幸せで何がそうでないかは、個人の価値観や望む度合であり、そこに定義はありません。

幸せのレベルを高く持つことも、一概に悪いとは言えません。

なぜなら、誰しもが幸せになる権利を持っているからです。

とは言え、あまりにも途方もないレベルの高さを持ってしまいますと、キリがないこともまた事実です。

幸福を感じるための習慣

上記で「幸せを感じる方法」を見てきましたが、ここでは更に「幸福を感じるための習慣」をそれぞれ見ていきましょう!

続けていくことに意味があります。

これらのことを習慣にすることで、幸福を感じる質を上げることができるでしょう。

笑顔を絶やさない

笑顔がもたらすものは、大きいです。

笑顔を絶やさないと言うことは、笑顔であふれていると言うことです。

それは、心の底から幸せで笑顔でいる場合や、辛いことがあっても笑顔でいる場合などがあります。

笑顔になることで、気持ちが落ち着いて穏やかになれます。

穏やかな心持ちであれば、どんな小さなことでも幸福に感じられるものです。

ずっと笑顔でいることは難しいことですし、そんな気分になれないこともあるでしょう。

最初はぎこちなくても、笑顔になってみることで心境が変わることはあるはずです。

面白い番組や漫画を観たりして、笑顔でいる機会を増やしてみてはいかがでしょうか?