これも飛行機と新幹線の大きな違いでしょうか。
髪がキレイ
髪がボサボサの女性は、人間が壊れているような印象を与えます。
生活の荒れ具合をそのまま表しているように見えるからです。
髪に艶とボリュームがあり、遠くからでもいい匂いを予感させるのは、美人の基本条件です。
身だしなみに気を遣っている
美しい人は常によく目立ちます。
多くの視線を引き付けますから、小さな欠点でもとても大きく映ってしまいます。
常に一部のスキも許されないワケで、多少気の毒ではあります。
しかし見られているという緊張感が、美意識をさらに豊かなものにしているのでしょう、美人であまりにもこれでは、と思わせるセンスの人は見かけません。
細かい身だしなみにも気を使っている人がほとんです。
それでこそ見る方も安心できる、期待に違わぬ美人の姿です。
まつ毛が長い
まつ毛がしょぼい女性は、病人っぽいやつれた印象になります。
荒んだ感じといっていいかもしれません。
逆にいえばここで豊満さを表現することができるということです。
力強い作りを重視しましょう。
男性にとってかしましい女性は願い下げですが、それよりももっとイヤなのは不健康に見える女性です。
それは大地が揺らぐような不安を感じるからです。
何を着ても似合う
美人は、どこを切り取っても全体のバランスは崩れません。
ビジュアルにおける基礎体力のようなものがしっかりしているからでしょう。
したがってどんな服であってもそれなりこなしてしまうことができます。
靴、カバン、アクセサリーなど小物の溶け込み具合にしてもそうです。
ここは美人とそうでない人の差がはっきり出るところです。
これは一般レベルの人が努力しても、簡単には縮められない大差です。
ただしセンスを磨くことなら十分に可能です。
たとえばドイツのアンゲラ・メルケル首相や、ヒラリー・クリントン元国務長官などは、世に出てきたころは、実に服装センスが悪かったものです。
色彩感覚にかなり問題があり、その着こなしは田舎者丸出しでした。
今ではおそらくスタイリストがついているのでしょう、すっかり破たんはなくなっています。
もっともヒラリーはそこまでする必要はなくなってしまいましたが。
ほどよく筋肉がある
女性の肉付きについては、好みの分かれるところです。
これについて女性は勝手に一人で相撲をとっているようなところがあります。
私は太っている、という強迫観念に苛まれている人が一定の割合で存在しています。
その思い込みに客観性のないところがやっかいです。
摂食障害を世界中に認知させたカーペンターズのカレン・カーペンターはその典型でした。
音楽誌に“太っちょカレン”と書かれたことがきっかけとされています。
兄で作曲家のリチャードも少し不用意でした。
「お兄ちゃん、私太ってる?」というカレンの問いに、「ああ、ちょっとな。」と答えたそうです。