CoCoSiA(ココシア)

友達が欲しい人にやって欲しい16個...(続き8)

仲良く遊んでいる人を見た時

やはり、仲良く遊んでいる人を見ると「いいな~」と思ってしまいますよね。

人間はひとりでいるよりも、仲の良い仲間といっしょにいるときのほうが幸せそうに見えます。

そして実際に幸せです。

私たちのご先祖様は、ツメも牙も早い足も持たない肉体的にはか弱い動物でした。

腕の良いハンターであれば生きていける捕食動物ではありませんでしたし、群れで最低限の共同生活をして足が早くて草を食べていればいい草食動物でもありませんでした。

人間は、自分たちの唯一の武器である高い知能を使って、仲間と協力することで生き抜いてきたのです。

だから1人でいるより仲間とみんなで幸せそうにしている姿をみると、「あぁ、いいな~、友達ほしいな~」と心から思ってしまうのです。

1人でなにかしている時

1人でなにかしている時も、ふと、友達がほしいと感じてしまう瞬間があります。

それは、何かすごく面白いことをみつけたり、すごいことを達成したりした時です。

もちろん自分1人でもうれしいのですが、人間の心理は、自分が喜ぶだけでは満足できません。

誰かわかってもらえる人に(できれば自分が大切に思う人に)、この情報を分かち合いたくなるのです。

小さな子供は何かを達成したら、一生懸命ママの姿を探してママに見せて褒めてもらおうとします。

三つ子の魂百までです。

私たちは大人になっても、凄いことをしたり、面白いものを見つけたら、誰かに見せて一緒に喜んだり、褒めてもらってたりしたいと思ってしまうものなのです。

孤独を感じた時

人は孤独を感じた時も、誰か友達がほしくなります。

この場合、友達というよりも「自分以外の誰かほかの人にソバにいてほしい!」という切実な欲求でしょうか。

繰り返しになりますが、人間は身体的には他の動物に劣ります。

現代社会は電気・ガス・水道がいつでも使えて、雨風や寒さ暑さを十分に防げる立派なお部屋に住んで、食べ物もあふれるほど、そしてお洋服もしっかり着ています。

ですが、人間がこんなに生きやすい世の中になったのはほんの数十年、長くても100年ぐらいのものなのです。

それ以前は、皆で協力しあわねば安心して生きていけない時代でした。

人間は長く1人でいると、DNAレベルで危険を感じて、仲間が無性に欲しくなるようにできているのです。

昔を思い出した時

忙しい日常生活の中で、一息ついて昔を思い出した時も友人が欲しくなりますよね。

「学生時代は楽しかったな~、みんなでいろんな体験したっけ、◯◯ちゃん今どうしてるかな~」

今も友人知人に恵まれていれば、ただ昔の楽しい思い出をなつかしむだけですが、昔のような気のおけない友人が1人もいない境遇の場合は、昔の友人のような友人が今いてくれたらな~としみじみ思うことになります。

人間の記憶は都合良くできています。

たとえつらいことの方が多かったとしても、時間がたつと良いことばかりが思い出されるようにバイアスがかかります。

誰の場合もです。

ですから、子供時代だったからあんな素敵な友達ができたんだ、今はもう無理、などとあきらめる必要はありません。

大人になった今からでも、子供時代同様、いやそれ上の素敵な友人をつくることはできます。

頑張りましょう。

趣味で一緒に盛り上がりたい時

やはり共通の趣味で、誰かと盛り上がりたいですよね。

自分ひとりが「おお、これはすごい!」と思っても、自分だけで鑑賞しているのでは正直つまりません。

もちろんネットにアップする方法は有効です。

ひとりで悶々としているのに比べれば、ブログやTwitterにアップして、いいねや反響をたくさんもらうことでも相当の満足感が得られます。

ネット時代以前ならば、手帳や日記にツラツラと出来事や思いを書き綴るだけだったでしょう。