あなたは「至極」という言葉を知っていますか?

あまり見聞きしないこの言葉ですから、「なにそれ!」「そんな言葉初めて出会った!」なんていう方もおられるのではないでしょうか。

日本にはたくさんの言葉がありますから、一生生きていても巡り合うことのできない言葉ってたくさんあるんですよね。

おそらくその言葉の中の一つに「至極」という言葉があるかと思います。

しかし、人によっては「毎日のように見ている!」ということもあれば、「好きなお酒の名前にこの言葉が含まれているんだよね」なんていって、この言葉が一体どのような意味を持っているのか全く想像できないという方もおられるのではないでしょうか。

とはいっても、それらの言葉を使いこなそうとしても意味が分からなかったり、どのように使えばいいのかわからなかったりすると使いようがないですよね。

それどころか難しい言葉自体は知っているのに、その言葉を使いこなせなくて悔しい思いをしてしまう方もおられることでしょう。

とはいっても、そのようなままではあなたは語学の面で成長することができません!英語を理解するにしても、ほかの言語を理解するにしても基本は日本語になります。

日本語を理解することができなければ、あなたはほかの言語までも理解するのは難しくなってしまうんです。

ということで、この記事ではよく見かける人もいれば、まったく見かけることのない人もいる言葉である「至極」という言葉について特集しています。

この言葉はいったいどのように読みのか?

また、どのような意味を持っているのか?

どのように使えばいい言葉なのか・・・などなど、この言葉にまつわる誰もが一度は疑問に感じてしまうようなことに対して回答をしています!

ぜひこの回答を参考にしてあなたも、「至極」という言葉についての学びをくりひろげ、あなたの言葉の知識を増やしていってくださいね。

至極とは

「それは至極だね」なんて言われたりして、相手が何を言っているのか、また何を伝えようとしているのか全く理解できなかったという方もおられるのではないでしょうか。

日常的によく使う言葉、よく聞くような言葉であれば、それがどのような意味であるか何となくのニュアンスで理解できるものです。

しかし、人によってはまったくその言葉がどのようなニュアンスで使われているのかを想像することもできませんし、人によってはまったく別の意味で使ってしまっていて、本当はとても恥ずかしいことになっているということもあるでしょう。

どのような状況にせよ、意味の分からない言葉がやってくると困ってしまいますよね。

また、読むこともできない言葉があるとなると、大人としては少し恥ずかしい気持ちなってしまう方もおられるかもしれません。

ということで、ここでは「至極」という言葉の使い方を確認する前に「至極」という言葉の基本事項についてお伝えしていきます!

ぜひこの言葉を参考にしてあなたも「至極」という言葉を使いこなしていけるようになりましょうね

読み方「しごく」

あなたは、この記事のテーマともなっている「至極」という言葉を読むことができるでしょうか?

学生時代もしくは社会人になってまでも感じの練習をたくさんしてきたという方は、この言葉を簡単に読むことができるはずですね。

ずばり、「至極」とかいて「しごく」と読むことができる言葉になります。

この言葉、多くの人が「しごく」と読むことができず「しきょく」とか「しこ」なんて呼んでしまうことが多いんですよね。

たしかにパッとみではそのように読んでしまいがちですが、それでも「しごく」と読むということを忘れないようにしましょう。

また、正しく漢字を読むことができないとどうしてもスマホやパソコンの予測変換などでも登場しにくくなってしまうので、とても扱いにくいですし、それに人によっては漢字を入力することにいら立ちを感じていたのではありませんか?

そのようなことにないように、これからは「しごく」と読めるようになって下さいね!

もしも覚えにくいという方がおられるのでしたら、何回でも同じように繰り返し話してみると覚えることができるはずですよ!

意味

では、この記事のテーマともなっている「至極」という言葉にはいったいどのような意味が含まれているというのでしょうか?

ずばり「極限に達していること」「道理にかなっていること」「他人の意見にしたがっていること」なんていうような意味が含まれています。

どれもなんだか難しそうな意味合いに感じてしまいますよね。

しかし、これらが「至極」という言葉の意味になるんです。

つまり、これらの意味をしっかり納得してあなたのものにすることができなければ「至極」という言葉を使いこなすこともできませんし、それに「至極」という言葉をいつまでたっても理解できないことになってしまいます。

せっかく、今日になってあなたは「至極」という言葉について勉強しようと考えるようになったのですから、必ずその気持ちを大切にできるようにしてください!

ということで、ここでは「至極」という言葉にはどのような意味が含まれているのか、それを理解するためにはどうしたらいいのかを分かりやすく解説しています。

これから使い方などもお伝えしていきますが、この意味を知っておくことがすべてにおける基本となります。

ぜひおさえておきましょう。

極限、極地に達していること、またそのさま

「至極」という言葉にはいくつかの意味がありますが、主に使われている意味として「極限」「極地に達していること」「またそのようす」という意味が含まれています。

あなたは、もうこれ以上の上をいくことのできない、もうなにも太刀打ちできないような状況に陥ったことがあるのではないでしょうか。

そのような状況を「至極」ということができるんですね。

とはいっても、具体的に「極限」とはどのようなことをいっているのか想像できないという方もおられることでしょう。

ずばり、もうこれ以上そうすることができないことをさしているんです。

長い間ずっと自転車をこいでいると、足がだんだんとパンパンになってきて「もうこれ以上はペダルをこぐことができない」なんて感じたことがあるのではないでしょうか。

自転車のペダルだけではなく、走っているときにもそのように感じてしまいますよね。

「もうこれ以上それはできないよ~」「足が死んでしまうよ~」なんていうような表現ができるようなことになります。

そのような状態になるのは極限状態に達してしまっているからであり、その様子を示していることになります。

「至極」という漢字を分析してみると「至っている」「極限状態に」ということができるので、この意味は理解しやすいのではないでしょうか?

きわめて道理にかなっていること、またそのさま

あなたは、「道理にかなっていること」に対してどのように感じますか?多くの方が学生時代において「道徳」なんていう授業を受けてきたかと思います。

それはこの世界における一般常識に関することを学ぶための授業でしたよね。

「道徳」というのは、ずばり「この世の中では当たり前に思われていること」をさしているわけになります。

一時期、芸能界において「不倫」や「浮気」をしている人が注目されたことがありましたよね。

それってまさに“道徳に反すること”ということができるかと思います。

つまり、「至極」という言葉は、きわめて道理にかなっている様子をあらわしており、世間をにぎわせていた“不倫”などの不道徳な要素はまったくもって入っていないということになります。

あなたの周りには、どう見ても清らかな性質をしている人はいるのではありませんか?

そのような人たちのことを“至極な人”と表現することができるんですね、ダークかクリアかといえば、クリアな要素が多い人たちのことを指すことになります。

他人の意見などをもっともだと思って、それに従うこと、納得

また、「至極」という言葉にはもうひとつのことばの意味もあります。

ずばり、それは「他人の意見などを正しいものとして受け入れて、それに従ったり、またそれに納得している様子」をあらわすことができます。

あなたは、誰かと討論などを交わしているときに「ああ、この人の気持ちは受け入れることができるな」とかんじることもあれば「ああ、この人のことはなんだか信用ならないな」なんて思うようなことがあるのではないでしょうか。

ずばり、他人などの意見をもっともだと思ってそれに従ったりすることができるのって、その相手の話に納得しているからなんですよね。

納得できないようなことを話している人に対して、大金を支払うようなことはまずしないはずです。

必ずどんなときでも相手が何を伝えようとしているのか、またその伝えていることが妥当なのかをひそかに判断しているのではないでしょうか。

まさにそのような点で「至極」という言葉を使うことができるということなんですね。

なんだか「至極」という言葉からは想像しがたい言葉でもありますが、それでもこのような意味も含まれているということを頭に入れておくと今後の解説によってさらに理解を深めていくことができるでしょう。

至極の類語や関連語句

あなたは「至極」という言葉の意味を理解することができたでしょうか。

この漢字「至極」という言葉が、示しているようなその漢字が表現しているような意味合いが含まれているということもあれば、なかにはまったくもってその漢字の要素を持っていないような意味合いもありましたよね。

そのため「この言葉って理解が難しい!」とか「理解できたと思ったたらこんがらがってしまった」なんていうことがあったのではないでしょうか。

それもそのはず、それがこの「至極」という言葉の落とし穴なんです。

この言葉に限らず、日本語にはたくさんの意味を持っているもの、それもそのことばからなかなかそうぞうできないようないみをもっているものまであるので理解しがたいものがあるんですよね。

ということで、ここでは「至極」という言葉の類義語や関連語句についてお伝えしています。

ぜひそちらの意味も含めて「至極」という言葉がどのような意味を持っているのか、そしてわかりやすく解釈するにはどうしたらいいのかを参考にしてください。

1.高度または広範囲に

「至極」というのは、極限でもうそれ以上することのできない、前に進むことのできない状況をあらわしているとのことでしたね。

そのような言い方ですとなかなか理解することができない方もおられることでしょう。

そのような方は「高度」または「広範囲」という意味で「至極」という言葉をとらえてみてください。

前に進むことができないほどまでに前に進むといったら、かなりの距離を進んだことになりませんか?

さきほども例文としてあげましたが、自転車で走ったり、自分の足で走った後には足がパンパンにはれてしまうものです。

そのような状況になるのは、広範囲の距離を走りつくしたからだということは誰しもが理解できることでしょう。

そのようなイメージで、「至極」という言葉には“高度または広範囲にわたっている”というような言葉のニュアンスまでも含まれているんですよね。

では、このような意味を示す言葉は日本語においてほかにどのような言葉があるのでしょうか?

人によってはすぐに想像することができるかもしれませんが、語彙力の乏しい方や日ごろから読書などをしない方はどの言葉なのか全く想像することができないでしょう。

そのようにならないように、ここでは「高度または広範囲にわたる」という意味合いにおける「至極」の類義語や関連語句をチェックしていきましょう。

おそらく「至極」という言葉よりかは、見聞きした経験が多い言葉がたくさんあるはずですよ。

至って

「~に至っては」という使い方もあれば「そこに到着する」という意味合いでも「いたる」という言葉を使うことができますよね!

「至極」という言葉と同じ意味を示すのであれば、それは後者の意味になります。

それに「至極」という言葉を構成している“至”という感じも含まれているので、なんだか仲間になっているような気がするのではないでしょうか?

このように「~に到着する」という意味合いでも「至極」という言葉を使うことっができるということなんですよね。

「私はあそこにいたりました」というのであれば、「私はあそこに到着しました」ということができ、さらに「私はあそこを至極にしました」と言い換えることも可能になります。

極々

あなたは、「きめわて~だ」なんていう表現を使ったことがあるのではないでしょうか?

それって、その上に勝るものがない、それが特別でそれが再集計であるという意味を持っていますよね。

ずばり「極々」という言葉もそのような意味合いを持っている言葉になります。

先ほどもお伝えしましたように、漢字ひとつにしてもしっかりとした意味を持っているのでその意味で言葉を解釈することが可能なんですよね(ときに例外もありますが)。

また、「極々」という言葉を構成している「極」という漢字は、今回の記事のテーマともなっている「至極」を構成している言葉が含まれていますよね。

つまり、そこでそのニュアンスで同じものを持っている、ということになるんです。

また、「極々」という言葉は“ごくごく”と読むのでキョクキョクなんて読まないように気を付けてくださいね。

「私は極々楽しめた」というのであれば、「私はとても楽しめた」という意味合いになり、「私は至極の楽しみを得た」とも言い換えることができます。

めきめき

あなたはこの「めきめき」という言葉を見聞きしたことがあるでしょうか?なかには、いつものように使っている方もおられるかもしれないですね。

意味を説明する前に、まずはこの言葉を使った例文をご紹介していきましょう。

「めきめきと彼は才能を発揮し始めた」と使うことができます。

はて、どのような意味を持っているのでしょうか?

ずばり「彼は少しずつ才能を発揮し始めた(それもタケノコが伸びるように一気に進んでいるように見える)」という意味合いになります。

地面にうまっているものが、その地面を壊しながらに成長している様子を示していると思うとわかりやすいのではないでしょうか?

それは極限に達しようとしている、極限の地点まで進もうとしていることを表していることになります。

つまり、「彼は至極の地点まで進むかのように才能を発揮し始めた」と言い換えることができることになります。

世にも

「世にも奇妙な物語」なんてドラマが毎シーズンのように放送されていますね。

それってこの世の中にはそういうこともありますよ、というような意味合いで「世にも」という言葉が使われています。

つまり、世の中ということを指しているのですね。

世の中ってあなたが思っている以上にとても広いものであり、あなたがかかわっている世界だけが“世の中”ではありません。

人それぞれに感じている世の中があり、それぞれすべてが“世の中”として表現することができるんです。

それに世の中というのは、とても広い範囲を示している言葉(世界と同じような意味合い)になるので「至極」という言葉の類義語として扱うことができることになります。

思い切り

「思い切りそれにチャレンジした」なんて使うことができるこの言葉ですが、あなたもすでにこれまでの人生の中で使ったことがあるのではないでしょうか?

「思い切り」というのは、うじうじしてばっかりいないで自分の持っているすべてのものを出し切っている様子を示していることになりますよね。

つまり、これまでの自分を超えて、広い意味で成長を遂げることにもつながります。

そのため、広いという意味を持っている「至極」という言葉と言い換えることができんですね。

つまり、類義語になることができることになります。

例えば、さきほどの例文を使うのであれば、「私は至極のチャレンジをした」ということができます。

これはどのような意味かといいますと、自分は極限の地点に入り込むようにチャレンジした=自分のこれまでもっていたキャパシティを超えるように行動していたという意味になります。

すこぶる

「すこぶる」とは、「非常に」とか「たいへん」など、並外れた状態を表すときに使われることが多いです。

日常生活の中で、「すごく元気!」な状態を「すこぶる元気!」という使い方をすることがありますよね。

言葉のニュアンスとしては、「すごく元気!」というよりも「すこぶる元気!」という言い回しの方が「元気さ」を一層強調する印象を与えます。

また、「すこぶる元気!」という表現は、自分が元気になるために、今まで努力をしてきた結果の賜物であることの意味を込めた表現になります。

自分自身の努力の結果を強調したいときに、「すこぶる」を使うことが多々あると言えます。

めっきり

「めっきり」は、自分にとっては、歓迎しない状況の変化が起きた時に、「めっきり寒くなった」などという使い方をします。

「めっきり」とは、物事が今までとは違った状態に変化をしていることが、ハッキリしているときに使われる言葉です。

しかも、変化の度合いが著しく体感できる時に、「めっきり暑くなってきた」などと表現します。

「めっきり」は、変化の度合いを温度や数量などの数値で表現できる時に、「◯◯がめっきり増えた」などと使います。

また、状況の変化により、自分の生活にも影響を受けている度合いの大きさを表わすときにも、「値段がめっきり高くなった」などという使い方をしますよね。

かなり

「かなり」は、物事の状態が普通と言われるレベルの範囲を超えているときに使われます。

「非常に」という程度までには至っていないけれど、無視できない状態にあることを、他の人に伝えるときに使われます。

例えば、試験問題は「かなり難しかった」という使い方をします。

「かなり」を付け加えることで、自分自身の体験の程度を相手に伝え易くなります。

また、物事の変化による影響のため、自分自身も大きなダメージをうけている時に、「かなりヤバいです」という言い方をすることもあります。

非常

「非常」は、発生した出来事の影響度合いが重度で、元に回復させることが難しい状態に陥っている時に使われます。

「非常に大きな変化が起きた」などと表現されます。

「非常事態」という言い方に代表されるように、影響度合いが過去の事例でも稀なほど、深刻であることを表わしています。

また、「非常に大きな台風が接近しています」など、好ましくない大きな出来事が差し迫った時に使われることもあります。

たいへん

「たいへん」は、物事が重大な状況にある時に使われます。

物事が重大な状態に陥っているときに、「◯◯がたいへんな状態になっている」と表現します。

また、相手に感謝の気持ちを伝える際に、「たいへんお世話になっております」という言い方はよく使われますよね。

この場合の使われ方としては、「大変お世話になっております」のように漢字で表現することは少ないですよね。

ひらがなの「たいへん」よりも漢字の「大変」の方が硬い印象を与えます。

ですから、漢字の「大変」よりも、ひらがなの「たいへん」の方が柔らかい印象を与えます。

2.強意語として使われる

また、今回特集している「至極」という言葉は“強調する言葉”としても使われることがあります。

たしかに「至極」という言葉を眺めているだけでもなんだかなにかを強調したいように感じられますよね。

それに「至極」という言葉には、その相手が話していることに納得している気持ちを表す意味合いも含まれていますから、自分の中でも特に納得できている事項に対して使うことができる言葉として表現することができるんですよね。

では、このように“強化する言葉”もしくは“強める意味合いを持っている言葉”としての「至極」という言葉の類義語や関連語句にはどのような言葉があるというのでしょうか?

ぜひその言葉を確認していきましょう。

いやに

「否に応も」なんて言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?“いやに”という言葉は、漢字にすると“否に”となります。

つまり、何かを否定する言葉なんですよね。

つまり、今まさにお伝えした「嫌に応も」という言葉は否定もできないし、応じることもできないという意味ありになります。

また、この言葉だけを見るとなんだか主張しているような、それに強調しているように感じることはできないのですが、それでも否定を強める働きを持っている言葉として多くの人に使われています。

そのため「至極」という言葉とほぼ同じ意味として扱うことができるということなんですよね。

よくよく

「よくよく考えてみた」なんて言葉は、だれしもがこれまでの人生の中で一度は使ったことがあるのではないでしょうか?

ずばり「よく」という、そのあとに続く動詞を強める働きを持っている言葉になるんすね。

つまり「よくよく考えてみた」という言葉は、「もっと深く考えてみた」という意味でもあり、その先につながっている“考える”という動作を深める、さらに強める働きを持っていることになります。

「至極」という言葉にも、そのように何かを強める働きがあると思えばわかりやすいのではないでしょうか。

ずいぶん

「ずいぶん」は、「非常」よりも、直接的な表現を避けたいときに使うことがあります。

また、相手の見た目の印象が変わったときの心境を表現する時にも使われます。

以前からの知人の姿が時間の流れと共に変化して、過去の面影が無くなっている様子を指して、「ずいぶん痩せましたね」と言うことがあります。

普通とは、かけ離れた状態にある様子を指して、「ずいぶん変わった建物だ」などと言います。

ずいぶん」は、普通ではない有り様に驚きを隠せない感情をぶつけるように、「ずいぶん酷い話しだなあ!」と言うことがあります。

とっても

「とっても」は、「とても」よりも感動の度合いを強調したい時に使われます。

普通ではない出来事の様子から、自分が強い印象を受けたとき、「とっても怖かった」、「とっても可愛い」などと言います。

また、相手に感謝の気持や感動を伝えたいときに、「とっても楽しい時間を過ごすことができましたよ」、「とっても素晴らしい内容でしたね」と表現することがあります。

出来事の内容に疑問も抱くことなく、素直に納得できた時に、「とっても」を使うことが多いと言えます。

思い切り

「思い切り」は、安易ではない心境を表現する時に使います。

自分の考えを行動に移すときの決心の強さを表わすときに、「思い切り」を使います。

決断力の強さを「思い切り」という言葉で表現することがあります。

色々と考えた結果を行動に移すときに、躊躇せずに前に進む人の一途さを感じて、好印象を抱いた時に、「思い切りのいい人だ」と言うことがありますよね。

やけに

「やけに」とは、自分にとって強い印象を受けた物事を指して、「やけに気になる」と言うことがありますよね。

また、「やけに」は、好ましくない状態が度を越していて、不快感を抱いているときにも使われます。

例えば、「やけに電車が込んでいるなぁ」という言い方をすることがあります。

また、普段見慣れている人が何時もとは違った行動をしている姿を見て気になるときに、「やけに派手な服装をしているなあ」と言うことがあります。

親切に

「親切に」とは、相手の立場に思いやりをもって、手を差しのべる姿を目の当たりにしたときに使います。

例えば、「親切に面倒をみている」という言い方をします。

また、相手のために、優しさ溢れる行動をしている姿を見て、「親切に尽くしている」という言い方をすることがあります。

普通の人には、なかなか出来ない思いやりをもった親切心に、心が揺さぶられたときに、「親切に世話をして頂きました」と言うことがあります。

ひどく

「ひどく」は、好ましくない出来事の状況が普通ではなく、並外れているときに、動揺した心境を表現するために使われます。

例えば、「今は、ひどく混乱している」という使い方をします。

「ひどく」は、漢字で書くと、「酷く」となります。

「酷く」の読み方には、他に「むごく」と読む使い方をすることがあります。

「むごく」は、起こってはならない、避けたい状態が発生したときに使います。

「ひどく」も、起こって欲しくない出来事に、心を痛めたときに使われます。

3.特別な程度にという意味もある

「至極」は、「普通」とは異なり、一線を画す状態を指し、違いが歴然として明らかなときに使われる言葉ですよ。

「至極」の状態を表現する関連語句の中には、「特別な程度」を意味する使い方があります。

物事の状態を、より的確に分かり易く、相手に伝えるための類語には、色々な使い分けがあります。

類語や関連語句には、他と比較した結果の状態について、印象を込めて表現したいときに使われます。

例えば、「格段」や「格別」は、他との比較の結果で歴然とした違いがあるときに使われます。

「格」の意味には、段階や等級など、物事同士の間に大きな違いがあることを表わしています。

「段」の意味は、程度の違いを表わすときに使われます。

格段

普通の状態と比較したときの「差」が著しいときに、「格段」を使います。

しかも、普通よりも優れた状態にあり、安易には達成できない特別な様子を表わすときに、「格段に成績が向上しましたね」などと言います。

「格段」は、優れた状態になった理由が、努力の賜物であるときに、称賛を込めたて表現するときに使います。

「格段」には、誉め言葉の意味が含まれていて、努力をしてきた相手に向かって使われます。

格別

「格別」は、物事の程度が「特別」よりも優れた状態にあり、しかも、尊敬の念を込めた表現をするときに使います。

例えば、「格別に優れています」という言い方をします。

また、誉めたい気持ちを表わすときに、「格別に美味しいですね」などと言うことがあります。

普通ではない特別の状態にある物事が、更に優れた状態に進化していくことを期待する時にも、「格別」を使うことがあります。

飛び切り

「飛び切り」は、ダントツに優れていて好ましい状態を表現するときに使います。

達成することが難しい物事であるにも関わらず、難関を乗り越えたとき、「飛び切り優れている」と言います。

「飛び切り」は、比較するまでもなく、大きな違いが明らかにある状態を指すときに、感嘆の気持ちを込めて使います。

また、物事の状態が普通の取り組みでは達成出来ないことが歴然としている様子を指して、「飛び切り」を使います。

努力の賜物であることを褒めたいときに、「飛び切り素晴らしい」と言い相手を称えることがあります。

人一倍

「人一倍」とは、その人の頑張る様子を称えたいときに使われますよね。

並みの程度の努力よりも勝るほどの努力を重ねて、良い結果を出した人を褒めたいときに、「人一倍頑張ったね!」という言い方をします。

相手の頑張る姿を見ていて、「自分には出来ない」と思う気持ちになり、尊敬の気持を込めて、「あなたは人一倍の努力家だ」と言うことがあります。

常日頃、相手の努力する姿を見てきて、相手の一途な真剣さに感心を覚えたとき、努力の結果を称える気持ちを込めたい時に、「人一倍頑張ったね!」と言う表現を使います。

至極の使い方・例文


これまでに「至極」という言葉の類義語やその関連語句について、解説付きでお伝えしてきましたね。

すでに「至極」という言葉に関しては知識も使い方もばっちりに違いない!なんて思っている方もおられるのではないでしょか。

しかし、人によっては、そのようなあいまいな気持ちのままで「至極」という言葉を使ってしまうがために間違った使い方で使ってしまうことってよくあることなんですよね。

そのようにしないためにも、ここでは「至極」をどのように使えば正しいのか、その使い方と例文をご紹介します。

例文とさらにその使い方を学んでおくことによって、いざ「至極」という言葉を使う場面になったとしてもスムーズにその場を乗り切ることができますよ。

それにそれこそ自分に至極の気持ち(自分自身に納得する気持ち)をもって「至極」という言葉を使いこなせることでしょう。

ではさっそく「至極」という言葉の例文を確認していきましょう。

議論は、至極常識的な展開になった

この文章はどのような意味を持っているでしょうか。

ずばり「議論は、とても常識的な展開になった」という意味になります。

この文章における「至極」という言葉は、そのあとに続く言葉を”強調する意味”として使われていることになりますね。

では、どうして常識的な展開になったのでしょうか。

「至極」という言葉を使っていることから、おそらく「誰かが主張したことに納得した人が多かった」状況になっていることまでも想像することができるはずです。

あなたもそのように何かを主張したいとき、そのあとの文章の意味を強めたいと思った時には「至極」という言葉を用いるようにしましょう。

「至極」という言葉の後には、接続詞を使わないというのも正しい使い方のポイントになります。

兄達の喧嘩をとなりで至極冷静に見ていた

この文章はどのような意味を持っているでしょうか。

「兄たちのケンカをとなりでとても冷静に見ていた」とあらわすことができますね。

つまり、ここでも「至極」という言葉はそのあとに登場する言葉を強調している言葉になります。

そのため、「とても冷静な状態」「もうこれ以上冷静になることがないくらいの冷静な状態」であったということまでも読み取ることができるかと思います。

このように「至極」という言葉は悪いニュアンスの文章でも、良さそうな意味合いの文章でも使うことができるということになりますね。

試験は至極簡単にできあがっていた

この文章はどのような意味を持っているでしょうか。

ずばり「試験は、とても簡単にできあがっていた」という意味になります。

ここでも「強める働きの意味」が含まれていますし、それだけではなくさらに“これ以上ない簡単なテスト”であることも同時に伝えてくれています。

誰もがこれまでに一度はテストを受けたことがあるかと思いますが、できれば「簡単なテストであってほしい!」と願ったものですよね。

まさにテストを受けているときに「なんて簡単なテストなんだ!」とか「これまでにないくらいに簡単な内容だぞ!」なんて思えるようなテストを作成しておいてくれた、という意味になるでしょう。

学生時代を思い出すとあんなに嫌だったテストでも、なんだか少し名残惜しくなってしまいますよね。

至極とすごくの違い


これまでに「至極」という言葉の意味などをさまざまな角度からお伝えしてきました。

それに使い方までも確認してきましたよね。

とはいってもその過程の中で、ある方たちは「すごく」という言葉との違いってどのような点にあるんだろうか?

これらの言葉って似てるよね?

どのように使い分ければいいのかな?

なんて考えてしまったのではありませんか。

そのようにしないために、ここでは「至極」と「すごく」という言葉の違いについてお伝えしています。

ぜひ、この二つの言葉の違いを確認して、もう二度と間違った意味で「至極」という言葉を使わないようにしましょうネ。

1.至極は程度を表す上で最上の度合い

「至極」というのは、“程度を表す言葉”として使うことのできる言葉になります。

それもその程度がとても上、それ以上の上にくるものがないということを表す言葉になります。

つまり、「至極」という言葉は“最低ライン”を示すような文章の中では絶対に使うことができない言葉になるんです。

要するに“ポジティブな文章でのみ活躍することのできる言葉”ということができます。

それにこれまでにお伝えしてきた例文でも、すべてどこかポジティブ要素を持っているということがあったのではないでしょうか。

2.すごくは程度としては至極より低くなる表現

では「至極」と似ているような言葉である「すごく」という言葉は、いったいどのようなシーンで使われるというのでしょうか?

ずばり、程度としては「至極」よりも”低くなる”ということを示すことになります。

「至極」というのは、程度が高いこと、それもポジティブの要素を持っている文章でしか使うことができませんでしたよね。

しかし、「すごく」という言葉はポジティブだけではなくネガティブな要素を持っている文章の中でも使うことができる言葉になるんです。

もっと詳しく使い方を確認しておきましょう。

すごくは程度が甚だしく、普通ではない

「すごく」という言葉は、「至極」という言葉に比べるととても激しい程度のことをあらわしていることになります。

例えば、普通ではないということなんですよね。

「すごく疲れた」というのであれば、通常の疲れとは違ってとても疲れていること、もう言葉に表すことができないくらいにつかれているということを表しているということになります。

良い悪いだけではない場合にその程度を強調

また、「すごく」という言葉は、良し悪しを伝える文章だけではなく、その“度合”を強調するときに使われる言葉になります。

「すごく」と使いますが、もともとの形は「すごい」という言葉になりますから、それだと動詞などにくっつく言葉として知理解しやすいのではないでしょうか。

至極はどの様な場面で使う?

至極が使われる場面には色々あり、仕事上で起きた出来事や職場の上司の振る舞いに感心したときなどがあります。

プライベートの場面では、身近な人や知り合いの人の生き方に感嘆したときなどに、至極を使うことがあります。

また、相手の考えに全く疑問も湧かずに、素直に同感できる時に、「至極、納得した!」と言うことがあります。

会社で


会社で先輩の仕事への一途な姿に感心して、「至極」を使うことがあります。

自分には到底無理な知識や技術を駆使して、素晴らしい結果を出す先輩の生き方に敬意を表したい時に、「至極、尊敬します」という言い方をすることがあります。

また、素晴らしい仕事の結果を出すに至るまでの努力を惜しまない姿を称えたい時に、「至極」を使うことがあります。

メールなどのやり取り

相手の生き様が、尊敬に値すると感じたとき、相手に直接伝えることが出来ずに、メールなどのやり取りの中で、敬意を表したい感情を込めて、「至極」を使うことがあります。

離れている知り合いの仕事ぶりの素晴らしさが評判になっているとき、尊敬の気持ちを直ぐにでも伝えたいが、会えないときに、「至極、尊敬します」などの敬意を表す気持ちをメールでやり取りすることがあります。

相手の意見に対して「至極◯◯です」など

相手の意見に、文句なく同意する際に、「至極、同感です」といいます。

また、相手の話す内容が的を得ていて、疑問の隙も無いほど完璧な時に、「至極、納得です!」と言ったりします。

「至極」を使うケースには、相手の意見の素晴らしさに感動したとき、尊敬の念も込めることがあります。

取引先の相手に

仕事関係で最も大切な存在は、お客様と取引先ですよね。

常日頃から、取引先の相手と良好な関係を築けていることで、自社の経営が順調に伸びていくことが多々あります。

また、取引先の相手から信頼される経営活動が行われていることで、経営成績が向上していきます。

自社の経営にとって、取引相手の存在は最も大切にしなければならない1つです。

ですから、至極、細心の配慮」惜しまない姿勢が大切になります。

ビジネスでよく使うこともある?

ビジネスの場面では、様々な立場の人と、スムーズな人間関係を築いていくことが大切です。

しかし、多様な価値観をもつ関係者との間で、良い関係を保つことは至難の業と言えます。

大切な取引先との関係を保ち発展させるために、細心の気遣いが欠かせません。

このためには、言葉の端々に「至極」を付けて敬意を表することがあります。

至極を使った四字熟語

物事の様が、普通ではなく優れているときに、「至極」を使います。

周りの出来事が、前例のない希な状態にあるとき、事の重大さを表現するために、「至極」が使われることが多々あります。

また、仕事関係などで大切な人への感謝の念を表したいときに、「至極」を使い、相手に向けた感謝の気持ちの深さを伝えることがあります。

恐悦至極

「恐悦」とは、相手の特段の心遣いに、計り知れない程の喜びを感じたときに使われます。

「恐悦」に更に「至極」が付け加えられていますので、相手への感謝の気持ちが並大抵ではない程、深いことを表わしています。

自分よりも目上の人に、「恐悦至極に存じます」と言う使い方をすることがあります。

満悦至極

「満悦」とは、稀にみる充足感に満たされて、喜びを感じている様を表わしています。

「満」という言葉は、喜びで「満たされた」心境を強調しています。

「満悦至極」とは、今まで経験したことが無いほど、稀有な満足感で心が満たされている心境を意味しています。

「満悦至極」には、この上ない満足感と共に、相手からの心遣いに感激し、深い感謝の気持ちも込められています。

残念至極

「残念至極」とは、この上なく極めて残念な心境を相手に伝えるときに使います。

極めて残念で、取り返しのつかない深い悔しさを込めたいときに、「残念至極」と言います。

また、物事が自分の思い通りに進まずに残念な結果を招き、きわめて深刻な心残りのダメージを受けて、悔しい感情が頂点に達したときに、「残念至極」と言うことがあります。

至極を正しく使おう

今回は、知っているようで知らない「至極」という言葉について特集してきました。

いかがでしたか?

「至極」という言葉は、極限に達していて、それも相手の意見に納得できる様子を示していましたよね。

また、至極の使い方やその例文、そして類義語などもお伝えしてきました!

間違って使ってしまいやすい「至極」という言葉だからこそ、今回の記事を見直してぜひともあなたの知識として取り入れてください。

また、あなた一人が間違いを正すことによって周りの人の「至極」という言葉に対する態度までも変えることができるかもしれません!

ぜひ参考にしてみてくださいね。